STEP.1 ゲームを買ってみよう。
東雲梓と逢見空はいわゆる幼なじみという関係である。
物心ついた頃には既に逢見が隣にいたし、物心つく前からも既に東雲が隣にいた。
昔の思い出を探ってみても、必ず逢見がいたし、必ず東雲がいた。
そんなつかず離れずな関係は、逢見が東雲家に預けられた頃から始まり、東雲家の両親が交通事故で死んでしまって二人っきりになってしまった今でも変わらず続いている。
「ねえ、空。ゲーム買おう?」
そんな幼なじみというよりは、もはや家族に近いものになっている東雲が学校から帰ってくると開口一番、小首を傾げ、一つ纏めの三つ編みを揺らしながら、彼女はそう言った。
「ゲーム?」
「そ、ゲーム!」
逢見が疑問符混じりに尋ねると、東雲は目を輝かせながら答えた。
こいつ、ゲームに興味なんてあったのか?
東雲梓は、逢見と比べるのがおこがましいほど、成績優秀な女の子である。
更に言えば運動が得意で、料理が得意。
スタイルはスレンダーながらも、悪い場所は一切ない。
毎日手入れをきちんとしている、その肩甲骨まで伸びた綺麗な黒髪を一本結びのおさげにしている。
顔は可愛いげのある顔で、いつも笑っている快活な女の子だ。
天は人に二物を与えないけど、三物や四物は渡すようだった。
しかしさすがに、天は長所ばかり渡すわけではないようで、彼女には一つ、欠点がある。
浪費癖。
または蒐集癖。
欲しいと思ったものはどんな物でも買おうとしてしまう。
コレクションを始めようものならば、コンプリートするまで小遣いを全部それにつぎ込むほどで、それに家計費もつぎ込んでいたのが判明した時から、家計費は逢見が受け持つこととなり、彼女に好き勝手に買い物する権利は剥奪されている。
コレクター。と言えば、聞こえは良いが、なにかと財布の口が緩い女の子である。
しかしゲーム。
あれが欲しいこれが欲しいと、今まで沢山のお願いを聞いてきた逢見だったが、それでも『ゲームが欲しい』というお願いは初めてだ。
そもそも彼女がゲームに興味を持っていること自体驚きだ。逢見がゲーセンに遊びに行ってるときは後ろでぼーっと見ているだけなのに……。
まあ、逢見も一応は男子。ゲームが嫌いな男子がいるわけもなく、いつもよりは乗り気で、彼女の要望に答える。
「へえ、ゲームね……。ちなみに幾ら?」
「二人分で二万八千九百円」
「たかっ……」
東雲曰くこれは二機分らしいのだが、それでも高い。いや、ゲームの本体ならこれぐらいしてもおかしくはないのだが、放課後のアルバイトと東雲の両親の保険金で生活している身とすれば、少しはムダな出費は抑えておきたい。
だから、しっかりと吟味して決めなくては。
「そのゲームの名前は?」
「へ、名前?」
「機体の名前だよ。ブレステとかvviiとか」
「えっと、確かヘッドギア……だったっけ?」
「ヘッドギア!?」
最近のゲームの主流になりつつあるジャンル、仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインゲーム。略して『VRMMO』をするために必要となっているゲーム機である。
最新鋭の技術を投入し、またそれを運営する多大な労力のおかげか、値段設定は一番安いのでも十万を越える、いわゆる高級品というやつだ。
「へ、ヘッドギアってお前……確かにそう聞いたら二人で約二万は安く聞こえる……というか、破格の値段だけれど、逆に安すぎてなんか怖いな。そんなのどこで売ってるんだ?」
「いつものあのおじいちゃんの店」
逢見が戦々恐々しながらも尋ねると、東雲はそう答えた。
「あの中古店か……でも、あそこで買ったラジカセ一日も持たなかっただろ。大丈夫かな」
「炊飯器はまだ使えるよ。電子レンジも」
「そりゃあ千円したからな。けどさ、VRMMO……つまり、意識をフルダイブさせるゲームだぞ。遊んでる最中に、ラジカセみたいに壊れたらこえぇよ」
「でも、おじいちゃんはまだ一回も使ってない新品だって、だから安全面は保証できるって言ってたけど」
「なんでそんなのが中古品店になるんだよ……」
今回はどうしても欲しいものなのか、東雲は必死にプレゼンを続けるが、どうしても逢見の警戒度はあがっていくばかりだ。
「で、えっと。だからね、お願い空!」
このままじゃあ却下される。
そう思った彼女は両手を合わせて、頭を下げた。
潤んだ瞳で、更に上目遣いで己の顔を見つめられる。もう生まれたときから一緒にいると言っても過言ではない付き合いでも、逢見は未だに彼女のその仕草が苦手だった。
