第三話
『君を生涯愛し続けよう。いつかこの身が果てようともこの想いだけは変わらない。永久に共に居て欲しい』
『……ヒイラギ様っ!』
……。
「ヒイラギ様ああああ!!」
ガバアっと起き上がった頭上には見慣れた天井とザ・お姫様寝室にお決まりの垂れ下がった布。
「ゆ、夢か……」
心底、ガッカリした。
今朝の夢で見たのはヒイラギルートでグッドエンド時にのみ見られるプロポーズのシーン。
しっかりとヒロインの顔も私になっていたのに。
「むしろ、あのまま目覚めなければ良かったわ……」
一度は起き上がったものの、また力尽きてフカフカの寝台へと沈み込んだ。
現実には、私は悪役令嬢。
ヒイラギ・ウォーカーがプロポーズしてくれるなんて、あり得るはずがない。
義弟のルートで追放。
婚約者である皇太子ルートで死亡。
全員お友達エンドルートもあるが、結局は幸薄な悪役令嬢。
それが私である。
前世の記憶が覚醒してからというもの、事あるごとに義弟のカオルへと猛プッシュした。
まあ、姉から弟への親愛を示そうとしたのだ。
あれから早五年。
十歳と九歳になった私達二人。
内心、カオルなんてどうでも良いわぁ!! と思いつつも、自分の命運(ヒイラギ様と私のお友達エンド)に向けて、せっせと好印象を残そうと頑張ってきた。
……なのに。
なのに!! である。
こんなに無い愛情を絞り出して、必死こいて接しているにも関わらず、カオルは今でも一向に懐こうとはしない。
それどころか、私が近付いたり話しかけたりするだけで、一歩引いて何やら冷静かつ、穏やかーな空気を醸し出してきたりする。
例えば。
「カオル!! 珍しい茶葉が手に入りましたの! ご一緒にいかが?」
「はい、ではご一緒しましょう。また姉上が火傷されてはたまりませんからね。私がお入れしましょう」
「……ぐぬぬ」
またある日の事。
「カオル!! 面白い書物を手に入れたの! 私が朗読して差し上げてよ?」
「はい。ではご一緒しましょう。姉上が読めない文字を読んで差し上げましょう」
「……うぬぬ」
はたまたある日の事。
「カオル!! お義母さまに庭の薔薇を束ねて、ブーケを作ろうと思うの! 連名で渡しても良くってよ?」
「はい。ではご一緒しましょう。また薔薇の棘が刺さって泣き叫ばれては敵いませんからね」
「……はうう」
以上がほぼ毎日のやり取りである。
どう思いますか? くっっそ生意気じゃありませんこと?!
こ、こほん。
若干、言葉遣いが悪くなってしまいました。失敬、失敬。
でも、本当にこんな感じで可愛らしさが皆無なのである。これは本当に困った事態だ。
私は寝台の上で頭を捻る。
ゲーム上でのカオルは設定上、サクラ・スカーレット(私)の度重なる虐めにすっかり性格をねじ曲げられており、周囲の味方も居なかった為、人間不信に陥っている。
そこをヒロインの天然さや優しさにほだされていくのだったが。
実際に今生きているこの世界のカオルは、人間不信にはなっていないようだったが、やはり可愛らしさや優しい表情が見られない。
一見、穏やかだが、何かを諦めたような悟ったような顔で口に出される言葉はことごとく私の胸を抉り取っていく。
まるで、小姑のような口喧しさだ。
「早くもメインヒーロー、攻略不可能だわ。いや、これこそがゲーム補正の力か……!!」
可愛らしく姉を慕ってくれる子犬的な弟を。間違っても追放などしない弟を!!
