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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:9 意志断つ剣は、誰が為に
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9-2 ハイペリオン

「もう始まってましたか」

 

 ハウリングポートの片隅、古びた見張り台の上にひとりの女性がいた。

 B級冒険者、健脚のメタリカ。

 その顔はやつれているが、目には気力が十分備わっている。


 イサギを送り届けた後、メタリカはブロンズリーに舞い戻り、そうして即座にUターン。

 メタリカに与えられた新たなる指令は、どうなるにせよ、『イサギの結末を見届けること』だった。

 何十、何百の優れた冒険者に救援を求めるよりも、彼たったひとりの動向こそが要なのだと、愁とアマーリエは言っていた。

 まったく無茶な工程だ。馬車が耐え切れずに四散してしまうかと思った。


 メタリカは渡された遠見筒――従来のものを愁が改造した特別製だ――を覗き込む。

 遠く離れた場所での戦いがまるで手に取るように見えた。


 彼らは街の一角でまるで竜巻のように建物を破壊しながら、戦い続けてゆく。

 金色、紫、赤に白色、様々な光が瞬き、あるいは炎や岩石、稲妻に衝撃波が乱れ飛んでいた。

 世界を襲う天変地異がこの街にだけ降り注いでいるかのようだ。恐ろしい。


「……いやはや、派手なものですねえ」


 かろうじてそうつぶやくのが精一杯。

 メタリカのこめかみからは汗が伝い落ちている。


 これほど離れた距離だから冷静に観察できているけれど。

 もし自分があの場にいたならば、その影すらも目で追うことはできないだろう。

 ふたりの男の間に渦巻く熱波に絡め取られただけで、焼け死んでしまいかねない。

 

「A級エージェント、って言ってましたっけ、あの人……」

 

 遠見筒から目を離し、メタリカはため息。

 なにがA級だ。大嘘もいいところだ。


「戦闘能力なら、あれ……。

 一国家分ぐらいあるんじゃないでしょうか……」


 ひとりの人間があそこまで強くなれるとは。

 その彼と互角に渡り合っているピリル族の新族長もまた、人智を超えた化物なのだろう。


 イサギは『想いにも力はあると信じている』と言った。

『争いがなくなればいいと思うのなら、そう叫べばいい。』と。

『ひとりひとりの願いは、大きな流れになり、いつかは運命の激流をもせき止めることができる。』のだと。

 

 ならばメタリカは願う。想うことを止めずにいよう。

 自分もまた、彼が運命を打倒するための手助けができますように。


 メタリカは口内で小さくつぶやく。


「……勝ってくださいね、イサさん」


 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 


「魔王イサギ、見くびるな。

 誰が逃げるものか。ニンゲンなんぞを相手にな……!」


 レ・ヴァリスは拳を握り、イサギと視線を合わせた。

 それから拳法家のような構えを取る。どうやら本気でイサギに接近戦を挑むつもりのようだ。


 潮風吹く埠頭前広場、スラオシャリングにて多くの敵たちに見守られ。

 レ・ヴァリスだけではなく、イサギは辺りのピリル族たちにも警戒の目を走らせながら。


「本気か? ここは俺の距離だぜ」

「そういうのなんというか知っているか? 魔王。

 覚えておくがいい。『思い上がり』というのさ」

「よく喋る犬だな」

「……口の減らない男だ」


 レ・ヴァリスの構えはピリル族の拳技『咬拳』だ。

 剣を使わず、己の肉体のみで相手を叩き伏せる特殊技術である。

 いついかなるどんな場面であってもパフォーマンスを発揮できることが強みだが、その代わりに当然威力は低い。

 人相手であれば死に至らしめるには十分ではあるものの、闘気の量が少しでも格上の敵には通用はしないのだ。

 

 だがそれも、レ・ヴァリスにとっては関係がない。

 魂鎧オハンによる推進力は、平気であらゆる闘気の防御力をぶち破るだろう。

 

