煩悩悩殺ロボ・みーちゃん
友達を見返したい、と息子の雄一郎が涙目でお願いをしてきた。
見返すとはどういう意味かと首を傾げていたら、雄一郎は気まずそうな顔つきで、
「彼女を作って、僕を馬鹿にしてきたやつらを見返したいんだ」
と、とんでもないことを言いだすものだから、私は思わず呆れてしまった。
でも、彼女いない歴=年齢の息子が悩みを抱えているのは、よく理解していた。顔もあまりよくない、身長だって中途半端だし、学歴もスポーツも中の下だ。いいところといったら、愚直で真面目なところくらいだが、そういうところを評価する女性は少ない。
大学生になってからは、周りに彼女持ちの人間が増えたせいか、やたらと仲間内からもネタにされ、悔しい思いをしてきたそうだ。藁にもすがる気持ちで、彼女を作りたいと泣きついてくるのも分かる。息子だからこそ、どうにかしてやりたいものだ。
ただ、媚薬や洗脳といった分野は、私の専門知識ではない。悩んだ末に、私は自分自身のロボット工学の知識を活かした、煩悩悩殺ロボ・みーちゃんを作ったのだった。
「父さん、これはいったい何?」
研究室にぽつんと立った人間そっくりのロボットを見て、雄一郎は目を見開いていた。
そのロボットは、モデルのような体つきをしていた。髪はセミロング、瞳は大きくくりりとしており、唇はみずみずしさを放っていた。胸も大きく、ヒップも綺麗な曲線を描いている。通りすがったら、思わず見とれてしまいそうなほどの女性の姿だ。
「どうだ、綺麗だろ。信じられないと思うが、こいつは私が作ったロボットだ」
「信じられない。まるで生きているみたいだ」
じろじろと見つめる雄一郎に、みーちゃんは恥ずかしがるように顔を背けた。
「挙動も、人間らしさが溢れているだろ。態度やしぐさは、人工知能にこれでもかというほど、女性の平均的なデータを埋め込んでいるから、人間と見分けがつかないデキだぞ」
みーちゃんは、上目遣いで雄一郎を見ていた。女性に免疫のない雄一郎は、それだけの動作でみるみる顔を赤らめていく。
「目と目が合うと、僕のほうが恥ずかしくなりそうだ」雄一郎は感嘆のため息をついていた。「でも、これだけ精巧なロボットなら、友達に紹介してもバレなさそうだね」
「ああ、バレることはないだろう。こいつを使って、お前を馬鹿にしてきた友達に自慢してくるといい。これだけの美貌だ、きっと悔しがるに違いないぞ」
「うん、さっそく見せにいってくる」
雄一郎はみーちゃんの手を引っ張ろうとして、一旦手を止めた。その汗ばんだ手をズボンできちんと拭いてから、改めてみーちゃんの手を引っ張って部屋を出ていった。
その動作を見ていた私は、あまりの健気さに渇いた笑いが出てしまった。
後日、雄一郎が鼻歌を歌いながら、やけに上機嫌でやってきた。
山のような論文に目を通していた私は、いそいで部屋を片付けて雄一郎が座れるほどのスペースを確保した。そしてポットからコーヒーを入れ、差し出した。
「そういえば、最近みーちゃんを見かけないな。どうしたんだ」
私は雄一郎の隣を見た。ついこの間まで、雄一郎の隣にはみーちゃんがいた。まるで夫婦のように寄りそっていたのだが、まったく見かけなくなってしまった。
雄一郎は「ああ」と、生返事をした。
「みーちゃんなら、他の男に奪われたよ」
「なんだって?」
「よくできたロボットだったからね。あれだけの美貌とボディを持っていれば、いい男がどんどん寄ってくるさ。僕みたいな冴えない男には、つらいものだ」
「女性のデータをもとに、精巧に作り過ぎたのがアダとなったか。いい男に寄られ、みーちゃんの人工知能もそっちにつられてしまったのかもしれないな」私は頭を下げた。「すまないことをしたな。今度は、お前しか愛せないロボットを作ってやろう」
「いや、その必要はないよ」
なぜだ、と首を傾げる私に向かって、雄一郎はどこか余裕のある表情を浮かべた。
「なあに、友達がみんな、みーちゃんにぞっこんになってね。彼女をほったらかしにするものだから、女性たちが呆れてしまったんだ。そして、『かっこよくてスポーツができる人はダメね、真面目で愚直そうなあなたのほうが魅力的だわ』って……」
そして、雄一郎はいま付き合っているという、素敵な女性とのプリクラを見せ……。