2.婚約者と勝利者
ギオ様が大会に出場することが決まってから、とても忙しくなりました。
最初はギオ様が嬉しそうなので良いことなのかしらと思っていたのですけれども。
どうやら大会に出る騎士には、恋人や妻が何か贈られるのが一般的らしいのです。
わたくしはギオ様の婚約者として紹介されていますのに、
ハンカチが無難な選択と聞いて、急遽針仕事をすることになってしまいました。
急に言われても、刺繍をするにも模様に困りますのに。
色々尋ねてみても、国の神が良いとか、名前の動物が良いとか、故郷の紋が良いとか。
結局どれが良いのか分かりません。
迷った末に、アヌートの竜にギオ様の故郷ムルクの紋を入れることにしました。
竜は強そうですし、ムルクの紋は戦神の国の紋なので騎士に好評だと聞きましたので。
そこまで悪い選択では無いでしょう。
本当、まだ裁縫は得意な方で良かったですわ。
ダンスで迷惑をかけていますのに、これで刺繍も残念だったら申し分けなさすぎます。
皇都に来てからというものの、参加するパーティーで毎回ダンス三昧。
こけそうになるたびにギオ様がフォローしてくれているお陰で何とかなっている状態。
あんなに練習したのにどうして上手くいかないのかしら。
ギオ様なんてろくに練習もしていなかったはずなのに、優雅に踊れているのに。
ちょっと羨ましい以上にずるいと思ってしまいますわ。
それにしても、ギオ様って随分注目されているのですね。
パーティーのお誘いも山のように来て、びっくりしてしまいましたわ。
あらかじめ宰相様から、誘いを受けるか否かのリストを貰っておいて助かりました。
アヌートならともかく、皇都の貴族の情勢はわたくしにはさっぱり分かりませんもの。
皇都で外出するなかでも、一番落ち着くのは四国の会議に出ている時です。
イセルタの父様と母様、チテラテの伯母様と旦那様、ケイサンの国主様と補佐の方。
皇都の綺麗な貴族の方の相手をしすぎたせいでしょうか。
こっちのパーティーやダンスよりもずっと大事な会議のはずなのに、ほっとします。
自国の負担や開発の優先をどうするかのお互いの意見を聞けたのは有意義でした。
わたくしはアヌートの婚約者として来ているので、ギオ様の味方です。
最近分かってきたのですが、ギオ様は本当にこういう場が苦手なようです。
今もしれっとした顔をしていても、どうにか言葉をひねり出そうと苦心しています。
前までは、本当になんでもないかのように済ませているのかと思っていましたわ。
そういう姿を見ると、どうにかわたくしも微力ながら手助けをしたくなります。
父様には申し訳ないのですが、父様の自国の利益優先の意見に反論してしまいました。
苦笑いはされていましたが、怒ってはいないようで安心しました。
チテラテの伯母様は相変わらず眠たそうですが、時々鋭いことを一言だけ呟きます。
その分、三番目の旦那様が意見を補足してくださったのは助かりました。
こういうことは一番目の旦那様が得意だと思っていましたが、意外です。
ケイサンの国主様は堂々と全て補佐の方に任せると言っていました。
ここまではっきりと言えるのも凄いですわよね。
時々父様の方を睨んでいるところを見ると、まだ根に持っているみたいです。
確か昔に、父様が作物取引の条件を有利にして荒稼ぎしたこととか色々あったはずです。
まったくもう、あの時は何とも思っていませんでしたが、今はいい迷惑ですわ。
イセルタとケイサンの意見調整が一番面倒でしたもの。
でも、皇都を離れる前までにお互いに納得できる条件で纏めることができました。
アヌートを離れる前に宰相様から頼まれたことを片付けられて一安心です。
ハンカチはどうにか大会までにできあがりました。
パーティーに会議、無事男の子を出産した大姉様のお見舞い。