 速くて重い。

 それがオハンをまとうレ・ヴァリスの特徴だが、無論弱点はある。


 まず第一に、オハンは直線的な軌道しか取れない。

 次に相手がどんなに速いといっても、リーチで勝るのはイサギである。

 カウンターを取ることができれば、オハンの機動力はすべてレ・ヴァリスに振りかかる。それがレ・ヴァリスの不利だ。


 一歩、間合いを詰めるイサギ。

 さらに一歩、すり足でにじり寄るレ・ヴァリス。

 

 先ほどとは一転し、張り詰めた空気が漂う空間。


「……」

「……」


 この距離ではもはや魂波は意味がない。

 イサギは背中に杖を背負い直し、両手でカラドボルグを握り、もう一歩。

 

 呼応するようにレ・ヴァリスもまた、一歩。

 すでに踏み込みで剣が届くほどの位置。


 世界の音が遠ざかり、ふたりの間を一迅の風が吹き抜ける。

 まだ、どちらも動かない。

 イサギは剣を上段に掲げ、半身。

 レ・ヴァリスは背中を丸め、両手を顔の横。


「……」

「……」

 

 力と力。技と技。

 同時にぶつけ合い、砕け散ったほうが負け。

 実にわかりやすく、正しい、この世界の掟である。 

 

「――ハッ!」

 

 先に動いたのはレ・ヴァリスであった。

 地面に倒れこむようなすれすれの態勢で片足から魂力を噴射し、距離を詰めてくる。

 剣の切っ先を向けるイサギ。まだレ・ヴァリスの行動は確定していない。

 オハンの噴射口は四カ所。両手両足。

 ここから動きが変化するだろう。まだ三箇所が残っている。

 

「旋爪――!」

 

 イサギと接触する直前、レ・ヴァリスの軌道は真横に逸れた。

 イサギを中心に円を描くように回り込んでくる。

 瞬時に視界を振り切るその急速旋回は、まるでレ・ヴァリスが消えたような錯覚を感じることになるだろう。

 それはイサギですら同様に――。

 

 紫色の光に取り囲まれながらイサギは、振り返りざま前方に飛び込む。

 レ・ヴァリスは回り込んだ右手ではなく、3/4進んだ左手からイサギを追いかけてきた。

 反射的に防御の態勢を取っていたら、逆方向を突かれることになっただろう。

 

 レ・ヴァリスは止まらない。

 一旦浮かび上がり、両足のオハンによって複雑なジグザグ軌道を描きながら、イサギを強襲する。


「翔牙嵐!」


 魂力を噴き出し、コマのように回転しながらのカカト落とし。

 イサギのミョルニルハンマーに勝るとも劣らないほどの威力で迫るそれ相手に、カウンターは取れない。

 だがイサギは思い切り刃を振り上げた。

 ――脚甲とカラドボルグが激しく衝突し、辺りに耳障りな高音が響き渡る。

 手が痺れ、顔をしかめたイサギは、ピシィとカラドボルグにわずかな亀裂が入るのを見て。


(無茶させちまって、悪いな、バリーズド!)

 

 その甲斐はあった。レ・ヴァリスの動きが一瞬停止したのだ。

 赤と赤の眼光が交わるその刹那――。


 レ・ヴァリスが全力で四本の噴射口から魂力を吐き出すよりも早く。

 ――イサギは飛びつき、彼の首を足で締め上げる。


 レ・ヴァリスは闘気使いではない。あくまでもオハンの装甲に頼っているだけだ。

 密着状態ならばイサギのほうが筋力は数段上。このまま首の骨をへし折る――。

 

「ぬおおおおおおおおおお!」

「――ッ!」


 その思惑を悟ったレ・ヴァリスは飛び上がり、宙返り。

 凄まじい重力加速度がイサギの全身にかかるが。


「ローラの飛翔術だってこれぐらいはキツかったぜ!」

 

 イサギは首四の字のような形を崩さず。

 ピリル族も変わらない生物だ。頸動脈を圧迫されれば意識も失うだろう。

 レ・ヴァリスはオハンを滅茶苦茶に操り、なんとかイサギを振りほどこうともがく。

 上下左右、重力のミキサーにかき混ぜられながら、イサギは決して己を見失わない。鍛えあげられた平衡感覚と姿勢反射力の効果だ。

 そのたびに放たれる紫色の魂波のすべてもかわしながら、締め続ける。首の骨が軋む音がした。


「――!」

 

 もはや声を出すことすら敵わぬレ・ヴァリスは、高高度から急降下。

 イサギもろとも地面にめり込む気なら、その直前で足を離して、レ・ヴァリスひとりを大地に叩きつけてやろうと思っていた次の瞬間。

 レ・ヴァリスはきりもみしながら海に飛び込んだ。

 

(――な!)

