3.国主様の行方
イセルタまでは初の公式訪問となる為、大仰な馬車に揺られていく事になった。
それでも途中までは愛馬に乗っていたが、国境が近付くと流石に馬車に戻るしかない。
ひたすら狭い馬車の中で我慢しているというのはどうにも性に合わなかった。
ぼーっと外を見ているだけだなんて、体も鈍るし詰まらない。
だが、それでも仕方なく外を眺めていると周囲の景色が変わった事に気が付いた。
イセルタに入ったあたりから急に周囲に緑が増えている。
川が近くにあるようにも見えないのに木々が生い茂っているようだ。
おそらく、アヌートとは違い雨が良く降るのだろう。
木々の種類が違うとはいえ、ムルクの新緑の森を思い出して懐かしくなる。
守備兵だった頃は、非番の時に友人達と鹿や熊を捕りに出かけたものだ。
またムルク熊のような大物とやり合う暇が出来れば嬉しいのだが。
視界の端に動く野生動物の姿にそんな事を考えた。
イセルタは小さい国とはいえ、到着まではまだまだかかりそうだ。
私は諦めて目を閉じる事にした。
イセルタに来るのは、初めてアヌートに行く途中に通過して以来だ。
あの時にイセルタ国主に挨拶をして、以降も手紙や使者のやり取りはあった。
何故か彼は私を非常に買ってくれている。
宰相の計画もこれ以上無いだろう。
今回の話が上手くいくかどうかは私次第だ。
ようやく見えてきた城を前に、小さく気合いを入れる。
城で最初に出迎えてくれたのは、やはり前と同じく狐だった。
この国には狐にまつわる伝説が多く、珍重されているらしい。
イセルタ国主は金色に近いもの程、価値があると言っていたはずだ。
城では何匹も飼っていて、前回は一匹一匹紹介されたがさっぱり分からなかった。
そう言えば、ムルクでも国主が狼を飼っているという話を聞いた事がある。
伝説に関係がある動物が飼えるというのは凄く羨ましい。
アヌートでは竜にまつわる伝説が多いが、竜は存在していない。
飼おうにも飼えないのは残念だ。
もし竜が居るのなら、喜んで捕まえに行くのに。
イセルタ国主は相変わらず大きな腹をさすりながらやってきた。
どうにかしたいと言っていたが、そうそうあのお腹は減らないようだ。
私達は挨拶を交わして、互いの健勝を喜び合う。
イセルタ国主の妃も側室も次女夫婦も三女も快く迎え入れてくれた。
三女の顔を見ると、イセルタ国主から執拗に送りつけられた釣書を思い出してしまう。
恐らく、私はぎこちない顔になってしまっていただろう。
彼女はこの話をどう思っているのやら。
残念ながら、私では彼女の顔から何も読み取れなかった。
次の日にイセルタ国主と話す時間が設けられた。
世間話もそこそこに、本題を切り出す。
途端にイセルタ国主の顔が険しくなった。
それも当然だろう。
イセルタ国内で計画中の治水工事の変更を願い出たのだ。
本来はそう国外に流出する情報ではない。
何処で手に入れたと言いたげな顔だった。
流石に馬鹿正直に宰相が手に入れてきましたと言うつもりは無い。
適当に誤魔化して話を続ける。
イセルタの地形の特徴から、現在の計画の不備をあげていった。
イセルタではアヌートとは逆に洪水による被害に度々悩まされている。
現在計画しているのは、堰を作り水を溜める工事らしい。
だが、急峻な地形が多いこの国では堰から水が溢れる可能性があるようだ。
その時の被害は現在の比では無い。
また、堰を作ってしまえば、下流では逆に水不足を招く恐れもある。
アヌートとしては、堰ではなく川の蛇行や大規模な用水路を築いてほしい。
そして、余った水を融通してくれないかというものだ。
勿論、人員や資金はこちらからも提供する。
そう偉そうな顔で言ってみた。
実際は全て宰相の纏めたものなので、つっこまれると答えきれる自信が無い。
聞き入れてもらえるのなら、詳しい計画を話す準備があると言っておいた。
アヌートの北、イセルタの西隣のケイサンとイセルタが不仲なのは利水絡みが発端だ。
