STEP.4 バカと蔑まれた所で、そろそろ本題を始めよう。
ゆっくりと歩いて門の外へ出ると、広々とした芝生の平原が広がっていた。右のほうを見れば遠く霞んで先に、うっそうとした森が見える。
「うははー、スゲー! スゲー跳べるぞ梓!」
そんな一見、現実世界と見間違えかねないほどのグラフィックで構築された平原で、クウはさっそく特殊スキル『月の重み』を使ってみることにした。
馴れれば思考操作の方が速いらしいのだが、こういったゲームの初心者であるクウは音声操作──つまり、声に出してスキルを発動する。
「スキル『月の重み』」
言って。
足元が青色に、淡く光ったのを確認してクウは、思いきり、跳んでみた。
月の重力は地球の約六分の一で、そこでは人は怪力になったり、高く高くジャンプできるようになるらしいが、それは体験してみると分かるのだが、表現が微妙に違う。
怪力になっている訳ではなく、物が軽くなっているだけで、本人の力は変わらないし。
高く高くジャンプするのも、跳んでいる──というよりは浮かんでいる。の方が近い。
体がまるで風船のように軽くなって、宙に浮かんでいく。の方が正しい。
クウ自身、そんなに力強く跳んだつもりは無かった。準備運動ぐらいの気軽さで軽く跳んだのだが、クウの体は2.3メートルほどの高さまで跳んだのだ──浮かんだのだ。
それこそ風船のように、ぽーんと、ゆっくりと浮かんでゆっくりと、地面に着地した。
足元の草が潰れて、土が少し舞い上がり、細かな光の粒子になって消える。
「すげーすげーさすが大人気ゲーム!」
それが思いの外楽しくなってしまったクウは、今ではゲームが欲しいと頼み込んできたあずきよりも楽しんでいる始末だ。
「空ー、そんなに跳ねてると危ないよー」
「大丈夫だって、周りにモンスターは湧いてないみたいだし」
あずきの忠告にも耳を貸さず、至極楽しそうにクウは、空中遊泳を楽しむ。
そんなクウに、あずきは若干あきれ顔で──それこそ、さっきのクウみたいな顔で、こんな事を言ったのだった。
「そろそろスキル発動時間、切れるんじゃない?」
「あ」
そんなあずきからの忠告とほぼ同じタイミングで、『月の重み』が、切れた。
「あああああああああぁぁぁ!?」
さっきまでの風船みたいな軽い体はどこへやら、元の重さ元の速度に戻ったクウはそのまま地面に落下して、偶然近くにあった茂みに落っこちた。
「ってて……!?」
地面に落ちた衝撃で、胸が痛むのかと思った。
しかしその割には体力ゲージの減りが早い。ぐんぐん減っていく。既にもう半分は減っている。
確かに高いところから落ちはしたが、だからと言ってここまで──それこそ、体力がゼロになるほどのダメージを受けるほどの、高さからではなかったはずだ。
「あ」
答えはすぐ見つかった。
自分の胸元になにやら蠢く影。
小型犬ほどの大きさに、額に生えた角。
上に表示された体力ゲージに『ホーンラビット』と書かれたウサギのようなモンスター。
その角が、クウの胸を──いわゆる弱点を貫いていたのだ。
弱点は心臓と脳、それと男子キャラなら睾丸の計三ヶ所に存在し、そこを攻撃されると心臓と脳なら即死。睾丸なら体力が四割減る。
クウはその弱点を貫かれたのだ。
つまり、一撃死である。
「な、何でだああぁぁぁ!?」
クウのそんな叫び声がフェードアウトするのに合わせるように、彼の体は、先の土のように弾けて細かな粒子になって消えた。
***
リスポーン地点は最初のスタート地点である大寺だった。
デスペナルティーは『スキルの熟練度が下がるのと、所持金が半分になる』なので、クウの所持金は半分の75Gになっていた。
「マジかよ……」
所持金を確認してクウはがっくしと、肩を落とす。
クウが倒れたのを確認して、リスポーン地点で待ち構えていたあずきは、そんなクウを見て笑いながら。
「バカだねー空は」
と、言った。
「うるせ、誰が想像できるかあんなオチ」
「ままあね、落っこちたらそこにウサギのモンスターがいて、それに弱点を一突きー、なんて、ふふ、想像できる訳ないよねー……ふふふ」
よほどその光景が面白かったのか、ずっと笑い続けるあずきをクウはら頬を少し赤くしながら睨んでいると、話が途切れるのを見計らっていたかのように、ぽーん。と音が鳴った。
メッセージが届いたという着信音だ。
クウはそれを確認する。運営からのメッセージだった。
件名は『クラウン獲得おめでとうございます』。
「クラウン? どうして今、俺なにかやったっけ?」
