STEP.8 オワタ式を捕まえろ。
つまり、オワタ式というものらしい。
死んでから4Gではなく3Gの方が残ったその事実に憤慨してからすぐに戻ってきたクウがあずきから聞いた話によると、あの『ネズミ小僧』は高速移動のスキル持ちで、その移動中は基本的に無敵。なにをどうしようと『ネズミ小僧』を倒すことは出来ないらしい。
その代わりと言ってはなんだが、体力は1。攻撃を掠らせる事が出来れば勝ちということらしい。
「なるほど、一瞬で移動して元の場所に戻ったから、通り抜けたと勘違いした訳か。納得した得心した」
「どうする空。始めたばかりの私たちじゃあ、無敵の合間を縫って攻撃を当てるなんて技術もスキルも持ってないよ」
「なくてもやるしかないだろ。10万だぞ、10万。取りのがしてたまるかよ。梓、式神、つけれたか?」
巫女固有スキル『式神』
自身の強さに見合った式神を操れるスキル。
どうせ初見で捕まえられるとは思っていなかったクウは、失敗した時式神をつけて見失わないようにしておこうと、入ったときから話し合っておいたのだ。
あずきは頷いて、視界に映る矢印が指す方を指差した。
「よっしゃ、他の奴らが見つける前にさっさと捕まえるぞ」
「だ、だから空! どこにいるか分かってても私たちじゃあ捕まえられないじゃん。それより強い人に協力してもらって、賞金は半分にするとか」
「5万もったいない」
真顔で当たり前のように言うクウ。
なんというか、倹約家よりはドケチ。の方が似合う性格をしている。
「それに、クラウンが取られるぞ。それでも良いのか?」
「うん、それはやだ」
蒐集家の彼女と倹約家の彼の意見が珍しく一致した瞬間だった。
それから二人はあずきの視界にうつる矢印に沿って、ネズミ小僧を探して森の中を散策し始めた。
どんどん参加プレイヤーの数が増えてきたせいか、森の中が騒がしくなり、ネズミ小僧を発見したプレイヤーが、ネズミ小僧を捕らえようともがく音が絶え間なく聞こえてくるようになってきた頃。
ようやく二人は、巨木の影に身を潜めて休んでいるネズミ小僧を見つけた。
辺りを見渡しても敵(他プレイヤー)の姿は見えない。他のプレイヤーの襲撃から逃げ切って、休んでいるようだった。
「これは、チャンスかな」
茂みに身を隠しながら、クウは呟く。
正直。クウが持つ大槌の緩慢な動きではあの高速移動するネズミ小僧を捉える事はまず不可能だろう。それは、大槌を手に持ってこの樹海を走り回ったクウ自身、身に染みるぐらい理解しているつもりだ。
それは『進槍』という突きスキルを持っているあずきだって同じだ。
だが、打開策がない訳ではない。
なければそもそも、ここまで頑張ってネズミ小僧を探したりしないし、その時はあずきが言っていたように強者との折衷案を利用したはずだ。
ドケチで倹約家なクウではあるけれど、だからといって、ゼロか5かを選択しろと言われたら否が応でも5を選択する。
では、その打開策とはなにか。と言えばクウが持っている『クラウン』だ。
『恐ろしいほど不運なバカ』
一定確率で敵モンスターがプレイヤーを嘲笑して先手を取ることが出来るクラウン。
それの効果は『イベントモンスター』にまであるらしく、初めて出会した時、確かにネズミ小僧は笑って、一定時間動かなかった。とはいえ、クウが余りにも待たせるものだから、飛び込んだ時にはその効果は途切れていたようだけど。
ともかく。
とにかく。
ネズミ小僧にクラウンは通用する。
そしてこのクラウンは、オワタ式のネズミ小僧にとっては天敵以外の何物でもない。
「まあ、一定確率だから絶対上手くいくって訳じゃあないけど、一度効いたんだ。二度目だってあるはずだ」
そう思い立って、クウは茂みの中から体をだすと巨木の陰で休んでいるネズミ小僧の前に踊り出た。
突如現れたクウを見たネズミ小僧は果たして──。
《ハハッ》
と、また笑った。
一定確率という割には結構確立が高い気がするが、まあ『バカ』と書かれた王冠を被った男を見て笑わないでいる方が難しいか。ともかく、ネズミ小僧は嘲笑った。
今度は効果切れしないように、クウはすぐさま笑い転げているネズミ小僧に接近して大槌を上段に構える。
狙うは頭。
いや、そもそも頭しかないのだから頭しか狙えないのだが。
弱点である脳がある頭しかないモンスター。確かにオワタ式のモンスターとしてはこれ以上ないキャラではある。
「よっしゃ10万いただきだおらー!!」
「誰がやるかよ」
背後から声がした。
クウは構えていた大槌を横向きに構えなおして、体を回転させながら後ろにいるだろうその声の主目掛けて、バットを振るうように、大槌を振るった。
「おおっとあぶねぇ。気をつけろよ、大槌は攻撃力が高い武器なんだからよ」
その声の主はそんな風に、言いながらバックステップで大槌をかわした。
声の主は金髪だった。
短めに刈り上げられた金髪。
パーカーを着込んでいて、ラジカセとかを抱えていたらラッパーみたいな風貌になっていただろう。
なんというか、なんていうか、ニューヨークの路地裏にいそうな人種。
『NCL』の国民が、そこにはいた。
「なんでここに『NCL』が……?」
「いやいや不思議な話だと思ったぜ。ログアウト不可になってからっていうものさ、暇だから適当に街中歩いていたらモンスターに話しかけられるものだからさ。けどよ、どうやら金稼ぎの話らしいからのってやったが、金を手に入れるにはそこで笑ってるモンスターを逃がさないといけねぇんだ。だからさ」
金髪の男はパーカーのポケットの中から銀色に輝く、オートマのハンドガンを取り出した。
「こいつの邪魔するやつは、ぶっ潰す。スキル『乱射』」
マガジンに入りきらないぐらいの多量の銃弾が、クウめがけて発射された。