3.ほわほわ婚約者
そんな顔で請われたら、うなずかないわけにいかないじゃないですか!
思わず、わたくしは頭の中で叫びました。
何度見ても私より綺麗な顔にどきどきしてしまいます。
わたくしを婚約者にだなんて、夢物語でも見ているのではないかしら。
わたくしに魅力がないことは誰よりも承知しているのです。
イセルタ国主の父を持つとはいえ、わたくしは三女。
将来領地を継ぐこともなく、城の片隅で好き勝手に暮らしていました。
大姉様や小姉様のようにおしゃれやダンスをするのは大の苦手。
センスも運動神経もないんですもの。
部屋で本を読んでいるか、畑で土いじりをしている方が性に合っているのです。
新しい品種を作れば、それだけみんなの暮らしが楽になりますし。
もっと収量が多い苗を作れないかと試行錯誤するだけで人生におつりが来ます。
父様も領地にメリットがあるので、半ば諦めて下さっていました。
さすがに、大姉様が皇都で恋に落ちて嫁いでいかれた時はもめましたが。
けれど、小姉様がローブク国主様の甥を婿に迎えられることが決まり、一件落着。
やれやれ、ようやく念願の畑仕事に精を出せると思った矢先の事でした。
イセルタに、次のアヌート国主となられる方がお見えになったのです。
ギラントオーン様はこのあたりでは見たことがない、白い肌に美しい顔のお方でした。
父様が、ギラントオーン様は先の戦で英雄と呼ばれた方だと教えて下さいました。
先の戦と言えば、ムルク国境で行われた帝国との戦のはず。
だとすると、皇国領を縦断する大移動です。
ムルクからカエンテ、皇都のあるナーグ、ローブク、イセルタを通ってアヌートへ。
褒賞としてアヌートを賜ったという話です。
国を賜るなら、ムルクのお隣で跡継ぎのいないタムハイあたりでも良かったのに。
そんなことを思ってはいけないかしら。
ギラントオーン様は供の方を一人しか連れていらっしゃいませんでした。
お連れの方はそこまで白くないのに、ギラントオーン様は雪のような肌です。
寒いところの方なのであんなに白いのかしら。
すらっとして物語から出てきたみたい。
あんなにお人形のような姿なのに剣を振るえるだなんて信じられません。
通過するだけでは非礼になるからと挨拶する姿はとても優雅です。
父様はギラントオーン様の噂に詳しいようですが、大姉様から聞いていたのかしら。
随分歓迎してらっしゃいました。
そう言えば、父様は昔、騎士になりたかったことがあると言っていましたっけ。
まったく才能がなくて諦められたとか。
わたくしが運動できないのも、きっと父様似ですね。
母様も大姉様も小姉様も子鹿のようにすばやく動けますもの。
数日の滞在でしたが、父様はやけにわたくしを嫁にどうだと勧めてらっしゃいました。
たしかにちょうど年齢が合うのはわたくしだけですが、そんな無茶なことを。
無理無理、あんな美しい方の横に並ぶだけで恐れ多いです!
ギラントオーン様も困っていらして、安心したような残念なような気持ちになりました。
そんな思いをしてから二年ほど経った時、再びギラントオーン様が来られました。
いえ、もうアヌート国主様とお呼びしなければいけませんね。
今回は正式にアヌート国主として、父様とお話にいらしたようです。
相変わらずの美しいお姿に、侍女ともども見惚れてしまいました。
まぁ、わたくしはご挨拶した後にすぐ畑に向かったのですが。
流石にアヌート国主様が来られているのに、作業着に着替えるわけにもいきません。
しばらくは大人しく見るだけになりそうです。
畑にたわわに実った作物を見て、ようやく現実に戻った気がします。
お隣の国とはいえ、身近にあんな空想上にしかいないような生物がいるのは不思議です。
そういえば、まだ結婚されていないらしいですが、どなたと結ばれるのかしら。
きっと奥方様も妖精のように愛らしい方なんでしょうねぇ。
うららかな日差しを浴びながら、ぽけぽけとそんなことを考えていました。
けれど、その次の日に事件は起こりました。
父様に呼び出されて行ってみれば、何故か後は若い二人で、と閉じ込められました。
えっ、何ですか、これ。
若い二人ってわたくしとアヌート国主様?
もしかして、二年前の父様の押し売りが現実に?
身売り? わたくし、父様に身売られました?
一瞬、頭が真っ白になったのもつかの間、わたくしの手が強く引かれました。
見れば真横にアヌート国主様。
ちょっと、美形過ぎて心臓に悪いので、近くに来ないで下さい!
