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国主様と猫  作者: 灰波
国主様と猫と勉強
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2.国主様の反応

私には、拾い育てている子供がいる。

正式に城で引き取るまでに少々厄介なイベントとそれに基づく家出事件があったものの、子供との仲は良好だ。

問題といえば、子供の名をいまだに決められない事くらいだろう。

子供の方は特に気にしていないので悠長に悩んでいられるのだが、早く良い名前をつけてやりたい。


本当は、政務の書類なんて放り出して命名辞典を開きたいのだが、宰相の雷が落ちるのは恐ろしい。

何より今の案件は干魃対策なので、おろそかにもしていられない。

早急に対応しなければ、あの子供のような存在が増え、困窮する者が出る一方だ。

今期は地下水を汲み上げられるように工事を行う予定であり、つい先日計画書が私の元へ届けられた。

ざっと流し見た限りでは、専門知識がない私には所々暗号にしか見えない部分がある。

このまま何も考えずに判子を押してしまっても、宰相が嫌み付きでフォローしてくれるだろう。

だが、この国を預かる者としておざなりな対応をするわけにもいかない。

何より嫌みによる精神ダメージの方が深刻だ。

その結果、今日は朝から専門書を右手に、計画書を左手に唸る羽目となっている。

どうやら、古い技術を使おうとしていて、所々費用が水増しされているようだ。

工期が長くなって予算が嵩む上に、更にむしり取る気か。

この間大きく断罪して以来、貴族共はこうやって狡い手を使って嫌がらせを仕掛けてくる。

今回は問題点を指摘して、治水担当に注意の文章を書いて片付けておいた。


ようやく読み解けた内容を再確認の為に付き合わせていると、ノックもなく扉が開いて子供が顔を出した。

どうやら今日の探検コースに私の執務室が入っていたらしい。

微笑みかけてやると、子供は満面の笑みで寄ってきた。

そのまま膝の上に乗せて頭を撫でてやると満足そうに目を細める。

扉の所では宰相が子供に付けた護衛騎士が所在なさげに立ち尽くしていた。

ついでにいつもの労をねぎらっておくと、地獄で神を見たような顔をされた。

そんなに宰相からの扱いが悪いのだろうかと不安になる。


護衛騎士に話しかけている間に子供の興味は私の机の上の書類に移ったらしい。

真剣に見ているが、やがてことりと首をかしげた。

さっぱり意味が分からなかったようだ。

一つ一つ簡単に説明してやると、何やら瞳を輝かせて聞いている。

理解しているかは怪しいが、興味を引くものではあったらしい。

積み上げられた専門書の山は、国主も勉強が必要なんだと説明しておいた。

今の所、子供に勉強意欲は全く無いのだが、勉強と聞いても特に嫌悪の表情を示してはいない。

勉強自体が苦手ではないようなので、その内また新しい教師を見繕ってやろうか。

私も政務でなかなか構ってやれないので、暇潰しにはなるだろう。


視界の端では護衛騎士が重要機密を聞いてしまった事に青くなっていた。

これくらいは聞かれても全く問題が無いと手振りで示しておく。

まだ仕事があるからすまないと言うと、嫌がる素振りも見せずに、「おしごとがんばってね」と返してくれた。

それだけでやる気が湧いてくる。

その後の問題もなく終わらせる事ができた。


昼休憩の時に宰相がやってきた。

手早く終わらせた書類を確認して、新しい書類の山を置いていく。

毎日毎日、飽きない事だ。

そう思いながら、軽食を摘みながら眺めてみる。

私は行儀が悪いと言われようと時間が惜しいので、執務室に軽食を運ばせている。

わざわざ豪華な部屋に豪華な食事を運ばせて長々と食べるのが国主らしいのだが、そんな長ったらしい儀式は貴族共に任せておく。

やる事は山のようにあるのだから、無駄な事に割いている時間は無い。

眺めている間に確認が終わったようで、宰相が顔を上げた。

どうやら、今日は書類の不備も無かったらしく、小言を言われずにすみそうだ。

軽口を二、三言い合った後に、そう言えばと宰相が口を開く。

宰相の所に子供が来て、紙と書く物を欲しがったという話だった。

外で駆け回るのが好きだと思ったが、絵に興味でも持ったのだろうか。

まぁ、何にでも興味を持つのは良い事だ。

その時はそうかとうなづいただけだった。


何の為にそれらを欲しがったのか分かったのは、その日の夜だった。

幸せそうに眠る子供の姿を確認した後で、護衛騎士から今日一日の報告を受ける。

大体は何処に行ったとか、何を食べたとかの平和な内容だが、偶に貴族が接触を持とうとする事もある。

宰相が推薦しただけあって、護衛騎士は腕が立って知恵が回る。

子供の身を守る為に十分信用できる人間だ。

少々口が悪いのが子供に移らないか気になるものの、私もそれ程丁寧な言葉遣いではないので目を瞑っている。

普段は口頭のみで報告を済ませる彼が、今日はノートを差し出してきた。

何かと思って開けば、形も不揃い、所々間違った汚い字が目に飛び込んできた。

これは何だと問う前に、宰相から聞いた話が頭に浮かんだ。

子供が書いた文字かと問うと、そうですという答えが返ってきた。

どうやら、もっと勉強をして私の仕事を手伝えば、もっと一緒に遊ぶ時間が増えると言ったらしい。

それで勉強をやる気になってくれるとは嬉しい事だ。

頬が緩むのを抑えきれずにノートを眺めてみると、子供の素直な気持ちが書いてあった。

その内、交換日記でも始めてみたら面白いかもしれないとの考えも浮かぶ。

護衛騎士が、とりあえず自分が字を教える事になった、と報告してきたので私費を渡して勉強道具の調達に使うように言う。

勉強に興味もなかった子供をその気にさせるとは、思わなかった。

いつかはきちんとした知識を身に付けさせてやりたいと考えていただけに、今回の出来事は願ってもないことだった。

よくやったと褒めてやると、護衛騎士はやはり百年に一度の幸運でも見るかのような目をする。

一度、宰相と彼の待遇について確認する必要があるようだ。


今日から子供の勉強の進度も楽しみの一つになりそうだった。

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