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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:8 すべての命の行き着く先は
95/176

8-10 GONG

 イサギグループ:ピリル族の長と会った後、ハウリングポートへ。

 廉造・愁グループ:魔族帝国連合vsドラゴン族・冒険者。

 慶喜グループ:デュテュの説得を試みるも失敗。捕らえられる。

 

 空中戦艦をひとりで操りながら、ゴールドマンはドラゴン族の散発的な抵抗が徐々に弱まってゆくのを感じていた。

 彼らはシルベニアの魔法と戦艦からの砲撃に、真っ向から対抗しようとしているのだ。

 

 なんと愚かな。昔ながらの戦い方をいつまで続けるつもりか。

 時代はもう変わったのだ。ドラゴン族はそのあり方について来られていない化石の一族だ。

 

 このまま機に乗じて攻め込み、パラベリウ中央国家を焼き尽くしてしまうのも一興だが。

 ひとまずは戻って空中戦艦アンリマンユの調整だ。戦闘能力にも問題はないと知れた。

 これならば砲手の数を減らし、見込みのあるものを何人か飛翔術式の使い手に回すとしよう。

 継戦力を高め、浮力と出力に魔力を注ぐのだ。うまくいけば、ゴールドマンも戦列に参加できるようになるかもしれない。

 

 ひとつの思惑が成功すると、野望はさらに果てなく広がってゆく。

 ゴールドマンは自ら描いた地図に光が点ってゆくのを感じる。

 

 シルベニアは死力を振り絞り突撃を繰り返してくるドラゴン族をこともなくあしらっている。これは勝負があったか。

 だが。ゴールドマンはそれが目眩ましだと気づく。

 

 天秤の針を大きく動かしたのは、その男だった。

 電荷のように弾ける闘気をまとい、頭から突っ込んできたのは、金色の鱗を持つイエロードラゴン。

 

 一斉砲撃を浴びながらも、まるで怯みはしない。

 血と雷を尾を引き、天竜将レルネリュドラは雷鳴のように吠え声を轟かせた。

 

『――ドラゴンなめんなあああああああああああ!』 

 

 直後、空中戦艦は激しく揺れた。

 レルネリュドラの頭が右舷に突き刺さったのだ。障壁の張られている戦艦下部を避ければ、もうあとはそこしかない。

 だがそのために、右舷には特に多くの魔術師が配備されている。真っ向からの突撃など、ただの自殺行為に過ぎないのだろうが――

 

 さらに空中戦艦が振動し、立っていられなくなったゴールドマンは近くの壁に手をついた。

 どうやら戦艦の内部で炎を吐いたようだ。やぶれかぶれには違いないが、厄介なことだ。悪あがきで船が沈んでは敵わない。

 

「……ドラゴン族の双槍、黄竜家のレルネリュドラ、か……

 さすが、20年前の大戦を生き抜いた男は違うな。

 その火事場の力には、僕たちも学ぶことが多くあるだろう」

 

 ドォンとどこかで爆発が起きたようだ。

 可燃物に引火してしまったのだろう。魔術師たちはたった一匹の黄竜相手に少し、手こずっているようだ。

 

 これこそが個体戦力をゴールドマンが重視する理由に他ならない。

 たったひとりの飛び抜けた男がいれば、空中戦艦アンリマンユはたやすく沈む。だからこそ驕ってはならないのだ。

 

 ゴールドマンは腕を払った。その瞬間、操魔室の壁が弾け飛ぶ。

 ひとつ、ふたつ、三つ、取り払われてゆき、ゴールドマンとレルネリュドラの間を阻むものはなにもなくなる。

 

 レルネリュドラは頭だけを埋め込ませていた。片目は潰されて、さらに鱗も傷ついて氷の槍や剣が突き刺さっている。よくもそれでまだ抵抗を続けようとするものだ。

 彼はこちらを睨んでいた。レルネリュドラも倒すべき敵が誰なのかを気づいたようだ。そのあぎとを大きく開き、爆炎を喉奥に充填する。


 ゴールドマンは腕を突き出す。


「ここは君に免じて引くとしよう。

 だが次に会うときは我々は欠点を矯正し、さらに強靭になって帰ってくる。

 君の決死の行為は一時しのぎでしかないことを、忘れぬよう」

 

