3.国主様の悔恨
砂礫の族長達との会談を終えた日には、ケイサンの宰相の入国の知らせが入っていた。
アヌートは宗主国のナーグ、故郷のムルクに次ぐ、皇国領三位の面積を誇る国だ。
だが、その多くは荒野となっている為、広さに反して二国のような領主も居ない。
広大な国土に対して人々が暮らしている範囲は狭いので、領主を置く必要もないのだ。
砂礫の民は、アヌートに暮らす者の中でも異色の存在だ。
国民かと言うと、そう断言し難い。
彼等は国の力を必要とせず、荒野で定住する地もなく放浪して生きている者達だ。
黒強竜から支配を許されたとされる此方とは一線を画した存在。
彼等は自らを黒強竜の子孫と称しているのだ。
それでも先代国主の時には、友好関係を築いていたらしい。
だが、今は交流が断絶どころか憎しみを抱く者達もいる。
その後の国主空白期間に貴族共が無理な税の徴収や労働の強制をしたせいと聞いている。
ようやく族長達と会談を開くまでこぎ着けたが、和解まではまだまだ道のりが遠そうだ。
おまけに国内の事ばかり優先するわけにはいかないのが辛い。
これからしばらくはケイサンへの対応で、会談を開く事も出来ないだろう。
ケイサンの宰相が到着するまでの猶予は後二、三日。
それまでに、どれだけ国内の事が片付けられるのかと思うと気が重かった。
唯一の救いは、最近ヒルトナーナ嬢が政務を手伝ってくれるようになった事か。
この国の惨状を見ていられなくなったのかもしれない。
国主である身としては不甲斐なさが募るばかりだった。
ケイサンの宰相は物騒な噂に違わず、きつそうな女性だった。
兵への対応を見ているだけで分かるが、戦場で出会ったら手を焼く事は間違いない。
逆に味方になればこれだけ心強い者もそういない。
今回の機会をどれだけ生かせるかが私の手にかかっている。
此方のどS宰相も同席してくれるとは言え、嫌でも緊張しないわけにはいかなかった。
ケイサンの宰相はあらかじめ知らせていたとおり、自分の子供を連れてきていた。
サエと同じ年頃のようだが、どうにも態度が悪い。
サエはきちんと挨拶をしていたのに、自分の名すら名乗れないとは。
これはダメだなと思い直した。
出来れば、同年代の子と交流の少ないサエの友となってもらえないかと思っていたのだ。
だが、こんな子にサエを任せるわけにはいかないだろう。
生意気そうだし、サエが虐められでもしたら可哀想だ。
そう思って護衛騎士を見ると、彼もそう思っていたようだ。
お互いに無言で確認し合う。
これで、護衛騎士が必要以上に接触しないように取り計らってくれるだろう。
それにしても、ケイサンの宰相はそつなく謝っていたが、あの子は誰に似たのだろうか。
うちのサエは真っ直ぐ育ってくれて何よりだ。
挨拶はしたのだし、後は私が連れて行ってしまった方が良いだろう。
城の中を案内すると告げて、サエから少年を離す事にした。
サエに友達を聞いたら、護衛騎士、テッサラーナさん、ヒルトナーナ嬢が出てきた。
後に続く者も、この城の大人ばかりだ。
この間、一緒に踊った子や施慈院の子には、サエは腫れ物のような扱いをされていた。
国内だと私の存在に遠慮してしまう子が多いのだろう。
せめて、国外でと思ったのだが……。
どうにか良い友達を見つけてあげたいのだが、上手くいかないものだな。
私から見るとただの崩れかけた城だが、ケイサンから来た親子には珍しかったのだろう。
二人とも興味深そうに辺りを見回していた。
一通り案内したが、いい加減本題に入らなければならないだろう。
流石に密談に子供を交えるわけにはいかない。
兵を一人付けて、好きに城の中を見回って構わないと告げた。
サエも此処に来たばかりの頃は探検に夢中になっていたので、暇潰しになるだろう。
少年を送り出した後で、どS宰相の待つ会議室へ案内する事にした。
ケイサンの宰相は意外にも、開口一番にイセルタとの悪巧みに一口乗せろと言ってきた。
悪巧みでは無いと思ったが、そもそも宰相の発案なので否定できない事に気が付いた。
うちの宰相は趣味で敵を自滅させたり、死んだ方がましな目に遭わせたりする。
何か私にも話していない企みがあっても不思議ではない。
自ら茶を入れているうちの宰相を横目に、曖昧に笑っておく事にした。
ケイサンの宰相に詳しい話を聞いてみると、昨年の干魃の影響はあちらもあったらしい。
アヌートのように大きな被害は無かったが、一部の川が干上がったそうだ。
その影響で、かなりの動物の群れの移動があったらしい。
ケイサンでは、猛獣の一部が居なくなったのを機に、未開の地への調査へと乗り出した。
そう言えば、ケイサンでは猛獣の被害が多く報告されているらしい。
アヌートは乾燥が原因となって居住域を広げられないが、ケイサンでは原因が猛獣だ。
ケイサンの宰相の夫も討伐の際に亡くなったと聞いている。
その群れが移動したとなれば、調査に赴くのも当然だろう。
そして調査の結果、その先の地で塩湖を発見したそうだ。
宰相が目を見開いて驚いている所を見ると、重要な発見のようだ。
宰相が私への説明を兼ねて、無駄に説明口調で話してくれた。
