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普通超人ジミィ  作者: 墨
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プロローグ

ですから、すべて他人を裁くひとよ。

あなたに弁解の余地はありません。

あなたは他人を裁くことで、自分自身を罪に定めています。

裁くあなたが、それと同じことを行っているからです。


ローマ人への手紙 二章一節




プロローグ

【ヒーロー最後の日】


深い地の底、アジトと呼ばれるその場所で、いままさに二人の男が最後の時を迎えようとしていた。


ひとりは、世界に終焉をもたらす兵器のリモコンに指をかけている。


極寒の大地、吹き荒ぶ吹雪に守られた、凍てつく永久凍土の奥底で、その男はこの時を、世界の終わりを夢見ていたのだ。夜よりも黒きマントを身にまとい、光を失った右目にあてがわれた眼帯には、シルバーのドクロが鈍く輝いている。


暗がりに浮かび上がる色白の肌、尖った顎に、鋭い眼光を光らせる白髪の男は、悠久の時を闇に生きる吸血鬼のようにも見えた。


「悔しいだろう! 現実はテレビのヒーローショーとは違う。最後に勝利するのは、この私なのだよ!」


男は、離れて立つもうひとりに向かって、リモコンを突き出しながら高笑いした。


「永きにわたる我々の闘いも、今日限りだジェイムス!」


ジェイムスと呼ばれたもうひとりの男は、燃え立つような真っ赤な全身スーツに身を包み、腰には物々しいエンブレムのバックルをつけ、顔は炎柄のマスクに隠されている。その姿、マスクからのぞく瞳の輝きはヒーローと形容するに相応しいものだが、いまの彼は全身に無数の傷を負い、スーツは焦げ、背を伸ばして立てぬほどに疲弊している。