 その指先から、蒼い光が放たれた。

 魔世界を伝播し叩きつけられる不可視の振動波。それがゴールドマンの魔法だ。まるで鉄槌で打たれたようにレルネリュドラの頭が揺れ、今度はその逆側が激しく震えた。

 その二撃で意識を奪われたレルネリュドラは、ずるりと戦艦から抜け落ちてゆく。口の端から漏れた炎は放水のように空に撒かれて消えた。

 空中でその体は竜から人のものに戻ってゆく。落ちて死ぬか仲間に拾われるかは、運次第だろう。

 

 さて、頃合いか。

 空中戦艦の惨状を見て、ゴールドマンは撤退を告げる。


「潮時だ。信号を打ち上げろ。

 ハウリングポートに帰投する」

 

 これは撤退だが戦敗ではない。

 得たものは大きい。あのドラゴン族を退けたのだ。

 大空を舞台に、この戦艦に敵うものはもう他にはいまい。

 

 自分たちの脅威は大陸上に知れ渡るだろう。

 ゴールドマンは口元を抑え、地上のものたちへ告げる。


「恐怖せよ、人間族よ。

 空を仰ぐたびに思い出せ。

 空中戦艦はいつでもおまえたちを頭上から狙っている」




 ――――

  

 

 

 パッ、と戦艦から真っ赤な信号弾が放たれた。

 それを見上げたシルベニアは、姿勢を制御しながら戦艦に戻ってゆく。

 退却の合図だ。


 助かった、というべきか。アマーリエは大きく息をついた。

 ローラも、何度か魔術を浴びて傷ついてしまっていた。もう少しで彼女も飛べなくなってしまっていたかもしれない。

 

 廉造が落とされていったのは、マールが追いかけていったから、さほど心配はしていなかったけれど。

 アマーリエは身の回りの惨状を確認し、顔を歪めた。


 あのドラゴン族が誰も追撃と言い出さないのだ。手酷くやられたものだ。

 戦艦から落ちてきた天竜将も近くの竜化ドラゴン族が間一髪で受け止めていたが、満身創痍だ。今すぐ手当てをしなければ命に関わるだろう。

 

 無理だ。どう考えてもこれ以上戦いを続けることはできない。

 アマーリエは認めざるをえない。


「……撤退だわ」

 

 口の中が苦い。

 空中戦艦を退けることはできたが、その内容は完膚なきまでに叩きのめされた。

 

 街は守れたけれど。

 次は……ないだろう。


 ドラゴン族は半壊した。

 なんとしてでも、対策を講じなければならない。

 

 途切れてしまいそうな意識を気力だけで支えながら、アマーリエたちは地上へと降りてゆく……



 

 ――――

 

 

 

 同時刻。

 砕けた岩の上に立ちながら、レ・ヴァリスは天を仰いでいた。


 空を引き裂くように飛ぶ信号弾は、撤退を示す閃光だ。

 目を細めれば、遠くの空で戦艦が煙をあげながら高度を下げてゆくのが見えた。

 

「撤退か、ヘタを打ったな。ゴールドマン。 

 まあしゃあねえ。従ってやるか。

 あの戦艦は最強の俺様の威光を知らしめるためには必要不可欠なものだからな。

 ここで壊されちゃたまんねえ」


 ひょい、と地面に下り立って。

 レ・ヴァリスは振り返る。

 

「ゴールドマンは言ってたな。『驕るな』って。

 こいつもそのひとつってことなんだろうけどな」

 

 大岩の下から流れ出る血を見下ろすレ・ヴァリス。

 まだ命の欠片が残っている。それを吸い尽くす前にこの場を離れるのは、ゴールドマンたちの流儀には反する。

 

「っつっても、戦う意思のないやつを潰すのは、さすがに趣味じゃねえな。

 正しき“最強”の道からも外れちまうだろうしなー」

 

 軽く目をつむり、面倒そうに耳の裏をかきながらレ・ヴァリスはひとりごちる。

 あの伝説の勇者イサギは決して、降伏したものに止めを刺したりはしなかった。

 物語の中の英雄だが、幼心に憧れたものだ。あくまでも、物語の話だが。


 眼帯を付け直したレ・ヴァリスが瞳を開けると、そこには猛禽類の輝きが宿っていた。


「ま、しゃあねえか。

 弱いやつが死ぬのも、この世の条理。

 そこに目を背けて、最強も弱者もねえってもんだよな」

 

 片手で紡ぐそのコードは、レ・ヴァリスがふたりに叩きつけたものとはわずかに違う。巨大さの代わりに速度と威力を向上させた流れ星のような魔術だ。

 星を砕き、その下敷きとなっているふたりをまとめて潰すための技だ。

 