 

 十メートル以上の波しぶきを上げて入水するレ・ヴァリス。

 これにはさすがに意表を突かれた。いくらイサギがスラオシャ大陸を救った勇者だとはいっても、水練の経験は――中学校のプールの授業以来――ない。

 水の抵抗を感じて呼吸を止めながら、イサギは閉口し。

 さらにレ・ヴァリスは、そのまま遥か海中へと沈み込んでゆく。


(こいつ――どこまで潜る気だ!?)

 

 もし、彼が意識を失ってもオハンを操縦できるとしたら――。

 イサギは深海に没して、海の藻屑となってしまうのではないか。

 その己の考えに背筋が凍る。辺りはすでに光が届かない。

 

 次の瞬間、レ・ヴァリスと目が合った。

 彼はニヤリ、と口元を歪めたような気がした。

 遅れて、気づく。


 コードが――。


「――――!」


 声にならない声をあげたレ・ヴァリスは、口からなけなしの呼気を吐き出し、それを放つ。

 密着距離での破術。一撃必殺の奥義。

 魂滅か――。


 打ち消すためにもイサギは破術を使わなければならない。

 イサギもまた、反射的に破術を撃ち出し――。


 次の瞬間、反作用によりふたりの闘気は霧散した。

 ならばあとに残るのは、単純なる筋力の差。


(こいつ――!)

 

 レ・ヴァリスは一転、海面へと浮上してゆく。

 イサギに魔力が戻る前に脱出するそのつもりだ。

 もはや猶予はない。

 絡みついていた腕を離し、イサギはレ・ヴァリスの身体に刃を突き立てようとして――。

 

 ――海面から脱したレ・ヴァリスによって、ついにイサギは跳ね飛ばされた。

 



 地面を何度か転がりながら、イサギは身を起こす。

 海水に浸かった全身は意外なほどに重い。

 この感じは初めてだ。海中戦闘も考慮しておけば良かった。 

 ツバとともに海水を吐き出し、顔をあげる。


「この野郎が……」

「は、いい顔になったじゃねえか、魔王よ」

 

 ノドをさすりながらゆっくりと降りてくるレ・ヴァリス。

 彼もまた決死の形相だ。

 

 立ち上がるイサギは気づき、己の手を驚き見やる。

 おかしい。まだ魔力が戻ってきていない。

 まさかガス欠か? いや、それなら気絶していてもおかしくはないが。


 レ・ヴァリスの右目は先ほどから赤く輝き続けている。

 その男は居丈高に指を突きつけてきて、牙を剥く。


魂縛(ソウルバインド)、俺様の破術は“絡みつく”ぜ!」

「……」

 

 わざわざ技の正体を口授してくれるその親切さには、呆れてしまうが。

 なるほど。目を凝らせば、イサギのレ・ヴァリスの間になにか細い糸のようなものが繋がれてある。

 長期間に渡り相手――と無論、自分自身もだ――の魔力を無効化し続ける持続系の効果があるようだ。

 こんな破術の使い方もあるとは、思いもよらなかった。

 

(だから接近戦に自信満々だったってわけか……。

 ピリル族の身体能力にオハンの性能を活かすなら、それっきゃねえもんな)


 やるものだ。思わずうなるイサギ。

 これで天秤はレ・ヴァリスに傾いた。

 イサギはこれから自らの体術だけで戦わなくてはならないのだから。


 いつしか周囲にはピリル族の若者が詰めかけていた。

 レ・ヴァリスの勇姿を見るためだろう、群衆の輪はさらに狭まっていた。

 

