3.姫団長、歓迎する
久しぶりに皇子が勤務中にやってきた。
仕事の邪魔はするなと何度も言っても聞き入れられないのは何故だろうか。
もしかしたら、この馬鹿幼馴染みに言葉が通じていないのではと半分くらい思っている。
「テッラぁ、大ニュースがあるのだよ!」
「後にして下さい」
しかも、廊下や指揮所ならまだしも、此処は兵の休息所だ。
仮眠をする者もいれば世間話に興じる者もいる。
流石にもう何度もやらかした事態なので大半は慣れたものだが、新兵や数名が動揺する。
視界の端では起きたばかりで半裸の者が、慌てて服を探してひっくり返った。
まったく、頭は良いくせにどうして活用しようとしないんだ。
こんな所に皇族が現れたら動揺が走るに決まっているだろうが。
まずは満面の笑顔の皇子を制して黙らせる。
次に皇子の出現でざわついた部下達を叱咤して黙らせた。
そして同僚に目的の書類を渡すと、二、三点確認し、不備を指摘する。
もう一度やり直すように言い終えた後で、大人しくしていた皇子を引き擦って外に出た。
大げさに落ち込んでいた皇子は、休息所を出るなり元気を取り戻してみせる。
皇子によると、今年の記念式典で皇太子の指名が行われるらしい。
一瞬、嫌な想像が頭を掠めたが、幸運にもその考えは外れていた。
指名されるのは第二皇子のようだ。
そうだろう、この馬鹿皇子が指名されたら皇国の落日が訪れる。
皇子が伝えたかったのは、各国の国主に式典出席が命じられたという事だった。
毎年任意出席なのに、それだけ今回の皇太子指名は重要なのか。
確かに城内でも頻繁に次の皇太子は決まらないのかと噂になっていた。
誰を推すかで貴族間の牽制があり、何故か第十二皇子を推す派閥もあるくらいだ。
貴族や国主に次の皇王への忠誠を確認しておく為の式典でもあるのか。
遠方の国主でもハバリフの国主のように老齢だったりしない限りは本人が来るのだろう。
と言う事は、ギラントオーンも皇都に来るのだな。
目の前に回り込んで、褒めてくれたまえとでも言いたげな皇子は意図的に無視しておく。
つい先程の会議で決定した足で知らせに来たのだろう。
すぐに周知されるのだろうが、一団長ごときに漏洩するな愚か者。
皇子は無視したのに、いかにも驚いたかと聞きたげな視線を向けてくる。
ええい、鬱陶しい。
それが何だと返すと、皇子は私にギラントオーンを家に招待してはどうかと勧めてきた。
確か、皇都に縁がある国主はその者の家に世話になるのが一般的だ。
けれど例え縁が無くても、来させるのは皇王なのだから適当な家を紹介されるはずだ。
そもそも私が当主なのではないのだから、招待するのもおかしいだろう。
そう言い返すと、実質当主のようなもんじゃないかね、と言われてしまった。
私にそんなつもりはない。
ただ父上の爛れた生活は幼い弟妹達の教育に悪いので、離れに移っていただいただけだ。
大体、ギラントオーンから頼まれたわけでもないのにお節介すぎるだろう。
そう思っていたのに、前回の彼の苦労を切々と語られてしまった。
押し倒そうとしてくる女性から逃げ回って、皇子が匿ったなんて初耳だ。
前回は戦争後の賞与の為だったから、家名に箔を付けたい一部貴族が暴走したのだろう。
国主になった今回なんてもっと酷い事になるに違いない。
手紙で婚約者が出来た事は知っているが、仮に連れてきても結局変わらないはずだ。
それを知って引くような心があるなら、そもそもそんな卑怯な真似をするはずがない。
ならば、放っておくわけにはいかなかった。
帰ったら父上に話を通さねばならないだろう。
式典の話が向こうに届き次第、ギラントオーンにも手紙を送る必要がある。
段取りを纏めていると、隣の皇子が眼に入った。
何やら釈然としないものがあるが、皇子に借りが出来たのは確かだ。
礼を言うと、じゃあまた旅行にでも行こうじゃないか、と言われて思わず眉根が寄った。
私も人の事を言えないが、いい加減恋人でも作らないのだろうか。
毎度毎度、皇子の寂しい一人旅に付き合わされている気がする。
借りを作る私も私だが、借りを押し付けてくる皇子も皇子だと思う。
一度、皇都を騒がせたギラントオーンだが、大半の弟妹達は会った事が無い。
滞在すると言うだけで、我が家はハチの巣を突いたような騒ぎになった。
新しい兄に会えるとドレスの相談に余念が無い妹達。
兄は強いのかと剣を手に暴れる弟達。
どう迎えたら良いのかと戸惑う母上、それに父上の側室や愛人達。
客を迎え入れる為の掃除に走り回る使用人達。
連れてくる兵も数えるとかなりの数なのだから大変だ。
