2.国主様の参加
昨日は皇都に入れた時点で遅くなってしまい、皇城への挨拶には行けなかった。
もっとも、早く着いたところで行けたのかは分からない。
押し寄せる異母兄弟姉妹の群れを見て、そう思ってしまった。
それにしても、実際に会うと噂で聞いていた以上の衝撃がある。
養子や嫁入りなどで居ない者もいるはずなのに、それでも多い。
私のように引き取られなかった者も入れるとどれくらいの数なのか、想像もしたくない。
紹介される兄弟達は四十を超えたあたりで覚えるのを諦めた。
何人か、共に戦争で戦った者達が居た時は頭を抱えたくなった。
戦友だと思っていたのが異母弟か……。
正妻やら側室やら愛人は最初から覚える気すら起きない。
中には血が繋がっていないが、騙されて引き取った子供が紛れていても不思議ではない。
というか、紛れていてくれないだろうかと思いたくなる多さだ。
こんな不実の塊のような男の血を引いているのかと考えるとかなり落ち込む。
私の父親はムルクで領主をしている義父上だけでいい。
本人に会ってもどう対応すれば良いか分からないので、不在なのがありがたかった。
事情を知るヒナは苦笑していたが、自分の身に置き換えると良い気分ではないだろう。
事情を知らないサエは、テッラ様は家族が多いねと言っていただけだった。
仲良くできると良いなと言っていたので、そうだなと返しておいた。
幾ら私が複雑な感情を持っているとはいえ、サエの交友関係を制限するのはおかしい。
そう考えたのだが、私の顔はぎこちなくなってしまっただろう。
幸か不幸か、初の皇都ではしゃいでいるサエは気が付かなかったようだ。
明日は皇城に行かなければならないが、サエを連れて行くわけにはいかない。
どう切り出そうかと思っていたら、テッサラーナさんがサエに話してくれた。
そして、早速サエも剣を習わないかと相談している。
私も襲撃の際に鈍っていた事を思い出して、テッサラーナさんに手合わせを頼む。
あれから多少は気持ちを入れ替えたが、本気を出せる相手との戦いは貴重だ。
アヌートではやろうと思っても相手が居ないのだから、此処で勘を取り戻しておきたい。
テッサラーナさんからはすぐに了承してもらえた。
サエは同じような年齢の異母弟妹達にも誘われて、すぐに了解していたようだ。
その後で一緒に寝ようと言われているあたり、滞在中は上手くやっていけそうだ。
後は私さえ割り切れればいいんだが、どうにもまだ心の折り合いが付きそうにない。
ぽんぽん弟妹が増えていくのに慣れている彼等と違って、私は一般家庭で育ったんだ。
喜びながら枕を持って走り去ったサエの姿を見送って、私は溜息を吐いた。
とりあえず、ついていこうとする護衛騎士に早く寝させるようにとだけ言っておいた。
次の日もサエは元気だった。
明るく行ってらっしゃいと言ってもらえると、面倒な皇王様への謁見も行く気が起きる。
私とヒナだけではなく、テッサラーナさん含め皇城勤め十数名もという異常事態でもだ。
ヒナや文官も含めてはいるものの、この集団で拠点の一つや二つ落とせそうだ。
ユノイェ一族総出で何処へ遠征に行こうとしているのかという気になってくる。
いや、総出と言うには人数がかなり足りないな。
そんな事を考えていたら、確か同い年の異母弟が口を開く。
今日なら城の一つも落とせそうですねと言われて、同じ思考回路かとショックを受けた。
何とか顔に出さないようにして聞き流す。
皇城に行く前に、ユノイェ一行と別れてヤァメル家を訪ねる。
現当主に挨拶すると弟は元気かと聞かれたので、曖昧に笑って元気ですと返しておいた。
元気すぎて貴方の弟に苦労させられていますとはどうにも言えない。
そんな事を言ったが最後、嬉々として首を突っ込んできそうだ。