「レ・ヴァリスさま! こんなやつ、俺の手でやっつけちまいますよ!」などと叫び、イサギに飛びかかってくる血気盛んなものがひとり。

 素早いその動きに対し、イサギは正確無比に顔面に蹴りをお見舞いする。

 悲鳴をあげながらゴムボールのように地面を転がってゆく男。

 剣を使わなかったのは手加減をしているわけではない。レ・ヴァリスの動きに注意をしているからだ。


 まるで腕試しをするかのように、イサギを狙いつつある男たち。

 鬱陶しい。平時ならば斬り捨てておしまいだが、レ・ヴァリスを前にすればこの程度の雑魚たちにすら隙を見せられない。

 もっともレ・ヴァリスも、仲間ごと『魂波』や『魂滅』を放つことはしないようだが。

 

 ――その時、動かずにいたレ・ヴァリスが大喝した。


「おまえたち! 近寄ってくるんじゃねえ!」


 まるで時を停止させる魔術のように、ぴたりと若者たちの動きが止まる。

 レ・ヴァリスは拳を突き上げ、堂々と宣言する。


「こいつは化物だ! カリブルヌスを凌ぐほどの、な!

 おまえたちの力じゃ敵わねえ! この俺様を信じて黙ってろ!

 この俺様は、三界の覇王レ・ヴァリス!

 人間族と冒険者を打倒し、スラオシャ大陸に新たなる歴史を刻む男だ!」

 

 彼は街中に響くかのような声で、そう言い放った。


 潮が引くように静寂が満ちた次の瞬間――。

 うおおおおおおお、と地が轟くような大歓声。鬨の声。

『レ・ヴァリス! レ・ヴァリス!』のコールが鳴り止まない。


 その芝居めいた一連の流れに、イサギは顔をしかめる。


「ずいぶんな人気だな、レ・ヴァリス」

「この俺様は、ピリル族の勇者だからな!」


 意気揚々とこちらに歩み寄るレ・ヴァリス。

 地面に叩きつけられ、首を絞められ、オハンをまとうその手足に衝撃を叩きつけられながら、まだ体力は底をついていないようだ。

 自分で言うのもなんだが、呆れてしまうようなスタミナである。


「……一族のために大敵を討つのが勇者だったな。

 ならばお前のその称号もふさわしいかもしれない」


 イサギのコンディションはどうか。

 魔力が空っぽになったことなど数えるほどしかないが、このまま戦い続ければその危険が見えてきそうだ。

 特に極術の使用が不味かった。これから使うことがあれば、一日に三度までなどの制限を課さなければならないかもしれない。


 ――それでも、負けられないのはどちらも同じ。


「そうさ! この俺様の前に立ちはだかる敵はすべて、殴り潰す!」

「勇者の前に魔王は倒される。そういう筋書きは世の常か」

 

 オハンを操り、突撃をしてくるレ・ヴァリス。

 どちらも闘気の封じられたこの状況、イサギとしても決定打を放つことはできない。

 カラドボルグを操り、レ・ヴァリスの拳を弾き続ける。


 あの『絡みつく破術』がどれほどの時間使えるものかは知らないが、いくらレ・ヴァリスと言えど数時間には及ばないだろう。

 つまり――彼の魔力が尽きるまで、イサギが体術だけでレ・ヴァリスをさばき続ければいいのだ。


 こんなものは膠着状態でもなんでもない。

 時間が経てば経つほど、レ・ヴァリスの魔力残量は失われてゆく。イサギはただ待てばいい。

 

 真上にあった太陽は、いつしか傾き、沈み込みつつあった。

 ピリル族の兵の鯨波も、今や凪のように静まり返っている。


 肉体強度が岩よりも劣る状態のイサギに、一撃でも拳を当てることができれば勝てるはずのレ・ヴァリス。

 また、闘気が使えないとはいえ、オハン以外の箇所ならば技量だけでもたやすく切断することのできるイサギ。

 ――どちらも一手間違えれば死ぬ。

 それだけの緊張感の中、ふたりは言葉を交える。


「だがなレ・ヴァリス、勇者ってのは決して己の復讐心のために父親を倒したりはしないぜ?」

「は! 貴様の魔眼はあの男から奪ったものか! よく言う!」

「勇者たる資格を決めるのは自身ではなく、いつだって人の声さ」

「貴様は先ほどの歓声が聞こえなかったのか!?」

「ありゃあお前の内輪だろ? わかっちゃいねえな」

「しゃらくせえ!」


 