それは、彼がこのアジトの最深部にたどり着くまでにどれほど多くの苦難を越えてきたのかを物語っていた。


だが、


だがしかし、彼は決して心挫けてはいなかった。


「勝利宣言は、このジェイムス・フェニックスの心臓をとめてからにするんだな。ドクター・カイン!」


力強くいい放つ。

その言葉に、カインはリモコンのスイッチから指をはずし、両手をそびえ立つ十字架のように広げて見せた。


「面白い。まだそんな減らず口を叩けるとはな。だがお前になにができる? 私の勝利はもはや揺るがない!」


カインの見下ろす先で、ジェイムスは奥歯を噛み締めた。

口端から、一筋の鮮血が流れ落ちる。


その姿に、カインは声を上げて笑う。


「ハハハ!いいぞ、お前の苦悶の表情こそ、この日を飾るに相応しい!」


自信が確信へとかわる瞬間だった。

愉悦に満ちたカインの高笑いが、凍りついたアジトの空気を震わせる。


カインの確信は、常人相手ならば覆りはしないだろう。

しかし、この歴戦の勇士ジェイムス・フェニックスが、この一瞬の隙を見逃すはずがない。


「確信は油断を生む! お前の敗けだ、カイン!」

ジェイムスが一瞬、のけ反ったかと思うと、カインに向かって息を吹きかけるようにして何かを吐き出した。


それはレーザービームのように鋭く正確にカインの右手を貫き、彼の手からリモコンを弾き跳ばす。


突然のことに、カインは思わず貫かれた右手を抱え込むようにして庇う。

カインが出遅れたわずかな差に全てを託し、ジェイムスはリモコン目掛けてダイブした。


追いすがるカインの指が届くより先に、世界の命運はジェイムスの手のひらに収まる。


右手を押さえて立ち上がるカインの喉元に、ジェイムスの手刀が突きつけられた。


「チェックメイトだ。カイン」


静かに告げるジェイムスに、カインは右手の傷を眺めながら言う。


「いまのが奥の手と言うわけか。口の中に何かを仕込んでいたようだな」


「お前が考えているような仕掛けじゃないさ。 ここへ来るまでに散々苦しめられたおかげで“弾丸”を作れたのさ」


答えたジェイムスの口から幾筋かの血液が滴る。


それを見て、カインは全てを理解した。


「歯か」


そう。 ジェイムスは折れかけていた奥歯を噛み締めて砕き、それを超人的な肺活量で飛ばしたのだ。


「言ったはずだ。勝利宣言は、俺の心臓をとめてからにしろと。そして、これで貴様の野望も終りだ」


言いながら、手にしたリモコンを破壊しようと力を込める。


「おっと、やめておいたほうがいいぞジェイムス」


不気味な笑みを浮かべて、カインは言う。


「勝利宣言は心臓をとめてから。 確かにいい忠告だ、為になる。 だが、いまは誰に対しての忠告かな?」


「どういう意味だ」

この期に及んで、なお余裕をみせるカインの言動に、ジェイムスはきな臭さを覚えた。

カインの口様が負け惜しみとは思えない。


「遊びの時間はこれまでだ、ジェイムス。“審判の時”は来たのだ!」


それを合図に、けたたましい警告音が鳴り響き、室内を照らすライトが赤く点滅し始めた。


「ドクター・カインの音声コードを確認。自動発射装置が作動しました。ミサイル発射まで、あと600秒、599、598……」


機械合成された女性の音声が、淡々と終末へのカウントダウンを始める。


「浅はかだったなジェイムス。 まさかリモコンひとつに全てが委ねられているとでも思ったのか?」


嘲笑うようにカインが言った。


「リモコンは囮か」

ジェイムスはカインの胸ぐらを掴んで引き寄せる。


「自動発射装置を停める方法があるはずだ、教えろ!」


語気を強めたのは、ジェイムスがそれだけ窮地に立たされていることの表れだった。


「停める方法だと?もとより使うはずだったものに、そんな都合のいい安全弁があると思うのか」


カインは笑うが、ジェイムスには確信があった。


「貴様が無意味に600秒もの猶予時間を設ける筈はない、必ずあるはずだ!」


それを聞いたカインは、満足げに頷く。


「少しは知恵が回るようになったな。いいだろう、ラストゲームを始めようじゃないか。だがゲームの説明の前に、まずこの手をはなせ」


ジェイムスはカインを突き放すようにして解放した。


「何でもいい、はやく始めろ!」


カインが次なるゲームを始めたところで、カウントダウンは止まらないのだ。


「慌てるな、簡単なルールだ」


いやらしい笑みを湛えながら、カインが説明を続ける。


「一番大切なことを最初に教えよう。お前の持っているリモコンは本物だ。停止ボタンも作動する」


拍子抜けする言葉だが、これは嘘偽りなく真実だろう。

しかし、ここで喜び勇んでボタンを押すことがどれほど危険か、ジェイムスは十分に理解していた。


「まさか、それだけで終わりではないだろう?」


「勿論だとも、察しの通りゲストがいる」


ゲスト、その言葉にジェイムスは戦慄を覚えた。


「紹介しよう、彼らが私がラストゲームに招待したゲストだ!」


カインが指を鳴らした瞬間に、空中に巨大なスクリーンが現れる。

そこに映し出されたのは、恐怖に満ちた表情で叫ぶ子供たちの姿。


「人質か!」


吐き捨てるように言うジェイムスの顔に、カインは愉快そうに続ける。


「言うまでもないが、リモコンの停止ボタンを押せば、彼らの乗ったバスに仕掛けられた爆弾が炸裂する」


「最後の最後まで、俺とまともに勝負する気は無かったようだな」


「ヒーローショーではお約束の展開だろうジェイムス?託された世界の未来と子供たちの命、果たして彼はどちらを救うのか、ジェイムス・フェニックスの運命やいかに!」


「ご丁寧にスクールバスとは。現実はテレビのショーとは違うんじゃなかったのか?」


「そうだ、テレビのヒーローはどちらも救ってみせるが、現実はそうはいかない。安物の正義は挫かれ、ひとは選択によって報いを受ける。お前も選ぶがいい、己の身に受ける報いを!」


