第二話
短いです。
「はい、カオルあーんして?」
「……は、はあ」
ここは、とある公爵家の薔薇咲き乱れる庭。
そこで、サクラ・スカーレットこと、私は義弟に向かって一心不乱に桃を差し出している。
「あらあら、カオルったら、果汁が溢れてしまってよ?」
切った桃が大きすぎたのか、カオルの口元から桃の果汁が溢れてしまった。それを私は優しく丁寧に拭ってやる。
「お、お姉様、そのくらいは自分で……」
「いえいえいえいえ、滅相もございませんわぁ! 私の可愛い可愛いカオルにそのような事……」
「は、はあ……」
そう口では言いつつも、内心では義弟をボロクソに言っている。
これくらい綺麗に食べなさいよね! せっかく食べさせてあげてるんだから!!
しかし、顔はにこやかなまま。
なぜ、このような状況になっているのか。
それは、前世の記憶が甦った事に起因する。
ここは、乙女ゲームの世界で私は所謂、悪役転生を果たした。
そして、声フェチの私が恋い焦がれるヒイラギ・ウォーカーのお声を聴く為に日々を過ごしているわけである。
前世の記憶を取り戻したとき、決意した。ヒイラギ・ウォーカーのお声をこの耳で聴き、あわよくばお側で生きたいと。
もちろん、ヒイラギ・ウォーカーは隠しとはいえ、立派な攻略対象。
かくいう私は悪役。
お付き合いや、結婚など願ってもいない。……いや、心底願ってはいるが、無理であろうと理解している。
しかし。
しかしである。
私は考えに考え抜いた末、ある希望を見出だした。
ヒロインが例え現れたとしても、虐めなければ良いのではないか。それ以前に、義弟のカオルを手懐け……いや、仲良くして、婚約者の皇太子とは疎遠になれば良いのではないかと……!
前世で悪役転生物の小説を読んでいて良かった。
この結論に案外簡単にたどり着いた私は、早速文字通り義弟を懐柔……いや、仲良くしに掛かった。
「はい、カオル、もう一つどぅお?」
「いっ、いえ、もう食べれま……」
涙目のカオルの口に桃を放り込む。
うむうむ。
姉の私に食べさせてもらうのが泣くほど嬉しいのか。
正直、カオルには全く興味は無いが、これもヒイラギ・ウォーカーに会うためである。
私は、決意を込め、手にしたフォークを振り上げる。
あわよくば生き残り、ヒイラギ・ウォーカーのお友達に! ブンブンと振り上げた為に紅茶を溢してしまい、慌てて周囲を拭きに掛かった。
「お姉様……。熱を出されてから変な挙動が増えている……。あれからすぐにお医者様も呼んだのに……」
そんなカオルの怯えたような言葉や眼差しは私の耳には一切入ってこなかった。