3.いきどおり犬っころ
母は忙しい。
小さいころから、あまり会ったことがない。
父も忙しかった。
村や町を襲う獣の討伐でいつもいなかった。
じいやは二言目には、高貴な者達の義務だから仕方ないのだと言っていた。
母は、一昨年に父が死んだ時も帰ってこなかった。
忙しいのだから仕方ない。
宰相とは国主様を支えるすごい役目なのだから。
みんな、そう言って俺をごまかそうとしていた。
うそだってわかってる。
だって、俺が何をやってもなんの反応もないじゃないか。
俺も家もどうだったいいんだろ。
今年初めて会った母は、俺に旅行に行くぞと言ってきた。
となりのアヌートに行くらしい。
旅行なんて初めてだった。
でも、旅行だってわくわくしていたのは俺だけだったんだ。
母は行きの馬車の中で、本当は仕事で行くと言ってきた。
俺は向こうに着いたら静かにしているようにとだけ言われた。
結局いつもの仕事仕事仕事だ。
今回は俺が必要だったってだけみたいだ。
期待した俺が馬鹿みたいだった。
アヌートは砂ばっかで何もないつまらない所だ。
何日馬車に乗っても同じ景色。
外に出ても砂が目に入って痛いし、立ち寄る町もぼろぼろで貧乏くさい。
宿だって家のベッドと比べたら最悪だ。
でも、アヌートの城はごうかだった。
レンガで作られた大きな城は青と白のタイルでできた模様がかっこいい。
何回か入った事あるけど、ケイサンの城は何にも模様がないからぱっとしないもんな。
そう言えば、青い宝石をアヌートから輸入しているって勉強したっけ。
だからこんな青色を使った城なのかな。
これだけはうらやましい。
母はアヌートの国主様に会うから、くれぐれも失礼な真似はするなと言ってきた。
なんだよ、急に母親面して。
初めて会ったアヌートの国主はなんか弱そうだった。
真っ白いおとこおんなだ。
父みたいに怖そうな顔をしているわけじゃないし。
うちの召使いの女みたいに、ちょっといじめたら泣きそうだなと思った。
アヌートの国主の近くにはたくさん人がいた。
何人かは肌の色が不健康そうな色をしていたけど、アヌートの国主ほど白い奴はいない。
侍従とか騎士団長とか婚約者とか何人か紹介されたけど、俺は覚える気もなかった。
さっさと終わらないかと思っていたら、目の前に俺と同じくらいの子供が現れる。
「私はアヌート国主様のひごかにあります、サウルエーレと申します。
よろしくお願いいたします」
そいつは明らかに着慣れていない服で、明らかにたどたどしく言ってきた。
なんか微妙に礼の仕方もおかしいし。
変な奴。
俺は別によろしくしてやる義理もないから適当にそっぽむいていた。
珍しく母がうろたえた声を出したが、ざまあみろと思った。
それからアヌートの国主が城の中を案内をするのについていった。
外だけじゃなくて中も模様がたくさんあった。
城全体がゲージュツヒンみたいだ。
価値はわからないけど、見るだけなら楽しい。
でも、やっぱりすぐに案内は終わった。
アヌートの国主は、俺に好きに城の中を見回って構わないと言ってきた。
兵を一人付けてきたが、結局は俺一人でどこかに行けってことだ。
母と話し合いがあるらしいから、俺は邪魔なんだろう。
次の日の朝、眠い目を擦りながらようやく起きる。
南の国なのに、夜は思ったより寒かったから、あまり寝られなかった。
もう時間だと急かしてくる母がうっとうしくて、わざとゆっくり着替えてやる。
廊下をのろのろと歩いていると、ちょうど兵の集団が歩いてくる所に出くわした。
そう言えば、家でも雇っている兵は朝練をしている。
そんなものかと思って見ると、真ん中に明らかに一人チビがいた。
服が全然違うが、アヌート国主と同じ頭のあいつは昨日紹介された奴だ。
離れていても聞こえる声で、今日の最後の一撃は上手くいっただのと聞こえてくる。
女で子供なのに剣を習ってる奴なんて初めて見た。
なんか気にくわない。
その日も朝食の後は兵一人と一緒に追い出された。
本当に母は俺のことなんてどうでもいいんだな。
いらいらして、わざと兵を困らせてやった。
入っちゃダメだってところに入ったりとか、隠れてやったりとか。
兵はすぐに俺のことを見失ってた。
いい気味だ。
俺はそのまま適当に部屋の扉を開け放っては、みんなを驚かせていく。
