2.おかんむり婚約者
今日もいつもと変わらない朝。
そろそろ寒さで育たなくなってきた野菜に頭を悩ませて、相談をして。
畑を眺めながらどうしようかと思案して朝が終わる。
そう思っていました。
なのに、今のわたくしの腕の中には泣き止まないサエさん。
……これは一体どういうことなのかしら。
すぐに考えつくのは、昨日挨拶をしたケイサンのお二方。
特にお子さんの方は我が儘放題のふてぶてしさが見えました。
あの子がサエさんに何か言ったのかもしれません。
サエさんに何があったのか聞いてみても、答えは返ってきませんでした。
何か言おうとしているようですが、しゃくり声が上がるだけです。
喜怒哀楽がはっきりしたサエさんとはいえ、こんなに号泣するなんておかしいです。
おまけに、いつも影のように離れないノイさんがいないんですから。
まったく、こんな状態のサエさんを放って何をしているのかしら。
ようやく追い付いてきたノイさんに、思わずきつい口調で尋ねてしまいましたわ。
ノイさんに事情を聞いて、わたくしは頭を抱えました。
国主様ったら何をやっているのかしら。
後始末に残ったのでしょうけれども、事情を知る人がいなければ意味がないでしょうに。
ケイサンから不当な条件を突きつけられたらどうするつもりでしょう。
国主としての仕事を全うするなら、すぐにでもノイさんを呼び止めるべきだったのに。
サエさんが可愛いのは分かりますけれど、それで不利益を被っては意味がありません。
どっちつかずなんですから!
本当はサエさんを優先するくらいしてほしいものですが、今は大事な時期。
ノイさんにさっさと国主様の所に行って事情を説明するように叱りつけてしまいました。
残ったわたくしにできる事は、サエさんを抱き締めてあげる事だけでした。
わたくしの腕の中で、サエさんはつっかえつっかえになりながらも話し始めました。
消えそうな声ですが、国主様に怒られた、あいつが悪口言うからと言っています。
わたくしはできるだけ優しく、大丈夫ですよと言ってあげました。
サエさんには気休めにしかならないのでしょうけれども。
真っ赤になった目も溢れる涙も見ていて、とても痛々しいです。
もう、これ以上サエさんを悲しませたら、絶対に許さないんですからね!
絶対にあとで国主様に文句を言ってやりますとも。
サエさんに肩掛けをかけてあげながら、わたくしは力強く決意しました。
サエさんが泣き疲れて眠ってしまった頃、ノイさんが戻ってきました。
幸いにもケイサンの宰相様が吹っかける事もなく、話は丸く収まったようです。
まぁ、行き過ぎたとは言え子供の喧嘩ですから、相手の方にも良識があって何よりです。
わたくしはサエさんをノイさんに預けて、国主様の所に伺う事にしました。
いくらまだ婚約者に過ぎないとはいえ、今回の事に物申す権利はわたくしにもあります。
わたくしはサエさんのお友達なんですから。
サエさんをあんなに悲しませなくても、言いようはもっとあったと思いますの。
勢い良く執務室に飛び込んでみましたら、国主様は政務の真っ最中でした。
宰相様と仲良くお話されている所でしたが、わたくしに譲っていただきました。
政務に遅延が生じるようなら、わたくしも助力する覚悟です。
国主様にはサエさんへの対応について十分に抗議いたしました。
ついでにノイさんを引き留めなかった中途半端な対応にも言及してしまいました。
けれど、その時に国主様が呆気に取られた姿を見て、嫌な予感がいたしました。
「……国主様、もしかして何も考えてらっしゃらなかったんですか?」
国主様の美しい顔が強張ったのは、わたくしの見間違いではなかったようです。
よくよく話を聞き出してみると、国主様は政務に慣れていらっしゃらない様子。
そう言えば、以前は国境警備隊に所属していらっしゃったんでしたっけ。
何やら複雑な家庭事情でムルクの領地を継ぐ気は無かったとおっしゃってましたし。
今までは行き当たりばったりで何とかなっていたそうです。
おざなりながら一時はイセルタの後継者教育を受けたわたくしの方がましなのかしら。
もっとわたくしを使っていただいても良かったのに。
いつも済ました顔でそつなくこなしてらっしゃるから気付きませんでしたわ。
