2.護衛騎士、ぐったりする
俺をちょっとどうにかしてやってくれとの国主様の声。
その後にぞろぞろと出てきた侍女達の姿に思考が停止した。
まさか人生でハサミに恐怖する日が来ようとは思わなかった。
ついでにあれだけの女性に囲まれたのも初めてだ。
それでも嬉しいと思う前に恐怖しか感じなかった。
数の暴力って恐ろしいなと思う。
随分とさっぱりしてしまった前髪を摘んで溜息をつく。
おまけに妙に小綺麗な服まで貰ってしまってどうにも落ち着かない。
元々ただのちんぴらの俺がどうしてこうなった。
隣で喜んでいるサエがいるからか。
この間の宰相の嫌がらせのせいと言うべきかお陰と言うべきか。
とにかく、その結果サエも国主様と一緒に皇都に行く事になった。
そしてそのまま俺もついて行くのが自動で決定されていた。
まぁ、サエ付きなんだから当然だな。
ぎりぎりに俺の身なりを指摘されて、強制的に手を加えられるとは思わなかったが。
そんなに俺のセンスは信用が無かったんだろうか。
……無かったんだろうな。
サエは随分と前からはしゃいでいる。
余程、国主様と一緒に行けるのが嬉しいんだろう。
国主様から迷子札を貰った時も俺に見せびらかしてきた。
宰相から離れられるのは喜べるが、このテンションのサエについて行くのは大変そうだ。
国主様からも絶対に離れるなと厳命された。
旅での移動はほぼ馬車だった。
前回の外出の際も思ったが、基本が徒歩の庶民感覚からするとかなり豪勢なものだ。
共に来る兵も多いし、安全に気を張らなくてすむのはありがたい。
ただでさえ、サエの暴走を止めるだけで忙しいんだ。
サエからは前回は居心地悪そうだったのに、今回は大丈夫なのかと聞かれてしまった。
前回は宰相の余計な情報のせいだが、サエに言う事ではない。
気のせいじゃないのかと適当に誤魔化しておいた。
道中では持ち込んだ地図を見ながら、サエと国主様とヒナ嬢が和やかに話している。
今回のルートは享受、緻密を通って始原に行くルートだ。
そして、到着は始原の皇都にある姫団長の家らしい。
自立と雄大を通るルートもあるが、あちらは遠回りになる。
以前の国主不在の時は享受と仲が悪かったから自立ルートが主流だった。
だが、これからは享受ルートが主流になっていくのだろう。
サエは自信満々にそれぞれの国にいるとされる神を言っていく。
確かに合っているのだが、それは授業の時に俺が付け足した雑学だ。
覚えるきっかけになればと思って言ったが、それしか覚えていないようだ。
自国の契約も覚えていないのかと肩を落とす国主様に申し訳ない気持ちになる。
もう一度教えておいたが、次に話題が出た時には答えられるようになっていてほしい。
国境付近に来ると、妙に感慨深いものがある。
そう言えば、ここでサエを捕まえてから人生が変わったんだよな。
サエに出会わなければ、今も宰相に酷使されているか野垂れ死んでいただろう。
本当、何が起こるか分からないものだ。
サエも妙に静かにしていたから、何か思う所があったのかもしれない。
享受に入ると、サエが見た事もない光景に目を丸くしている。
確かに契約から出た事がないサエには、森を見るだけでも珍しいんだろう。
享受では、享受国主の城へ挨拶に行く事になった。
一々挨拶するとは、お偉いさんは国を通過するだけでも大事だなぁ。
だが、享受国主夫妻は不在だった。
ヒナ嬢の姉が先月第二子を出産したらしくて、これを機会に一足先に向かったとの事だ。
応対してくれたのは、次期享受国主でヒナ嬢の姉だった。
自ら射た鹿を饗してくれたりと随分と活発そうで、運動音痴なヒナ嬢とは似ていない。
ヒナ嬢は享受城に着くなり、一緒に町を見て回らないかと言ってきた。
サエが町を馬車から覗きながらうずうずしていたのを見たからだろう。
そう言えば、いつも外出禁止だと言っているのは反対派の連中を警戒してだ。
異国の地ならそれ程危険が無いのではなかろうか。
国主様もそう思ったらしく、行ってくるといいと快く許可を貰えた。
ヒナ嬢も地元なら勝手を知っているだろう。
そう思っていたのに、初っ端から迷子になった。
しばらく離れていたからですと言い訳をしていたが、まだ契約に来てから一年だ。
何故か最終的には俺が先導する事になった。
俺が最後に契約に来たのは宰相の子飼いになる前なんだがなぁ。
そんな俺でも案内できるのにもしやと思ったが、ヒナ嬢に言わないでと念を押された。
そうか、自覚のある方向音痴か。
サエのためを思って連れ出してくれたのだろうが、面倒が増えた気がする。
国主様から小遣いを貰ったサエが何を買うのかと思ったら、屋台に向かっていった。
真っ先に食い物に走るのはどうも色気に欠ける気がする。
喜びながら餅にかじり付く様子を見て、サエの将来が不安になった。