水路の築きようによっては、アヌートの東隣のチテラテも巻き込めるかもしれない。
ついでに現在はほぼ交流が無いに等しいチテラテと縁が出来ないだろうか。
最低でも三国合同の計画となれば、宗主国から補助も付くだろう。
ただ、最大の問題はがある。
「興味深い話だが、当初の計画より膨大な資金と時間がかかるのは理解しているかね?」
当然、理解している。
アヌートとイセルタはこの計画に乗る程の縁ではないと言う事も。
幾らイセルタ国主に私が気に入られようとも、それだけの関係だ。
この計画にはアヌートに大きな恩恵をもたらすが、イセルタではリスクも大きい。
なにせ完成するまでの時間がかかるという事は、それだけ水害の危機も続くのだ。
おまけに他の国を巻き込んだ所で、何処まで援助してもらえるのかも不透明だ。
だから、私はこう言うしかなかった。
「以前からお話しいただいている件ですが、前向きに検討しようかと思っております」
足下で子狐がじゃれてくる。
抱き上げても嫌がる様子を見せない所を見ると、相当人慣れしているようだ。
穏やかな日差しを受けて、花々は咲き乱れている。
あるいはこのような光景を楽園という者も居るのかもしれない。
私が子狐を抱き上げた姿を見て、隣の少女がくすりと笑った。
今、私は庭園で、何故かイセルタ国主の三女と二人きりという展開になっている。
前向きに検討すると言っただけで、危うく密室に二人で押し込まれる所だった。
イセルタ国主は少々性急過ぎだ。
慌てて飛び出してきたのが、つい先程の事だった。
イセルタ国主の三女は幸いにも父に似ず、すらりとした可憐な女性だった。
名前はヒルトナーナ。
落ち着いているが、恐らく妹と同じくらいの年ではないだろうか。
アヌートの民と同じく褐色の肌に父親譲りのプラチナブロンドと金の瞳。
世間では可愛い範疇に入るのだろう。
イセルタ国主は少々変わった娘だと言っていた。
私は所謂貴族の娘が苦手そうだから、きっと気が合うなんて言われてしまった。
事実を的確に言い当てられてしまった私は苦笑いしかできなかった。
「アヌート国主様、父が申し訳ありません」
ヒルトナーナ嬢は静かに詫びる。
「いや、こちらこそ思い切り手を掴んでしまったが平気か?」
そう言って、手に視線を落とすと、意外にもそこには白魚の様な手は無かった。
清楚なドレスに似合わない無骨な手だ。
戦闘訓練を受けている様子も無いので聞いてみた所、植物を育てるのが趣味らしい。
自ら土を弄り鍬を振るうとは、随分と本格的だ。
それからしばらく、二人で様々な話をした。
サエの事も、現在の国の状況も、私自身の事も全て語った。
彼女も皇都の貴族に嫁いだ長女や、イセルタの事、彼女自身の事を話してくれた。
話していて思ったのだが、恐らく彼女は私よりも頭が良い。
失望されないよう頑張らなくてはならないかもしれない。
また、彼女が今回の話に反対しているわけでは無いようなのはありがたかった。
もし彼女に意中の人が居たり、私が気に入らないなら無理強いする気はなかったのだが。
彼女自身よりも利益を得る為なので、罪悪感はかなりある。
イセルタからの支援や今回の計画は勿論、彼女が居る事でサエも少しは見習うのではと思ったのだ。
宰相なら貴族なんて打算で結婚するものだと冷笑するだろう。
だが、育った環境が環境だったので仕方ない。
今も新婚同然の義父上と母上を恨まざるを得ない。
それでも、出来る限り彼女の意志を尊重したかったし、不幸な事故は避けたかった。
「ヒルトナーナ嬢、私は急いで事を進める必要は無いと思っている」
向こうからイセルタ国主が近付いてくるのを見つけて、私は彼女に言った。
なにせ、イセルタよりもアヌートは過酷な土地だ。
どうしても体に合わないという事もあるだろう。
彼女の傷だらけの手を取り、口付けた。
「今度は是非、婚約者として我が国に来てくれないだろうか」




