3.無慈悲な国主様
いつものように書類を片付けていたら、宰相から手紙を手渡された。
何かと思ったら、砂礫の民へ手紙を届けてこいと言ってきた。
一応、宰相なりの優しさなのだろう。
ついでに二人を連れて遺跡へ遊びに行ったらどうだと付け足してきたのだから。
確かにサエとヒルトナーナ嬢と一緒に遠出した覚えがない。
一日ぐらいなら予定を開けてくれると言うし、好意に甘えようと思う。
だが皇国広しと言えど、国主をメッセンジャーにする宰相は此奴だけに違いない。
相変わらずの不遜な態度に笑いが零れる。
不敬罪で罰するぞ、やってみろ、と互いに軽口を叩いておく。
早速二人に知らせてやると、大いに喜んでくれた。
サエの喜びようを見ていると、どS宰相も気が利くじゃないかと思う。
護衛騎士がやけに不安そうにしているが、守る対象が増えるからだろうか。
サエをしっかり見ておくだけで良いと言っておいた。
最近は落ち着いたもので、一時期のように襲われる事もなくなった。
私は遺跡には全く興味が無いが、良い気晴らしにはなるだろう。
出発当日、動きやすいものをとアヌートの民族衣装では無く私服を着る。
実を言うと、あの動きが制限される服装は好みではない。
今日はメッセンジャーとは言え、大半は観光目当てだ。
砂礫の民もアヌートでの儀礼に煩いわけではない。
国主に相応しい服を着ていないからと言って腹を立てる者はいないだろう。
私の滅多に無い服装を見たサエは、その場ですぐに自分の部屋に引き返した。
しばらくして出てきた時には明らかに私の服を真似たような格好をしていた。
そんな服をいつの間に揃えていたのか。
良く似合っていると言ってやると、サエは満面の笑みを見せた。
出発直前にはサエが馬車じゃなくて馬に乗りたいと言ったが、何とか説得する。
ついでに今回も留守番になった愛馬に謝ると、不機嫌そうに鼻を鳴らされてしまった。
夏に皇都に行く際は愛馬も一緒に連れていってやろうと考えておく。
道中では、特に問題もなく和気藹々と進んだ。
苦手な馬車も話す相手が居れば楽しいものだ。
唯一、気になると言えばやけに護衛騎士が暗い事だろうか。
もしかしたら馬車のような密室は慣れていないのかもしれない。
私も馬車は苦手だから気持ちは良く分かる。
本人の希望通りに外の護衛でもしてもらった方が良かっただろうか。
帰りも具合が悪そうなら、無理に中に引き込まずに外に出てもらおう。
ところが、護衛騎士は遺跡に着いて馬車から降りても動きが不審だった。
やけに気になるが、何かあったのだろうか。
サエの側を離れず仕事はきちんとやっているし、私の気のせいだと良いのだが。
護衛騎士も宰相に苦労させられている。
いい加減、宰相の下でなく私の下に付かせた方が彼の為にもなる気がする。
帰ったら一度、宰相と話をしてみよう。
御者には戻るまで入り口で待つように言う。
日頃から愛馬の世話もしてくれている御者は快くうなずいた。
私が御者と話している間に、サエもヒルトナーナ嬢も先に進んでいる。
ヒルトナーナ嬢はかなり喜んでくれているようだ。
此処まで嬉しそうな彼女を見るのは滅多にない。
もっと暇が出来たら色々な所に連れて行ってやりたいと思う。
彼女が行きたいと言っていた大断崖も世界壁も城からはかなりの距離がある。
近場では竜の寝所という小高い丘に物見の塔が建っている。
あの上からは遠くにどちらも見えると言うが、あれは砂礫の民の聖地だ。
そうそう簡単に入れないだろう。
となると、やはりしばらくは望みを叶えてやるのは難しいな。
サエの方に目をやると、探検したそうにうずうずしているのが見えた。
仕方ないなと微笑ましく見ていると、護衛騎士の不審な動きに気が付いた。
いつもはその後ろに付いていくはずなのに、今日に限って止めようとしている。
珍しいなと思った時、誰も居ないはずの遺跡で何かが動くのが見えた。
考える前に体が飛び出す。
驚いた兵や御者の声が後ろで聞こえた頃には、襲撃者の姿が確認できた。
塔には各一人、いや、向かって左の塔だけ二人か。
後ろの塔に居る連中は此方が近付こうとしたら狙ってくるのだろう。
祭壇への道と祭壇の影に二人。
その奥にもう一人くらい居る気がする。
これで八人。
飛んでくる矢は軽く対処できるが、全員で射かけられると少々厳しい。
さっさと片付ける必要があるだろう。
それにしても、襲撃を宰相が察知できなかったわけがない。
今までだって、私に片付けてほしい奴だけ寄越してきた。
あの手紙にお膳立て。
どう考えてもはめられた。
気付かなかった自分に腹が立つ。
よくよく考えればノイの不自然な行動は先に知らされていたからだろう。
サエとヒナの最低限の安全の確保だけはしてやがったな。