尊大にいい放つカインを睨みながら、ジェイムスはリモコンを握る手を震わせていた。


答えは決まっている。

それがどれ程の批難と謗りを受けるとしても、ひとつしかない。


“停止”だ。


およそ、ひとクラスの乗ったスクールバスと、全人類が乗ったこの星だ。

比べることなど出来はしない。


だが、それでも。


「押せまい、ジェイムス。お前には子供たちを自らの手で犠牲にすることはできない。偽りの正義を語る者に、正しき選択などできはしないのだ!」


「誰かの犠牲のうえに生き長らえることが正しさか?死は公平ではないが平等だ、誰かに強いられるものではないはずだ!」


ジェイムスの言葉は叫びに近かった。

スクリーンの向こうでは、悲鳴に混じって自分の名を呼ぶ声がする。


信じているのだ。

ジェイムス・フェニックスが、自分たちを救いだしてくれると。


「どちらを選んでも、そこに正義など無い……」


絞り出すようなジェイムスの言葉に、カインの顔が苛立ちの色を帯び、その目が軽蔑の光を宿す。


「くだらん、お前のその考えこそが誤りだ。お前たちはいつも最後になって寝言を語りだすが“その時”が来るまでに犯した過ちには気づきもしない」


感情をさらけ出すように、カインは捲し立てる。


「リモコンを弾きとばすのでなく、私の頭を吹き飛ばせば良かったのだ。悪のドクター・カインは死に、お前はリモコンを破壊するか、あるいは停止ボタンを押して世界は滅亡を免れる。めでたし、めでたしだ」


「バカな、それでも子供たちが犠牲になることに変わりはない!」


「知らなければ迷わず実行したはずだ!それともお前は、知らなかったと言い逃れが出来なくては、すべきことすらしないのか?」


荒くなった呼吸を整えるように深く吸い込み、カインは冷静さとドス黒い笑みを取り戻した。


「いま迫られている選択が、すでにお前の過ちの報いだ。そして、私の与えた今この瞬間こそ、お前にとっての審判の時なのだ」


「審判だと、貴様は神にでもなるつもりか!」


「私は神の裁きを待つつもりはない。それを受け入れられぬなら抗え。そしてお前もその手で裁くがいい、私がしたようにな!」


「俺は自分の信じる戦いをする。貴様のように他者を裁くことも、貴様の思い通りになることもない!」


覚悟が決まった。

ジェイムスの信念がそうさせた。


カウントダウンは60秒を切った。


「答えを聞こうジェイムス!」


「俺はミサイルを停めない!だが、ここから発射もさせない!」


ジェイムスの叫びと共に、彼の全身が眩い光に包まれた。


「なにをするつもりだ!」


今まで見たことのない閃光に、カインは視力を奪われ手探りをする。


「カイン、これは俺に残された最後の力だ。俺の中にある全てのエネルギーをバリアに変え、ミサイルの爆発を閉じ込める」


言いながら、彼は両手を掲げてミサイルに光の束を照射し始めた。

それは瞬く間にミサイルの表面を覆っていく。


「無駄な足掻きだジェイムス。貴様のその体で、巨大なバリアを固体化できるものか!」


言葉の理だけをなぞるなら、カインのほうが正しかった。


本来、ジェイムスの身体を包む皮膜のように形成される彼のバリアを、本体から切り離された、しかもミサイル全体を覆い尽くすほど大量に生み出さなければならないのだ。


しかし、ジェイムスの意志はそんなことで揺らぎはしない。


「たとえこの身と引き換えにしようと、必ずやり遂げる!」


遂にカウントダウンはゼロを告げ、ミサイルの噴射口が火を吹く。


ジェイムスの放つバリアの輝きはより強く、より眩いものとなり、ふたりの視界を白く塗りつぶしていく。


「貴様には、これほどのエネルギーを作り出す余力はなかったはず。ならばこれは、……命を力にしているのか!」


まさに命を賭して世界を守ろうとするジェイムスの信念に、カインはたじろいだ。


光の中から、ジェイムスがカインに語りかける。


「お前が言うように、これが俺の選択の報いなら、俺はそれを受け入れよう。もし誰かを裁かねばならぬのなら、俺は俺自身を裁く」


それは穏やかな口調だった。


「全ての命を守りたかった。たとえそれが、どんな命であろうとも。そのために戦い続けてきたつもりだった」


数々の死闘、だがその中にあっても、ジェイムスの手が人の死に染まったことはない。

幾度も向かい合ったカインが今もここにいることが、その証だ。


「ドクター・カイン。すまないが、お前を守ってやることはできそうにない。この命の全てをエネルギーに変えても、ミサイルの爆発を完全に封じ込めるのは無理なようだ」


ジェイムスにとって、これは敗北宣言であった。

しかし、このとき敗北を受け入れていた者がもうひとり。


「心配は無用だジェイムス。この施設の強度は折り紙つきだ。お前のバリアで威力を半減さることができれば、被害は最小限に留まるだろう。この一帯の汚染は免れないが、冷静に対処すれば、汚染の拡大も防げるはずだ」


