STEP.7 ネズミ小僧を捕まえろ
「いやー、さすが一泊600Gする宿は違うね。プラス100Gで、ちょっと豪勢な朝夕飯を用意してくれて、布団もふっかふか。シャワーから出てくるお湯も気持ちよかったな-。ねえ、空はどうだった?」
「くっそ眠い。いや『ねむけ覚まし』を使ったから眠くはないけど」
それはあくまで状態異常としての眠気がとれただけで、体感というか、体の疲れは一切合切とれていないのだけど。
ログアウト不可になってから二日目。
見事600Gを獲得し、宿に泊まることが出来たあずきと合流したクウは、アバターなのに律儀に隈まで出来ている目を擦った。
「ベンチとかで寝れば良かったのに」
「外で寝てたら、検非違使に捕まる可能性があるって昨日話しただろ。野宿なんて出来ないんだよ。だから夜ずっとヒマだったから、スキルの練習をしてた」
「スキルの?」
「そ。お陰で『月の重み』のレベルが4まであがったよ。それにちょっとした応用も思いついた……っと危ない危ない。ついうっかり聞き逃すところだったぜ、いやーごめんごめん、やっぱ俺、眠れてないから頭が働かなくて、耳があんまり上手く機能してないみたいなんだ。ごめん梓、もう一度、はっきりと、言ってくれるか?」
「えっと、ベンチで寝れば良かったのに?」
「いや、その前」
「前……? プラス100Gして朝夕飯をちょっと豪勢にしてもらって痛い! 空なに、いきなり大槌で頭叩かないでよ!」
「やかーしい。その100Gがどれだけ大事なのか、お前は分かってるのか? 福沢諭吉さんを家宝にしたくなるぐらい、俺たちはメチャクチャ貧乏なんだぞ? ゲームでも現実でも」
「うう……ゲームの中ぐらい豪遊したいよ……」
叩かれた頭を抱えながらしゃがみこんで、ヒロインらしからぬセリフを吐きながら、るるるー、と泣くあずきを見下ろしながらクウは大槌を肩に乗せる。
「だったらもっと稼ぐ。毎日600Gを稼ぐのに一日を費やしてたら、せっかく勝っても高額賞金が貰えないしな」
聞けば、リアルマネートレードのレートは1G=1円らしい。つまり今クリアされた場合、クウたちが手に入れることができる金は7G……つまり、7円となる。ログアウト不可の状態でゲームの中に囚われた割りにあわなさすぎる。
「いや、そもそもこのゲーム。敵を妨害しなきゃいけないのは勿論だけど……自分が稼ぐために、同じ国のプレイヤーも妨害しないといけなうのか……?」
「なんか空が物騒な事考えてる……」
「いやだってそうだろ。ゲームが終わるタイミングは出来るだけ、自分が沢山金を持っている時が良いに決まってる。その為なら、仲間を潰す必要もあるって事だ。それに相手は俺の事を仲間だと思ってるだろうから、油断してるし……金を盗むことも出来なくはないよな……」
「多分そんな事考えてるのは空だけだと思うよ……」
半目で睨まれて、分が悪くなったと感じたクウは軽く咳払いして、話を一旦切った。
「まあ、時と場によってはそういう事も考えないといけないって事で。じゃあさっさと草原に行こうぜ。当面は日銭を稼ぐ事を目的にしよう……なんかドでかいイベントが起きたら良いのにな」
そんなクウの悲痛な願いに反応したかのように、突然、町の中心から甲冑を着た武者? が、馬に乗って駆けてきた。
その手には時代劇とかでよく見るお触書がある。
武者がクウとあずきの近くにお触書を設置すると、馬は後ろ足だけで体を持ち上げ、高らかに嘶くと、どこかへ去っていった。
「……なんだなんだ?」
取り残されて少し固まっていたクウは、そのお触書を読む。
「えっとなになに? 『イベント:ネズミ小僧討伐。ネズミ小僧が城の宝物庫に侵入し、金品財宝を盗み出した。ネズミ小僧は今《NLC》にいる協力者のもとに向けて、逃走を続けている。
成功条件:国境を越える前に、ネズミ小僧を捕まえる。
失敗条件:ネズミ小僧が国境を越える。
成功報酬:捕らえたものに10万G。クラウン三つ。
