2.国主様の告白
皇都から戻ると、宰相が結婚していた。
しかも相手はあの蔓草貴族の娘だというのだから、とち狂ったとしか思えない。
私は宰相に国の為に自分を犠牲にしてほしいわけではない。
そもそも宰相に自己犠牲精神があるのかどうかも疑わしいのだが。
だが現状から見ると、どう考えてもそうとしか思えない。
何を考えているんだと詰め寄ったら、お前こそ何を勘違いしているのだと言われた。
宰相が言うには、自分の好みの女から一番利益があるのを引き抜いた結果らしい。
そう言われて、昔に宰相の好みを聞いた覚えがあることを思い出した。
確か、頭が空っぽで思い通りになってくれそうな脳内お花畑な娘が好みだとか……。
…………。
深く考えない方が良い気がしてきたので、考えを打ち切る。
宰相が良いと言っているのなら、私が口を出す問題では無いのだろう。
蔓草貴族に初めて同情を覚えてしまった。
宰相が身内とか、私なら死んでもごめんだ。
一時期、異父妹に求婚する騒ぎがあった時は全身全霊、全力で阻止したものだ。
今、異父妹は地元の幼馴染みと結婚して幸せにやっているはずだ。
あの時の私は正しかったと今でも確信できる。
そう、結婚。
婚約者としてヒナがアヌートに来てから、もうそろそろ一年。
イセルタで話を纏めた時から考えると一年を超えてしまっている。
間に式典が入ったとはいえ、いい加減に話を進めなければならない。
皇都でイセルタ国主にも言われてしまったのだし。
今からすぐに準備を始めたとしても、結婚式は冬か春になるだろう。
問題は、まずヒナに結婚を切り出さなければならないという事なのだが。
婚約者とは言っても、普通に話はするが、恋愛とやらの甘ったるい関係では無かった。
そもそも、なんだかんだ言って、自分から結婚を申し込むのは生まれて初めてだ。
これで緊張しない方がおかしいだろう。
大丈夫だとは思うのだが、万が一断られたら立ち直れない自信がある。
宰相の方はどうだったのかと聞いてみれば、意味ありげに笑われただけだった。
宰相が普通に求婚する姿が想像できない。
ついでに蔓草貴族がそれを認める姿も想像できない。
実は押し入って攫ってきたのかもしれない。
……もしかして、一番可哀想なのは蔓草貴族では無く結婚相手なのでは。
この悪辣な宰相が夫か。
どんな悪夢だ。
その内、一度会ってみた方が良いのかもしれない。
あの蔓草貴族の娘と言えど、彼女に罪は無いはずだ。
アヌートの国民が非道な目に遭っているのなら、救い出すのが国主の勤めだろう。
そう固く決意していたら、自分の結婚の事を考えろと注意されてしまった。
上手くいく自信があるのなら、こんなに現実逃避していない。
一生を左右する結婚は、婚約を申し込む時とは違うんだ。
ヒナは頭も良いし、気が利くし、見目も良いし、優しいし、何より襲ってこない。
先日の皇都での会議の際にもかなり助けてもらった覚えがある。
サエとも仲良くやってくれているし、ヒナが妻となってくれるのなら嬉しい。
だが、ヒナには私の格好悪い所ばかり見られている気がする。
婚約者の手を借りなければいけないような私を見放していないと良いのだが。
そう呟いたら、宰相から馬鹿だと言われてしまった。
私の頭が良くない事は自分で分かっている。
だから今、困っているんだ。
せめて宰相の半分でも賢ければと思うが、無いものは無いのだから仕方がない。
ヒナが姿を見せてからも、話をどうやって切り出したら良いか分からない。
書類を片付けていても、全く捗らない。
いつになくそわそわしていたせいだろうか。
ついには宰相から、二人で休憩にでも行ってこいと追い出されてしまった。
いや、宰相がどうにか切っ掛けを作ってくれようとしているのは分かるのだが。
これで何も言わずに帰ってきたら、今度こそ宰相にも見放されそうだ。
しかし、休憩と言われても、何処に行けば良いのか。
皇都でも似たような事をしたなと思いつつ、ヒナが喜びそうな庭園へ足を向ける。
こんな時に何処に行けば良いのか分からないが、間違いだという事はないだろう。
荒れ果てていた庭園は、今はヒナが手を入れている甲斐もあるのか花が咲き誇っている。
昨年からたった一年なのに見事なものだ。
こんなに沢山の花をどこから持ってきたのかと思えば、この国のものらしい。
国主でありながら、アヌートにこんなに花が咲いていたとは全く知らなかった。
荒野に咲く種類なので、このろくに手入れしていなかった庭でもすぐに育ったそうだ。
ヒナが楽しそうに話す姿を見ていると、本当にこういう話が好きなのだなと思う。
興味がない私でも面白く感じるのは凄い。
私も剣は好きだが、その話題でヒナを此処まで楽しませる事は出来ないだろう。
しばらくはヒナの話に耳を傾けていたが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
義父上に一度くらい、母上をどうやって口説き落としたのか聞いておけば良かった。
今でも円満な家庭を築いている義父上と母上は、私にとって理想の夫婦だ。
ろくに顔も会わした事も無い父は、人として見習ってはいけないと思う。
ヒナが長居しすぎたかしらと呟いた。
もうこれ以上引き延ばす事はできない。
「ヒナ、結婚しよう」
ヒナの手を取り告げる。
反応を確かめる余裕もなかった。
これからも迷惑をかけるだの、剣しか能のない男で悪いだのと言えれば良かったのに。
自分の欠点を言うと、断られる気がして言えなかった。
今まで散々格好付けてきたのに、一番大事な所でこれとは心底自分が情けない。
ただ、その代わりに一生大切にすると告げた。
しかし、ヒナからの返答は無かった。
脳裏に嫌な考えがよぎる。
これはまさか振られるのかと思った瞬間、ヒナが叫んだ。
「だから、いつもいつも格好良すぎるんですー!」
そう面と向かって叫ばれると、言われ慣れている私でも照れる。
あの余裕の無い告白の何処がと思ったが、指摘しない方が良い気がしてきた。
気付かれていないのなら、無闇に自分の評価を下げる事もないだろう。
ヒナはしばらくしてから自分が叫んだ事に気付いたような顔をした。
一気にヒナの顔が赤くなる。
「あ、えっと、あの……わたくしで良ければお願い致します……」
そして、ようやくそう絞り出した。
何故だか無性におかしくなって、私は笑い出してしまった。
思えば、ヒナの本心そのままの言葉を聞いたのは初めてのはずだ。
まさかそんな事を考えていたとは。
ひとしきり笑った後で、彼女が結婚相手で良かったとしみじみと思った。
性格は悪いが信頼できる悪友に、こんなに私を好いてくれている妻。
私を慕ってくれている子供に、いつも気にかけてくれる友人知人達。
こんなに幸せすぎて良いのだろうか。
執務室に戻る途中で、ヒナの手を引いてみた。
何度も握った事があるはずなのに、とても小さくて愛しく感じた。