そう語るカイン自身が、いまの心境を不思議なものだと感じていた。


組み木に火をかけ、その回りで踊り狂っていた自分が、その炎の絶えた後の様を眺めるような、心の静寂がそこにあった。


「ありがとう、カイン」


なぜありがとうなのか。

カインにはわからなかった。


その刹那、ミサイルが光の海に包まれて爆発する。


白色の光の中から、金色の炎が吹き上がり、津波のような衝撃が全てを飲み込んでゆく。



その日、人々は北の夜空が黄金色に輝くのを見た。

それがやがて来る世界平和宣言への夜明けであったことを、今を生きる我々は知っている。


そして暗転。

物憂げなピアノの音色にあわせて流れるエンドロール。


バックにはエピローグを思わせる風景が映し出され、最後に製作サイドからのお断りが表示される。


“この映画は実話をもとにしていますが、実在のジェイムス・フェニックス氏は存命であり、この事件の傷を癒すために療養中であること、またドクター・カインなる人物は架空のキャラクターであることをお断りしておきます”



小さくフラッシュして、テレビ画面が暗くなる。

静寂を取り戻した室内で、その女性はテレビのリモコンをソファーの座面に放り出し、傍らのテーブルに置かれたティーカップに手を伸ばす。


すらりと長い脚を組み、前の開いた丈の長い白衣をだらしなく着ながした姿ではあるが、女性の腰まで伸びた艶めく黒髪と涼しげな目元には、東洋人特有の美が見てとれる。

また、それには似つかわしくない高く筋の通った鼻と、透き通るような白肌は、神話の女神を象った大理石の像のように神秘的な美しさを帯びていた。

ともすればやや冷たい印象を与えかねない目元も、瞳を縁取る長い睫毛が、目を丸くする猫のような愛らしさを与えている。



手にしたティーカップに口をつける。


ひとくち飲み下したあと、余韻を楽しむように息をつく。


「ふぅ。なんど観ても素晴らしいな」

誰に言うでもなく、言葉を溢して女性が笑みを浮かべる。


そのとき、不意に背後から声がした。


「なぁにが、素晴らしいだ。いい大人が観るようなモンかよ」


振り向くと、リビングの壁にもたれて立つ青年の姿があった。


歳は二十代前半。

赤みを帯びた髪を逆立て、中肉中背でやや少年じみた風貌だ。


「ああ、キミかいつ来たんだ?」


「アンタがテレビのかじりつきながら、映画の台詞に相づち打ったり、身ぶり手振りで主役と一緒に暴れてるうちにだよ」


言いながら、青年は背中を壁からはなしてソファーの脇まで歩く。


「ひとが悪いなキミは。来たのなら一声かければよいだろう」


気まずいところを見られた彼女は、着衣の乱れを正しながら平静を装う。


「それに、部屋に入るときはノックをしろと、あれほど……」


「したよ、何度も。ところが誰かさんは画面のヒーロー様に夢中で気がつきもしない。まあ、おかげで映画スターばりの一人相撲が見れたけどな」


「やれやれ、キミの幼い思考回路は相変わらずだな。周囲に気づかぬほど何かに夢中になれるのは、私の人並みはずれた高い集中力の表れだ。決してキミの想像しているような理由じゃない」


すました顔で言い切るが、果たしてこの言い訳と青年の物言いはどちらが幼いだろう。


「今回はそういう事にしとくさ。しかしよく飽きないな、そんなに面白いか?このプロパガンダ映画」


それを聞いて彼女は大げさに首をふる。

「わかってない。全くキミにはがっかりだ」


すらっと立ち上がり、彼女は青年を指差して言う。


「いいかねジミィ君、この作品の素晴らしさは派手なCG映像が当たり前の時代に、あえて実寸大のセットや特撮にこだわった点や、主人公が安易に光線技で攻撃しない点もさることながら、ただ悪と定めた相手を裁くというのではない物語の……」