 死地に片足を乗せながら、決して引かぬ戦い。

 やがて完全に日は落ち、辺りには広場を取り囲むように篝火が焚かれた。

 暗闇の中、真っ赤なふたつの目が凄まじい速さで動き続ける。

 刃と拳がぶつかり合う金属音は、いつまでも絶えることはない。

 

 戦っている本人たちでさえ、未来永劫続くかのように思われるその一騎打ち。

 ふたりは互いの技を競うように高みへと登り続ける。

 その中で、レ・ヴァリスは常にイサギの目を捉えていた。

 仮面の奥の暗闇のような瞳。それは常にレ・ヴァリスを深淵の色で覗いている。

 

 すでにイサギはレ・ヴァリスの使う『魂縛』の正体を見極めていた。

 相手の魔力を封じ込め続けるこの技は強力だが、それ相応の代償が必要であり。

 魔力消費量は膨大だ。風呂の底が抜けたかのように失われていっている。

 それでもレ・ヴァリスは破術を使い続けることをやめない。

 やめることはできないのだ。

 イサギの近接能力の凄まじさを目の当たりにしてしまったのだから。


「俺様の優位性は揺ぎないはずだ……!

 貴様は所詮その身ひとつ、なのになぜ、なぜ受けきれる……!?」

「これが人生経験ってやつだよ、若造」

「本当に人間族か!? そのタフネス!」

「お前みたいに飛び回っているわけじゃないんでね。

 それに、寝ずに戦い続けるのには慣れているんだ」


 相手の弱点と、どうやれば息の根を止めることができるのか。

 それだけを探し続けるように、ふたりの男は闘う。

 武芸を競うでも、互いの誇りを賭けたわけでもない、ただの壮絶なる殺し合い。


 それなのに、いつしかピリル族の兵は祈り、叫び、願うものたちもいた。

 我が主の魂を削る様を前に、若者たちは慟哭すら禁じ得ない。

 こんな死闘が、どうしてここまで人たちを惹きつけて離さないのか。

 それはおそらく、大陸最強クラスのふたりが紛れも無く本気で勝負をしているから、なのだろう。

 命の輝き――それに群集は目を奪われるのだ。



 だが――。


 

 そんなものは唐突に、終わりを告げる。

 ――彼方から飛来する、そのレーザーのような閃熱により。

 

「――!?」

 

 辺りを薙ぎ払う炎をイサギが避けられたのは、奇跡でも偶然でもない。

 レ・ヴァリスと戦いながらもイサギは己が敵地にいることを肝に銘じ、リソースの数%を周囲の警戒に当てていたからこその回避成功だ。


 地面を転がったイサギは見上げる。

 今の魔法は見覚えがあった。

 

 暗闇の中、薄れゆく炎熱の帯によって浮かび上がったのは、屋根の上に立つ少女。

 ――シルベニア。


 多少なりとも、思うことはある。

 慶喜が捕まったのだとは聞いていた。

 ならばイグナイトやシルベニア、ロリシアがどうなってしまったかというのは、想像に難くない。

 心していても、彼女が自分に弓引くその姿に穏やかではいられなかった。


(……やはりお前、シルベニア。

 俺たちを、裏切っていたのか……)

 

 しかし、それはシルベニアも同じようだ。

 彼女もまた魔法を放っておきながら、自分の姿を確認してわずかに動揺をしているのだとイサギは悟る。

 次射が来ないのもそうだが、指先に魔力を集めているわけでもなく。

 完全に無防備な姿を晒しているのだ。

 戦場に立つシルベニアがそんな致命的なミスを犯すはずがない。


 なにか――イレギュラーな事態だったのだろう。

 侵入者がイサギだと知らず、シルベニアはここに駆けつけて。

 そうして、炎に照らされたイサギの姿を見て初めて気づいた。そんなところか。

 

