2.無意味な護衛騎士
竜遺跡へ行くという話を聞いたのも唐突なら、襲撃されると言われたのも唐突だった。
しかも一行には秘密厳守のおまけつきだ。
許されるなら、聞かなかった事にして断って部屋に戻ってさっさと寝てぇ。
ただでさえ深夜に叩き起こされて連れてこられたのだ。
明日も朝早く起きて、サエの鍛錬に付き合わなくちゃいけないってのに。
だが、それを許さないのが一応雇い主で血も涙もない宰相殿だ。
大体、襲撃されるって分かっていて阻止しないとかなんなんだ。
行くのは国主様とサエとヒナ嬢だと理解していると思えない。
万が一の事があったらどうしろと言うんだ。
そんな俺の心を読んだに違いない宰相は、当然守れますよねと言ってきた。
守れと命令してくれた方が余程楽な対応だと思う。
確定事項をわざわざ改めて確認するようになぞられるのは精神的にかなりきつい。
俺がそこまで悪い事をしたのかと問いたくなる。
確かにサエ付きになるまで褒められた事はしてこなかったし、させられてこなかった。
でも、こんなに心をヤスリでじわじわ削られる程悪い事はしてこなかったはずだ。
どうして俺がこんな目に遭わなくちゃならんのだ。
宰相は、国主様を裏切る事にはならないから安心しろと言っていた。
むしろ国主様は放っておいても死なないからどうでもいいとすら言われた。
どう考えてもそれでいいはずが無い気がする。
そもそも俺やサエはまだしも、国主様やヒナ嬢を危険に曝してまで何がしたいんだ。
さっぱり分からないが、俺に質問する事は許されていなかった。
数日後、竜遺跡観光の話を聞いたサエは上機嫌だった。
何も疑っていないその笑顔が痛い。
宰相に一人で留守番して嫌じゃないかと聞く優しさが痛い。
宰相に精神的苦痛を受けて、サエの純粋さに罪悪感を感じるとかどんな拷問だ。
できることなら全てを国主様にぶちまけたい。
彼ならすぐに予定を中止して、俺の悩みを解決してくれるだろう。
ついでにあの宰相のすかしたツラを二、三発ぶちのめしてくれるかもしれない。
だが、あくまでも俺の雇用主であり、俺の命を握っているのは宰相だった。
あの宰相を裏切れるわけがない。
以前、国主様が俺の主は宰相なのだから、宰相を優先して構わないと言っていた。
その時はまさかそんな事態があるなど夢にも思わなかった。
それも宰相自身から強要されるとは。
国主様も戯れに言ったのかもしれないその一言に、俺はほんの僅かに救われていた。
救われた所で罪悪感が減る訳では無いんだが。
出発当日から胃が痛い。
国主様の格好を真似して喜んでいるサエの姿を見るのが辛い。
馬車の中で楽しそうに話をしているのが苦しい。
今からその幸せは粉々に破壊されるってのに。
俺が謝るのもおかしい気がするが、心の中でサエにすまんと言っておく。
宰相が俺を虐める為に、口から出任せを言っただけだったらどんなにありがたいか。
今までの経験から即座にありえないと分かってしまうのが空しい。
外で警戒しようにも、サエの護衛だからと馬車の中に引っ張り込まれてしまった。
本当にどうしろと言うんだ。
道中はのどかなもので、誰もこれから災いが起きるなんて思ってもみないようだった。
国主様は用事があるから帰りに黒竜族の集落に行こうとサエに言っている。
喜ぶサエに微笑むヒナ嬢の姿はまるで親子か年の離れた姉妹のようだ。
外からは護衛で付いてきた奴等の笑い声も聞こえてくる。
おまけに御者が馬に優しく話しかける声まで耳に入ってきた。
この中でただ一人俺だけが孤独だった。
無事に生きて帰れたら、救護室で胃に効く薬でも煎じてもらおうと思う。
道中では何もなく、馬車は無事に目的地に着いた。
お目当ての竜遺跡は遺跡を見慣れた俺にとっては珍しくもない造りだった。
偶数の尖塔に、中央には祭壇。
円を描くように延びる回廊、その壁面にはモザイクで神話が刻まれている。
それが風情があって良いという奴もいるのだろうが、俺にはさっぱり分からなかった。
無数のタイルで彩られた壁も城のと同じように見える。
しかも、城と比べると、かなり崩壊が進んでいるし見栄えが悪い。
壁にはめ込まれているはずの宝石も見当たらない。
右手前の尖塔なんて、途中から折れている有様だ。
芸術的な事を思うよりも、こんなに死角が多いのは困るなと思った。
襲撃が起こるなら、此処しかないだろう。
隠れる場所も豊富で、遺跡に気を取られて油断しやすい。
とりあえず、自衛手段が無いサエとヒナ嬢が優先か。
こちらを狙えそうな場所から二人を庇うような位置に移動しておく。