「ノイ、クラウ、ソーイはサエとヒナを守って馬車に戻れ! ウルニ、ハリア、来い!」
指示を出して、勢い良く駆け抜ける。
苛立ちのままに襲撃者を斬り殺そうとして、その顔立ちに違和感を覚えた。
剣を逸らせて、とりあえず顎を蹴り抜く。
完全に沈黙したのを確認して、次の相手へと走り出す。
隠してはいたがすぐに分かった。
あの彫りの深い顔立ちは砂礫の民だ。
今回の話はあらかじめ通してあったし、彼等に襲撃されるほど険悪な仲でも無い。
何故だと思うが、今考えるのはそれじゃない。
後から幾らでも聞き出せるし、考えられる。
三人目を黙らせる頃にウルニが追い付いてきた。
小柄な老人だが、ウルニの腕は確かだ。
出来れば殺すなと言って、右側の掃討を命令する。
別に返り討ちにした所で問題は無いが、捕らえて彼等の流儀で裁かせた方が良いだろう。
何処に属する者なのかは不明だが、話が分かる族長達の立場を尊重したかった。
ハリアも動きが素早いが、大柄な彼には祭壇周辺の確保と襲撃者の回収を命じる。
走りながら、体が大分鈍ったなと感じる。
朝の鍛錬も軽い運動にはなるが、本気を出せる相手が居ないのだから仕方ない。
明確な殺意を持って襲ってくる彼等は、鈍った体を起こすのには丁度良い。
まずは手前の塔の弓を黙らせて、サエとヒナの安全を確保する。
窓から覗けば、馬車に矢が突き刺さってはいるが、特に問題は無いようだ。
クラウが危なげなく襲撃者を打ち倒したのが見えた。
ソーイが此方に気付いたのが見えたので、手信号で簡単に良くやったと褒めておく。
片付けた二名の襲撃者は、胸倉を掴んで引き擦り、適当な階で下に投げ捨てておいた。
流石にこの高さなら死にはしないだろう。
投げ出された仲間の姿に恐れをなしたのか、奥の塔の弓兵が逃げようとしていた。
当然逃がすわけもなく、追いかけて片付ける。
最後にざっと見回したが、他の襲撃者は居ないようだった。
ウルニも此方側には居ないようですと報告しながら戻ってきた。
危機は去ったと見て良いだろう。
此方には欠けた者も居ない。
兵の中でも腕利きを連れてきて良かったと安堵する。
ハリアとウルニには、襲撃者を捕縛した後に砂礫の民の集落へ行くように命令する。
元々帰りには寄るつもりだったので、此処から近い。
これも宰相の策の内だったのではないかと思うと腹が立つが。
二人には宰相から渡された手紙を託し、簡単に説明しておくようにと言う。
友好的な族長の名前を数名言っておいたので、悪い待遇をされる事は無いだろう。
出来れば私行って説明したいところだが、サエとヒナを放っておくわけにはいかない。
再度襲撃が無いとは言い切れないのだから。
私はそのまま馬車へと戻る。
クラウとソーイに終わったと言うと、明らかに安堵の表情を見せた。
特にソーイは実戦らしい実戦が初だったはずだ。
パニックにもならずに良く対応してくれたと思う。
二人にも説明をしていると、馬車からノイが顔を出した。
確かに一人でも戦える者が居た方がサエとヒナも恐怖が和らぐだろう。
彼の判断には感謝した。
だが、それと襲撃を知りつつ黙っていたのとは別問題だ。
ノイを招き寄せると、なるべく怒りを抑えて問いただす。
知っていたな、ノイ、と名前を呼んでやれば、思った以上にあっさり同意を得られた。
そう言えば、前に兵の誰かに言われた覚えがある。
国主に名前を呼ばれると、どうにも迫力があるのだと。
これはこれで尋問に役に立つが、あまり多用するべきではないのかもしれない。
護衛騎士の真っ青になった顔を見て、そう思った。
とりあえず、次は報告するようにとだけ念を押しておいた。
この件は戻り次第、宰相に直接言った方が良いだろう。
確か、護衛騎士を手駒にするにあたって、何やら真っ当でない事をしていたはずだ。
宰相の命に背いたからといって、彼に嫌がらせがあっては可哀想だろう。
それだけを確認したところで、すぐに城に戻る事にした。
御者は意外と神経が太いようで、特に動揺した様子もなく馬車を操る。
護衛騎士の顔色があまりにも悪いので、彼の申し出を了承して馬車の外に出した。
馬車の中には不安げな顔のサエとヒルトナーナ嬢が居た。
私はできる限り優しく、二人に城に戻るを告げて謝った。
折角の観光を守ってやる機会があったのに、私は全く気付かなかったのだ。
せめて出発前に護衛騎士の挙動の不自然さから推理できていれば。
そうすれば、こんな事にはならなかったのに。
帰り道では二人を安心させようと思っていたのだが、どうやら失敗してしまったらしい。
ヒルトナーナ嬢に怖いお顔ですよ、と指摘されてしまった。
城で悠々と仕事をしている宰相の顔を思い出してしまったのがいけなかったようだ。
私は城に着くまで、最大限努力してあの悪友の存在を頭から閉め出した。