何とか彼の追求を誤魔化して、目的の品を受け取る。
ヒナがそれは何かと聞いてきたので、気まずい思いをしながらも正直に答えた。
皇王様から褒美として貰った剣で、今は資金を借りる為にヤァメル家に質入れ状態だと。
アヌートの発展の為には初期投資が必要だが、行ったばかりの城を振っても出て来ない。
私も宰相もそんな膨大な個人資産なんて持っていない。
腐敗貴族を切り捨てても必要分には届かなかったのだから仕方がない。
ようやく最近は軌道に乗ってきたのだから、そろそろ取り戻したいのは確かだ。
だが、それよりも優先すべき事はまだあるからとそのままになっている。
だからと言って皇王様の所に行くのに、この剣を持たずに行くわけにはいかないだろう。
そう言うわけで皇城に行く前に、一時的に返してもらいに来たのだ。
皇城に着くと、トナル国主と鉢合わせた。
昨日着いた時間も同じようだったのだから、皇城で再び会っても不思議ではない。
トナル国主は顔を布で隠した人物で、男か女かも分からなかった。
衣服にトナルの紋章が無ければ不審人物だと思っただろう。
挨拶をしたが、トナル国主は会釈一つで去っていってしまった。
長々と待たされたが、皇王様への謁見自体はすぐに終わった。
式典も迫る中、一々私のような新米国主に関わっている暇も無いのだろう。
これからも皇国に尽くしてくれ、皇太子をよろしく頼むと言われて強く頷いた。
謁見の間から出て、自分が思った以上に緊張していたと実感する。
何か失態をしでかしていなかっただろうか。
待っていてくれたヒナの姿を見て、ようやく安堵の息が漏れる。
ヒナから皇城に入るのは初めてだと聞いたので、二人で少し歩く事にした。
こういう時、国主なら皇城内をふらふら歩いていても咎められないのは少し得だ。
以前はそんな身分では無かったので、私も皇城をこうして歩くのは初めてだった。
二人で何処に行けば良いのかと話し合いながら散策する。
途中で兵から声をかけられたので誰かと思ったら、戦争の際に共に戦った者だった。
あの戦いが遠い昔のようだ。
お互いの無事を確認したついでに、庭園への道を聞いてみる。
ヒナは植物が好きなようだから、庭園にでも行った方が楽しめるだろう。
道中でヒナに、本当に戦っていましたのねと言われてしまった。
この母上に似た軟弱な顔のせいだろう。
よく言われると返した。
庭園には私達だけではなく、貴族達も大勢集まっていた。
茶会か何かでもやっているのだろうか。
そう思っていたら、イセルタ国主が近付いてきた。
式典までに遠方からきた貴族や国主の交流の場として開放しているとの事だった。
そう言えば、イセルタ国主は一足先に皇都に来ていたんだったな。
長女への用事が済んだ後は連日此処で交流と情報収集に勤しんでいたらしい。
手紙での遣り取りはしていたが、イセルタ国主と会うのもほぼ一年ぶりだ。
イセルタ国主は挨拶もそこそこに、私とヒナが何処まで進んだのかと聞いてきた。
下世話な父の言葉にヒナは顔を赤くして、何処までも其処までもありませんと叫ぶ。
だが、直接的な関係は置いておいても、もう婚約して一年近く。
この間の不本意な襲撃で国内の不穏分子は大方掃討された。
ケイサン、イセルタ、チテラテとの計画も順調だ。
そろそろヒナとの事も進めなければいけないのは間違いない。
覚悟が足りない私に業を煮やして、イセルタ国主なりの発破をかけられたのだろうか。
そんな私達の話し声につられたのか、貴族達も寄ってきた。
正直、私は貴族は苦手だ。
特に皇都の貴族には出来る限り関わりたくない。
奴等は言葉が通じているようで通じていないし、平気で面倒な事をしでかしてくれる。
