第三章 リギル
この小説は、以前に投稿した「西銀河物語 第一巻 ミルファクとリギル 第三章 リギル」の再投稿です。
同盟星系ペルリオン星系との合同軍事演習を終了してリギル星系に帰還中のデリル・シャイン中将率いるリギル星系第二艦隊は、ミールワッツ星系にてミルファク星系軍との予期せぬ戦闘に入った。当初は有利に進めた戦闘もミルファク星系軍第一九艦隊の出現に徐々に劣勢を強いられた。シャインは持ち前の手腕で何とか危機を脱したものの失った艦と兵の数は多数にのぼった。リギル星系に帰還したシャインは、予備役への編入も覚悟して軍事統括ユアン・ファイツアー大将と元へ出頭したが、自らの考えとは予期せぬ方向へ事態が動いていた。
銀河の西に位置するアルファ宙域からガンマ宙域にのびる宙域にある「リギル星系」
太陽系からは四.五光年と近く人類が初めて移住した星系である。
リギル恒星を中心に七つの惑星があり、第三惑星ムリファンと第四惑星ハタルが人類の住む惑星。それより遠くにある第五惑星レオンは人類が住むに適していないが、衛星を四つ持ち、資源豊富な惑星である。第六惑星は、周辺を岩石の輪で覆われており、人類が住むに適していない。第七惑星はガス惑星である。
周辺宙域三〇〇光年にあるアンドリュー星系とは、今から五〇年前に軍事協力を目的として同盟を結んだ。また周辺宙域四〇〇光年にあるペルリオン星系とは資源調達を優先してもらう代わりに軍事的技術供与を行うことを目的として同盟を結んだ。
リギル星系はアンドリュー星系とペルリオン星系を含めて同盟とし、名前を“星系連合体ユニオン”とした。星系連合体ユニオンは各星系の代表者から構成され、同盟に関わる経済、軍事について双方の協力の元、共同歩調を取るようにしており、星系外の対外的な交渉については星系連合体ユニオンが決定することになっている。
各星系の自治については、各星系独自の事とし、リギル星系では、星系評議会がリギル星系を統括し、リギル星系の第三惑星ムリファンを首都星と定めている。
軍事組織はリギル星系を主体としているが、各星系からの派遣艦隊と合同で構成されている。
首都星、第三惑星ムリファンの上空五〇〇キロに浮かぶノースサウス衛星・・・
直径八キロ、厚さ二キロの円盤状の外形を持つ衛星。
円盤の上部は、特殊軽合金クリスタルパネルでカバーされ、恒星の光を吸収し、その内側にある五六キロ平方に人類としては初めて牧草、田園地帯を持ち食料の自給自足が出来るようになっていると共にこの衛星の空気の一部をまかなう大事な区画になっている。
衛星内部は大きく二層に別れていて、上部の外円から二キロまでが大きく四ブロック、円を四分の一ずつ区切った軍事、政治、警察の中枢区をなし、残り四分の一が商用区、そして外形の中心から半径二キロがこの衛星の住人の居住区になっている。自走エアカーが通る道は、外側から大きく三本の環状線が走っており、正式名第一号外環状、第二号中環状、第三号内環状と呼ぶが通称は番号を外した外環とかで呼ばれている。この環状にクロスするように〇度、四五度、九〇度、一三五度で交差する四本の幹線が走っており移住区や各オフィスへは、この幹線か環状線を走れば行ける様になっている。下部は外円から二キロを宙港と資材地区で分けており、中心半径二キロをこの衛星の心臓部であるエネルギープラントとグラビティユニットが占めている。宙港は二段式になっていて、上部星系間連絡艦、下部が惑星間連絡艇、衛星間連絡艇が出入りできるようになっている。
星系評議会は中枢区の政治地区の一角にオフィスを構えている。そのオフィスの中で
「一体、どうなっているのです」
スクリーンパネルの向こうで厳しい口調で叫ぶ星系連合体ユニオン代表タミル・ファイツアーをリギル星系代表クロイツ・ハインケルは、冷静に見つめると
「私も先程報告を受けたばかりです。詳細については、追って連絡します」そう言うと
一方的にスクリーンをオフにした。
自分のオフィスに来させているユアン・ファイツアー大将に話しかけた。
「提督、なぜこのような事態になったのかね。シャイン提督の報告ではミルファク星系軍が先に攻撃を仕掛けてきたと聞いているが、それは事実なのかね」
