第五話
「……で、何であなたもここに居るわけ?」
ここは王城の庭園。
広大な規模の庭には四季折々の様々な花が咲き乱れ、まるで天国のような美しさだ。
……まぁ、まさに私は天国一歩手前のような状態ですけどね。
ハハハハハ。
そんな私の隣には、なぜか当然のようにカオルの姿があった。
カオルは、ニッコリと可愛らしい笑顔を浮かべながら、しれっと応える。
「私は姉上の監視役兼、フォロー役です」
「は、はあ……」
つまり、私が失態をおかして『手打ちにしてくるぅ!』とかになったら庇ってくれるのかしら?
いや、この義弟ならば『では、どうぞ。出来れば痛まぬよう一撃で』とか言ってあっさり引き渡しそうだけど。なんせ、公爵家至上主義だもの。何回いや何百回、公爵家令嬢としての務めを諭されたか。
思い出すだけで、姉上吐き気がするわー。
「ぐはああああー」
「姉上、そのような下品で野蛮な息継ぎはお止めください」
「…………」
深呼吸くらい、良いじゃないか! お前本当に小姑だな!
私はなぁ、今から死亡フラグと対面するんじゃあ! これくらい大目に見ろやボケエエエ!!
と、激しく言い返してやりたかったが、ここで言い返しては唯一の味方すら失ってしまうかもしれない。こんな小姑でも居ないよりはマシなはず。
「そ、そうよねぇ。おほほほほ……すーはーすーはー」
ここは大人しく従うことにして、笑いながら深呼吸するという令嬢的深呼吸に切り替えた。
そして、あらかじめ用意された茶会席へと座す。
皇太子名義で開かれているお茶会。一見和やかで微笑ましく思えるザ・茶会。
しかし、実際には非公式ではあるが政治的な意味がバシバシ窺える。
年端もいかぬ、皇太子と令嬢による親睦。要は皇太子の嫁探しに他ならないのだ。
その地位に相応しく相性が良さそうな令嬢を一人ずつ呼び、茶会にかこつけて判断する。
見よ、小さな茶席の周りには、護衛と称して数十人の大人が侍っている。
令嬢達の中で、私サクラ・スカーレットが皇太子の婚約者候補として筆頭であるから、その意気込みは凄まじい。しかも、今まで私がのらりくらりと逃げまくっていたもんだからこの奇跡の茶会に参列するだけで感動ひとしおらしい。
なぜか、涙ぐんでる侍女までいる。
「ふふふ、私の努力が報われますね」
私の横に平然と座るカオルがにこやかに囁く。カオル、どーでも良いけど、あんたちょっとヤンデレ化してない? むしろ私に対してデレてる所とか一ミリも無いからヤンのみだな。
ヤン・スカーレットに改名したらどうだろう?
そんな事を思いながら、現実逃避しているとざわざわと周囲に緊張が走った。いよいよ皇太子様のご登場らしい。
「ご、ごくり」
思わず、生唾を飲み込みながらその登場を待ち構えてしまう。
それはそうだろう。
私の命運を握る男の登場である。絶対にタイプでは無いし、むしろ嫌悪感いっぱいの相手だが、心臓のドキドキは止まらない。
これはもう、片想いの相手に会うときと同じような症状と化している。
あまりの緊張に心臓を抑えて、ゼーゼーしているとカオルから怪訝な表情をされてしまった。
「あ、姉上? ……いつも以上にお顔が変ですよ」
「…………あのねぇ」
おおいっ! 令嬢を前にしてその言葉は無いだろう?! お陰で緊張が怒りに変わったわぁ!
そんな風などうしようもないやり取りをしている私達を尻目に、人垣の向こうからは幼く甲高い声が聞こえてきた。
「もう嫌だ! 俺は茶会になど出席しない! つまらない女共と話をするのはこりごりだ!」
「そそそ、そんな、皇太子様っっ!」
何やら揉めているようだ。
私とカオルは身を乗り出すようにして、その声の方向へと身体を傾けた。
「ほ、本日は婚約者候補筆頭のサクラ様との茶会でございます。どうか、どうか、お席にお着きくださいませ!」
「いっ、嫌だ!! 何が筆頭だ! サクラって茶会を欠席しまくっていた奴だろう?! そんな女など同席するに値しない!」
「そそそ、そんな!!」
……ほほう。
どうやら声の主は皇太子とその側近のようだ。
予想するに、幼い皇太子は茶会の名目でご令嬢達と面会させられることに嫌気がさしているらしい。
「ふぅん」
「……姉上」
小さく呟いた私に向かってカオルが小さな声で応じる。珍しくカオルの表情にも焦りの色が浮かんでいる。
そんな中、私は内心で一人ほくそ笑む。脳内では、これからの事をぐるんぐるんと考えまくる。
これは、皇太子に恩を売る良い機会ではなかろうか。ここで、私が静々と進み出て諭すのだ。『ご気分が優れませんようでしたら、またの機会に。私はそのような事気には致しませんゆえ』とかなんとか言って!
