3.国主様の心配
怒竜期が明け、治水工事の業者を送り出してすぐに軍事演習の準備を始めた。
徴税で不正をしないようにプレッシャーをかける意味もあるので、急な開催となってしまったが仕方ない。
貴族共の不満も勿論噴出したが、宰相と賛同する貴族達の力で押さえ込んだ。
普段から訓練に顔を出している事もあり、兵達の間に想定より動揺が広がらなかったのは助かった。
むしろ、大の大人が遠出前の子供達のように楽しみにしている節も見られた。
この国は西に世界壁、南に大断崖がある皇国領の端だ。
東部や北部への配置換えでもなければ、遠征する事もない。
戦闘にしても野生動物の掃討位しか無かったので、気持ちは理解出来る。
出来るが、それとこれとは別なので、今日の朝の訓練では浮ついた心を叩き直しておいた。
軍事演習には子供も連れて行く事に決めた。
子供も最近、寂しそうにしていたのが気になっていた。
怒竜期に遊んでくれていた、あの工事の男も去ったのが原因だろう。
あの地方は今年の干魃の被害の影響がある。
併せて配給用の穀物も送ったが、窮状はどの程度改善されたのだろうか。
私としては、あの失礼な男が去っただけでも喜ばしい事だったのだが。
ともあれ、子供の側には護衛騎士が常に一緒に居るとはいえ、城に留守番をさせるのは可哀想だ。
何より、私が居ない所で宰相から悪影響を受けると困る。
いくら外に行くとはいえ、軍事演習でそう危険はないだろう。
近くに私も居るし、護衛騎士も居る。
私は熟慮した上でそう決断した。
それを宰相に告げたら、そうだと思っていたと言って計画書を指さす。
人数の(+1)が何かと思っていたら、子供の事だったらしい。
今まで尋ねなかった私も悪いのだが、おまけ扱いはどうなんだろうか。
色々と言いたい事はあったが、とりあえず宰相の仕事ぶりに感謝しておいた。
軍事演習の場所は近郊の草原で行う。
久しぶりに愛馬の所へ行くと、もっと構えとばかりに鼻を鳴らした。
子供は間近で馬を見たのが初めてのようだった。
目を輝かせて見ているので、挨拶の仕方を教えてやった。
馬に嫌われる事も怖がる事も無くて良かったと胸を撫で下ろす。
乱れた列を直させて、草原へと出発する。
道中は特に問題もなく進んだ。
そう言えば、子供が最初に逃げ出した際にはここら辺を通ったのだろうか。
今はそんな気が微塵も無いようだが、行動力に満ち溢れている子供を見ると、少々不安になる。
後で護衛騎士に、子供から目を離さないように念押ししておこう。
草原ではまず野営地の設営を行う。
軍の強さだけでなく、こういった知識も必要だ。
遠征だけでなく、災害の支援にも役に立つ。
災害が起こらないに越した事は無いが、準備だけは必要だ。
元々居た騎士団長はここに来てすぐに解雇してしまった。
今までの訓練で腕と人望に優れた人物を選んで任命しておいたが、今回でその技量も試されるだろう。
あらかじめ流れや必要な知識は叩き込んでおいたので、何とかなると思う。
私も影ながら手助けをするつもりだ。
野営地の設営の際に、子供が自慢気に食べられる草を教えてくれた。
凄いなと褒めてやりつつも、この知識が必要の無い暮らしをこれからもさせてやりたいと思った。
初日からは陣形の訓練。
普段の狭い修練場では、此処まで大規模な訓練は出来ない。
初めてだけあって不格好この上無いが、何度も繰り返す内に見られるものになってきた。
子供には詰まらないかと思ったが、どうやら鎧に光が反射するのが気に入ったようだ。
予想よりも訓練が順調に進んでいたので、中盤からは有望そうな数人を引き抜いて模擬形式で行った。
夜の内に騎士団長の意見を聞きつつ、簡単な戦術についての講義を行っていた。
後々それぞれ隊長として働いてもらおうと思っていたのだ。
それがどれだけ効果が出ているのか見る為と、兵士全員に陣形の大切さを知ってもらう為だ、
実際、すぐに結果が出るとは思わなかったのだが、選び出した数人の内、一人の兵の全勝だった。
これには、大いに兵の士気が上がる事となった。
予想外に使える人材が発見出来たのは大きな収穫だ。
子供にはあまり何をやっていたのか分からなかったらしい。
盛り上がる私達を前に、不思議そうな顔をしていた。
最終日には一対一の模擬戦を行った。
難しい事を考えずに各々の技量が出る模擬戦は、少々小難しい事が続いた演習の最終日に相応しいだろう。
ついでに私も中に混じって打ち合った。
演習中はずっと指揮する立場だったので、体を動かすのが心地良い。
しかし、何を思ったのか、子供も剣を身に付けたいと言い出した。
私の戦う姿を見て格好いいと言ってくれるのはありがたいのだが、危ない事はさせられない。
子供を持ち上げて、私が持ち上げられない位大きくなったらと言って誤魔化した。
いつか、子供がどれだけ大きくなろうとも、私が持ち上げる事が出来ると知ったら怒るのだろう。
だが、しばらくはこの嘘に騙されていてほしかった。
それまでに、この子が武器など持たなくても安全に暮らせる国にしたいものだ。
とは言っても、いつかお転婆が過ぎてこっそり剣を振り回している子供の姿が容易に想像できる。
それはそれで個性なのかもしれないが、いつか危ない目に遭いそうで心配だ。
誰か良い案が無いだろうかと、私は溜息を吐いた。