「第一〇一広域偵察艦隊所属航宙軽巡航艦テルマーテよりミルファク星系軍がミールワッツ星系外縁部に到着したことは、報告が届いておりますが、その後、連絡が途絶えました。更にその後、シャイン提督よりミルファク星系軍と交戦状態入った報告を受けています」
「それでは、向こうから仕掛けてきたかどうか、全くわからないではないか。今回の件で同盟星系は非常に動揺している。何としてもミルファク星系軍の攻撃により我々が被害を受けたことにしなければ、今後の同盟関係に支障がでる。同盟解消まではいかないだろうが、資源調達などに相当の影響が出るぞ。もしそうなれば、わが星系は大変なことになる」
ファイツアーは叔父にあたるユニオン代表タミル・ファイツアーの顔を思い浮かべながらハインケル代表の言葉を聞いていた。
「シャイン中将より直接、話を聞きます。そのうえで対策を立てます」
ファイツアーは、ハインケルに敬礼すると彼のオフィスを出て行った。ファイツアー提督のオフィスは、政治地区の隣に位置する軍事地区のブロックでハインケル代表のオフィスより自走エアカーで一〇分のところにある。
ファイツアーが自分のオフィスに戻るとすぐにデスクにあるスクリーンパネルのセクレタリボタンを押した。
「すぐにシャイン中将に連絡を取り、私のオフィスに来るように言ってくれ」
そう告げるとファイツアーは壁のスクリーンパネルにあるリギル星系を含む同盟領とミールワッツ星系の星系図を見ていた。
シャイン中将率いる第二艦隊が母港と定める第二軍事衛星は、ファイツアー提督のオフィスがあるノースサウス衛星と同一軌道上にあった。呼出しを受けたシャインは、セクレタリのメグ・マーブル中尉に
「ファイツアー大将のオフィスに出かける。すぐに連絡艇を手配してくれ」
そういうと、鏡の前で自分の顔見て、目と眉毛をぐっと引き締めると上着の裾を引っ張り、「ふっ」とため息を漏らし、オフィスを出た。
「今回の件は、簡単には片付くまい、責任も中途半端ではないな。降格もしくは予備役に編入されるかもしれん」そう考えながら移動通路に出ると宙港に向かう自走エアカーの前に立ってシャインを待つ、マーブル中尉を見た。
二時間後、連絡艇にてファイツアー提督のオフィスの前にいた。
到着の報告を先にセクレタリより聞いていたファイツアーはシャインがオフィスの前に来ると扉を開けた。
シャインの敬礼にファイツアーは答礼するとテーブルの前にある椅子を勧めた。
ファイツアーがデスクにあるパネルのボタンを押すと脇のドアからセクレタリをしているエラーソン中尉が出てきた。
「中尉はじめてくれ」
ファイツアーがそう言うと部屋がだんだん暗くなり、テーブルの上にリギル星系と同盟星系であるアンドリュー星系、ペルリオン星系が現れてきた。
やがてリギル星系とペルリオン星系を結ぶ底辺の両端から三角形の頂点に向かって光が伸びると頂点の周辺にミールワッツ星系が現れてきた。
ミールワッツ星系がテーブルの中央に移動し3Dの四象限体で拡大される。
中央にミールワッツ主星、アルファ軸に四つの惑星そして第三象限の星系外縁部にペルリオン星系から戻ってくるペルリオン軍事演習部隊第二艦隊が映し出された。
「シャイン中将、君の報告は読んだ。二つ解らないことがある。一つは第一〇一広域偵察艦隊の行方だ。そしてもう一つ、なぜ戦闘状態になったのかね」
ファイツアーの質問に一瞬考えた後、シャインは口をきった。
「第一〇一広域偵察艦隊からミルファク星系軍を発見した報告を聞いたのが、ちょうど今、映し出されている位置です。その後、リギル星系への帰還予定航路に従い、航宙していたところ、ミールワッツ第三惑星より前方一〇〇〇万キロの位置に敵艦隊を発見しました。わが軍からの四二光分です。予定航路にて航宙した場合、双方の主砲射程内に入ることになります。エネルギー、補給資材を考慮し、三〇光分後退し、万一の為の体制にして再度、進行しました。予定航路上に機雷源が敷設されていた為、やむなく左舷迂回航路をとった時、交戦状態に入りました」
淡々と説明するシャインの顔見ながらファイツアーは、「この男は戦いたかったのではないか」と感じていた。
「最後に第一○一広域偵察艦隊ですが、最後の報告が発信された地域を通過しました時、あの地域としては、多すぎるデブリを確認しました。また、艦艇の爆発に伴う放射エネルギーの残存を確認しましたが、艦隊の影も形もありませんでした。もし、攻撃を受けていたとしたら、粉々に破壊されたと思われます」
