第六話
「えー……本日はお日柄も良く……」
「ふんっ」
「…………はあ」
再び連れてこられた茶席。
そこには、顔を困惑に歪めお見合い仲介業者と化したカオル、そっぽを向いたスグル、土気色の顔をして溜め息を吐く私が座していた。
「えー、皇太子様におかれましては、貴重なお時間を頂き誠に有り難く……」
「ふんっ」
「…………はあ」
当初は沈黙を貫き、私達の会話を監視……いや見守る予定だったカオルが今は一人で喋り続けている。その顔色は非常に面白く青くなったり赤くなったりと忙しい。
……てゆーか、喋れよ皇太子!!
私も溜め息しか吐いていないのだから、人のことは言えないが、本を正せば私の渾身の言葉をぶち壊したのは皇太子である。
せっかくの一石二鳥策を不意にしたからには責任を持って欲しい。別ににこやかに喋りまくれとは言わない。しかし、これでも一国の皇太子なのだ。社交辞令くらいは口にしても良いだろう!
にも関わらず、この金髪勝ち気ツンデレ皇太子は先ほどから『ふんっ』としか言わない。泣き顔を見られた事によって外面、気品すら捨て去ったようだ。
……てゆーか『ふんっ』って口に出して言うことか?! どこの駄々っ子じゃ、お前ぇぇぇ!
私は正面に座るスグルをジロリと睨み付けた。大人げないとは思ったが、この場合致し方ない。私の死亡フラグが回避失敗に終わったどころか、こんなつまらない茶会に付き合わされているのである。
もう、イライラを通り越し、わなわなと身体に震えがはしってくる。震動が思いの外激しく、ティーカップを持つ手にも伝わっている。中身の紅茶を溢すのも時間の問題か。
「……な、なんだ、お前。こちらを見るな!」
凝視しているのが横っ面でも分かったのか、スグルからそんな言葉を吹っ掛けられた。最早、周りの側近や侍女はその場に倒れ伏しそうである。
「………………」
私は静かにティーカップをソーサーに戻した。
「姉上」
臨戦態勢を取る私の気配を機敏に察知したのか、カオルが鋭い声を発する。しかし、私には堪えない。今はこのクソガ……いや、幼い皇太子をたしなめなければなるまい。
「ふふふふふ」
「……?!」
「…………はあ」
私の不敵な笑みを前に二人は往々の反応を示す。
「皇太子様」
「な、なんだ!」
私の満面の笑みを前に、皇太子もビクリと身体をすくませる。きっと私の身体に色が着いていたとしたら真っ黒に覆われていることだろう。
それほど、命に関わる恨みは深いのだ。
「……少し、二人だけでお話し致しませんか?」
「?!」
しっかりと教育して差し上げよう。
「さ、これで、邪魔者は居なくなりましたわね」
「あっ、ああ……」
私の言葉を聞いた観衆達はこれ幸いとその場を後にした。この険悪極まりない茶席に参列していることが余程辛かったのだろう。カオルだけは心配そうに最後まで席にしがみついていたが、私の最後の一睨みで消えていった。
なんだかんだ言いながら、私が本気で怒ったときには勝った試しの無い義弟である。
さわさわと庭先の木々が梢を揺らす。
きっと、護衛達は周囲にいるのだろうが、悟れる範囲や音のする場所には居ない。
それほど、私の気配が恐ろしかったのか。
正直、予想以上の放置ぶりだ。これならば、私の本音を語って良いかもしれない。
私は目の前で非常に居心地悪そうにしている皇太子に焦点を合わせた。
「皇太子様、お話がございます」
「な、なんだ、申してみよ!」
……いちいち、偉そうだなお前。
私は、再びイラつきそうになるのを堪えながら、こめかみに浮かんだ青筋を納めた。
さあ、ここからが本番だ!
二回目のチャレンジだが、今度こそ死亡フラグを叩き落としてくれよう! 私は再び脳内応援団を結集させた。そして、ニンマリ……いや、綺麗な笑みを心掛けて口を開く。
「皇太子様。……実は私、皇太子様にこれっっっぽっちも興味がございませんの。ですから、婚約者になるつもりも、これっっっぽっちもございません。不躾とは存じますが、皇太子様におかれましては、いずれ然るべき方とご婚約されますよう願っております。……どうかその旨、ご了承頂けますでしょうか?」
最後のだめ押しに、他意がないと安心させるように、ニッコリと微笑みまで浮かべてみせた。
やったぜー! 言ってやったよ! あースッキリした!! 私から断ることで公爵家に咎めが行くと困るから、大人の側近に言質取られないよう隙を見てって、ちょっと卑怯だけど、それでも言いたいことは言ってやったぜー!!
私の脳内応援団も大歓声を挙げている。
ふむ、ふむ。我ながら良くやったと思う。これで、私の死亡フラグも回避できるし、皇太子も安心するだろう。なんせ、泣き出すほど私との茶席を嫌がっていた少年である。まぁ、女の方から断られれば多少は傷つくかもしれないが、この際プライドの一つや二つ、へし折らせて頂こう。まだまだ子供なのだし、今後ヒロインと出会ったら、いくらでも回復するだろう。
私の命、そしてヒイラギ様とのお友達エンドの為だ。致し方ない。
そう思って、内心で浮かれまくっていた私は当初、その変化に気が付かなかった。
「うー……ひっく」
「……? え、ええ?!」
なんと、目の前の金髪勝ち気ツンデレ皇太子が泣きじゃくっているではないか!