そんな事されたら有無も言う暇もなく、脊髄反射レベルで首を上下運動しかねないからだ。
「わ、分かった分かった! とりあえず、見には行ってやるから!」
「ほ、ほんと? やった!」
「ただし、買うかどうかはまだ決定してないからな」
「はーい!」
東雲は嬉しそうにはにかみながら、返事をした。
なまじ顔が良いだけに、見てて気分の良い笑い顔だった。
まあ、だからと言ってそう簡単に財布の口を緩ませるつもりはないが。
***
逢見たちの家──正確には東雲の両親が遺した家の近くには、家自体も売りに出せそうなぐらいボロボロな中古品店がある。
放課後のアルバイトと保険金で生活している貧乏人、逢見たちにとって破格の値段で商品を取り扱っているこの店を重宝していて、常連客の一人になっている。
「じじー、起きてるかー?」
「おじいちゃーん、空連れてきたよー」
継ぎ接ぎだらけの古びたのれんを捲り、逢見と東雲は店にはいった。
十二畳ほどの小さな店で、壁一面に木製の棚が組まれていて、そこにちょっと壊れてたり錆びてたり欠けてたり箱がなかったりする商品がずらりと並んでいる。
「……返事がないね」
「まさか、死んでるんじゃないよな」
「まだまだ死なんわ、ひ孫の顔も見ておらんのに」
逢見がそう呟いていると、奥の襖がカラリと開き、件のおじいさんが顔を出した。
御年七十六才。
まだまだ働けると豪語する元気なおじいさんである。
「それかお前ら二人の子供でも良いがな、東雲の所のガキ」
「ガキじゃない、逢見だ。いい加減覚えろよな」
後ろで『子供なんてそんな、まだ空とは結婚もしてないのに……』とクネクネしている東雲に全く気づく様子も見せず、逢見は奥から店に降りたおじいさんを半目で睨みながら指差した。
おじいさんはこの朴念仁が、と心の中で吐き捨てながら、逢見の指差してくる指を抑えた。
「東雲の所に居候している身の癖に偉そうに。それで、なんの用か?」
「買い物、梓がここにヘッドギアがあるって言ってたんだけど……まさかもう売れちまった?」
「こんな古びた店に来る物好きはお前らぐらいだよ。ほら、あそこに置いてある」
おじいさんが指差した方を見ると、一番奥の棚にひっそりとそれは置いてあった。
見た目は少し機械的な表面をしたフルフェイスのメット。貼り付けられた値札には 『14,450』と書いてある。
「すげえ、ホントにあった。じじー、これどうしたよ」
「孫に誕生日プレゼントで持ってたったら、もう持っとった」
「ああ……」
「意気揚々とプレゼントの箱を開けたら、孫の嬉しそうな顔が一瞬で雲ってな、『お爺ちゃん。僕もう持ってる』だと……」
「そりゃ不運だったな」
「それでわしは使わんし、というか、さっさとどっかに捨てたいからその値段でうろうとしているだが、なんだ、欲しいのか?」
「いや、まだ検討中。本体を買うってことはゲームも買わなきゃダメだろ? そんな金うちには……」
「ゲームならもうはいってるぞ」
「へ? っとと……!」
うっかり落としかけたヘッドギアを慌てて掴んで逢見はおじいさんの方を見た。おじいさんはそのゲームのものだろうパンフレットを見せてくれた。
《magic crown collection》
略称《mcc》
最近発売されたばかりのゲームだった。
タイトルには『最近なんとかコレクションとか流行ってるし、とりあえず入れておこうぜ!』みたいな感じがあるのは否めないが、評価も高く、設定も王道の魔法と剣で戦うファンタジーゲームだ。
なんでそんなの、と聞こうとした逢見だったが、それをギリギリ、喉元で抑え込んだ。大方、孫を喜ばせようと最新のゲームを入れておいたら、それも孫は持っていたのだろう。
なんというか、不憫なおじいさんである。
おじいさんはヘッドギアを敵のように血走った目で睨みながら。
「で、どうする。買うか、買わんのか」
おじいさんは逢見を睨みながら言う。
買え、と命令されてるようだった。
「え、えーっと……」
ちらりと肩越しに後ろで見守っている東雲を見てみると目をキラキラ輝かせながら神にでも祈っているのか、両手を合わせていた。
なんというか、もう、買わないといけない雰囲気に呑まれ、逢見は渋々。
「……じゃあじじー、買ってやるから値引きしろ」
「ふん、まあええよ」
「いやったーーーー!!」
後ろから東雲の勝ちどきが聞こえた。
これから一ヶ月、毎食パンの耳になることをいざ知らず。
よくあるゲームのなかに閉じ込められたっ! 系です。デスゲームじゃないから命が軽いです。