シャインの話を聞いたファイツアーは、
「機雷源を右舷に迂回して交戦を避けることはできなかったのかね」
「その場合、ミールワッツ恒星の重力磁場を通ることになります。航路局からも恒星が不安定な為、近寄らないように指示が出ています。そこで左舷迂回しましたが、敵ミサイルを感知した段階で交戦状態に入りました」
シャイン提督の話に多少の疑問を持ちながら、これ以上この男の事を掘り下げても評議会の餌になるだけだと考えると、言葉をつないだ。
「君の報告により、今回の件について、これはあくまで偶発的な遭遇戦であり、敵の攻撃に対応しただけである。今回の多大な損害は、ミルファク軍第一九艦隊の出現により、当初優勢であった体制が破られ、やむなく撤退に至った。ということで正しいかね」
「間違いありません」
そうファイツアーの結論に同意を示すと
「シャイン中将、今回の君の処分については、追って連絡する。それまで自身のオフィスで謹慎するように」
シャインはファイツアーの言葉に一瞬、顔をこわばらせたが、リギル航宙軍式敬礼をしてファイツアーのオフィスを出て行った。
星系の映像が消え、エラーソン中尉が部屋を出ていくとファイツアーは、ハインケル星系評議会代表に連絡を取った。
ファイツアー提督のオフィスを出たシャインは、ノースサウス衛星の自走エアカーに乗ると自分が乗ってきた連絡艇に行く通路の前でおりた。
「シャイン提督。ご苦労様でした」
連絡艇の連絡通路の前にある待合室でシャインの姿をみつけるとメグ・マーブル中尉はすぐに待合室を出て声をかけた。
「これからだよ。私の処分もこれからだ」
「しかし、提督は一生懸命やりました」
「マーブル中尉、経過ではなく結果だ。特に軍人はな」
そう言うとシャインは、マーブル中尉と共に連絡艇のドックのエアロックがオンになっていることを確認するとドックのドアを開けた。
マーブルは、自分とシャイン提督がドックに入るとドック内側からドアをエアロックモードにして連絡艇のドアを開けた。シャインはマーブル中尉が開けた連絡艇のドアを通り、後部座席にあるシートに座ると体をホールドした。
シャイン提督が、シートに体をホールドするのを確認すると、マーブルはコクピットの席に座り、自分の体をシートにホールドした。
ヘッドホンとコムが兼用になっているヘッドセットを頭につけ、コムに向かって
「第二艦隊所属第五四連絡艇発進準備完了。宙港管制センター、エアロック解除願います」
「こちら宙港管制センター、第二艦隊所属第五四連絡艇。航路クリア、エアロック解除する。第八航行通路に向けて前進して下さい」
「了解」
正面のランプがグリーンからレッドに変わり、エアロックが解除になるとノースサウス衛星の衛星間連絡艇発着港が目の前に見えた。
衛星間連絡艇用の発着港は下層にある為、少し進まないと衛星の通路カバーから抜け出せない。それもやがてクリアするとマーブルは右手で補助噴射のバーを一目盛りほど前に進めた。
エネルギーパックからエーテル推進剤がエンジンに供給されると第五四連絡艇は、乗員の背をぐっとシートに押しつけるように加速した。
指定の第八航路に乗り、シャイン提督と自分の住む第二軍事衛星に向かう。
第二軍事衛星・・直径八キロ、厚さ二キロの円盤形の軍事要塞である。一個艦隊が駐留している。円盤の上部外側は特殊軽合金クリスタルパネルで覆われておりその中に要塞に住む人々の空気、水、食料をまかなってくれる五〇キロ平方にも渡る広大な牧草地帯、田園風景が広がっている。
軍艦艇は円盤の外側から順に航宙戦艦、航宙母艦が第一層、航宙巡航戦艦、航宙重巡航艦が第二層、航宙軽巡航艦、航宙駆逐艦が第三層、そして第四層が哨戒艦、特設艦、工作艦、輸送艦、強襲揚陸艦のドックヤードになっている。
ドックヤードは円盤の外周部から二キロまでとなっており、その内側直系六キロを円盤の上部から居住地区、商用地区、工業地区、資材地区と順に中心部に向かっている。
居住地区が一番外側なのは、円盤の外にある田園地区が居住者の公園兼用しているのは言うまでもない。
そして円盤の中心分にこの軍事衛星の心臓部とも呼ぶエネルギープラントとグラビティユニットがある。核融合エネルギーによって生み出されるエネルギーは半永久的に運用でき、この衛星が完全な自給自足の衛星であることを物語っている。