「長くなるならひとりでやってくれよ」


ジミィと呼ばれた青年は、熱弁を振るう女性の言葉を遮った。


「ほらそれだ。キミというやつはひとの話を真面目に聞いた試しがない」


そう口を尖らせるが、ジミィは意に介さない。


「ハカセのヒーロー談義は聞きあきたよ」


ハカセとは、この女性の白衣からくる呼び名だろう。

あるいは饒舌に映画を語る彼女への皮肉かもしれない。


「だいたい、その映画のコスチュームや特殊効果の監修した人間に言われても、自画自賛にしか聞こえないな」


「私が手を加えたことが、一番素晴らしい点なのだから、仕方ないだろう」


どうだとばかりに胸を張るハカセに、ジミィはため息混じりにかぶりを振る。


「いいよなんでも。だけど、少なくとも俺はあんな全身タイツは着たことないし、奥歯だって健在だ」


「またそれだ、キミにはジェイムス・フェニックスのようなヒーローらしさがまるでない。私が手を回しているからいいようなものの“彼”とは大違いだ。本人なのに!」


そう、このジミィ青年こそ何を隠そうジェイムス・フェニックスそのひとなのである。

そしてそれを影ながらサポートするのが、この“ハカセ”という女性なのだ。


「“彼”みたいじゃなくて悪かったね。でも映画だって実話をもとにって割にはデタラメじゃないか」


これはジミィの言う通りだった。

“世界平和宣言”前のジェイムス・フェニックス最後の戦いを描いたということになっているが、実際の出来事からはかけ離れた内容なのだ。

「だから、それは仕方がないだろう?ありのままでは映画にならないし、脚色せざるを得なくしたのはキミなんだぞ」


「俺が?」


「あのときのキミときたらなんだ。顔も隠さず、極寒の地にTシャツとジーンズで現れただろう!食べかけのハンバーガーを片手に!」


「それが悪いのか?食事中の呼び出しにもちゃんと応じただろう」


「それだけじゃないぞ、そのとき着ていたTシャツを覚えているか?」


「ああ、初めて行ったライブで買った思い出の……」


「漢字で“虐殺”って書いてあっただろう!意味わかってて買ったのか?あんなもの着てよく街中を歩けるな」

確かにハカセの言い分も一理ある。

ヒーロー云々の以前に痛い。


「姿形なら全身タイツのほうがよっぽど痛いぜ。実際に居たら引くだろ!」


それもその通りだ。


「ともかく、あのとき俺は急いでたんだ。だって……」


言いよどむジミィに、ハカセは小さく微笑んだ。


「だって、私が人質にされていたから、か?」


「そうさ、ああそうだよ」


顔を背けながら、ぶっきらぼうに答える。


「キミには感謝している。今私が生きているのは、キミのおかげだ」


急にしおらしくなったハカセに、ジミィはそれ以上なにも言えなくなった。


事実は小説より奇なり。

しかし、事実だからこそ呆気ないこともある。


あの日、ジミィはハカセからのSOSを受けて、バーガーショップから敵のアジトへ“テレポート”した。


そこには映画さながらの仮装をしたカインと名乗る男が、ミサイルの発射装置を手に立っていた。


室内のモニターには、別室に囚われているハカセの姿が映し出され、彼女を盾にとったカインは、ジミィが手を出さないのをいいことに、得意気に演説をぶっていた。


別室のハカセにはその内容は聞こえなかったが、部屋の小窓から二人の様子を見ることはできた。


先程ひとの話を聞いた試しがない、と評されたジミィも、この時は大人しくカインの演説が終わるのを待っていた。


ハカセが、攻撃をしかけないジミィをどんな気持ちで見ていたかは別にして、彼は彼なりに考えていたのだった。

食べかけのハンバーガーを頬張りながら、手にしたコーラを啜りながら。


このカインという男をどうやって捕まえるか、その方法を考えていた。


“目から怪光線”でも出せば、意外と素直に投降するかも知れない。

いやいや、今後の事を考えると“足踏みで大地割り”くらい見せて脅かしておくべきか。