とにかく、今はその事は置いておく事にしました。
私ができる事であれば何でも協力しますとだけ告げて、話題を終えます。
わたくしにはそれよりも重要な事があるのですから。
もう三回目くらいになるでしょうか。
サエさんが起きたら、とにかく早く仲直りして下さいませと念を押しておきました。
国主様は当然だとうなずいて下さいましたが、気になるのが人情というものです。
わたくしはこっそりサエさんの部屋を見守る事にしました。
侍女には呆れられてしまいましたが、わたくしだって毎回するわけじゃないですわ。
今回は特別なのですから。
だって国主様一人に任せておくのは不安なんですもの。
しばらく見ていると、日も暮れる頃になってサエさんがひょこりと顔を出しました。
まだ国主様はいらっしゃっていないのにどうしたのかしら。
サエさんはそのまま何処かへ行ってしまいました。
後ろをノイさんが付いていったから大丈夫だとは思いますが、もうすぐ夜ですのに。
ノイさんが毛布を持っていましたし、お部屋から移動するのかしら。
それからしばらくそこで待っていましたが、やはり戻ってくる様子はありません。
わたくしも今からでも後を追いかけようかどうしようか迷ってしまいます。
すると、後ろから躊躇いがちな声がかかりました。
「あー…、ヒルトナーナ嬢、一体此処で何を?」
振り返れば、夕食を持った国主様。
サエさんの好きなお菓子があるところを見ると、それで仲直りするつもりなのかしら。
わたくしを見て、どうにも挙動不審な国主様。
確かに、完全防寒して廊下に陣取っていたわたくしは少し怪しかったかもしれませんね。
わたくしは素直にサエさんの様子を見守っていた事をお伝えしました。
部屋を出て、何処かへ行ってしまった事も言いましたわ。
国主様は話を聞いた後に、わたくしは部屋に戻るように言って下さいました。
わたくしが風邪でも引いたら大変だからと、わたくしの冷えた手を握って下さいます。
だからなんでそんなに自然に格好いい事をやるんですか!
片手で盆なんて持ったら落としますよ!
わたくしが必死でうなずくのを見ると、国主様は颯爽と去っていきました。
……もう、美形はずるいですわ。
それから、サエさんと国主様は無事に仲直りできたようでした。
朝食をまた三人一緒に和やかに食べる事ができるのは嬉しいですね。
ケイサンの子とも、まだお互いに不満がありそうですが、一応仲直りしたようです。
結果的には今回の事件があって良かったのかもしれません。
サエさんと国主様は以前よりも熱心に剣の鍛錬をしているようです。
二人は半端な腕と意識ではどうのこうのとおっしゃっていましたが、よく分かりません。
わたくしは、政務とはいえ前より国主様とお話しする機会が増えました。
ケイサンとの話し合いもスムーズに進んでいるみたいですし。
ケイサンの宰相様ったら国主様を気に入りすぎて、柵がなければ婿にしたいだなんて。
国主様は軽く流してらっしゃいましたが、いくらなんでも心臓に悪いですわ。
そうそう、後はわたくしがサエさんに勉強を教える事になりました。
確かにノイさんは護衛騎士ですものね。
護衛も教師もできるなんて凄いですわぁとは思っていたのですが。
けれど、実際には相当無理してらっしゃったようです。
わたくしなら時間は余っていますし、必要な知識は元々習っていますしね。
畑仕事ばかりやっていたとはいえ、失礼にならない程度の作法は身に付けています。
今まではわたくしに遠慮していたのかしら。
国主様から直接頼まれたのが、わたくしも頼りにして下さっているようで嬉しいです。
期待に応えられるように、頑張らなければいけませんね。
今度会った時は、サエさんに失礼な態度を取った事を後悔させてやりますわ。
今までやった範囲を教えていただいて、優先順位の高い知識を抽出して。
ドレスを着た時の作法なんて殿方はご存じないでしょうし、教えていないでしょうね。
わたくしでは不安ですが、ダンスも流れくらいは教える必要がありそうです。
何か適当なドレスを用意して……。
あら、これはもしかして礼儀作法として可愛らしい服を着てもらえるのではないかしら。




