2.国主様に困難
ケイサンから、宰相一家が旅行でアヌートに来たいとの連絡が来た。
ヒルトナーナ嬢と婚約してイセルタとの縁が出来た時なので、額面通りに受け取れない。
宰相が来るとなると、こちらでも歓待する必要がある。
イセルタと仲良くするな、こっちに戻ってこいとでも言う気だろうか。
聞く所によるとケイサンの宰相は国主の姉らしい。
姉弟で国を支えているとか。
姉の方は宰相なのに、害獣の駆除に自ら兵を率いたという勇ましい噂まである。
私としては、来てくれるというのなら一度手合わせをしてみたい。
だが、うちの宰相の意見は違うようだ。
猛女と呼ばれる女がのんびり家族旅行だなんて信じられるか、と吐き捨てられた。
偏見が混じっている気がするが、深くつっこまなかった。
気が立っている時の宰相につっこむのは、猛獣の前で寝るのと同じだ。
かといって、断る理由など無い。
アヌートとケイサンは元々腐敗貴族共との付き合いがあった。
それを私が思いきりぶった切ってしまったのだが、改めて真っ当な関係を築きたい。
国としても有益だし、貴族共の力を殺ぐ事にも繋がる。
おそらく、向こうもそう悪い提案をしてくる気はないのだろう。
非公式に宰相が訪問して来るというのは、こちらに配慮してくれていると思いたい。
イセルタと仲の悪いケイサンの関係者がアヌートに訪問するのだ。
イセルタからの文句があってもおかしくない。
非公式とする事で、こちらにも弁解の余地を与えてくれているのだろう。
ケイサンへの了承の連絡以外にイセルタ国主にも一筆入れておく事にした。
前の訪問でケイサンとの関係についても了解を得ていたが、礼儀として必要だろう。
急を要する書類を片付けた所で、サエとヒルトナーナ嬢が執務室にやってきた。
今日は菓子を作って持ってきてくれたらしい。
サエが二人で一緒に作ったんだよと胸を張っている姿を見ていると微笑ましい。
休憩して一緒に菓子を食べていると、サエが冬厳式が近いねと呟く。
その瞳が期待に満ちているのは気のせいではないだろう。
何故かサエは私の舞が見たくて仕方ないらしい。
そう言えば、春迎祭の時にも言われた覚えがある。
此処まで期待されるとついつい応えたくなってしまう。
だが、乗り気で無いのは事実、今回もやんわりと断った。
すると、あからさまにサエが渋面になる。
これはしばらく不機嫌になる顔だなと思った。
どう機嫌を取ろうかと考えていると、ヒルトナーナ嬢が意外な事を提案してきた。
私が教えて、サエが踊れば良いのではないのかと言ってきたのだ。
そうすればサエも私の踊りを見られるし、私も人前で踊る必要は無い。
魅力的な案についついうなずいてしまった。
途端にサエが満面の笑みになる。
サエが喜んでいるなら良かったのだろう。
だが、二人が去った後に宰相から睨まれてしまった。
ただでさえ最近は忙しいのだ。
サエに教える時間だけでかなりの時間が取られるだろう。
黒強竜の狂信者が湧き出したら手間だと言われた。
確かに此処に来た当初は、色々と大変だった。
英雄として手に入れた地位なので、すぐに信仰を変えるのはならないという皇王の書。
問答無用で千切っては投げた実力行使。
宰相による教会への根回し。
今思い出してもうんざりする日々だった。
昨年私が踊った時も、裏では宰相が色々と動いていたらしい。
そう言えば、式の後で灰氷狼信仰が増加した時は走り回っていたな。
剣を持つ者以外は軽々しく信仰を変えてはならない、なんて注意を出した覚えもある。
その多忙も宰相なら未然に防ぐ事が出来たはずなのだが。
私への嫌がらせの為に、無駄な労力を惜しまないその性格は矯正すべきだと真剣に思う。
だが、サエが喜んでいるのに、此処で言葉を翻すわけにはいかない。
昨年、無理に踊らせたのが原因だと切り返した。
それから仕事を滞らせてまで白熱した議論の末、私は久しぶりに宰相に勝利した。
サエが悲しむという一点が非常に有効だったようだ。
結局、それでもしばらくは私の手が空く事は無く、朝の鍛錬の時間に教える事になった。
舞の動きはほぼ剣の型を流用したものなので、これなら鍛錬の意味からも外れない。
いつかは教えようと思っていたので、多少前倒しして経験させる形になっただけだ。
兵達の前で教えていると、数人の兵が私の居ない時間にも教えると申し出てきた。
志願してきたのは才能があると認めてきた者達だ。
今、自分が修めている範囲なら正しく教えてくれるだろう。
それぞれに何処までなら認めるか注意した後で許可を出した。