なお、失敗した場合《NLC》の協力者に報酬は渡される。』」
***
「よっし、さっさと捕まえるぞ!!」
「さっすが空。即決だね」
そのお触書を読むことがイベントの受注条件のようで、イベント欄に『ネズミ小僧を捕まえろ』が追加されているのを確認したクウとあずきは、早速街の外に走って向かった。
『NLC』は『ワノクニ』の北にあるギャングと銃の国。
昨日ホーンラビットやグレイウルフと戯れた草原がある南とうって変わって、北は鬱蒼とした森林地帯になっていて、現実の世界ではまずお目にかかれないだろう巨木が、太い根を張り巡らせていて、足元に注意しながら歩かないと引っ掛かって転けてしまいそうだ。
特に。
初期装備である『袴』を履いた二人にとって、その木の根を掻い潜りながら移動するのは至難な技であり、なおかつ袖が長い巫女服を着込んだあずきからすれば、木の枝一つが進路を妨害する壁になっていた。
北側がこんなに鬱蒼とした森林地帯だと知らなかった二人と違い、他のプレイヤーたちは森の中の移動に適した装備、スキルに変更していて、いち早くイベントに参加した二人をあっさりと追い抜いて、ネズミ小僧を探して、森の中を散策している。
「どうする空。このままだと誰かに取られちゃうよ」
邪魔な木の枝を薙刀で伐りながらあずきは、マップを開いて現在地を確認しているクウに弱音を吐く。
「やっぱり『ワノクニ』と『NLC』の国境まではずっとこの森が続いてるみたいだな」
「だったらなに。こんな森じゃあ長柄武器と大槌は不利だよ」
「草原と違って、ネズミ小僧が一直線に逃げられないだけ、有情だと思おうぜ。『月の重み』」
音声入力でスキルを発動させ、体重が六分の一にしたクウはジャンプ。適度に日光を遮り、木漏れ日を演出していた葉っぱの屋根をおしのけ、見渡しのいい、巨木のてっぺんに着地すると、目の上に手のひらを掲げて、辺りを散策する。
「ふむ、騒ぎが起きてないってことはまだネズミ小僧は見つかってないみたいだな。見つかってたら探しやすかったんだけどな。まあともかく、見つけづらい場所に隠れているのか、はたまた探しづらい場所を伝って移動しているのか……」
と。
まだ賞金が無事な事に安堵して、胸を撫で下ろしたときだった。
《ハハッ》
と、なにかと危ない笑い声が背後から聞こえてきたのは。
「なんだなんだ?」
振り向くと、クウが立っている巨木の隣に生えている巨木のてっぺんに、クウと同じように立っているモンスターがいた。
1頭身。
黄色くて丸い頭に、長丸の形をした手足がそのまま引っ付いた形を模したモンスターで、頭には往年のベタなこそ泥のよろしく、渦巻き模様の風呂敷を鼻の辺りで結んで被っている。
笑っているその1頭身の上に表示されている体力ゲージには『ネズミ小僧』と表示されていた。
「い……いっ──」
突然登場した賞金に、クウは毛を逆立たせ、目を見開く。
「いたあああああぁぁぁッッッ!!」
クウはすぐさま立ち上がると、足元に置いていた大槌を手に取り《恐ろしいほど不運なバカ》の効果によって自分を嘲笑っている『ネズミ小僧』の元へ跳んだ。
LV.4まで成長している『月の重み』の持続時間は十分に延びていて、はじめの時のように、途中で切れて落ちることもなく『ネズミ小僧』の元まで迫り──通り抜けた。
「……へ?」
爆笑している『ネズミ小僧』を捕らえようと伸ばした手が『ネズミ小僧』の頭を、まるで幽霊のように通り抜け、そのまま体も通り抜けた。
「んなぁ……!?」
落下しながらも振り返る。
『ネズミ小僧』になにかした様子は見受けられない。動いた様子さえ、ない。
それなのにどうして、避けられたのだろうか。
クウがそう考えるか考えないかの合間に、彼の体は地面にまで落下し、その落下ダメージと木の根に頭をぶつけた大ダメージ判定により、クウの体は青い粒子に変わった。
***
プレイヤーネーム:クウ
『月の重み』LV.4→LV.3
7G→3 G
着実に金が減っていきますね……。