1.猫と国主様
国主様が剣大会に出ることになったんだって。
ぼくも剣大会に出たかったんだけど、同じ時に国主様も戦うみたい。
やっぱりやめようかなって思ったんだけど、国主様が言ってくれたんだ。
出たいなら出た方がいいって。
だから、ぼくも剣大会に出ることに決めたんだ。
国主様はヒナさんにぼくを応援してって言ったんだけど、テッラ様に怒られてた。
婚約者が国主様の戦いを応援しないでどうするの、だって。
代わりに騎士さんと弟さん達が来てくれるみたい。
国主様は負けたらすぐにぼくの方に行くよって言ってたけど、勝っていてほしいなぁ。
ぼくだって国主様が戦うところを見たいもん。
それから、一緒にアヌートから来た兵士さんの中からも選ぼうって話になったんだ。
でもすごく希望者が多くて、一番強い人を決めるために大変なことになってた。
騎士さんにも出てみないのって聞いてみたけど、青い顔して首を横に振ったくらいね。
アヌートから出る子供は、ぼく一人で良かったって思ったよ。
剣大会に出ることが決まってから、国主様も時々練習に来るようになったんだ。
毎日来たいけど、お仕事が忙しいんだって。
ヒナさんと一緒によくお出かけしてた。
皇都に来てまでやらなくちゃいけないことがあるって大変だなぁ。
国主様が練習に来た時は、大体テッラ様が相手になってるよ。
きっと国主様くらい強いと、テッラ様しか敵わないのかな。
国主様が来た時はみんな練習そっちのけで見てるんだよ。
弟さんは上手いのを見るのも練習の内だって言ってたからいいのかな。
ヤシオコーグも国主様を見てびっくりしてたよ。
前に馬鹿にしてたけど、ヤシオコーグも国主様のすごさが分かったんじゃないかな。
テッラ様はお休みを貰ってから、しばらく教えに来てくれたよ。
みんな、テッラ様に教えてもらいたがったから忙しそうだった。
ぼくもちょっと教えてもらったよ。
相手の隙をつくのはすごく難しいね。
まだまだ動きの無駄が多いって言われちゃったし。
剣大会の日は朝はばたばたしてたけど、すぐに暇になっちゃった。
国主様は式典に出てから剣大会に出るって言って、ヒナさんと朝早くに行っちゃった。
ゲスト枠だから予選は免除なんだって言ってたよ。
テッラ様達もお仕事だって言って一緒に行っちゃったんだ。
だから、ちょっと体を動かした後に、剣大会に出るみんなで会場に行くことにしたよ。
迷子になって遅刻しても嫌だしね。
まだ朝なのに、外はすごい人だったよ。
皇都に来てから何回か町の中にも遊びに行ったんだけど、その時以上の人の数だった。
どこからこんなに来たんだろう。
ぼくみたいに他の国から来たのかなぁ。
いつもより出店も多いし、ちょっと気になるよ。
でも、騎士さんからすぐに会場に行くんだろうって引き戻されちゃった。
メヘム名物ぶどうジュースとか、ムルクケーキとかおいしそうなんだけど。
向こうにあるお菓子も見たことないのばっかりだし。
国主様の出番が終わってからでもやってるかなぁ。
会場は大人用と子供用で別々なんだって。
大人用の剣大会に出るアヌートの兵士さんとか弟さん達は、別の会場に行ったんだ。
ぼくも後で迷わないで行けるといいな。
国主様の戦う所を見たいもん。
自分の出番までみんなと話してたら、ヤシオコーグもやってきたんだ。
ぼくの姿を見るなり、今日こそは負かしてやるって言ってきたよ。
でも、ぼくとヤシオコーグが戦うまでに何回も勝たなくちゃいけないんだよね。
さっき見た対戦表だと端っこの方と端っこの方だったもん。
ヤシオコーグはそこまで残れない気がするよ。
本当のことを言ったら悪いかなと思ったから、がんばってねって言っておいた。
思ったよりも参加者が多いと思ったら、今回はいつもより多いんだって。
今年の式典は特別だから、他の国から来た子も多かったみたい。
