2.護衛騎士の肩書き
空は快晴。
風は暖かく、春の訪れを感じさせる良い日だ。
ついに国主様とヒナ嬢の結婚式が来てしまった。
俺も正装をする事になったのだが、どうにも着慣れない。
それともう一つ。
腰の剣に付けた飾りはこの国でただ一つしかない、サエの親衛隊隊長の証だ。
これを貰ったのはこの間の秋だった。
うっかり宰相を笑ってしまった俺は、夜中に宰相の襲撃を受けた。
いや、実際は国主様の所に報告に行ったら、宰相がいただけなのだが。
どう料理されるのかと戦々恐々する俺に、宰相は一つの問いかけをしてきた。
親に捨てられて、後に自分の境遇を知った親が何度も金の無心をしてきたらどうするか。
そんな問いかけだった。
何か意図があるのかもしれないが、さっぱり分からん。
宰相の事だと言われても納得できそうだ。
とりあえず、自分なりに考えてみる。
俺の故郷は自立に近い所にある。
契約の中でも特に貧しい土地で、岩と砂ばかりの所だ。
生活は苦しかったのに、俺は家の仕事よりも語り部である祖母の話を聞くのが好きだった。
実際には自分から家を出たが、ろくに働かない俺を捨てたとしても仕方がなかっただろう。
そして、今の俺の高給を当てにしたとしても、やはり仕方がないと思う。
そう言えば、年に一度くらいは手紙を送っているが送金をした事はなかった。
今の国主様になってから、税も減って少しは楽になったはずだがどうなのだろうか。
サエ付きになってからは給料も増えたし、どうせ暇が無くて貯まる一方だ。
実家も貰って喜ぶ事はあっても、困る事は無いだろう。
誰かに早々に頼もうかと考えながら、おそらく送りますねと返答する。
宰相はその答えを聞いて、だろうなお人好しがと毒づいた。
正解ではなかったようだが、想定されていたらしい。
だったら聞くなよとは、口が裂けても言わない。
宰相は続けて、今までの裏のルートを捨てる覚悟はあるかと聞いてきた。
俺はさぞ間抜けな顔をしていた事だろう。
宰相が言った意味が理解できなかった。
恐れ多くもお優しい宰相様は察しが悪い俺に分かりやすく説明してくれた。
国主様が俺を欲しいと言っているので、譲ってやってもいい。
ただし、部外者になる俺がいつまでも宰相のシマでうろちょろしていると迷惑だ。
だから国主様直属の兵になるなら、こっちに二度と顔を出すな。
そういう話らしい。
俺は話が終わるか終わらないかという内に一も二もなくうなずいた。
宰相から逃れられるのなら何だってする。
今まで築き上げてきたルートなんざ惜しくもない。
宰相は今までに見た事がない良い笑顔で、ならさっさと引き継ぎを終わらせるぞと言った。
せめてもう少し悩むフリをすれば良かったと後悔したが、遅かった。
そのまま、まずは宰相の現在の住処に連れて行かれた。
例の蔓草の紋章を掲げる貴族の屋敷だ。
出迎えた宰相の妻の姿に思わず視線を逸らす。
初めましてと言われたが、初めてじゃない。
サエに出会う直前の死線ぎりぎりの任務の時に一方的に知っている。
俺は彼女を直視できなかった。
宰相の妻なんていう死んだ方がマシな境遇になったのは俺のせいだ。
俺が宰相に報告しなければ、彼女の存在をこの悪魔が知る事は無かった。
この秘密は墓場まで持って行こうと心に誓った。
屋敷では隠し通路全てを教えるだけのはずだった。
だが、その隠し通路から刺客がわらわら出てきて死ぬかと思った。
こうなるって分かってただろとは、口が裂けても言えない。
俺も宰相も一睡もできなかったが、宰相は次の日もけろっとした顔で仕事に行った。
寝不足で目が赤くなっていた程度だったんじゃないだろうか。
宰相はマジで人じゃねぇと思う。
それからも俺はほとんど寝ないで契約中を駆けずり回る羽目になった。
全てが終わったのはもう何日後だったのかすら覚えていない。
ただ、どこに行っていたのかと問おうとしたサエが俺の姿に固まったのは覚えている。
宰相の下から逃げられたのは良かったが、最後が散々だった。
その後、国主様からこの飾りを貰ったんだったな。
サエの事を第一に行動しろとの言葉と一緒に。
