STEP.6 宿代を稼ごう。
「たけえ……」
GMがログアウト不可の賞金有イベントの開催を宣言した初日の夜。プレイヤーたちの頭を悩ませる事態が発生した。
『宿の確保』である。
なんだ、それだけなら金を払えばいいじゃん、と言われかねないけれど、GMが言っていた『色々仕掛ける』で新しく変更された設定は、明らかに払う賞金を極限にまで減らす気満々の、なんなら賞金を払う気も更々無さそうな設定だった。
例えば、モンスターを倒したときに手にはいる金は変わらないのに、宿賃や武器の値段、食料の値段などが一桁上がっている、とか。
一番安い宿『極貧亭:馬小屋』はいつもなら10Gで一日泊まれたのに、今は100G。しかも泊まる部屋は馬と馬糞と同居。そんなの、100Gあっても誰も泊まりたくないだろう。
いつものように夜でも気にせずに眠らずに遊び呆けるというのも一つの案ではあったのだが、しかし残念なことに新しい設定は出来るだけ現実世界の設定に合わせているようで、体はしっかりと眠たくなるし、お腹が空いたら腹の虫が鳴る。
だからきちんと睡眠を取って、食事をとらなくてはいけない。尚且つこのゲーム内に長時間、最長で三年は居なくてはいけないのだから、腰を据える場所も欲しい。その為にはプレイヤーホームを買うか、宿に泊まり続けるかをしなければいけない。
しかし宿もただではない。
一番安い宿で100Gを毎日。
普通の宿で600Gを毎日。
高い宿になると2000G3000Gがちらほら。
そんな宿を借りられる金を持ち合わせている訳のないクウは全財産(75G)を握りしめながらがっくり、と項垂れた。
どうやら自分は馬以下らしい。
「どうする。街の中ならモンスターも湧かないから野宿するのも手だけど」
「そんな事して検非違使に見つかったら監獄に連行されちゃうよ」
ゲームシステムの一つである警察『ワノクニ』の場合は『検非違使』と表記されるそれは街の中を警備するシステムで、無許可の戦闘をしたり治安に悪い事をしていると問答無用で監獄に連れて行かれる。その期間はまちまちだ。
「屋根と飯がある分、そっちの方が良いよ……」
隣で宿に泊まれないという事実に驚愕しているあずきに、クウはそんな皮肉を言う。
男のクウなら野宿でも気にしないのだが、女のあずきはやはり、気にするのだろう。
「じゃあ、今から1200Gなんてどうやって稼ぐの?」
「馬小屋に泊まる気は更々ないのな、いや俺もいやだけどさ……やっぱモンスターを倒すしかないよな。間に合うかな」
門が閉じるのは九時だと言っていた。今は六時。あと三時間でどれだけ稼げるだろうか。
廃人はわざと外に取り残されて、外でキャンプを張っているとかそんな事を聞いたことがあるが、そんな事が出来るほど、クウとあずきは強くない。初めてまだ一日も過ぎていない。恐らく、自分たちが最後に新規登録したユーザーなのではないだろうか。
そのクウの考えは正解で、クウとあずきが、この《magic crown collection》に登録して、クウが『恐ろしいほど不運な馬鹿』を手にいれるまでの数時間。新しいプレイヤーは登録されていない。なるほど確かに、その事実を見ると、恐ろしいほど不運な馬鹿は案外お似合いなのかもしれなかった。
「じゃあ行くぞ梓。今度こそ、モンスター退治だ」
「やったー! やっとゲームができるー!」
そんな恐ろしいほど不運な馬鹿はあずきを連れて、街の外にある草原に向かった。
***
ホーンラビットに出会した。
子犬ほどの大きさのこのモンスターはいわゆるノンアクティブモンスターで、プレイヤーが攻撃してこない限り攻撃してこない。
それこそ、スキルが切れて、正確にその角に落下しない限り先手を取られることはないモンスターだ。
「ふ、は、ははははは。待ちかねたぞこの瞬間をッ!」
足元で悠長に草を食べているホーンラビットを修羅を彷彿とさせる憤怒の表情を浮かべながら、クウはゆっくりと大槌を上段に構える。
「死ねこのウサギ目がああぁぁぁ!!」
先に言っておくけど、これは決して誤字ではない。『めがああぁぁぁ!!』を『目がああぁぁぁ!!』と間違えた訳じゃない。
さすがのノンアクティブモンスターでも、目の前で大槌を上段で構えられ、鼻息荒く狙われれば、それが戦闘だと言うことを理解する。
ホーンラビットは降り下ろされた大槌に合わせるように、ギリギリでそれをかわしながらのカウンター気味に、その角をクウの目に突き刺した。
「いっでえぇぇぇぇ!!」