リギル星系の首都星、第三惑星ムリファンの上空五〇〇キロにノースサウス衛星含め一一個が静止衛星として浮かんでいる。ノースサウス衛星の他、六個が軍事衛星、残り四個が経済、流通を主とする衛星である。
その第二軍事衛星の最上部の軍艦艇とは半円形の反対側にある連絡艇発着ヤードのゲートが見えてきた。
「こちらシャイン提督乗艦。第二艦隊所属第五四連絡艇です。入港許可願います」
「こちら第二軍事衛星宙港管制センター。識別シグナル確認。入港を許可。航路一六第三二ゲートを使用して下さい」
「こちら第五四連絡艇。ありがとうございます」
第一六航路に入ると進入レーダー波を受信した第五四連絡艇はゆっくりとゲートに近づく。
ゲートをくぐるとエアロックが閉じている第三二ゲートに着いた。今入ってきたゲートの入り口が閉まり、目の前のランプがレッドからグリーンに変わるとエアロックがオンになり、両側に開くように解除された。
体をシートにホールドしていたベルトをはずすとシャインは、マーブルに向かって
「すぐに自分のオフィスに戻る。謹慎の身だからな」
と言った。宙港管制センターの誰かが用意してくれたのか、自走エアカーが第三二ゲート通路の出口に止まっているのを見ると
「提督。解りました。すぐにオフィスに行きます」
そう言って、シャイン提督を自走エアカーに乗せ、シャイン提督のオフィスへ移動した。
その頃、ユアン・ファイツアー軍事統括大将は、ハインケル評議会代表とともにタミル・ファイツアー星系連合体ユニオン代表のオフィスにいた。
「話は解りました」
タミル・ファイツアーは一瞬、目をつむると
「ミールワッツ星系は、一〇年前に我々の同盟であるペルリオン星系の人が見つけたものです。その後、開拓に手間取っているとはいえ、ミルファク星系が手を出す理由はありません。あそこは既に我々の星系です」
はっきりとした口調で甥のユアン・ファイツアーとハインケルに言うと
「星系外交部を通じてミルファク星系評議会にはミールワッツ星系から手を引くよう申し入れますが、簡単には引かないでしょう。いずれにしろ、ミールワッツ星系第三惑星付近にとどまっているミルファク星系軍には出て行ってもらいます。ユニオン星系連合評議会に諮った後、武力で排除するしかないでしょう。そこに交渉の糸口を見つけるつもりです。口で言って聞きわけてくれる相手ではないですから」
そう言うとスクリーンパネルのセクレタリボタンを押して
「ペルリオン星系代表マイク・ランドル議員とアンドリュー星系代表アヤコ・ヤマモト議員を至急呼んでくれ。緊急の評議会を開催します」
翌日、ノースサウス衛星の中枢部にあるユニオン星系連合評議会のビルの中、ちょうどビルの中央部分の会議室では、三人の星系代表とタミル・ファイツアー議長、そしてユアン・ファイツアー大将が丸いテーブルを前に向かい合っていた。
「今回の緊急招集の目的はなんでしょう。ファイツアー議長」
ペルリオン星系代表マイク・ランドルは言うと、ハイケルに今回のことには深入りしたくないという露骨な視線を向けた。
ペルリオン星系は、自星系を中心として後ろに航行不可能な宙域、右七〇〇光年にアンドリュー星系、前方四〇〇光年にリギル星系、左斜め前方五〇〇光年に未開拓のミールワッツ星系が位置する星系で、この二つの星系と同盟を結んでいれば、特に軍事的な問題は発生しないという状況がある。
その為に軍事力も星系内防御だけを目的とした大きさである。リギル星系の技術力を元に開発した同型艦として
シャルンホルスト級航宙戦艦二四隻
テルマー級航宙巡航戦艦二四隻
ロックウッド級航宙重巡航艦一二八隻
ハインリヒ級航宙軽巡航艦一二八隻
ヘーメラー級航宙駆逐艦二四〇隻
ビーンズ級哨戒艦一二八隻
航宙空母は持たない。通常の一個艦隊とは異なった編成の理由は商用面にある。商用ベースで実に三〇〇隻もの大型星系間輸送艦を持つ。
大型星系間輸送艦は全長一五〇〇メートル、三〇万トンもの物資を一度に運ぶことができ、常時一〇〇隻が運行している。問題は宙賊の出現である。
彼らは輸送艦を拿捕し、他星系に売り飛ばしたり、輸送艦の返還の代わりに莫大な資金を要求してくるのである。
この問題に手を焼いたペルリオン星系は、リギル星系と同盟を結び軍事的援助を求める代わりに安価に資源を提供する方法をとった。その結果、このような編成になったのである。