中に防具を着込んできたから、多少なら攻撃も防げるはずだ。
国主様は今のところ、遠く離れた馬車の近くで御者と話しているから大丈夫だろう。
いや、正直俺も国主様はどんなに不意を打った所で殺せる気がしない。
対峙こそしなかったが、国主様が来た初年のあの酷い状況を知るからこそ良く分かる。
そんな事を考えていたら、サエがそわそわし始めた。
そろそろ一箇所に留まっているのに飽きたのだろう。
興味の赴くままに走り出しそうだ。
いつもならその後ろを付いていく所だが、今回は許してやるわけにはいかない。
首根っこを捕まえて引き戻そうとした時、視界の端に何かが映った。
それが何かを認識する前に、国主様がサエの名を呼ぶ。
俺は片手でサエを抱え込み、もう片方の手で素早く剣を抜く。
尖塔に二人、祭壇の影に一人。
すぐに確認できたのはそれだけだった。
尖塔の二人は弓使い。
こちらに向かって弓を引く姿が眼に入った。
俺の腕の中にはサエ、奥にはヒナ嬢がいる。
避けるわけにはいかない。
覚悟を決めて飛来する矢から身を守ろうとした時、眼前を国主様が駆け抜けた。
国主様は俺の前に躍り出ると、恐ろしい技量で矢を切り払っていく。
……って、馬鹿な。
え、間違いなく後方にいたよな。
気付いてからすぐに走り出したにしてもどんな瞬発力だ。
おまけに飛んでくる矢を切り払うなんて、どんな超人だ。
だが、次の国主様の言葉が俺の動揺を断ち切った。
「ノイ、クラウ、ソーイはサエとヒナを守って馬車に戻れ! ウルニ、ハリア、来い!」
国主様に黒馬と呼ばれると背筋が伸びる。
考えるよりも先に命令に体が反応した。
他の兵達も弾かれたように動き出す。
その頃には国主様は祭壇裏の一人を片付けて、遺跡の奥へ走り出していた。
俺が発見できなかったもう一人もそのすぐ横に倒れているのが見えた。
もう国主様一人で何とかなるんじゃねぇかな。
暢気にそう思ってしまった俺は、割と間違っていないと思う。
尖塔からの矢を避けつつ、無事に馬車まで辿り着く。
馬車の中なら多少なら射られても何とかなる。
御者のおっさんとヒナ嬢を先に入れて、サエを押し込もうとする。
その時、誰かに背中を押されて、俺も馬車の中に転がり込んだ。
その拍子に椅子の角に頭をぶつけて、目の前に星が散る。
サエが潰れたらどうすんだ、この馬鹿。
涙ににじんだ視界の向こうで、兵二人が「お前は中で守ってろ」と言って扉を閉じた。
冗談じゃない、こんな所でただ待っているだけなんてできるか。
すぐに俺も外に出ようとしたが、不安そうなサエとヒナ嬢の顔に思い止まる。
一人でも中に残っていた方が落ち着くだろう。
馬車の窓を閉めて、いつでも反応できるようにだけ準備しておく。
馬車に矢が当たる音に不安だけが募っていく。
他にも襲撃者がいたのか、外では戦う音がする。
だが、ほどなく静かになり、なんともないという声が聞こえてきた。
二人は難なく撃退できたようだ。
結局、そのうち矢の襲来も途切れ、それからは何もなかった。
しばらくすると国主様が戻ってきたようで、終わったと言っているのが聞こえた。
俺も馬車から出て様子をうかがう。
馬車には幾つも矢が突き刺さっていて、地面には数人の男達が呻いている。
サエとヒナ嬢の側で血なまぐさい事を嫌ったのか、情報を聞き出す為か。
死んだ者はいないようだった。
国主様は俺の顔を見るなり手招きをする。
のこのこと寄っていくと、国主様に胸倉を掴まれた。
低い声で「知っていたな、黒馬」と言われると、うなずくしかない。
国主様に名前を呼ばれる破壊力は宰相なんて目じゃない。
俺みたいなちんぴらでも、問答無用で従わせる力を持っている。
このままねじり殺されるかと思ったが、国主様には次は言えと言われただけだった。
宰相への悪態を呟いている姿を見る限り、国主様には事態の背景が分かっているらしい。
すぐに城へ戻ると言ってきた。
まだ国主様に付いていったはずの二人が戻っていないのだが、まさか。
そう思った俺の心を読んだのか、国主様は後始末を任せたと言った。
確かにこのまま放置するわけにもいかねぇよな。
帰りは護衛の兵が減る事もあり、外での見張りを申し出た。
半分くらいはあの殺気立った国主様の側にいる気になれなかったのもある。
サエには悪いが、ヒナ嬢がいるなら何とかなるだろう。
御者の横で溜息をついていると、御者のおっさんに落ち込むなと慰められた。
活躍できなかったからって、全員無事ならいいだろうと見当違いの方向でだ。
それを聞いて、確かに何の役にも立っていなかったなと俺は肩を落とした。