いっそ首根っこを掴んでミサイルと平行に“高速飛行”してやれば、自分の作った物の恐ろしさが分かるかもしれない。


カインがミサイル発射を決行しようと、いよいよ饒舌になり、見せつけるようにリモコンを握った手を突き出した。


ハカセはこのとき、ジミィとカインが二言三言、言葉を交わしたのを見た。

おそらくジミィが無駄だと知りつつ、念のため警告を発したのだろうが、やはりそれは決裂し、発射ボタンが押される。


映画のジェイムス・フェニックスの犠牲的末路とは違い、ここからの展開は実に呆気なかった。


まずジミィは“吐息”でカインを凍りつかせ、放たれたミサイルを抱えて大気圏を離脱。

そのまま遥か宇宙の彼方へ放り捨てて帰還した。


囚われのハカセはジミィの“遠隔バリア”で完全に守られ、ここに悪の野望は潰えたのだった。


「私を救ってくれたことには、本当に感謝している、しているが……」


この展開でわかる通りジミィは人間相手に苦戦などしようがないのだ。


「とてもじゃないが、これだけのことをコンビニに用事を済ませにいくような感覚で片付けるキミを、映画のヒーローにはできないではないか!だから私は敵をより強大にして、キミの能力と人格を視聴者が理解しやすいように調整してだな」


「だからって、アレは盛りすぎだろう。ハカセの願望が入りすぎなんだよ!」


「そうは言うが、私が脚色しなかったら、キミの“あの願い”も叶わなかったんだぞ?」


あの願い、それを持ち出されてジミィの勢いが無くなった。


「そのことに関しては、私はキミに感謝されていいとおもうのだが?」


ふふん、とハカセが得意気に鼻をならした。

これはされていいというより、しろと要求している顔だ。


ジミィは嫌々ながら頷いてみせる。


「わかってるよ、感謝してる。でもそこまで言うんだから、“例のモノ”は完成してるんだよな」


他でもない、その“例のモノ”を受けとるために、彼は今日ここに来たのだ。


「完成はまだだ。でも七割程度は出来ている。 見たいか?」


ジミィは頷いた。

七割とは肩透かしだが、それでも見せられる程度にはなっているのだから、確認したい。


来たまえ、とハカセに連れられて、ジミィは地下へと降りた。


そこは如何にもなコンクリート剥き出しの地下室で、部屋中にコードが這い、無数のコンピュータがカリカリと唸りをあげている。


その部屋の中央。全ての回線が集中した場所に、円筒形のガラス柱が立っていた。


中は暗くて見えないが、そこに目的のモノが納められていることは確かだ。


ジミィがガラス柱の前に立ったのを確認して、ハカセがライトのスイッチを入れた。


「さあ、これがキミの“新しい姿”だ!」


目の前に現れたのは、純白の甲冑だった。


昆虫のような滑らかでスマートなフォルムと、中世の騎士を思わせる装飾が施された凛々しい姿。


主を持たぬそれは、肩にワイヤーをかけて少しうなだれたような姿勢でそこにいた。


「これが……」


ジミィは思わずガラスに手をあて、外側からスーツを撫でる。


これが彼の願いであり、カインとの戦いのあとでハカセに製作を依頼していた“変身スーツ”であった。


ハカセがパソコンのキーを叩くと、脱気音とともにガラス柱が上下に別れた。


「直接ふれてみたまえ」


ハカセの言葉に、ジミィは目を輝かせながらスーツに近寄った。


ジェイムス・フェニックスのタイツを馬鹿にしていたジミィが作らせたそれは、無論ただの変身アイテムなどではない。

「ハカセ、こいつが俺の願いを叶えてくれるんだよな」


期待の眼差しを向けるジミィに、ハカセは腕組みをしながら胸を張る。


「勿論だとも。これを身にまとえば、キミも今日から“普通のヒーロー”だ!」



そう、ジミィの傍らにあるそれは、彼のたっての希望で作られた“彼を弱くするスーツ”なのだ。

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