……という願望はゲーム開始前に潰えた。
今のカオルならば、追放される前にグチグチとお小言を頂戴するのが目に見えている。それではやはり幸せな未来(ヒイラギ様と私のお友達エンド)は廻ってきそうにもない。
考えてみても欲しい。
事あるごとに、義弟から文句を言われる女に惹かれる男(イケメン隠し攻略対象者・その名をヒイラギ)がいるだろうか?!
やはり、悪役は幸せを願ってはいけないのだろうか……。
私は暗くなりそうな脳内を振り切るために必死に頭をブンブンと振り回した。
あ。頭がくらくらしてきた……。
私の幸せへの道のりは遠い。
「姉上? まだ寝ていらっしゃるのですか?」
「こ、この声は、カオルっっ?!」
くらくらする頭を必死に落ち着かせていると、ドアの向こうからカオルの呆れたような声が聞こえてきた。
「ななな、なんのご用?」
カオルの事(ほぼ悪口)を考えながら過ごしていた為、本人の声が聞こえてきて、心底焦った。
「……何のご用って。今日が何の日かよもやお忘れではありませんよね?」
「えっ、えっ?」
私の返事を聞いて、ドアの向こうから深い深い溜め息が聞こえてきた。
「とにかく、早く朝食の席においでください。侍女を呼びますから」
「えっ、ええ。はい……」
だったら、最初から侍女を呼べやああ!!
そう激しく思ったが、これ以上グチグチ言われるのは嫌だったし、負ける気が物凄くするので、止めておいた。
ハイスペックな義弟を持つのは大変である。
「本日、皇太子様の元へご挨拶に伺います」
「んー?」
「……ですから、皇、太、子、様の元へと行きます」
「……え」
「……」
「なななな、なんですってぇ?!」
朝食の席で義弟の口から、皇太子との内輪の茶会が本日城で開かれる事を初めて聞かされた。
正直、皇太子とはのらりくらりと面会を遠ざけていた為、面通しをするのは初めてである。
「そそそそ、そんな事聞いていないわっっ!」
初耳である。
そんな私達のやり取りを聞きながら、お父様とお義母様はそ知らぬ顔で幸せそうに朝食を摂っている。
なぜ、カオルに任せっきりなのだろうか。
信じられない。
そんな私の狼狽ぶりも想定内の事らしく、カオルは平然と言葉を続ける。
「前々からお伝えしてありましたよね? 本日は大事なお方の元へとご挨拶に伺うと」
「えっ、ええ、はいはい」
全っ然覚えとらんがなぁ! とは思ったがカオルの顔が怖かったので何とか話を合わせてみた。
ふー、危ない。
「そのお方が皇太子様なのです」
そうだ! それだ!
私は大事なお方にご挨拶とは聞いていた(らしい)が、そのお相手が皇太子とは聞いていない。皇太子と会うなんて、絶対に嫌である。
だって、婚約したら、死亡ルートですよ?
まぁ、厳密には婚約して、ヒロインを虐めて、それがバレて抵抗した上での死亡ルートですが。
そんなヤバイ橋は死んでも……いや、死ぬ前に渡りたくない。
「わた、私、頭痛がっ!」
「それは、最初の茶会欠席の理由で聞きました」
「ふ、腹痛!」
「それはその次ですね」
「よっ、腰痛!」
「……貴女はいくつですか」
「ううー……」
咄嗟の出来事に、上手い言い訳が思い付かない私に向かって、カオルがニッコリと笑みを贈ってきた。
「姉上がなぜか皇太子様を避けていらっしゃるのは、屋敷内の者全員が存じております。ですから、こうした手段を取らせて頂きました。……これも、公爵家の安寧の為。挨拶位しても死にはしません。観念してください」
「…………」
出来るか! ボケェェェ!!
一歩間違えたら、死んでしまうがなぁ!!
そう激しく思ったが、カオルの顔が笑顔なのに般若のように見えたので、口には出せなかった。
どうやら、私の死亡フラグが立ってしまったようです。
誰か、この小姑な義弟と茶会好きな皇太子をどうにかしてください……。