3.導師の晴れ姿
黒の布地に鮮やかな刺繍が施された伝統的な婚礼衣装。
国主様の衣装は稀少なアヌートレイヨウの毛皮で作られた帽子と靴。
黒強竜の鱗に空の雲が移る様を模したローブに幸運の呪いが刻まれたベルト。
装飾品は一つ一つ丁寧に磨き上げられた色珠。
帯びている儀式用の剣も柄や鞘に色取り取りの刺繍。
お后様の衣装は純血を表す赤や黄を軸にした刺繍の被衣。
黄砂竜の鱗に砂漠の花々が移る様を模したドレスに妖精の加護を示した刺繍紋のベスト。
装飾品は財宝と魔よけを意味する小銀円。
どちらも砂礫の民の手を借りて用意された最高級の物です。
ついにこの日が来てしまいました。
思わず柱に頭を打ち付けてみましたが、夢ではないようです。
まさか自分が国主様の結婚式を執り行う事になるとは思いもしませんでしたとも。
こういう重大な結婚式を自分のような未熟者に任せるべきではないのですよ。
それもこれも全てお偉い方々のせいです。
そもそも前国主様が身罷られて、貴族様達が権力を握ったりなんてするからです。
貴族様達は黒強竜信仰の自分達と手を組もうとしてきました。
お陰で、反発した敬虔な先輩方は打ち殺されてしまいました。
従わない人を殺めるだなんて貴族様達は恐ろしい考えの持ち主です。
しかし、貴族様達に擦り寄った先輩方も今の国主様に全て打ち殺されてしまいました。
お偉い方々は本当に恐ろしい方ばかりです。
ろくに事情も知らない民は国主様を歓迎していますが、自分は騙されませんとも。
自ら困難に立ち向かおうと武力で解決する過激派の先輩方もいらっしゃいました。
彼等も国主様の命を狙ったばかりに、返り討ちにされてしまいました。
今の国主様が来られてからのあの最初の一年は本当に地獄絵図でした。
それを全て力で解決した国主様は竜を喰らいに来た狼に違いません。
ああ、自分は自ら困難に立ち向かう民の導となれればそれで良かったのに。
ほそぼそと畑を作り、説教をし、孤児や飢えた方に炊き出しをし、時に祝福し。
そんな日々からどうしてこんな事に。
法師様が高齢を理由に自分なんかを指名しなければ良かったのです。
他の方々もいらっしゃるのに、ああ、本当に何故なのですか。
結婚式は何度も執り行った事はありますが、それも民同士の話。
貴族様達の結婚式だって、やった事は無いんですよ。
前に行われた前国主様の結婚式なんて、自分が生まれたか生まれていないかの頃ですし。
法師様にもご助力いただけるって、もう嬉しいのか悲しいのか分かりません。
それだけの元気がおありになるのなら、是非結婚式もやっていただきたかった。
国主様とお近付きになりたい方は一杯いらっしゃるじゃないですかっ……!
相談にお城へ伺っただけで、もう恐怖で心臓が止まりそうでしたとも。
国主様は今は皇王様から信仰の変更を禁ずる書が出ているからできない。
いつかは黒強竜信仰にとおっしゃいました。
けれど、その目は金風狸信仰の商人と話した時と同じでした。
口では上手い事を言いながらも、心の中ではしっかりと決めている目です。
国主様の魂は灰氷狼の下にあるようです。
宗旨変えする未来がまるで想像できないのですが。
おまけに灰氷狼信仰の髪型が隠す必要があるのなら、帽子を被らないと言い出す始末。
黒強竜信仰の結婚式を上げると決めたのは貴方ではありませんか。
どうして灰氷狼信仰である事を主張しようとするんですか。
結局、一房長い髪は帽子に付けた飾りで誤魔化す事になりました。
たったそれだけで一苦労です。
自分の大抜擢を妬む先輩方には、是非とも代わっていただきたかった。
それも今日で終わると思えば頑張れます。
昨夜から締め切られた部屋で一晩過ごしたお后様を、国主様が迎えに行かれました。
これから行われるのは結婚の儀式。
両人と自分の三人のみで行われるものです。
新婦は式場まで新郎が抱えて運ぶ決まりですが、国主様は軽々と運んでこられました。
黒強竜の名の下に二人を祝福します。
誓いの口づけの後に、国主様自らの手でお后様の被衣が下ろされました。
これから披露宴の最後まで、お后様の顔が他人の目に曝される事は禁じられています。
例外は妖精役の少女だけです。
後は事前の連絡通りに外のテントまで、国主様が連れて行って下さるでしょう。
「導師様、儀式は終わりましたか?」
儀式が終わり外へ出た所で声をかけられて、思わず驚きました。
笑顔で聞いてきたのは、国主様に拾われた少女でした。
元は孤児だという少女に最初に話しかけられたのは、初めてお城に伺った時でした。
どうやら炊き出しで会った事があったようです。
全く覚えがありませんでしたし、いい迷惑でしたとも。
国主様に拾われた子供の事は噂で知っていました。