ギオ様にも喜んでいただけて、どうにか作る時間を捻出した甲斐があったようです。
もう少し時間があれば、サエさんの分も作れましたのに。
また時間がある時にでも作ってあげましょう。
ギオ様とお揃いなら、いつ渡してもきっと喜んでくれるはずです。
本当は皇都でサエさんとお出かけもしたかったのに、全然予定が合いませんでしたわ。
サエさんも大会に出場するという話ですし、仕方ないですわね。
同年代のお友達と毎日頑張っているもの。
サエさんにそんな危ないことをしてほしくないのが本音ですが、無理でしょうね。
ギオ様もユノイェの方々も、女性が剣を持つのを気にしていないようですし。
せめて可愛らしい顔にだけは怪我をしないでほしいものです。
侍女には、ダンスの練習で顔面強打していたわたくしが言うのかと指摘されましたが。
わ、わたくしだって打ちたくて打ったわけではないのですよ。
ダンスの練習をしなければならなければいけなかったのですから、仕方ないですわ。
パーティーの必須がダンスではなく、作物の育成方法なら華々しく活躍できますのにっ。
絶対に踊るよりも役に立つ話題だと思うのですけれども、その話にはならないですわね。
自分の土地を持つ国主や領主よりも持たない貴族の方が多いからなのかしら。
準備に追われている間に、式典の日が来てしまいました。
ギオ様が出られる大会も同時に行われるそうです。
式典に出席しないわけにもいかないので、終わり次第皇城から会場へ向かわれるとか。
本戦からの出場になるので、最初の方は大会の会場にいなくても問題ないそうです。
慌ただしいですわね。
暢気にそう思っていたら、私も一緒に行くのだと言われてしまいました。
そうでしたわね。
サエさんの応援を諦めてまで、行かなくちゃいけないんでした。
大会終了後には皇城でパーティーもあるらしいですし、最後までついていけるかしら。
皇都でも注目されているギオ様のパートナーとして、できる限り頑張らないと。
皇王様と皇太子様が出て来られたのを視界に収めつつ、わたくしは改めて決意しました。
式典が終わって、会場までは速やかに移動できました。
皇城から会場までの馬車に案内つきとは至れり尽くせりです。
馬車から見た限りではかなりの人出だったようなのですが、道を確保していたようです。
特に待たされることも無く、会場に到着できました。
人の壁のせいで会場に辿り着けなかったなんて、笑い話にもなりませんものね。
どこか隅の方で応援しようと思ったのですが、どうやら席も用意しているとのこと。
貴族用の席に場所を確保してくださったのかしら。
ギオ様の婚約者という肩書きは凄いですわね。
わたくし、剣のことはさっぱりなのに良いのかしら。
なんて思っていたら、案内された場所は皇族用の席でした。
数人既に座ってらっしゃるようです。
皇王様も奥にいらっしゃいます。
って超VIP席じゃないですか!
なんでこんな所に案内されるんですか!
思わず後退りした所で、女性の騎士の方に押し留められました。
誰かと思えば、テッサラーナさんじゃないですか。
よく知らないのですけれども、こういう護衛は近衛の仕事じゃないのでしょうか。
前門の皇族、後門のテッサラーナさん。
「ギラントオーンの活躍をしっかり見られるようにとの、陛下の配慮です」
小声でそう言われてしまえば、大人しく座るしかないのでした。
間違って、皇族の方々に不敬を働いてしまったらどうしましょう……。
丁度、テッサラーナさんが皇族の方との間に遮るように立っていることが救いです。
このまま、何事もなく終わってほしいものですわ。
向こうも私には興味を持たずに盛り上がっている方が多いようですし。
ただ、あまりに煩いのかテッサラーナさんが舌打ちしたのですけれど、大丈夫ですよね?
聞かれていませんわよね?