馬鹿みたいな間抜け面ばっかりだ。
でも、ある一つの部屋の扉を開けた時、そこにいたのはあいつだった。
女のくせに剣なんてやってたやつだ。
きょとんとした顔が妙にかんにさわる。
からかってやろうと部屋の中に入ってみる。
机の上に置かれた紙には汚い字で大分前に習ったことが書いてある。
こんな初歩をやってるなんて馬鹿だと言ってやると、明らかに傷付いた顔をする。
そう言えば、こいつはアヌートの国主とどういう関係なんだ。
姿も全然似てないし。
そう思って聞いてみたら、こいつ、サウルエーレは拾われっ子らしい。
貴族みたいな名前をつけてもらっただけで身分は低いのか。
まぁ、勉強もできないみたいだし、そうだろうな。
それにしても、俺を前にして身分が低いのにサウルエーレは生意気だ。
アヌートの国主もなんでこんなのを拾ったんだか。
昨日ちらっと見た、やけに仲が良さそうだった二人の姿を思い浮かべる。
こっちは実の母にだって、ろくに話しかけてももらえないのに。
下民風情を拾うとは、アヌートの国主も底が知れるな。
そう吐き捨てていた。
その途端、サウルエーレがいきなりつかみかかってきた。
ぽやっとした外見からは思いもよらないほど早くてびっくりした。
俺よりもアヌートの国主はすごいとか格好いいとか言ってくる。
なんだよ、こいつ。
国主様、国主様って。
あんなおとこおんなのどこがいいんだ。
怖がらせてやろうと思って、俺に手を出すならぼこぼこにしてやるぞって言ってやった。
俺は剣を使えるんだぞって。
父は名のある騎士だったし、母も女剣士として有名だ。
でも、サウルエーレは予想外にやってみろって言ってきた。
そのまま俺の腕を引っ張って走り出す。
俺が連れてこられたのは、今日の朝にサウルエーレを見た場所だった。
そいつは慣れたそぶりで木剣を二つ取ってくると、俺に差し出した。
正々堂々勝負しろ、怖いなら降参するなら今の内だなんて言ってくる。
女になめられたまま、引き下がれるわけがない。
後悔させてやるって言ってやった。
もう、泣いたって許してやるもんか。
そう思ってたのに、地に伏したのは俺の方だった。
今までこんなにひどい結果に終わったことはない。
混乱する俺に、どうせ訓練さぼってるんでしょ、当然だね、と声が降ってきた。
訓練なんかしなくても負けたことなんてなかったのに。
なんでこんな奴に負けなきゃいけないんだ。
気付いたら、ベッドの中だった。
おまけにやけに臭かった。
ぶつけた時なんかに塗られる湿布薬の匂いだ。
全身からその臭いがして鼻が曲がりそうだ。
それだけじゃない。
俺の側には眉間にしわが寄った母がいた。
普段から機嫌が悪そうな顔をしているが、今日は一段と悪そうだ。
母は、口を開く前に俺の頭を殴りつけた。
そして、ものすごい剣幕で俺を怒り出した。
普段は何もしないくせに勝手だと言い返したら、三倍になって返ってきた。
更に言い返したら、拳が飛んできた。
それから一晩中、母と殴り合った。
怪我人に手加減しないってのは絶対ずるい。
母には負けたわけじゃないんだからな。
万全の状態じゃなかったんだから。
でも、殴り合った末に、次の日に謝ることを約束させられた。
やったのは向こうだってのに横暴だ。
しかも、次の日に会った時に、ちゃんと謝ったのにまた殴るし。
俺は今までの自分が間違っていたってわかったよ。。
こんなに殴られるんだったら、今までみたいに無反応の方がましだ。
サウルエーレは寝て起きたら忘れたのか、やけににこにこして謝ってきた。
やっぱりこいつ、馬鹿だよな。
剣だけじゃないか。
そう言ったらまた殴られそうだから、黙ってたけどな。
結局、それからサウルエーレに会うことはなかった。
会っても負けたことを思い出して、むかむかしただけだろうからよかったけど。
俺は帰りの馬車の中で、今回の旅を振り返ってみた。
なんかすごくいやな旅だったな。
女なんかに負けるし、痛いし、怒られるし、最悪だ。
どうせ訓練さぼってるんでしょ、と偉そうに言った声がよみがえってくる。
もし次に会うなら、今度こそ負けてなんてやるものか。
あんな無様な姿を見せるのはこれっきりだ。
俺はもっとスマートに勝って、あいつに格の違いを見せつけてやるんだからな。
家に帰ったら、すぐに指南役を呼びつけてやる。