貴族などのお偉い方々の間では、人を飼うという悪趣味な遊びがあるそうです。
国主様もその類だと思っていたのですが、起きたのは大虐殺。
子供を餌に反乱分子を炙り出すという恐ろしい所業でした。
きっと最初からそのつもりで拾ったんです。
子供に好かれるのは喜ばしい事ですが、彼女に限っては死と隣り合わせ。
迂闊な事をしたら、自分も処分されるに違いないです。
「えぇ、終わりましたよ」
そう言って微笑みましたが、後ろの騎士様が気になって仕方ありません。
機嫌を損ねたら殺されそうです。
自分に構わないで下さいと声を大にして言いたいです。
「これからお后様は夕方まで暇ですから、行ってあげてくださいね」
最大限の笑みを浮かべて言うと、少女ははーい、と元気よく返事をしました。
少女の服装は大きな帽子に裾が広がった白地に刺繍のドレス。
妖精の服装です。
拾った孤児を妖精にまで指名するとは大層可愛がられているようですね。
いや、きっとこれも周囲を欺く為の策なのです。
気を付けなければいけません。
少女も去っていって、ようやく一息つく事ができました。
これから、外の広場で戻ってきた国主様に付き従わねばなりません。
挨拶に来られた方々に延々と祝福をする作業が待っています。
それさえ終わってしまえば、披露宴はさほど心配する事はないでしょう。
後半はいつも貴賤関係なく踊り出して騒ぐだけです。
ようやく全ての祝福が終わりました。
お偉い方々しか国主様の所へ挨拶に来られないはずなのに、あんなにも多いとは。
国主様と同じような白い肌の若い夫婦、宰相様と似た姿の方、ナーグの殿下と護衛騎士。
他国の国主様方もいらっしゃいました。
もう一生分のお偉い方々に会ったのではないでしょうか。
事前に届いていた品も含めて、国主様の横には祝いの品が積み上がっています。
此処まで来れば、後は無礼講。
国主様が祝いの品を披露するのを見ながら、お后様の登場まで時間を潰すだけです。
何か食べようかと探していると、宿屋の料理人の青年を見かけました。
今日は大々的な祝宴なので、お城の料理人だけでは足りないようです。
年に一度の捧げ物として料理を教会へ捧げに来る彼も、料理の追加に走り回っています。
あの青年の作るヤシの実の甘味は教会へ来る子供達にも好評でしたっけ。
行儀良くするように言い聞かせてきましたが、子供達も何処かで楽しんでいるでしょう。
祝いの品の中にはラクダもありました。
普通の結婚式では偶に祝いの品として新郎が掲げられずに笑いを巻き起こすものです。
ですが、国主様は抱え上げて場を大いに盛り上げていました。
流石に重そうにしていましたが、あんなものを抱え上げるだなんてとんでもない。
灰氷狼の加護どころの騒ぎでは無いのではないでしょうか。
ああ、なんて恐ろしいんでしょう。
早く穏やかな日常に戻りたいです。
途中で法師様が訪ねてきて下さいました。
お褒めの言葉をいただき、やはり君に頼んで良かったとおっしゃいました。
とても良い笑顔だったので言い返せませんでしたが、買いかぶりすぎです。
祝いの品の披露が終わる頃には日が傾き始めていました。
国主様は席を立つと、お后様を迎えに行ったようでした。
辺りでは酒が入った方々の笑い声が聞こえてきます。
自分もこんな役目を仰せつからなければ、乳酒で良い気分になっていたかったです。
皆さん、老若男女貴賤関係なく、踊り出して実に楽しそうです。
しばらくして、国主様がお后様を連れていらっしゃいました。
何故か妖精役の少女も一緒です。
歓声で迎えられる中、国主様とお后様はとても幸せそうでした。
やれやれ、大変な一日でしたがこの姿を見ると幸せの一助となれて良かったと思います。
国主様の結婚式の披露宴は、これより七日続きました。
披露宴の喧噪も過ぎ去り、ようやく穏やかな生活が戻りました。
振り返ってみると、あれはあれで良い経験でした。
あんなに恐れずに、少し位楽しめば良かったのかもしれません。
そうしみじみと思っていると、お后様が教会へいらっしゃいました。
黒強竜の祝福を受ける為のようです。
流石に今回は法師様が応対されるようでした。
思わず安堵しましたとも。
結婚したばかりなので国主様も一緒です。
遠くから見ていると、国主様が自分に気付いて手招きをしました。
国主様に呼ばれた以上、行かないわけにはいきません。
戦々恐々としていましたが、式では世話になったとのお言葉をいただきました。
勿体ないお言葉ですと恐縮していると、国主様は呵々大笑します。
そして、次に教会の力を借りる機会があれば、また君に頼みたいとおっしゃいました。
もう二度と体験したくないです。
勘弁して下さい。
そう言う事もできずに、脂汗を流すばかりでした。