クラウンとは、このゲームの目玉要素でもあるシステムである。
クラウン。crown。王冠。
つまり冠する称号。
特定の条件をクリアすると手に入る称号で、それによって特殊スキルや技能、見た目の変更など色々な特典が手に入る。
『同じ冠を被るものは居らず、幾つもの冠を被るものは居り、冠は同じ場所にずっと居る事はない』とでも言ってるつもりなのか、クラウンは基本一種類につき一つ、可能なら何個でも装備可能(使用できるのは三つまで)そしてなぜか『奪う』事が可能だ。
そのせいか、クラウンを自ら集めるのではなく、奪う事を主としたプレイヤーが現れるほどで、今現在運営に一番文句が言われているシステムになっている。
そんなクラウンが、初めて間もない──まだ数時間しか経っていないはずのVRMMO初心者クウの元に届けられた。なんだろうか、と首を傾げながらクウはそのメッセージを開いてみる。
『クラウン:恐ろしいほど不運なバカ
取得条件:ゲームスタートから三時間以内に、初期装備のまま平原で戦闘態勢に入っていないノンアクティブモンスターに、偶然にも、弱点を攻撃され一撃で倒される。
効果:敵がプレイヤーを見ると一定確率でバカにして笑い、先手を取れる』
「いるかんなもん!!」
クウはすぐにそのメッセージを消した。ゴミ箱の中にも残さない周到さである。まあ消したところで、そのクラウンを破棄できる訳でもなく、クウのプロフィール欄の上にはしっかりと『恐ろしいほど不運なバカ』と記された。
印されてしまった。
「そ、空……き、気にしちゃだめだよふふふ……気にしない……ふふっ、べ、別に毎回笑われるはは、わけじゃないんだから……あははははは!!」
「死ね! あのクソウサギ絶対倒す。大槌でぶっ潰す!!」
笑いじぬんじゃないかってぐらい笑い出したあずきを押しのけて、クウは大寺から出ると走って大広場から出ようとした──が、どうしてか出ることが出来なくなっていた。
「ん?」
クウは腕を伸ばしてみる。大広場の敷地内までなら、腕は伸びる。しかし敷地内から出ようとすると、何かに押し止められる。
クウはこの現象を知っている。いわゆる『見えない壁』という奴だ。しかし、これはあくまで構築されている世界の外に出ないように、フィールド外にでないようにあるのであって、こんな所にある代物じゃあない。
そもそも、クウとあずきはさっきここから出て平原に出たのだ。つまりこれは、二人がでてから現れたと言うことだ。
「あ、あれ空どうしたの? ウサギ倒しに行くんじゃないの……ふふふ」
「いい加減笑うのやめろ。いや、行きたいのは山々なんだけどさ、ここから出れないんだよ」
未だに笑い続けているあずきに文句を言いつつ(もしかしたらクラウンの影響なのかもしれないけど)大広場の出口を親指で指差す。
「えー……あ、本当だ。出られない」
「なあ梓。ここに戻ってくるときにはこれはあったのか?」
「うーん、分からないよ」
「分からない? どうして、ここから入ってきたんだろ?」
「んーん、なんか空が消えた後、強制的に転送されちゃった」
「転送?」
「うん、ぎゅーんって」
「ぎゅーん……?」
あずきは擬音とジェスチャーを踏まえて、クウに説明する。
クウは眉をひそめる。
そんな機能──片方が死んだら片方も強制転送されるような機能、このゲームにあっただろうか。
そんな風にクウが考えた、そんな折りだった。
「ふうん、よし、これで現在ログインしている『ワノクニ』のプレイヤーは全員集まったかな」
と、声がした。
雑踏の雑音に掻き消されずに聞こえる、それこそ、脳みそに直接訴えてきているかのような鮮明な声。
「え、何今の?」
隣に居るあずきにも聞こえたらしく、少し狼狽している風だった。それを見てからクウは振り返る。
そこには、さっきの声が言っていたように『ワノクニ』に登録しているプレイヤーが全員集まってそうな人が集まっていた。
そのプレイヤーたちの視線はある一点に注がれていた。
大広場のちょうど真ん中辺りにいる甲冑武者に、向けられていた。
ガッチガチの、それこそ五月人形のような甲冑武者。顔も仮面を被っていてよく分からない。
さっきの声の主はあいつだろうか。クウは視線を上げる。基本的にプレイヤーの頭上にはプレイヤーネームが表示されていて、件の甲冑武者の兜の上にもそれはあった。
『GM』
つまり、ゲームマスター。
このゲームの開発チームの誰かが、そこにはいた。
ここまでで一旦ストック切れ。毎日更新は難しくなると思います。