2.お優しい国主様
結婚式は無事に終わった。
いや、ヤァメル家当主の祝いの品の件が無事とは言い難かったか。
箱の中にあの剣を見つけた時は心臓が止まるかと思った。
彼なりのお茶目なのだろうが、笑えない。
こんな所ばかり兄弟で似ないでほしい。
お陰で見られたのが護衛騎士だけでなければどうしていたか分からない。
その晩には絶対に言うなと護衛騎士に念を押す羽目になった。
私の直属の部下にしていなければ、宰相にさくっと口を封じられていたかもしれない。
護衛騎士は信頼できる部下だし、サエの為にも生かしておきたい。
或いはこの騒動もヤァメル家当主に試されていたのかもしれない。
稀代の天才との評判があった彼の弟をこんな辺境の地まで連れてきたのは私なのだから。
もっとも、同じ位に性格の悪さも有名だったのだが。
ニエネンの国主や他の貴族から剣を見たいと言われる事もあり、助かったのも事実だ。
ヤァメル家当主はどうにも宰相以上に掴み所が無くて分からない。
私は彼に金を借りた側なので、あれこれ言える立場では無いのだが。
結婚してからしばらくの間は仕事をほとんどしなかった。
重要な書類へのサインくらいだ。
ヤァメル家当主が宰相に未熟者めと呟いて、人を置いていってくれたお陰だ。
しばらくして、あの多忙は宰相が反対派を処分しすぎたせいだったと気付いた。
それに、アヌートの風習でヒナとずっと一緒にいたせいでもある。
アヌートでは、結婚したばかりの夫婦はしばらくの間は共にいなくてはならないらしい。
少し離れるだけで、城の者から一斉に注意されるのだ。
あの挙動不審な導師にも念を押されてしまった。
彼は黒強竜信仰の導師の中で、国と対立も癒着もしない若者だ。
少々こちらを敬遠しているようが、あの悪夢の一年をくり返す位ならずっとましだ。
国と宗教者が近付きすぎるのは良くない。
そんな導師が必死に訴えかけてくるのだから、共にいるのは重要な事なのだろう。
だが、その度に顔を真っ赤にして近付いてくるヒナは可愛いと思う。
どうやら、イセルタでもそんな風習が無くて長時間一緒に居るのが恥ずかしいらしい。
結婚前からかなりの時間を共に過ごしていたはずなのだが。
それはそれ、これはこれなんです! と言われてしまった。
とにかくその結果、午前中には畑仕事やサエの勉強を見る事になった。
庭師は私が働くなんてと言ったが、じっと見ているだけは性に合わない。
ヒナやサエの働く姿を見ているだけなら、一緒に畑仕事で体を動かしていた方がましだ。
それ以外にもサエと久しぶりに遊んでやる事が出来た。
薄々感じてはいたが、やはりサエは頭を使うよりも体を動かす方が得意なようだ。
アヌートでは馬の飼育が盛んではなく、サエが乗れそうな仔馬を手に入れるのは難しい。
そこで馬の代わりにロバに乗せてみたが、すぐに一人で乗れるようになっていた。
馬よりも気性が穏やかだとはいえ、天性のものがあるのだろう。
将来、一緒に狩りに行けたら楽しいだろうなと思う。
アヌートではそもそも狩れるような動物が居るのかも怪しいが。
イセルタやケイサンの国境近くまで行く必要があるかもしれない。
サエ自身は私の政務を手伝いたいようだが、無理はするなと諭しておいた。
夏が来て、皇都から役人が来るようになってからは精力的に活動する事にした。
最初に工事を行う予定のイセルタで予定の絵図を手に語る。
次にはチテラテの湿地帯へと出かけて計画の進捗状況を確認する。
そのまま、アヌートを通り過ぎてケイサンと派兵の条件や時期を詰めた。
そうやって飛び回っていて、久しぶりにアヌートへ戻ると、ヒナが待ち受けていた。
そして、夏が苦手だからといって、留守にしてばかりではサエが可哀想だと叱られた。
確かに去年は皇都に行ったし、一昨年はイセルタに行っていたが。
必要な事だとさり気なく逃げていたのに、どうして分かったのだろうか。
アヌートの夏の暑さが私には厳しすぎるのだから、大目に見てほしい。
だが、サエが可哀想だと言われては仕方ない。
アヌートに役人や関係者を呼ぶ機会を増やす事にした。
サエも親しい友人がアヌートに居れば寂しさが紛れるだろうに。
ある日、こちらの兵の練度を確かめる為にケイサンの宰相がやってきた。
アヌートに来てからかなり鍛えたが、兵のほとんどは実戦経験がない。
そこが心配な点だった。
とはいえ、今後は反皇族派の連中と戦う可能性がある。
今回の件は相手が獣とはいえ、良い経験になるはずだ。
連帯感が高まれば、それだけでも初戦での離脱者が減る。
常に戦い続けているケイサンの兵との交流で学ぶ事もあるだろう。
仲が良いのは結構だが、どうもうちの兵は暢気すぎるような気がしていた所だ。
ケイサンの宰相は珍しく、息子を連れてきていた。
きちんと私に挨拶もしてきて、最初に会った時よりも落ち着いて見える。
ケイサン宰相の息子はサエに勝負を申し込んだらしい。
サエが戦っても良いかと聞いてきた。
今度こそちゃんと勝つと言ってきたので、良いと言ってやった。
サエは思った以上にあっさり勝っていた。
相手の動きを見極めて、最小限の力のみを使うのは、大人でもなかなか出来ない事だ。
ユノイェ家で学んだのが良かったのだろうか。
これなら、兵と戦っても相手によっては良い勝負が出来そうだ。
数人の怠け者の顔を思い浮かべて、発破をかける為にも一度戦わせてみようかと考える。
サエを褒めていたら、ケイサン宰相の息子が私に剣を習いたいと言ってきた。
私が返答する前にサエが嫌だと即答する。
おまけに護衛騎士も恐る恐る止めた方が良いと進言してくる。
だが、ケイサンの宰相は国家間の結び付きを強める為にも息子を預けたいと言う。
代わりにサエをくれないかと言ってきたので、それは断固として反対した。
それでもめげずにケイサンの宰相はメリットを挙げていく。
サエにも同年代の競争相手が必要だし、厳しくしてもらって構わない。
問題を起こすようなら、その時にケイサンまで送り返してくれと言ってきた。
確かに、サエにもアヌートに友人が居たらと考えていた所だ。
サエよりも勉強は出来るようだし、切磋琢磨し合う相手が居ればより成長できるだろう。
そう考えて、ケイサン宰相の息子の滞在を了承する事にした。
護衛騎士がまだ何か言いたそうにしていたが、命令だと言って封じ込める。
良い事をしたと思っていると、ヒナから分かっていないと再び叱られてしまった。
サエの為を思って決めたのに一体何が悪いのか、さっぱり分からない。