ペルリオン星系は、資源は豊富で重金属からレアメタルまで豊富な資源を有する惑星が四つ。それを含め主星ペルリオン恒星の周りに八つ惑星をもつ星系である。その資源を元に軍事や通信に必要な特殊合金を多数開発している。これを近隣の数百光年の星系から二〇〇〇光年先の星系まで輸出している。故に経済は非常に豊かである。今回の件に関わりたくないというのも頷ける。
ファイツアーは、ランドル、ヤマモトを見るとハインケルに促すように視線を送った。
「ランドル代表、ヤマモト代表。今回来て頂いたのは、既にご存じと思いますが、我が星系艦隊がペルリオン星系との合同演習から帰還中、ミールワッツ星系にてミルファク星系軍との間に戦闘が偶発的に発生しました」
ハインケルは、一呼吸置くと
「ミルファク軍はミールワッツ星系第三惑星付近に布陣し、動く気配を見せておりません。ミールワッツ星系はペルリオン星系が発見し、同盟として共同開発を行う予定の星系です。わが星系としては星系外交部を通じてミルファク星系軍にミールワッツ星系からの撤退を要求するつもりですが、同盟星系の皆さんにも協力して頂きたいことがあり、集まって頂いた次第です」
ハインケルは、意図的に同盟星系と付け加えることで今回の件を同盟星内の問題にしたかった。
「偶発的ですか。うわさでは、こちらから戦闘行為に及んだと言っている者もいると聞きます。ペルリオンとの合同演習に見せかけてこの機会を待っていたのではないですか。 現に三〇光分後退した後、エネルギーとミサイルを補充して攻撃を仕掛けたと聞いていますが」
ランドルは、この機にユニオン代表をリギル星系出身らペルリオン星系出身者に変えることを狙っていた。もし、このままリギル星系が独自で進んで行けば、疲弊した星系の代表がユニオン代表を務めるのは難しい。ここは協力する振りをして、リギルの弱体化を狙う作戦を考えていた。
この会議に参加しているもう一つの同盟星系アンドリュー星系代表アヤコ・ヤマモトは、無言のまま二人のやり取りを聞いていた。
ランドル代表の言葉の裏に露骨に見えるものを感じながら、ハインケルは、「この男は自分に利益しか考えないのか」と頭の中で思った。しかしそんなことおくびにも出さずに
「ランドル代表。もしミールワッツ星系がミルファク星系に属することになれば、貴星系のビジネスも今を維持するのは難しいのではないか。ミルファクは、西銀河の中でも中堅の星系。これ以上の経済力、軍事力を持てば、西銀河連邦の常任理事星系として迎えられ、その力はより強大なものになる。今でさえ、西銀河連邦の非常任星系となっているのです」
そう言うとハイケルは、ヤマモト代表を見た。
アンドリュー星系は、小規模ながら自星系維持の為に数個艦隊を持ち、同盟星系以外の他星系との経済交流も行っている。経済的にも裕福であるが、一つ星系だけで、平和維持は困難と考え、軍事力の大きいリギル星系と同盟を結んだ。
この事により、アンドリュー星系は、リギル、ペルリオン星系側からの敵対的進入を考慮しなくてよくなり、軍事力を未開発星系の調査及び同盟星系の反対側の防御に集中できるようになった。
今の安定を失いたくないのがアンドリュー星系代表ヤマモトの考えだ。しかし、ハインケル代表の考えにも一理ある。
もしミルファク星系がミールワッツ星系を抑えるとなると、現在、安定的な同盟を結んでいるこの三星系に不安要素を持ち込むことになる。それは避けなければならない。そう考えるとヤマモトは、
「ハインケル代表の言葉にも聞くものがあります。ここは、ミールワッツ星系からミルファク軍を撤退に追い込み、軍事的優位に立った上でミルファク星系との停戦条約と不可侵条約を結ぶのが、良いと判断します」
ヤマモト代表の突然の意見にランドルは、腹の中にしこりを感じながらヤマモトを睨みつけた。
ユニオン代表ファイツアーは、
「星系連合体として、今回の事件は、早々に収拾するのが得策と考えます。ミルファク星系軍がこのまま、ミールワッツ星系に居座れば、星系領有権を既成事実化される。ここは、リギル星系外交部を通じてミルファク星系にミールワッツ星系からの撤退と要求すると共にミールワッツに艦隊を派遣して、ミルファク軍に撤退の圧力をかける。但し、戦闘行為はあくまで、初期の交渉が決裂した場合だ。そしてミルファク軍をミールワッツから追い出してから再度交渉に持ち込む。これでいかがですかな。ランドル代表」