強い子もいるだろうけど、国主様が悪口言われないくらいは勝ちたいなぁ。
結局、ぼくは優勝はできなかったんだ。
ヤシオコーグはぼくと戦う前にやっぱり負けてた。
ぼくは準決勝で負けちゃった。
相手の子がぼくよりも年上だったってのもあるけど、やっぱり悔しいな。
まだ小さいのに強かったよ、ってその子は言ってくれたけどさ。
何連戦しても疲れないように、もっと体力をつけないとなぁ。
それとも動きの無駄ってやつをなくす方がいいのかな。
どっちにしろ、もうへろへろだよ。
一個前の時点で勝てたことが運みたいなものだったもん。
ぼくに勝った子には残念だけど、ぼくの分までがんばってってお願いしておいた。
でも、今からならまだ国主様の試合には間に合うかなって思っちゃった。
こっちの決勝戦を見る時間はなさそうかな。
同じくらいの進み具合なら、きっとまだ向こうもやってるよね。
国主様なら優勝するはずだもん。
急いで外に出たら、騎士さんが待っててくれたんだ。
よくがんばったなってほめてくれたよ。
でも、他の弟さん達はいなかった。
人が多すぎて、途中ではぐれちゃったんだって。
不安だから道案内してほしかったんだけど、待ってても会えるとは限らないしなぁ。
仕方ないから、騎士さんと二人で行ってみる事にしたんだ。
はぐれないように手を繋いで行くことにしたけど、それでも騎士さんを見失いそうだよ。
何回か歩いた事があるのに、全然違う道みたい。
いざとなったら国主様のくれた首飾りを使って、誰か知ってそうな人に聞こうかな。
そう思って取り出したら、前を横切った人の荷物に首飾りが引っかかっちゃったんだ。
引っ張られるし、騎士さんと繋いだ手が離れそうになるし、思わず叫んじゃったよ。
痛いよ! ってね。
そうしたら、騎士さんだけじゃなくて、知らないお兄さんも止まったんだ。
お兄さんはぼくの首飾りが荷物に引っかかっているのに気付いて取ってくれたんだ。
ごめんなって言って持った時に、首飾りの名前を見てた。
何かと思ったら、お兄さんとぼくの名前が似てるんだって。
お兄さんはホクシリの人だって聞いて納得したよ。
やっぱり猫の名前をつける人が多いんだね。
それで、お兄さんが何かの縁だってもう一つの会場に案内してくれることになったんだ。
どこか行きたいところあったんじゃないのかなって思ったんだけどいいんだって。
こっちの方が面白そうだからって言ってた。
そうだよね、国主様が戦うところを見た方が面白いよね。
騎士さんは最初断ろうとしてたんだけど、やっぱり案内してもらうって。
お兄さんが何かちらっと見せたからみたい。
ぼくの首飾りみたいにあやしくないよって証拠だって言ってたけど何なんだろう。
お兄さんは肩車もしてくれたし、甘い物くれたし、優しかったよ。
ぼくが準決勝まで行ったって言ったらすごいなって言ってくれたんだよ。
連れて行ってもらう間に、ホクシリの話も聞けたんだ。
ぼくがいつか行ってみたいって言ったら、歓迎するって言ってくれたし。
ホクシリのお城に顔出せって言ってたから、お兄さんはお城で働いてる人なのかなぁ。
お兄さんは会場の観客席まで連れて行ってくれたんだ。
中もすごい人だったけど、お兄さんが案内してくれたところは空いててよかったよ。
お兄さんが近くの人に聞いてくれたけど、次が最後の試合だって。
国主様とナーグの騎士団長さんが戦うんだって。
やっぱり国主様は勝ってたよ。
最後だけでも間に合って良かった。
騎士団長って聞いたからテッラ様かなと思ったけど、違う男の人だった。
そう言えば、テッラ様が今日は警備のお仕事だって言ってたっけ。
ナーグは団長さんがたくさんいるんだね。
アヌートには一人しかいないのになぁ。
応援してる中にヒナさんはいないのかなって思ったら、特別席にいるんだって。