クウは思わず大槌を放して目を抑える。痛みは現実の約五分の一程度には軽減されているらしいが、それでも普通に痛かった。クウは叫びながら草原を転げ回る。体力ゲージは少し減っている。
「空ー、なにやってるの? こんなの簡単じゃん」
その隣であずきは逃げようとしていたホーンラビットに、薙刀を振り下ろすようにして、突き刺した。
首の辺りに薙刀の刃が突き刺さったホーンラビットの体力ゲージは、一気にゼロまで減り、ホーンラビットは粒子になって消えて、あずきのアイテムボックスに『ウサギの毛皮』が一つと5Gが追加された。
「やったー、私のお小遣いだ!」
「ち、ちくしょう……ッ! 梓に負けてるのか俺は……ッ!! くそッ、くそッ、くそッ!!」
「いや、そんな号泣しながら地面を殴って悔しがられると、私はどんだけ下に見られてたんだろう。って、悲しくなるんだけど……ま、いっか! 待てーお小遣いー!!」
草原に来てから三時間が過ぎた。
その間の二人の収穫はといえば、あずさ180G。クウ……5G。
ウサギへの恨みが強すぎてついつい大振りに──それこそ弱キャラ用AIにも見切れるぐらいの大振りで攻撃を仕掛けてしまい、毎回返り討ちにあってしまうのだった。
「ちくしょう、梓ごときに遅れをとるなんて、ゲームっていうのは、こんなに難しかったっけか?」
首をかしげながら、クウは草原を歩き回り、ホーンラビットを探す。
すると。
「なんだ、あれ?」
別のモンスターを見つけた。
グレイウルフ。
灰色の体毛をした、現実の狼よりも少し大きめの狼の姿をしたモンスターが、そこにはいた。
「ふーむ、ホーンラビットじゃないけど、まあ、良いか」
クウは大槌を肩の上に構えて、グレイウルフに近づく。さすがウルフと名前についているだけあって、風上にいるクウの存在に気づいたらしく、クウの方を向き、牙をむきだしに、威嚇をしてきた。
「よお、犬っころ。勝負しようぜ?」
クウのその言葉に反応してか、グレイウルフは牙をむきだしに、クウめがけて駆け出してきて──笑いだした。
「ん?」
ゲラゲラと、お腹を見せるように、ひっくり返って笑い始めた。
プレイヤーを前にして、グレイウルフは余りにも無防備に笑い転げるその光景にクウは思わず目を細めたが、すぐに自分のクラウンの効果を思い出した。
『一定確率で相手にバカにされ笑われる』というスキルが付属されたクラウンの存在を。
「……『加速』『加速』『加速』『加速』『加速』!!」
笑い転げているグレイウルフに近づいて、クウは大槌をやはり上段で構える。グレイウルフはクウを見ながら笑い転げていて、逃げる様子はない。
そのままクウはスキル『加速』によって、少し速度が上げて、大槌をグレイウルフの頭に振り下ろした。
ドスン、と小気味良い音がなり、大槌は地面にめり込み、グレイウルフは体をビクン、と痙攣させて、そのまま粒子になって消えた。クウのアイテムボックスに『グレイウルフの牙』と15Gが追加された。これでクウの所持金は95Gになった。
「よっしゃ、いいぞいいぞ。こいつの方がウサギより弱いし、金が稼げる!」
大槌に残る確かな感触に酔いしれながら、クウは小さくガッツポーズを決めて金鶴認定したグレイウルフに狙いを定めた。
しかしクウは知らなかった。
グレイウルフの防御力は、確かに低い。
多重の加速により威力を増した攻撃力の高い大槌とはいえ、武器用スキルが一つしかつけられていない(しかも通常では効果を成さない『ホームラン』)武器に一撃でやられる程度には低い。
しかしその代わりに、速度と攻撃力を強化されているモンスターだということを、ゲーム初心者のクウはさっぱり知らなかった。
「かく──げっ!?」
それに気づくのは、重たい大槌を鈍重に構えているその隙に、素早い動きでグレイウルフが喉元に牙を喰いこまれた時だった。
「きゃほー! たっからばこー! 500Gも入ってるぅー!」
ホーンラビットによって減らされていた体力ゲージが一気にゼロにまで減り、消えるまでのほんの一瞬に、クウの目が捉えたのは。
宝箱を開けて、目を金の形にして喜んでいる幼なじみだった。
***
イベント初日終了。
逢見空。プレイヤーネーム:クウ
国:ワノクニ
種族名:月人
固有スキル『月の重み』lv.1
打撃系武器用スキル『ホームラン』lv.1
『加速』lv.2
所持金:47G
東雲梓。プレイヤーネーム:あずき
国:ワノクニ
種族名:巫女
固有スキル『式神』lv.1
長柄用スキル『進槍』lv.2
『加速』lv.3
『ジャンプ』lv.3
所持金720G