(……まったく、その優しさに涙が出そうだな)


 レ・ヴァリスひとりでも手を焼いているのに、シルベニアが加わるとなると、もはや生還の目は薄いと言っても過言ではないだろう。

 シルベニアの魔法を防ぐために破術を使えば、その隙にレ・ヴァリスの破術によって魂を潰される。

 極術でシルベニアの炎を裂いたとて、それと禁術の併用が可能かどうか、まだ試したことはない。

 

 つまり、シルベニアの覚悟が決まる前にレ・ヴァリスを討たなくてはならない。

 だが――。


「余計なことをするな! 魔族国連邦!

 この男を倒すのは俺様だ! 最強の証を手に入れるそのために!」

 

 レ・ヴァリスは魔法を放ったその銀魔法師を一喝した。

 シルベニアはその声に驚いた様子はなかったが、まるで迷っているように瞳を揺らす。

 そんな薄い感情の機微に気づけたのは、この場では付き合いの長いイサギただひとりだろう。

 

 レ・ヴァリスは戦いに私情を持ち込むタイプではないと思っていたが。


「仕切り直しだ、魔王。

 貴様の魂を叩き潰すのはこの俺様。

 レ・ヴァリスでなくてはならないのだ!」

「へえ」

 

 小さく声を漏らすイサギ。


「お前はそういう考え方をするのか。それは知らなかった」

「は! 俺様は貴様を殴り潰し、そしてその上を征くぞ!」

「なるほどな」


 少しだけ、認めてやってもいいと思った。

 兄の仇を晴らすために戦い、仲間のために怒り、戦いにおいて矜持がある。

 もし彼が同族ならば、立場さえ違えば、友ぐらいにはなれたかもしれない。

 ここが戦いの場でなければ、だが。


 イサギは柄に流れる汗を拭い、カラドボルグを握り直す。


「しかし、甘いな」

「……なんだと」

「所詮、まがい物の勇者か。『個』を優先するとは」

「貴様――。

 俺様を愚弄するなよ……!?」


 ギリィと音が聞こえそうなほどに歯を噛み締めるレ・ヴァリス。

 イサギはため息をつき、レ・ヴァリスを突き放す。


「命の軽さ、重さ。その意味について、もう少し考えたほうがいい。

 自らの弱い心を納得させるだけの言葉を『信念』などという耳障りの良い言葉で片付けるなよ。

 お前にとって俺はなんだ? 和解のできる好敵手か?

 とてもじゃないが、話にならないな。

『本当に悪い人などいない』なんていう、お伽話でも信じているのか?

 頭の中はお花畑か。悪意を知らぬ乙女じゃああるまいしな。

 本当に追い詰められたことなんて一度もなく、安寧の中で生きてきたんだろ?

 見てりゃわかるぜ。お山の大将だ。

 なあ、ピリル族の『勇者』よ」

「……ほざけ、魔王!」


 レ・ヴァリスの怒気も、イサギには届かない。

 選り好みしている段階でレ・ヴァリスには人の上に立つ資格はないとイサギと断ずる。


 倒さなければならない相手は、『どんな手段を用いてでも』必ず仕留めなければならない。

 今までイサギは確実にそうしてきた。さもなくば、次は自分の親しいものが殺される。

 情など殺し合いには不要だ。それは弱さを見せることに繋がるのだから。

 


 さあ、再びシルベニアが介入しないうちに、レ・ヴァリスを斬り殺すことにしよう。

 イサギは再び腰を落とし、レ・ヴァリスに剣を突きつけながらつぶやく。


「良かったな、魔法師を呼んでまで下手な芝居を打って。

 十分休めただろ? もういい頃合いか?」

「貴様、どこまでこの俺様……!

 もはや語る言葉もない! この俺様の手で潰してやるさ!」


 激高するレ・ヴァリスを前に、

 イサギは海水と汗と血で汚れた髪をかきあげる。


「……ま、嫌いではないんだけどな、そういう男は」


 仮面の奥の目を細め、続きは心の中で語る。



 戦いに美学を持ち込む男は嫌いではない。

 ――殺すのが楽だからだ。


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