結局、サエは俺がいない間に国主様とヒナ嬢の事は自分でケリをつけたようだった。
俺が戻ってすぐに、二人の結婚話にも笑顔で入って行っていた。
知らない間に一つ大人になっていたようで、俺としては少々寂しい。
こういう事を考えるから、周りから過保護だと言われるんだな。
この間も朝の鍛錬で皆にからかい半分に言われたんだった。
結婚式では国内外から人が集まって、お祭り状態だった。
警備をする兵士達は大変そうだが、俺としてはまだ気楽な方だ。
国主様直々にサエに余計な虫がつかないように注意しろと念を押されたが。
産出の国主はロリコンだから気を付けろとか、どこ情報だそれ。
俺以上に国主様は過保護だと思う。
今日の主役の二人はもちろんの事、サエもおめかしをしている。
結婚式の妖精役をするからだ。
普通、契約の結婚式は丸一日がかりだ。
妖精は人前に出られない花嫁の食事を運ぶ係で身内の少女に任される事が多い。
姉の結婚式の時には妹がやっていた覚えがあるが、サエはそれよりもよく似合っている。
色鮮やかな刺繍の服を着たサエは、身内のひいき目を除いても可愛いと思う。
そもそも、妖精は厳しい契約の地で思いがけない贈り物をする存在だ。
気まぐれで純粋だとされている性格はサエに似ている。
仕立屋もお世辞半分だろうが、こんなに素敵な妖精は見た事が無いと言っていた。
国主様はそれがまた心配の種のようだ。
サエにヒナ嬢へ色々な食べ物を運ぶようにとお願いしている。
だが、どう見てもヒナ嬢の為と言うよりはサエを余計な所へ行かせない為だろう。
緊張状態の花嫁がそんなに飯を詰め込める訳がない。
サエはサエで、国主様から与えられた任務にやる気満々らしい。
だが、明らかに自分の好きな甘味ばかり取ろうとしていたので注意しておく。
ついでに少し手伝ってやろうとしたのだが、断られてしまった。
危なっかしいサエを見守りながら豪華なテントまでたどり着く。
男の俺は花嫁のテントに入れないので、適当に持ってきた食べ物を摘みながら外で待つ。
サエが入ってすぐに中からは楽しげな声が聞こえてきた。
サエとヒナ嬢は親子か姉妹のように仲が良い。
国主様はサエを養子にしたりはしないんだろうか。
以前は反対派が幅を利かせていたが、今なら可能だろう。
それとも、お偉いさんだと跡継ぎの問題もあったりして難しいんだろうか。
俺としてはサエは国主様の養子になるのが一番幸せな気がするんだけどなぁ。
国主様の縁で良い所にも嫁げるだろうに。
しばらくすると、サエは再び食べ物を取りに行くと言って出てきた。
途中で自立の犬っころに会ったが、見慣れないサエの姿に挙動不審になっていた。
そうだろう可愛いだろうと思いつつも、お前にサエはやれん。
あっちに美味しそうなのがあると言えば、サエは妖精だからと走り出した。
残念そうな顔をしている犬っころを尻目に俺もサエの後に続く。
広場ではちょうど、国主様が祝いの品を披露しているところだった。
普通は嫁入り道具を見せる場なのだが、ようは自分の格を見せる場。
国主様の式では各国から届けられた祝いの品を見せる場に変わっているようだ。
大きな布で大衆の目から隠された国主様は、一つ一つ箱から取り出して品を掲げていく。
高級そうな壺や食器や装飾品。
何に使うのか分からないものまで、とにかくきらびやかだ。
不意に不自然な動きをした国主様に思わず目が行く。
国主様はすぐに装飾剣を掲げるが、その手元の箱にはもう一振りの剣が見える。
あれ、あの剣って皇都で国主様が下げてたやつじゃ……。
確か皇王様から賜ったとサエに言っていたような。
そう思った瞬間、俺の視線に気付いたようで国主様がこっちを見た。
その顔は黙っていろと言いたげだ。
やっべぇ、明らかに何か見ちゃまずい場面を見たっぽい。
思わず言いません言いませんとジェスチャーする。
その後ですぐにサエを追いかけると称して逃げたので、伝わったかどうかは分からない。
楽しそうなサエの横で、国主様に後で何を言われるのかと胃が痛くなる一方だった。