ランドルは、仕方なく応じると
「ミールワッツ星系へ派遣する艦隊編成と、各星系への割り当てはどうします」
できれば、なるべく派遣する艦隊を少ない方向に持ていきたかった。
「現在、ミールワッツ星系にいるミルファク星系軍は一個艦隊です。わが星系からは二個艦隊、アンドリュー星系からは一個艦隊、ペルリオン星系からは、半個艦隊を出して頂く。三個艦隊の軍事力で圧倒し、できれば戦わずしてミルファク星系軍には、ミールワッツから出て行ってもらいたい」
ファイツアーはそう言うとランドル代表とヤマモト代表を見た。
「ファイツアー代表、半個艦隊と言われましてもすぐに、用意できるものではありません。どの位の猶予を考えておられますか」
ランドル代表は、そう言うとファイツアーとハイケルの両方を見た。
「一ヵ月後です」
「一ヵ月後ですって」
今度はヤマモト代表が驚いた声で
「我星系は、各艦隊が常時運用されています。リギル星系のように予備に持っている艦隊などありません。すぐに呼び寄せても出動できるまでには二ヶ月はかかります。軍部とも相談しなければなりません」
「ヤマモト代表。先程も申し上げた通りです。早々と対応しないと、時間がミルファク星系に味方します。事情も御有りでしょうが一ヶ月で出動させて下さい。わが星系軍は、ペルリオン星系軍とともに先行して出動します。今回は時間が重要です」
これを聞いていたファイツアー軍事統括大将は、別の不安があることに気がつかない四人を見ていた。「ミルファクがこのままの状態でミールワッツにいる訳がない。必ず援軍なりを送りこんでくる。三個艦隊と言っても、軍艦レベルの航宙艦どうしの実戦経験があるのはリギルだけだ。アンドリューとペルリオンはせいぜい宙賊相手が関の山だ」そう考えると、今回の派遣が思い通りに運ばない不安を募らせていた。
結局、リギル星系主導の派遣では、今後の星系連合体ユニオン代表選出の時、不利になると感じたランドルは、ミールワッツ星系への派遣艦隊を星系連合体ユニオンの派遣とし名前を“ユニオン連合派遣艦隊”とすることで同意した。
星系連合体ユニオンの会議終了後、ランドルとヤマモトが自星系への連絡の為、足早に会議室を出るとファイツアー代表が、
「やれやれ、ランドル代表の次期ユニオン代表選出のことで頭がいっぱいのようですな。
今回の出動がうまくいかなければ、星系連合そのもの存続も危ういというのに」
と言うとハインケルはタミル・ファイツアー代表を見ながら
「自星系におけるご自分の立場もあるのでしょう。今回は、派遣協力を取り付けただけで十分です」
と答えた。そして甥のユアン・ファイツアー大将の方を向き
「ファイツアー提督、至急二個艦隊の出動を準備してくれ星系評議会の方は私が承認を取り付ける。今回の出動は、あくまでミーワッツ星系にミルファク星系軍がユニオン連合派遣艦隊の数を見て戦わずに出て行ってくれることが大前提だ。星系外交部の交渉が終わるぎりぎりまで接触は、無いようにしてくれ。」
それを聞いたユアン・ファイツアーは
「解りました。ぎりぎりまで戦闘行為におよばないよう気をつけます。人事については私に任せて頂けますか」
「それは構わない。軍事については君が専門家だ。我々民間人が口に出すことではない」
ハインケルはそう言うとユアン・ファイツアーは、はっきりとした言葉で
「それでは、シャイン提督を今回の派遣艦隊の総司令官に任命しても宜しいですね。彼の戦術は高く評価しています。今回ずいぶんやられたとは言え、彼でなければ、もっと被害が出たでしょう。まして一個艦隊に満たない数の艦数でミルファク星系軍第一七艦隊に優勢に出れるなど他の提督では不可能です。」
ハインケル代表とタミル・ファイツアー連合体代表は顔を見合わせ頷くとハインケルは、
「君に任せる」と言った。
タミル・ファイツアー星系連合体ユニオン代表のオフィスを出るとユアン・ファイツアー提督は、自走エアカーに乗り自分のオフィスに向かった。オフィスに着くなりスクリーンパネルのセクレタリボタンを押して
「シャイン中将に私のオフィスに来るよう伝えてくれ」
そういうと眉間に手をやり目をつむると椅子の背にぐっと寄り掛かった。