塩とは重要なものだが、海に面していないアヌートでは完全に輸入に頼っているらしい。
そう言えば、塩が無い料理は寂しいものだし、保存食を作るにも塩は必要だ。
アヌートは輸入をナーグ、ケイサン北西のスルエラ、その北のツブラから行っている。
輸入に頼っているのはアヌートだけではなく、ほとんどの内陸国がそうらしい。
例外が、今回のケイサンのように塩湖がある場合や岩塩の層がある場合だそうだ。
これまでは輸送の手間から、塩は非常に高価だった。
皇都のあるナーグだけは、アヌートの厳しい状況への支援も含めてそれでも低めだ。
だが、ケイサンの塩湖を利用できるのなら、今よりかなり安く仕入れられるだろう。
ケイサンの宰相は是非とも開発をしたいが、問題があるという。
一つは猛獣。
ケイサン大蜥蜴やケイサン虎などを駆除し、安全な地帯を維持するには相当の労力だ。
中には毒を持つものも居るというので、気が抜けないという。
塩を優先的に提供する事を条件に、開発に当たって援軍を希望しているらしい。
二つは他国。
特に、現在ケイサンが塩の輸入を行っている国からの反発は必至だ。
しかし、塩湖の発見を明らかにしたところで、単独では妨害が入る可能性がある。
たとえ秘密裏に進めたとしても、開発が終わるまで隠し通すというのは難しいだろう。
なので今回の治水の計画の結果、偶然発見されたという形が取りたいのだという。
計画の途中での発見なら、イセルタやアヌートが支援しても何の不思議も無い。
三国に喧嘩を売ってまで妨害するのは難しいだろうとの考えだった。
話を聞いてみると、アヌートにとっても益があるように感じる。
イセルタとケイサンの関係は最悪なので、此方が取り持つ必要があるだろう。
今も密かに繋がっているはずの反対派の貴族と手を切ってもらう確約も欲しい。
双方が合意に達する為の問題点は山積みだ。
だが、元々ケイサンを巻き込む予定だった。
向こうから美味しい話付きで持ってきてくれたのなら、言う事は無い。
宰相も特に文句は無さそうだったので、前向きに考慮したいと伝える。
次の日も前日の確認をして、話を始めた。
本格的な話し合いはこの計画の参加国が決定してからだが、意見の擦り合わせは重要だ。
チテラテの方はイセルタ国主が引き込むと請け負ってくれたのでどうにかなるだろう。
最終的には四ヶ国の計画になると想定して着地点を考えておく。
要となるのはイセルタの治水工事なので、その支援費用の割合も考えねばいけない。
とりあえず、計画のおおよその形についての認識を共有しておいた。
さて、それでは具体的な話を進めようかという時に、火急の用だと兵が入ってきた。
何がどうなったのかは知らないが、サエと少年が喧嘩をしたらしい。
修練場に向かったと聞いて、嫌な予感がした。
恐らくサエはそこらの子供よりは強いだろうが、まだ未熟者だ。
今まではサエより技量が上な相手としか稽古した事が無いから問題無かった。
だが、喧嘩した上に自分より弱い者に手加減するとは思えない。
慌てて走り出すと、ケイサンの宰相も素早く立ち上がって付いてきた。
護衛騎士は何をしていたと言うんだ。
思わず眉根を寄せるが、彼の仕事は確かだし信用出来る。
想定外の事態が起こったとしか思えなかった。
走って辿り着いた時に見えたのは、サエが勢い良く剣を振り下ろす姿だった。
剣が当たった肩で鈍い音がして、少年が転がる。
だが、ふらつきながらも少年はすぐに立ち上がった。
根性は認めるが、技量は全くないようだ。
恐らくサエにやられたのだろう、体の至る所に痣が見えた。
あれが本物の剣だったら少年は何度死んでいたか分からない。
流石に頭や急所を狙う事は無かったようだが、明らかにやりすぎだ。
サエは少年の踏ん張りを歯牙にもかけずに胴体を一線に切り捨てた。
少年は見事に撃沈して動かなくなってしまった。
後ろから聞こえる、この騒動を止めなかった馬鹿共の喝采が悪い冗談のようだ。
即席闘技場の勝者となったサエは、私の姿を見るなり笑顔で駆けだしてきた。
いかにも褒めてと言いたげだが、今回ばかりは褒めるわけにはいかなかった。
たとえ、今までの教えを忠実に守り、鮮やかな腕前を披露したとしてもだ。
最後の一撃などは舞でさわりを教えただけだったはずなのに、既に自分の物にしていた。
褒め言葉ばかり思い浮かぶ思考を意識的に押さえ込む。
なるべく穏やかになるように絞り出した声は、思ったよりも低かった。
初めて怒られたせいかサエは頑なだった。
出来るだけ穏やかに言ったつもりだったのだが、一言も私の言う事を聞こうとしない。
俯いて黙っているだけだ。
だが、保護者としては引くわけにはいかない。
少し語気を強めると、サエは勢い良く駆けだしてしまった。
その後を、何処にいたのか護衛騎士が追う。
一瞬その後ろに続きかけて、自分の勤めを思い出した。
国主としてこの場を投げ出すわけにはいかなかった。
救護所へケイサンの宰相を案内しなければならないし、サエの罪は私の罪だ。
怪我をさせた子息への対処もしなければならない。
これを疎かにしたら、アヌートにとってもサエにとっても良い事にはならない。
今この場でサエだけを優先するわけにはいかなかった。