……そして、ちらちらと本邸を窺ってくる父上。
父上は毎度連れてくる女性が違うものだから、終いに顔を見せるなと怒鳴ってしまった。
そういうのを止めろと言っているのに、嫌がらせではないだろうか。
父上に感化されて放蕩者になってしまった弟達をこれ以上増やすわけにはいかない。
いっそ彼等全員ユノイェトレクの恥曝しと、削ぎ落としてやろうか。
どうにか迎える目処が付いた頃、ギラントオーンから手紙が届いた。
何かと思えば、手紙にはアヌートで起きた襲撃事件の顛末が書かれていた。
揃いも揃って何をしているのだ、あの男共は。
サエと国主の婚約者を危機に晒す宰相に、気付かないギラントオーン。
そして知っていながら黙っていた使えない暗殺者。
目の前にいたら説教しているところだ。
文句は次から次へと浮かんでくるが、どうにか怒りを抑え込む。
腹立たしいがギラントオーンの、サエを宰相の側に置いておけないという意見は尤もだ。
サエを此方に連れてくる口実が欲しいというのも理解できる。
すぐに従者を呼びつけて、名簿を持ってこさせる。
元々、毎年この時期だけユノイェに剣を習いに来る子は多い。
即位記念式典で皇都に来る国主や貴族の中には体験希望の者が居るのだ。
一度、皇国を守護する三剣の一つで学んだと言うだけでも大きいのだろう。
弟妹達の結婚相手や仕官先を見つける上でも重要なので、多く受け入れている。
それに剣を教える者からの推薦で、見込みがある平民も一部受け入れている。
ギラントオーンの手紙を見る限りでは、サエの腕にも問題はなさそうだ。
サエもその中に紛れ込ませてあげれば良いだろう。
どうせギラントオーンは城に呼ばれてサエを構えないのだから。
後は私が推薦状を書いて、ギラントオーンへの返信の手紙に一緒に入れてやればいい。
それさえ持っていれば、周囲への説明にもなるだろう。
そうと決まったら、早速アヌートの愚か者共へ手紙を書かねばならない。
私は力強く羽ペンを握った。
式典までかなりの余裕を持って、ギラントオーン一行はやってきた。
もうすぐ着くという知らせが家に来たらしいのだ。
まだ一人か二人の国主しか見えていない時期なのだから大分早い。
アヌートから皇都まで距離があるから早めに出発したのだろう。
式典近くは警備で私の暇が無いので、それはそれでありがたい。
入り口で他の国主とかち合っているという話なので、家まで来るのは遅れるはずだ。
今から戻れば、私も彼等を迎えられるだろう。
今日は差し迫った用事も無かったので、副団長に後を任せて帰ろうとする。
そこで父上と、ばったり出くわした。
後ろの副官が叫んでいる内容を聞くに、父上も帰ろうとしているのだな。
副官は父上が私の姿を見て止まった隙に追い付いてきた。
そして、何故か父上ではなく私にまだどれだけ急ぎの書類が残っているのか語りだした。
確かに用事のない私はともかく、仕事が残っている父上が放棄するのは問題だ。
将軍ともなれば、出席しなければならない会議も多いだろう。
式典が近付いているのだから、かなりやらなければならない事も増えているはずだ。
誰かに引き継ぎもせず、仕事を片付けもせずに帰るなど言語道断。
私は一つうなずくと、言い訳をする父上を論破して副官に引き渡しておいた。
思ったよりも父上に時間を取られてしまったが、家に戻ってもまだ到着していなかった。
皇都の大門まで野次馬に行った弟達によると、見物に来た人で溢れかえっていたらしい。
珍しい国主二人が来たとあって、予想外に人が集まってしまったようだ。
一人は英雄と讃えられたギラントオーン。
もう一人は誰かと思ったらトナルの貨幣王らしい。
あの閉ざされた国の国主となれば、見に行きたくなる気持ちも分かる。
国への出入りも厳しく制限されているのだから、想像ばかりが働くのだろう。
結局、ギラントオーン達が着いたのは日が傾き始めてからだった。
馬車から出てきたギラントオーンに、その婚約者とおぼしき女性。
そして眠ってしまっているサエを抱えた従者。
そう流そうとして、違和感を感じて足が止まる。
よくよく見れば、足音もしない此奴は例の暗殺者ではないか。
皇都に来るからと身なりだけは整えてきたらしい。
きちんと場をわきまえてきた点は見直した。
しかし、こう見ると同じ国の出身だけあってサエと暗殺者はよく似ている。
まるで親子のようだと考えて、サエに失礼だったと、考えた事自体を後悔した。
頭を振って考えを追い出す。
歓迎の為に家の扉を開けた所で、様子を窺っていた弟妹達の雪崩に巻き込まれた。