そうすれば、皇太子に恩も売れるし、私はさっさと帰れるし一石二鳥である。
さすが、私! 伊達に長生きしてないわー。
まぁ、全然タイプでは無いが、スグルの気持ちも解らなくはない。遊びたい盛りの十歳の腕白坊主がしとやかーなプチレディ達と大人しく茶なんか飲んでいても楽しいことなんか一つも無いだろう。しかも、今回は散々辞退しまくっていた私との席である。
子供とはいえ俺様! 何様! 皇太子様! のスグルである。
皇太子としていかがなものか。と思わなくもないが、単純さゆえにその心情は理解しやすい。
きっと、今までの茶会は我慢しまくって、堪えてたんだろうなぁー
そんな事をつらつらと考えながらも、早速私は席を立ち、その声の元へと歩みを進めた。
「あ、姉上?!」
「サクラ様っっ!」
周囲は混乱しているようで、さらにざわざわが増す。しかし、自然と私が進む方向の人波は割れるように引いていく。
よし、出番だ、私! 頑張れ!!
脳内で私の応援団が旗を振りまくっている。
「……皇太子様?」
私が進んだ先には一人の男の子がうずくまっていた。
その髪は金髪で陽の光を浴びてキラキラと輝いている。さすが、攻略対象者。うずくまっても美しい。
私の声に気付いて顔をあげたその頬にはうっすらと涙の跡。瞳は橙色で潤んではいたが、勝ち気そうな顔付きが見てとれる。
「サ、サクラ様!」
おろおろと側に控えていた側近らしき男が驚きの声をあげる。その言葉を聞いてハッとしたように少年は勢いよく立ち上がった。
「こ、こ、これは、その!」
皇太子たる自分が泣いてうずくまっていた事に対して、今更ながら羞恥を覚えているらしい。
……まぁ、私からみれば、只のクソガ……いえ幼い子供だけどね。
「……皇太子様、お初にお目に掛かります。私の名はサクラ・スカーレットと申します。このような場所で名乗り出ることをお許し下さいませ。どうやら本日はご気分が優れぬご様子ですので、宜しければまたの機会に……」
致しませんか? そう続けようとした私の言葉は、しかし、発せられることは無かった。
「おおお、俺は、泣いてなんかいない! 気分だって悪くないぞ! 絶好調だっっ!」
「…………は?」
はいいい?!
私は目ん玉が飛び出るほど驚いた。
いやいやいや、君、今まで散々愚図ってたよねぇ?! 泣いてうずくまってたじゃん! 私見たよ!
そんな心の声が顔にたっぷりと顕れていたのか、心なしか顔をうっすらと赤らめて皇太子が急いで口を開いた。
「ふんっ! 俺はこの国の皇太子だからな! お前との茶席は気に入らんが、その責務に従い席に着いてやる。ありがたく思え! し、至高の存在の俺様と茶が飲めるのだからな、こんな名誉は他に無いぞ。……だっ、だから今見たことは忘れろ!!」
「…………はあ」
「か、勘違いするなよ! 別にお前の事が気に入った訳ではない! あくまで責務故に仕方なく同席を許してやるのだ!」
「…………はあ」
はい、出ました、ツンデレ!!
きっと、私の表情は無表情を通り越して、土のような色をしている事だろう。
だっから、ツンデレ俺様、何様は嫌いなんだよ!!
私の渾身の言葉はどうした! これで逃げ道が無くなったじゃないか! バカヤロー!!
結局、私の必死の言葉も虚しく、再び茶会の席へと連行されることになった。
なぜか、側近やら侍女やらが『あの、皇太子様を宥めるとは!』『顔を合わせた瞬間に気持ちが通いあったのかしら?!』とか、興奮していたが、私は聞かなかった事にした。
やっぱり、私はツンデレと相性が良くないらしい。