「軍人は暇なことが世の平和の印。我々が公に動き出す時は、世の中が憎しみを生み出す産声を上げる時だ。軍人は死とは隣合わせだ。しかし、軍人を家族に持つ民間人にとって、家族の死は悲しみと憎しみに変わる。憎しみは憎しみを呼ぶ。人類は幾度となくこれを繰り返してきた。今回も同じことになる。それにもしミルファク星系軍が援軍を送り込んで来たら、この戦いを機に長期戦になる可能性もある。そうなれば戦いはミールワッツだけに留まらない。我星系にそれに耐えうるだけの経済力があるのだろうか。経済力、軍事力、資源力において我星系を上回るミルファク星系に真っ向から挑むのは無理があるような気がする」胸の中で呟くように言うと、それを振り切るように「軍人は軍人の仕事をしよう」とそう言ってデスクに向かった。
ファイツアー大将の呼出しを受けたシャイン中将は、すぐにマーブル中尉に連絡艇の手配を指示すると
「私の処分が決まったのか。しかし、査問委員会も開かれていないし、そもそも降格や予備役編入などの連絡は星系軍本部の仕事だ。ファイツアー提督からの呼出しとはどういうことだ」胸に疑問を抱えながらも、すばやく身支度を整え、鏡の前で目をはっきり開け眉毛を上げると上着の裾を引っ張った。
自走エアカーの前で不安そうな顔をしながら待つマーブル中尉に
「煮て食われる訳でもなければ焼いて食われる訳でもない。心配そうな顔をするな」
そう笑顔でマーブル中尉に言うとエアカーのウィングを開けて乗り込んだ。
シャインは宙港で連絡艇に乗り、指定軌道にて第二軍事衛星を左に見ると「この景色も当分いやもう見れないかもしれない」そう心に呟きながら自分が予備役編入を覚悟している事を自覚した。
二時間後、シャインはファイツアー提督のオフィスの前に着くと再度服を正し、オフィスに入った。リギル航宙軍式敬礼を行ったシャインは、ファイツアー提督の答礼が終わると直立の姿勢を取った。
「シャイン中将。そんなに固くなってどうしたのかね。いつもの君らしくないが」
それを見たファイツアーがそう言うと、
「はっ、私の処分について、本来本部事務方の仕事をわざわざ提督直々のご命令と受け取っております。航宙軍最後の命令を・・」
そこまで言ったシャイン提督の言葉を抑えて、ファイツアーは
「確かに命令だが、処分ではない。星系連合ユニオン評議会の結論が出た。ミールワッツ星系に「ユニオン連合派遣艦隊」として三.五個艦隊を送る。同盟星系との混成艦隊だが、二個艦隊は我星系軍だ。その艦隊司令官に君を任命する。これが命令書だ」
ファイツアー提督の言葉にシャインが言葉を詰まらせていると
「いやか」
と少し笑いを堪えながらシャインに尋ねた。
「いえ、とんでも。ありません。しかし、私は、予備役に編入させられるものとばかり思っておりましたので」
シャインの応答に
「我星系軍は有能な士官を遊ばせておくほど、やさしい組織ではないということだよ。君の手腕に私は期待している」
ファイツアー提督の言葉に意味を理解したシャインは、
「ありがとうございます」
それだけ言うと笑顔をファイツアーに見せた。そして
「質問があります。三.五艦隊と言うのはどういうことでしょうか」
「我星系から第一艦隊と第三艦隊の二個艦隊、アンドリュー星系から一個艦隊そしてペルリオン星系から半個艦隊と言う訳だ。ランドル代表が艦隊を参加させるのを渋りおったが一隻も出さないでは、事が終わった時、まずいと思ったのだろ。それにそもそもペルリオン星系は、通常編成とは違う艦隊編成だからな。仕方ないところだ」
「よくペルリオン星系が半個艦隊も出しましたね。合同演習の時に見ましたが、ほぼ全鑑に等しいです。これでは、輸送艦の護衛が滞ります」
ファイツアーの考えにシャインは自分の考えを言うと
「今回の件が終わらなければビジネスどころではないと考えたのだろう。ランドル代表は」
ファイツアーは自分の考えを言った。
「ところで今回は第二艦隊にも出動してもらう。帰還したばかりで将兵は疲れているだろうが、仕方ない。それと第二艦隊艦艇に艦の補充を行う。シャルンホルスト級戦艦一〇隻、エリザベート級戦闘空母一二隻、テルマー級巡航戦艦二〇隻、ロックウッド級重巡航艦二〇隻、ハインリヒ級軽巡航艦二〇隻、ヘーメラー級駆逐艦三〇隻だ。現状はこれが精一杯だ。フルスペックとは行かないが、修復した艦も合わせれば、帰還直後の編成状況よりはよいはずだ。今回の出動は一ヵ月後だ。時間はないがよろしく頼む。但し、アンドリュー星系軍は、都合で更に三週間遅れて出動する。すぐに開戦する予定ではないので構わないと思ったのだろう。」