前回の滞在時には、案内された貴族の館で娘に寝込みを襲われたんだった。
今までに何度も誘われた事はあったが、そんな強硬手段に出た女性なんて居なかった。
錯乱して切り捨てなかったあの時の私を褒めてやりたい。
あの時は慌てて窓から逃げ出した挙げ句、どうやって助かったんだったか。
気が動転していたせいか、未だに記憶が曖昧だった。
ただ、今までの自分の人生が恵まれていたのだなと思った事は覚えている。
出来る事なら今も回れ右をしたいが、ヒナやイセルタ国主の前だ。
適当に笑顔でも貼り付けておけば、さっさと話が終わらないだろうか。
そう願っていたのに、近付いてきた中の一人が私を見るなり、声を張り上げた。
アヌート国主様におかれましては、皇王様のご威光により御国を賜りながら云々。
装飾が多すぎて、言葉の意味を理解するのも一苦労だ。
要約すると、皇王様から国を貰っておきながら、軍を鍛えて反乱の準備をしているのか。
そう言う事を言いたいらしい。
どうしてそんな思考回路に行き着くのか、さっぱり分からない。
私はあの枯れた大地をどうにかしようとしているだけの善良な国主だ。
騎士団を鍛えているのは否定しないが、あれは趣味であって活用を考えた事など無い。
それが、彼にかかると謀反の計画を企てているようにしか見えないらしい。
水面下で進めている四国の協力計画を知ったら発狂しそうだ。
どうやって黙らせようかと考えていると、ヒナが歩み出た。
そして、巧みな弁舌で相手を丸め込んでいく。
イセルタ国主がうちの娘は役に立つだろうと囁いてくる。
それはその通りだったので、素直にいつも助けられていますと返した。
その間にもヒナはどんどん相手の悪意ある言葉を封じ込めて言っている。
何故か大断崖の向こうに居るという伝説の種族から皇国を守る為とか話が飛躍していた。
そんな設定、聞いた事が無い。
もしかして私が知らないだけなのだろうか。
ちらりとイセルタ国主を見たら、そう言う与太話もあるかもしれないねと返された。
口から出任せか。
だが、そのもっともらしさには思わず感心してしまった。
実際、最果てのアヌートの事なんて知らない貴族共には真実に聞こえただろう。
色々な思惑の末のアヌート行きだったが、そんな理由が付くとなるとありえそうだ。
私もその為にアヌート国主になったのだと言われたら、納得してしまうかもしれない。
貴族は、ならば英雄として皇王様にその武を示せるのですなと返してきた。
武を示す?
何を言っているのかと思ったら、周りからも剣大会への出場ですかと聞こえてくる。
剣大会とは年に一度行われる、剣を使うもの憧れの大会だ。
私も小さい頃は出たいと思っていた覚えがある。
ムルクの果ての果ての領地では夢は夢で終わったのだったが。
だが、あれには国主が出てはならないのでは無かっただろうか。
運が悪ければ死ぬ事もある危険な大会に、国主を出すわけにはいかないはずだ。
ムルク国主が出れば優勝間違い無しだろうにと友人と語り合った思い出がある。
幾ら私が英雄扱いされていても、そんな無理を通せるのだろうか。
通せないだろうなと思ったのだが、何故か貴族共が色めき立つ。
噂の英雄の腕前を見られるなら、是非にもと言う声が上がり始めた。
二年も国主業をして鈍りに鈍った私に言っているのか。
皇王様に直接陳情を出して、許されたら出ていただけますねと念を押す声も聞こえる。
これで断ったら、臆病者と私の名声もアヌートの評判も地に落ちるだろう。
私は当然だと返す他は無かった。
半分は面倒なので、皇王様がはね除けてくれないだろうかと考えている。
だが、もう半分は昔憧れた場で自分の力を試してみたいと思う気持ちもあった。
そして、その日の内に皇王様から出場の命が下された。




