2.動揺国主様
ヒナとの婚礼を正式に決めてからというものの、仕事が二倍、いや三倍になった。
これ以上増えるなんて信じられないが現実に起こっている。
宰相が無駄口を全く叩かない異常事態だ。
皮肉も何も無く、無言で書類を捌いていく姿は鬼気迫っていて怖い。
思わず宰相から目をそらして、自分の受け持ち分に目を落とす。
皇都への報告は勿論、他国への招待状も送らねばならない。
参加者によっては、式の延期も検討しなければならないだろう。
もし遠方からの出席者がいるのなら、秋に開催では間に合わない。
義父上には領主としての仕事もあるのだし、来ないで構わないと連絡したのだが。
この間の皇都訪問で各国の国主と会ったので、予想外の参加者が増えるかもしれない。
ホクシリ国主はやけに親しげに話しかけてきたが、風の噂でロリコンと聞いた。
サエと会っていたという報告も受けているし、正直来ないでほしい。
仮にも国主とはいえ、サエをロリコンに近付けたくはない。
出欠状況を確認してからだが、万が一にも来る気ならば何か考えなければならない。
いや、そもそも国内外から来る以上、何が起きても不思議ではない。
後で護衛騎士に式の間はサエから目を離さないように念を押しておこう。
そう考えていると、横合いから私の確認待ちの書類の束が差し出された。
一番上には四ヶ国の共同開発計画の支援を皇都に依頼する為の書類が見える。
差し出す宰相の目は血走っていた。
命の危険を感じて、私は慌てて受け取った。
こんな状況が続くのなら、手負いのムルク熊と対峙している方が余程ましだ。
後で参戦してくれたヒナもこの惨状に一瞬停止していた。
すぐににこやかな笑顔を取り戻したのは流石と言うべきか。
静かな戦場でヒナだけが癒しだった。
一心不乱に片付けていると、緊急の用だと兵が駆け込んできた。
黒強竜の神官との式の打ち合わせは明日だったはずだと脳内で確認する。
その場で婚礼衣装の採寸も行う予定だったが、布地の準備が間に合わないのだろうか。
他に緊急の用件が発生しそうな事案が思い当たらない。
多少の事なら宰相直属の者達が解決してくれるはずだ。
わざわざ私の所まで言いに来る用とは何なのか。
そんな事を考えたが、事態は私の予想の遙か上を行った。
サエがケイサンの宰相の息子からの手紙を読んで、彼のようになりたいと言ったらしい。
素直で真面目なサエに反抗期が!
あんな礼儀も知らない子供の何処が良いんだ。
いつかは来るかもと思っていたが、まさかこんな形でこんなに早く来るとは思わなかった。
そう言えば、忙しさを理由に最近はサエをあまり構ってやれていなかった。
宰相からも護衛騎士からもサエと話す時間を取れと言われていたのに。
ヒナは、その報告を聞くや否や、すぐにサエの元に行くように言ってきた。
あの宰相まで、そんな精神状態では邪魔だから失せろと職務放棄を許す発言をしてくる。
持つべきものは理解のある悪友と婚約者だ。
私は二人に礼を言うと、部屋を飛び出した。
サエは城の畑にいた。
最近は此処にいる時間が長いと聞いていたが、今日もそうだったようだ。
庭師と話すサエはいつもと変わったようには見えない。
朝の鍛錬の時だってそうだった。
一体、いつからあの子供に憧れるだなんて、ぐれるようになったのか。
サエだってあまり好いていなかったはずなのに。
皇都で会った時だろうか。
そう言えば、あの時も忙しくてテッサラーナさんに任せきりだった。
多忙は仕方ないとはいえ、それを理由にサエとの交流を怠っていたのは私の落ち度だ。
何か悩みがあるだろうと聞いてみれば、どうして分かったのかと言いたげな顔をする。
私は、サエの事ならすぐに分かるんだよと言って抱き上げた。
通りすがりの侍女にサエが好きそうな甘い菓子と茶を頼む。
こうしてサエと二人で茶を飲んだのは、いつ以来だっただろうか。
「ヒナさんと結婚しても、ぼくはここにいてもいい?」
サエは難しい顔で悩んだ後にそう言った。
当然だ。
サエが大人になるまでは育てるつもりでいたのに。
いつまでも一緒だと言ってやったのだが、サエはまだ不安そうな顔をしている。
一体どうしてサエが追い出されるなんて発想に至ったのか。
私はサエにおいでと言うと、座ったままサエを抱え込んだ。
拾った時はあんなに痩せていたのに、随分と重くなった気がする。
髪を掬ってみると、くすぐったいよと言いながら、サエはけらけらと笑い声をあげる。
「サエ、私の子供にならないか?」
ずっと考えていた事を言ってみる。
これまで、サエの立場は私のお気に入りの平民という曖昧なものだった。
サエを城から追い出すべきだという声は最初に拾った時から絶えずある。
それを黙殺しつつ、早々に養子にでもしようかという考えはあったのだ。
だが、結婚もしていないのに養子にするのは問題だという反対意見に押し切られていた。
ヒナとの結婚をだしにしているようで申し訳ないと思う。
そう切り出して聞いたのだが、ヒナは考え込みながらも最終的には了承してくれた。
ただ、サエとしっかり話し合うようにと釘を刺されていたのだった。
ぽかんとした顔のサエを見て、ヒナの忠告を思い出す。
国主様がお父さん?と困惑するサエに、急いで決める必要は無いんだと言い聞かせる。
サエが私の子になるのが嫌だというのなら、義父上に頼んで妹でも良い。
ヒナとは姉妹のように仲が良いから、イセルタ国主に養子縁組を頼んでも良い。
私としては非常に気が進まないが、テッサラーナさんの義妹になるという手もある。
目的はサエが大手を振って城を歩ける身分を与える事だ。
サエが望む形になれば一番良い。
どうしたいか決まったら教えてくれと言うと、サエは分かったと頷いた。
ついでにケイサンのあの子供はどう思っているのか聞いてみた。
サエはあんまり仲良くない友達だけど良い奴かも、答えた。
詳しく聞いてみると、どうやら嫌な事があるならちゃんと言えという手紙が来たらしい。
私とヒナの結婚でサエを不安にさせていたようだしな。
意外にもっともな助言をしていて驚いた。
その通りだから、いつでも何でも言って良いんだと改めて言っておいた。
サエは大丈夫だよと言いつつも、私に抱きついてくる。
やはり構ってやれずに寂しかったのだろう。
今の忙しい時期が終わったら、前に行けなかった砂礫の民の集落への遠出でもしよう。
もっと一緒の時間を取ってやれば、サエの不安も消えるはずだ。
執務室で顛末を報告したら、何故か二人から分かってないと言いたげな顔をされた。