剣の戦いは、ギオ様とサエさんが朝にやっているのを何度か見た程度しかありません。
正式な試合は初めてなんですが、皆さんあんなに重そうな鎧を着込んでいますのね。
誰が誰だかさっぱり分からないのですが、観客の方は分かっているようです。
入場する時の声援の量が人によって明らかに違いますもの。
ギオ様が見つけられるか心配だったのですが、意外とすぐに分かりました。
割れんばかりの声援は勿論、鎧を荷物で見た覚えがありましたから。
宰相様が従者の練習の為にと一式を持っていくように言っていたのでしたか。
本来は戦闘でもなければ持ってくる必要も無いと、道中に聞いた覚えがあります。
その時は、道中での鎧や馬の管理を体験させておきたいという話でした。
そのお陰で鎧を借りずに済んだのですが、もしかして宰相様は分かっていたのかしら。
まぁ、考えすぎですよね。
出場は皇都に来てから決まりましたし。
予選を終えたとは言っても、まだかなりの人が残っているようです。
多いのですねと呟くと、テッサラーナさんが振り向きました。
そして、従者がいる方は一緒にいるから多く見えるのだと教えてくださいました。
ギオ様は四回勝てば優勝だそうです。
ということは戦うのはあの中の十六人なのですね。
そう言われれば、雑然として見えた集団の中にもなんとなく纏まりが見えてきます。
それからテッサラーナさんは、ギオ様が戦うたびに色々解説してくださいました。
今のは相手の軸を崩したとか、先んじた一撃が決め手になったとか。
全く分からないわたくしでも、何となく理解できた気になりましたわ。
ギオ様ってとても強いんですのね。
皇都の大会なんて、皇国中から強い方が集まりそうですのに。
全然遅れをとっていないどころか、圧倒しているように見えますわ。
決勝前の休憩時間、テッサラーナさんがぽつりと呟きました。
「ヒルトナーナさん、貴女から見てギラントオーンはどんな人間ですか」
テッサラーナさんはギオ様の姉ですものね。
わたくしのようなぽっと出の女が相手と知って、やはり不安なのでしょうか。
だから、わたくしはなるべく自分の素直な気持ちを言いました。
「とても素晴らしい方だと思いますわ。
わたくしには勿体ないくらい、見目麗しくて、お強くて。
そして、ちょっと放っておけないところがありますわね」
にっこり笑って答えてみたのですが、テッサラーナさんは意外そうな顔をしました。
そうか、放っておけないか、と苦笑した顔が、ギオ様にそっくりです。
似てないと思っていましたが、笑った顔は良く似ていますのね。
続けて、弟をよろしく頼むと言われてしまいました。
思わずこちらこそよろしくお願いしますと返しましたが、声が上擦ってしまいました。
なんだか、急にとても恥ずかしくなってきましたわ。
よく考えれば、ギオ様のご家族の方に、所謂ご挨拶をするのはこれが初めてですものね。
いやだわ、顔が真っ赤になっていないかしら。
そんなわたくしのことなどお構いなしに、入場のラッパが鳴ってしまいました。
ギオ様のお相手はテッサラーナさんの同僚の騎士団長だそうです。
それまでの戦いよりも長引きましたが、無事に勝てて良かったですわ。
最後のところなんて、危ないと思って、身を乗り出して見てしまいました。
テッサラーナさんがあれは誘っていたのですと教えてくださいました。
ギオ様は出場を喜んでいましたが、わたくしとしてはもうあまり出てほしくないです。
もし怪我をしたらと考えたら恐ろしいですもの。
サエさんも大丈夫かしら。
こちらが終わったということは、もう向こうも終わっている頃合いですよね。
もしかしたら、こちらに来ているのかしら。
こんなに人が多いと分かりませんね。
ギオ様は皇王様を前にしても堂々としているようです。
実は会議の時のように内心は緊張していたりするのかしら。
ギオ様は皇王様から褒賞を受け取ると、剣を掲げました。
こういうことをすると、映えますわねぇ。
「我が剣は皇王陛下と皇太子殿下に、我が勝利はヒナに捧げます!」
そう思っていたら、不意打ちが待っていました。
我が勝利ってやだ、姫君と騎士のお伽噺の一節じゃないですか!
婚約の時と言い、そんな格好いいことをさらっとやらないでください!
格好いいのは見かけだけにしていただかないと、私の心臓が保ちませんってば!
テッサラーナさんに情熱的な告白だなと言われても、何も返すことが出来ませんでした。
衝撃すぎて大会後のパーティーで、何を話しかけられたかもさっぱり覚えていませんわ。