これを聞いたシャインは、「後がないな。失敗は許されない」と頭の中で考えるとファイツアー提督に
「今回の出動。必ず成功させて見せます」
と言って敬礼した。ファイツアーが答礼するとシャインはファイツアーのオフィスを後にした。
「しかし、一ヵ月後とは、また急いているものだ。準備をしっかりしないと足元を自分ですくうことになる。ペルリオン星系軍はまだしもアンドリュー星系軍は当てに出来ないだろう。まだ、合同演習もやったことが無い軍と統率の取れた作戦が出来るとは思えない」
シャインは自走エアカーに乗りながら考えた。
結局、シャインが率いるユニオン連合派遣艦隊の編成は、ヤン・マーブル中将率いる第一艦隊とミル・アンダーソン中将率いる第三艦隊そしてデリル・シャイン中将率いる第二艦隊これにアンドリュー星系軍一個艦隊とペルリオン星系軍半個艦隊だ。
今回は総司令官としてユアン・ファイツアー大将が、デリル・シャイン中将のシャルンホルスト級航宙戦艦旗艦ベルムストレンに乗艦する事になった。
見かけ上は四.五個艦隊に見えるが、アンドリュー星系軍が当てに出来ないことやデリル・シャインでなければという考えからファイツアーが星系軍本部にごり押しして許可させたのであった。
一ヵ月後、第一艦隊が基地とする第一軍事衛星、第二艦隊が基地とする第二軍事衛星、第三艦隊が基地とする第三軍事衛星は、出発前の喧騒の世界にあった。
デリル・シャインは、スクリーンパネル上に映る艦隊編成表を見ながら、「見掛けの数は立派だが、アンドリュー星系軍は、三週間後、ペルリオン星系軍もミールワッツ星系に直接向かうという。実際の即時稼動体制は、リギル星系軍の一八〇七隻だ。ミルファク星系軍は、こちらの編成を読んだ上で仕掛けてくるだろう。
数を見せてミールワッツ星系に駐留するミルファク星系軍が一時的に撤退したとしてもその後ろに本艦隊がいたら真っ向からぶつかることになる。このことを想定した対応しないと被害が大きいだけで利が無い結果に終わりかねない」そう考えながら、未だ完全修復が終わっていない中破以上の各艦艇の整備状況を見ていた。
結局、ユニオン連合派遣艦隊の編成はリギル星系軍より
第一艦隊 艦隊司令 ヤン・マーブル中将
シャルンホルスト級航宙戦艦四〇隻
テルマー級航宙巡洋戦艦四〇隻
ロックウッド級航宙重巡洋艦六四隻
ハインリヒ級航宙軽巡洋艦六四隻
ヘーメラー級航宙駆逐艦一九二隻
ビーンズ級哨戒艦一九二隻
ライト級高速補給艦二四隻
エリザベート級戦闘空母三二隻
ミレニアン戦闘機五一二〇機
艦艇数 六四八隻
第二艦隊 艦隊司令 デリル・シャイン中将
シャルンホルスト級戦艦二五隻
テルマー級巡航戦艦三一隻
ロックウッド級重巡航艦四〇隻
ハインリヒ級軽巡航艦四〇隻
ヘーメラー級駆逐艦一三七隻中
ビーンズ級哨戒艦一九二隻
ライト級高速補給艦二四隻
エリザベート級戦闘空母二二隻
ミレニアン戦闘機三五二〇機
艦艇数 五一一隻
第三艦隊 艦隊司令 ミル・アンダーソン中将率
シャルンホルスト級航宙戦艦四〇隻
テルマー級航宙巡洋戦艦四〇隻
ロックウッド級航宙重巡洋艦六四隻
ハインリヒ級航宙軽巡洋艦六四隻
ヘーメラー級航宙駆逐艦一九二隻
ビーンズ級哨戒艦一九二隻
ライト級高速補給艦二四隻
エリザベート級戦闘空母三二隻
ミレニアン戦闘機五一二〇機
艦艇数 六四八隻
ペルリオン星系軍より
シャルンホルスト級航宙戦艦二〇隻
テルマー級航宙巡航戦艦二〇隻
ロックウッド級航宙重巡航艦三二隻
ハインリヒ級航宙軽巡航艦三二隻
ヘーメラー級航宙駆逐艦九六隻
ビーンズ級哨戒艦九六隻
ライト級高速補給艦一二隻
艦艇数 三〇八隻
アンドリュー星系軍より
シャルンホルスト級航宙戦艦四〇隻
テルマー級航宙巡洋戦艦四〇隻
ロックウッド級航宙重巡洋艦六四隻
ハインリヒ級航宙軽巡洋艦六四隻
ヘーメラー級航宙駆逐艦一九二隻
ビーンズ級哨戒艦一九二隻
ライト級高速補給艦二四隻
エリザベート級航宙母艦二〇隻
ミレニアン戦闘機三二〇〇機
艦艇数 六三六隻
総艦艇数二七五一隻
これがユニオン同盟派遣艦隊の総数である。