アヌート国主様はわたくしのそんな叫びにも気付かず、囁きました。
逃げましょうか。
って、だからそんな物語のようなことやるのは止めて下さい。
絵になりすぎて怖いんですよ。
絶対、隣にわたくしがいるのはおかしいですから!
そのまま、窓から逃避行とか、これは何処の国のお話です?
走って辿り着いたのは、庭園の一つでした。
庭園というよりは実験場に近く、様々な植物が咲き乱れる場所です。
子狐達にも気に入られているようで、此処で遊んでいる姿をよく見かけます。
庭園に着くなり、アヌート国主様は子狐達に囲まれています。
どうやら動物でもアヌート国主様の美貌が通じるらしく大人気です。
困ったような顔をして抱き上げる姿に、思わず笑みが零れてしまいました。
ようやく普通の人間らしい姿を見た気がします。
それからは不思議と緊張することもなく話すことができました。
まさかと思っていたのですが、結婚話は本当のようです。
アヌート国主様は終始、申し訳ないと言いたげな顔をしていました。
ああ、政略結婚なんでしょうねと思いました。
アヌートは乾燥に悩まされる酷地だと聞いていますし。
この国は豊かですから、縁を作りたいたいのでしょう。
でも、特に秀でた所もない私にはできすぎたお話ではないでしょうか。
わたくしには大姉様のような情熱的な恋愛は無縁でしょうし。
アヌート国主様も誠実なお方です。
引き取って育てている子がいることや、貴族とまだ上手くいっていないこと。
そんなマイナス要素まで明らかにして下さいました。
そして、それでもわたくしに来てほしいと言って下さいました。
こちらこそ申し訳ないですわぁと思いながらも話していると、父様の姿が見えました。
どうやら部屋から逃げ出したのがばれてしまったようです。
名残惜しい気持ちでいると、突然のアヌート国主様からの言葉。
何とかうなずくことはできましたが、絶対不審な行動を取っていましたよ!
自然に格好いいことをしないでくださいな!
わたくし、これから上手くやっていけるんでしょうか……。
結局、アヌート国主様が帰られる日までに、わたくしの準備が整いませんでした。
これも嫁入りかと言わんばかりに父様が荷物や従者を追加したせいです。
まだ婚約者の立場なんですけれど。
大げさすぎますわと思いつつも、これからのことにどきどきしてしまいます。
延びた時間で今更、ダンスを習ったりと悪あがきをしてみたり。
今までのわたくしからは信じられない行動です。
ようやく出発した馬車の中でも、アヌートへの期待が膨らみます。
引き取っている子は女の子という話でしたし、仲良くできるかしら。
わたくし、末っ子だったので妹ができるのは嬉しいです。
あれ、妹じゃなくて子供になるのかしら。
うーん、まぁ、些細な問題ですよね。
あとはアヌートでも土いじりをさせてもらえますかねぇ。
この間、わたくしの趣味の話をしても嫌な顔をしなかったので望みはありそうです。
乾燥地とは聞いていますが、きっと工夫すればもっと多くの植物を作れるはず。
早く着いてほしいものです。
着いた先では、輝かんばかりのアヌート国主様が迎えて下さいました。
笑顔が眩しいんですけれど!
美形三割減とかやって下さらないかしら。
これでは、直視もしづらいですわ。
アヌート国主様はそれから城の中を案内して下さいました。
育てている子は遊び回っている時間なので、夕食の時に会えるそうです。
アヌートの城は美しい建物でした。
白亜の城に時代を感じるものの、柱に刻まれた美麗な彫刻の数々。
かなり昔の建物を今も使っているそうです。
遺跡に住んでいるんですね。
庭園はイセルタとは違い、物寂しく見える感じでした。
庭園を見ていると、アヌート国主様は好きにいじっていいと言って下さいました。
わたくしと話したことを覚えて下さったみたいです。
城の方々も優しい方ばかりで、こんなに幸せで良いのかしらと思ってしまいます。
アヌート国主様の育て子はサウルエーレというそうです。
夕食の時に会えたのですが、とても利発そうな子でした。
わたくしの白髪みたいな髪と違って、真っ黒な髪の可愛い子です。
センスがないわたくしでも着せ替えしたくなってきます。
仲良くなったら、フリフリのドレスとか着てくれるかしら。
イセルタからついてきてくれた侍女に相談してみようかなぁと思います。
父様母様、どうやらわたくしは桃源郷に来てしまったようです。