国主様の婚約者だから、もっと近くで見られるんだって。
いいなぁ。
お兄さんが案内してくれた観客席も他のところより近い方だけどさぁ。
そろそろ始まるって時に騎士さんを見たら、すごくそわそわしてた。
国主様は勝つから大丈夫だよって言ったけど、生返事だったし。
騎士さんも国主様の強さを知ってるはずなのになぁ。
お兄さんにもしゃきっとしろって笑われてた。
騎士さんって時々変だよね。
やっぱりどこか悪いのって聞こうと思ったんだけど、すぐに入場のラッパが鳴ったんだ。
国主様も相手も鎧を着込んでたけど、ぼくにはどっちが国主様かすぐ分かったよ。
なんか、国主様の方が歩き方も格好いいもんね。
国主様が手を振っただけですごい歓声だったよ。
勝負はすぐに国主様が勝つかと思ったんだけど、そうじゃなかった。
テッラ様と同じ騎士団長って肩書きなだけはあるなぁ。
国主様とテッラ様の戦いは、力で押す国主様と早さと正確さでさばくテッラ様なんだ。
でも、国主様と今の相手の人はどっちも力で戦うタイプみたい。
大きい音がして打ち合うたびに、会場もすごく盛り上がってた。
相手の人も強いなぁ。
まともに受けているように見えて、ちゃんと衝撃を受け流してる。
でも、国主様の方が何枚も上手だったよ。
最後は右側に誘い込んだ一撃をいなして、剣を弾き飛ばしたんだ。
審判の人が国主様が勝ちって宣言する前から、ぼくは喜んじゃったよ。
国主様の優勝だね。
大人用の剣大会では、皇王様直々におめでとうって言ってもらえるんだって。
皇王様って皇子のお父さんだよね。
なんか普通のおじさんっぽくてびっくりしちゃった。
格好はすごく高そうな服とか格好いいマントとかしてるんだけどさ。
我は嬉しいのだよ! とか言わなかったし。
皇子が変なだけだったのかな。
皇族ってみんなあんな感じなのかなって思ってた。
国主様は皇王様から褒めてもらった後に、みんなの前で宣言したんだ。
我が剣は皇王陛下と皇太子殿下に、我が勝利はヒナにささげます、って。
ぼくは格好いいなぁって思ってたけど、みんなは違ったみたい。
お兄さんが、騎士が主に剣をささげるのはあるけど、国主は無いからだよって言ってた。
でも、国主様より偉いのが皇王様なんだから、別に変じゃないんじゃないかな。
イセルタの国主様は剣が苦手って話だし、ローブクの国主様もそんな感じだもん。
今までにたまたま剣をささげる人がいなかっただけな気がするよ。
そう言ったら、お兄さんがそれもそうだなって納得してた。
それにしても、ヒナさんは国主様から特別扱いしてもらっていいなぁ。
ヒナさんは国主様の婚約者だもんね。
ぼくもあんな風に言われてみたいなって、ちょっと思ったよ。
剣大会が終わった後で、お兄さんとは別れたんだ。
お兄さんはこの後に用事があるって言ってた。
ちゃんと連れてきてくれてありがとうってお礼も言ったよ。
お兄さんは、国主様はこの後パーティーに出るから今日は遅いよって教えてくれた。
国主様とか貴族とかが集まってやるんだって。
じゃあ、今日はぼくががんばったことを国主様に言えないのかな。
優勝はできなかったけど、ほめてもらえると思ったのになぁ。
でも、仕方ないよね。
騎士さんがお店見てから帰ろうかって言ってくれたから、行くことにしたんだ。
そしたら途中でヤシオコーグに会っちゃった。
そう言えば、ヤシオコーグも叔父さんが国主様だから今日はいないんだね。
一人でかわいそうかなって思ったから、一緒にテッラ様の家に帰ったんだ。
テッラ様の家では、今日の剣大会に出た人のお疲れ様会をやるんだって言ってたもん。
ヤシオコーグもテッラ様の家で習ってたから、参加できるはずだよ。
すぐに負けちゃってても関係ないよ。
ヤシオコーグは最初は嫌そうなふりをしてたけど、仕方ないから行ってやるって。
素直じゃないなぁ。