しかし、此処の兵が教えられまでの技量になったかと思うと感慨深いものがある。
型なんて覚えても意味が無いと言ってきた連中を型だけで薙ぎ倒した日が懐かしい。
型は見栄えだけではない。
どんな状況でも対応できるように生み出されたものでもあるのだ。
闇雲に剣を振り回すだけでは強くなれないと一喝したのが良かったのかもしれない。
剣に生きる身としては自分から申し出てくれた者達が居る事を嬉しく思う。
サエも冬厳式までに全ての型を完全に身に付けるのは無理だろうが、筋が良い。
才能だけでなく、助言を素直に聞く性格も関係してか習得が早い。
この分ならどうにか披露できる形にはなりそうだ。
だが、此処で思わぬ問題が発生する。
サエに休憩中に簡単に詞を教えていたのだが、韻が崩壊している。
こんなに酷い音痴に初めて出会った。
本人は歌うのが初めてだからと言っていたが、何度教えても明らかにおかしい。
型の流れに沿わせてリズムを取らせようかとやらせてみたが、型まで崩れる。
私も歌が上手いわけではないが、これは少し酷すぎる。
誰か代わりを用意する必要があるだろう。
夜の報告の時に宰相も呼んで話し合う事にした。
やけに宰相が嫌がっていたのだが、どうやらヒルトナーナ嬢が苦手らしい。
陰であれは油断がならないと呟いていた。
宰相より油断ならない人間は居ないだろうに。
話し合いで、歌はヒルトナーナ嬢と施慈院の子供達に歌わせる事に決まった。
サエは歌も練習する気満々らしいが、最終的に諦めさせるしかないだろう。
今日の夕飯の時にサエがヒルトナーナ嬢は歌が上手いと言っていた。
施慈院には多くの子供達が居るので、数人程度なら集まるだろう。
婚約者の紹介と、新たな施設の紹介を兼ねての事だ。
ヒルトナーナ嬢をまだ民に紹介する場を設けていなかった。
施慈院もイセルタの支援があって出来たばかりで、まだ奇異の目で見られている。
いずれは自立させたいと思っているが、しばらくはこちらからの支援も必要だ。
民の税が正しく使われていると示しておきたかった。
まぁ、思った以上に国庫にはまだ余裕はあるのだが。
イセルタに行っている間に何故か国庫の中身が増えていたのだ。
宰相が、私が居ない間に反乱を企てた貴族の財産を没収したらしい。
首謀者は結局捕まえられず、宰相としては納得の出来ない結果のようだった。
次こそは息の根を止めると息巻いていたのが記憶に新しい。
私からすると十分な成果なので、その無駄なやる気をしまっておいてほしいのだが。
限られた時間しか見られないが、サエの成長速度を見ていると嬉しくなる。
舞の練習が続くにつれて、かなり動きが良くなってきている。
このまま真面目に続ければ、剣の腕も上がるだろう。
サエは私を倒すのを目標にしているようだが、その日が来るのが楽しみだ。
結果的に今すぐにでも始めるべきだと助言してくれたテッサラーナさんには感謝したい。
練習を始めて数日後、兵達の一部から自分達の子も舞わせたいという声が出て来た。
サエの練習を見て触発されたらしい。
剣はもうすでに習い始めているので、多少は踊れるはずだと言う。
サエが同年代の友達を作る良い機会になるかもしれないと思い了承する事にした。
一方、やはり歌の練習の方は上手くいっていないようだ。
毎日の報告でヒルトナーナ嬢が困っている。
護衛騎士も、あれで良くヒルトナーナ様の感覚が狂わないですねと言っていた。
状況は想像通りに、いや、予想以上に絶望的なようだ。
どうやって諦めさせるかが、今の一番の悩みだ。
それからしばらくして、ついに冬厳式の日がやってきた。
昨年とは違って、今年はあくまでも子供達の舞はおまけだ。
春迎祭と同じく黒強竜信仰の者に配慮して、式自体は向こうの主導でやってもらっている。
結局、サエと兵の子供達はあまり仲良くならなかったのが残念だ。
私の存在が彼等を気後れさせてしまったのかもしれない。
あるいは剣を持つ女子が珍しかったからなのか。
唯一、サエの歌を諦めさせる時に真剣に訴えていた程度の交流だった。
だが、式ではそんな事も感じさせずに、それぞれ見事な舞を披露していた。
施慈院の子供達とヒルトナーナ嬢も美しい歌声を響かせている。
童子舞の名で触れ込んでいたが、観客の反応も上々だった。
式が終わった後で、綺麗に着飾ったサエが走り寄ってきた。
私の仕事が一段落ついたのを見計らって来たようだ。
上手く踊れたか聞いてきたので、サエが一番だったよと頭を撫でておいた。
そして次の日、まずは婚約者を労うべきだろうと宰相に叱られた。