「え、ええ? でえええー?!」
な、なんで? ここ泣くとこじゃないよね? 嫌がってた婚約無くなったんだよ? 喜びこそすれ、泣くとこじゃないよね?!
「あ、あの、皇太子、様……?」
「お、お前っなんかっ、ひっく、伴侶にはしてやらないぞっ!」
「は、はあ……」
ええ、ええ、だからそう申しておりますがな。
「お、俺は皇太子だ! お、お前なんかより見目も性格も何倍も良い女を伴侶に、ひっく、するのだ!」
「は、はあ……」
うん。それ、ザ・ヒロイン。
「だっ、だから、それまで、それまでは……!」
「は、はあ……」
な、なんか、話の雲行きが怪しい……?
「お、お前が、仮婚約者だぁぁぁ!!」
「…………はあああ?!」
こ、ごめん。意味が良く分からない。
私より、何倍も見目や性格が良い女性を伴侶に迎えるんだよね? なら、なぜ私が婚約者に? というか、仮婚約者ってなんですか? そんな称号ありましたっけ?
私の開いた口が塞がらない状態を見た皇太子は、ようやく落ち着いてきたようで、涙と鼻水をぐすぐす言わせながらも勝ち気そうな笑みを浮かべた。
光を反射する金髪に涙で潤んだ橙色の瞳。一見、イケメン風な笑みなのだが、歯が生え変わりの時期なのか前歯の一本が抜けていて締まりがない事この上ない。
「ふ、ふは、ふはははははは! 仮婚約者として、俺様の側に居るが良い! そして、将来俺が立派な皇太子となり、麗しい伴侶を迎えるのを悔しがって眺めるが良い! そ、その時に悔しがっても遅いんだからな!!」
「いやいやいやいや」
だから、私さっき言いましたよね? あんたにこれっっっぽっちも興味無いんですって。なんで、悔しがるとか決定してんの?
まさか、ここで俺様、何様ツンデレ発生?!
も、もしかして、この子、今まで否定的な言葉を言われた事が無いとか?! だから、悔しくてこんな事を言ってるんじゃなかろうか? そ、そういえば、ヒロインも最初この皇太子とやりあっていたような……。それで、段々と身分を顧みない素直なヒロインを好きになっていくっていう……。
ななな、なんてこったい!!
うっかり、最初のツンデレ好感度スイッチ踏んじゃったよ!! この場合、好感度と変な感情が入れ違ってるようにも感じるけども?! 泣かされて婚約者決定とか、なんなの、お前ぇぇぇ!
もうツンデレ面倒臭いよ! スイッチどこだか分かんない! 完璧地雷踏んだわぁ。もー嫌、口もききたくない!!
私の激しく脱力した様子を見て、嬉しそうに高笑いを始める皇太子。そして、私は悟った。もう婚約者フラグを回避するのは不可能だと。
その後、皇太子スグル・エドワードの強烈な要望により、前代未聞の仮婚約者として、私の地位は確定する。
その知らせを聞いたカオルから、後日質問を受けた。珍しく、おずおずといった口上のカオル。
「あ、姉上……。その、仮婚約者とは、一体なんなのでしょう……?」
「……うん。まぁ、最もな疑問よね。とりあえず本当の伴侶が見つかるまでの繋ぎってところかしら? 皇太子様曰く、麗しい伴侶をお迎えあそばして私を悔しがらせたいんですって」
「つ、繋ぎ……? 悔しがらせる……? では、姉上は皇太子様の元に嫁ぐ訳では無いのですか?」
「まあ、今のところはね。その気も全くないし。……もう絶対にツンデレスイッチは踏まないわ! 相性が悪すぎて、一周巡ってまさか好感度が上がっちゃうなんて!! 恐ろしすぎるわ、ツンデレ……」
「ツ、ツンデレ? 好感度? 何の事でしょうか、姉上」
「だからっ、姉上は絶体絶命の危機なのよ!!……こうなったのも、元はと言えば茶席に連れていったカオルの責任ですからね! これからも皇太子様の元に行くときは必ず同行してちょーだい!」
「んなっ……!!」
あんな険悪な席にこれからも同席しなければいけないのか……! というカオルの悲鳴が聞こえるようだったが、私は全力で無視をきめ込む。
正直、死亡フラグに繋がるこの婚約者フラグを叩き落とせなかったのは痛いが、それよりなにより、私はもうツンデレ俺様皇太子と二人きりで会話するのが恐ろしかった。
どこに好感度スイッチが転がってるか分かったもんじゃない。また、うっかり踏んづける前に世話焼き小姑を盾にして全力で回避しよう。死亡フラグも恐ろしいが、皇太子と結婚なんて結末は絶対に嫌だ。ヒロインに熨斗つけて、何なら花束もつけて差し出したい。
本当に本編始まる前に、色んな意味で命がいくつあっても足りないよ……。
ヒイラギ様、私があなたに辿り着くためには、本当に険しい道のりが広がっています。
遠い目をした私と茫然自失といった様子のカオル。
私達二人の間には、重く暗ーい沈黙が横たわっていた。