作法の時間にドレスも着るようになったし、女性らしい女性のヒナ嬢がいるんだがなぁ。
サエが成長しても全く変わらない様子がありありと想像できる。
それから、城に数日滞在した。
側室が平民出のせいなのか、思った以上にサエが好意的に受け入れられて安心する。
同じ年頃の子はいなかったが、それでもサエが退屈する事はなかったようだ。
狐と遊んでいる時なんて、どっちが遊んでやっているのやら。
親狐がサエに追われた末に、諦めたように寝っ転がった時は思わず笑ってしまった。
緻密は俺も初めてだった。
と言っても俺が他国に行った事なんて、隣国の情勢を探ってこいと言われた時だけだ。
サエには偉そうに言ったが、ほとんど話に聞く程度しか知らない国ばかりだ。
国主様は水上都市に寄っていこうと言っていた。
緻密の水上都市である獺町は皇国三大水上都市の一つだ。
確か、その実体は川に浮かべられた無数の舟の集合体。
大きな川を見た事もなければ舟も見た事無いサエには珍しいだろう。
そう思っていたら、やはり初めて目にした時はぽかんとした顔をしていた。
おまけに物怖じしないサエが、流されそうで怖いとも言っている。
落ちちゃったら助けてねと何度も言われながら、しばらく手を握ってやる事になった。
だが、借り受けた小舟で巡っている内に慣れてきたらしい。
今度は舟を渡ってどこかに行こうとし始めるので大変だった。
静かにさせるために焼き魚を買ってやったのだが、お気に召したようだ。
動くのを止めて、食べるのに夢中になっていた。
どうにも餌付けをしている気分になるが、迷子になるよりはましだろう。
その後、皇国最大の橋である獺大橋を通り、ようやく緻密国主の城に着いた。
これで皇都までの旅の半分の距離だというのだ。
享受と緻密が小さい国だという事を除いても、始原の大きさには驚かされる。
緻密国主は職人肌の男だった。
サエが好奇心一杯に話しかけても事務的に返答している。
不興を買うのではと戦々恐々しているこちらとしては、助かるのだろうか。
いっそ、適当にあしらってくれた方が助かったかもしれない。
無駄に丁寧に答えるもんだから、話が終わらない。
しかもどんどん変な方に話がずれていっている。
城の構造なんていう専門的な話になると、若干調子が上がってきていないだろうか。
多分半分も分かっていないだろうに、真剣に聞くサエとは気が合うのかもしれない。
国主様とヒナ嬢に助けを求めようと思ったが、遠くで他のお偉いさんと談笑している。
もしかして、何か面倒臭そうな緻密国主の相手を押し付けられたんだろうか。
真面目に働けよ、国主様。
他国の国主との友好関係を自ら築こうとするのは大切だと訴えたい。
ただ、此処で幸運だったのは、サエと同年代の子供が多くいた事だ。
長ったらしい話から解放された後に紹介してもらい、すぐに仲良くなっていた。
犬っころの一件があったから心配していたのだが、杞憂に終わったようだ。
最初は子分扱いだったのに、国主様に鍛えられたサエは見る見る間に上り詰めていく。
城を後にする頃には親分扱いされていた。
なんだろう、サエに初の友人ができたはずなのに、何か違う気がする。
鬼ごっこ王とか絶対に女の子の称号じゃねぇよ。
国主様もヒナ嬢も褒めるなよ。
式典開催日が近付いてから出発するという緻密国主に見送られて始原へ向かう。
始原に入ってからは、明らかに道がきちんと整備されていた。
石畳の上を走る馬車の速度も上がり、俺が思ってたよりは早く辿り着けそうだ。
だが、同じような景色が続くとサエは飽きてきてしまったらしい。
最初は嬉しそうに外を見ていたが、次第にまだ着かないのかという言葉が出始める。
馬車にずっといるだけなのだから、それも当然だとは思う。
それでも、もう少しだと何とかなだめすかした。
ようやく皇都に着いても、入り口で随分と待たされた。
どうやら、他の国の国主の到着と鉢合わせてしまったらしい。
馬車の紋章を見てみれば錬金のもののようだ。
秘密主義で引き籠もりなあの国からも人が来るとは。
今回の式典って本当に重要な物なんだなぁ。
そんな事を思っていたら、扉の隙間からサエが逃げ出そうとしていたので捕まえる。
出たりしない、覗いただけだと言うが、そんな言い訳通じるか。
国主様も一緒に外に出ようとしていたので、ついでに苦言を呈しておく。
いつ動き出すか分からないのに、その時に国主がいないかもしれないとか笑えねぇ。
俺の役目って何だったっけと考えながら、溜息が漏れた。
ようやく入り口を抜けて皇都に入った頃にはサエは熟睡していた。
待っている時間が長かったせいだろう。
姫団長の家に着いても起きる気配がない。
まぁ、此処まで長旅だったのだから仕方がない。
俺が抱えて降りる事にした。
あぁ、もうマジで疲れた。
これからまた慣れない所に滞在するとか面倒臭ぇなぁ。