「来い――バルバリドラの烈日」

 

 その手に生み出された大岩を、レ・ヴァリスは掲げる。

 今まさに叩きつけようかとしていた、その瞬間だ。

 

『兄ぃいいいいいいいいいい!』

「ン――?」

 

 振り返る。その瞬間、視界には赤竜が映った。

 風を引き裂きながら翔んできた赤竜――マールに、レ・ヴァリスは反射的に大岩を突き出した。

 

「邪魔だぜ!」

 

 マールはその魔術の塊に頭から突っ込んだ。流れ星は砕け散り、土まみれになったマールはある程度飛び進んだところで意識を失って少女の体に戻り、地面をゴロゴロと転がってゆく。

 

「……きゅぅ……」

 

 目を回して倒れ込むマールを見下ろしながら、レ・ヴァリスは舌打ちをした。

 空から追いかけてきたのだろう。


「ドラゴン族の娘か。

 横入りっつーのはあんまり好きじゃねえな、俺様は。

 ……ブチ潰しておくかね。

 ちったぁ魂の糧にもなるだろうが」

 

 ふたり殺すのも、三人殺すのも変わらない。

 ただ、意識のないものを潰すのは、まるで小物のようで嫌なのだ。

 父――ダリスも戦う力を失ったからこそ、殺さずに見逃した。

 戦いの中で決着をつけたいと思うのは、レ・ヴァリスのただのこだわりだが、彼はそれを重要視していた。

 己の中で支えとなる核や信念といったものがなければ、ただの強者で終わってしまう。“最強”とは心も折れぬものだ。

 

 そう思った途端だ。

 光の線が瞬き、巨岩を引き裂いた。

 魔力に変わり消えてゆく煙の中から、栗色の髪を血に染めた男が立ち上がる。


 うつろな目を赤く染めて、歯を食いしばりながら。

 左腕が折れ曲がった彼は、右の手のひらから光を伸ばしている。


「……待て」

「ほーう」

 

 嬉しそうにレ・ヴァリスは牙を剥く。

 立ち上がるのなら容赦はしない。許可を受け取ったような気がした、が。


「……させない、よ」

「んー?」

 

 なんだ、視点が合っていない。本当に意識があるのか?

 愁はうわ言のようにつぶやく。


「……ぼくの前で、女性を殺すことは、許さない……

 断じて、ね……それがたとえ、相手が神であっても……」

「……」

 

 レ・ヴァリスは手のひらに小さな礫を作り出す。

 そしてそれを高速で愁に撃ち出した。 

 目にも止まらぬ速度で投射した弾丸だが、それは愁の眼前で真っ二つに割れた。

 

 障壁や結界ではない。彼が己の限界以上の速度で魔法を放ったのだ。

 その間合いは剣よりもわずかに広いぐらいだが。

 速い。あの光の鞭を伸ばさずに振り回せば、これほどの速度になるのか。

 

「なるほどな」

 

 髪をかきあげ、レ・ヴァリスは口元を緩めた。

 新たに生み出したのは風の魔術。気流が愁の体に激しく叩きつけられる。

 よろけて後ろに倒れてしまう愁。半死半生のそのざまを鼻で笑う。

 

「死に物狂いってやつか。

 だが、わかる。その気持ちわかるさ。

 守りたいものがあるよな? なにを犠牲にしても、守るよな?

 命に変えてもだろう? 死んだっていいって思うんだろ? 

 がむしゃらにな? それがおまえの道標なんだろう?」

 

 彼に歩み寄りながら、レ・ヴァリスは告げる。

 

「そういうのはいい。いいぜ。心強き者の証だ。

 俺様はまだその境地には至っていない。いや、わかんねえな?

 叩き潰されたことがないんでよ。どうなるかわからねえ。

 俺様は守れなかった。兄貴達をな。

 だからもう二度と同じ過ちは繰り返さねえ。今度こそ絶対に勝ってみせる。

 立ちふさがるものは、この手で殴り潰す」

 

 レ・ヴァリスはわずかに指を伸ばす。

 愁の間合いに入ったその瞬間、光が瞬いた。

 まるで見えなかった。指先から鮮血が滴る。

 

 腕を引き寄せ指を舐めるレ・ヴァリス。

 笑みを浮かべながら、彼はその男の生殺与奪権を放棄する。


「カリブルヌスを殺してくれた男だったな。

 兄貴達に免じて、一度だけは見逃してやろう。

日出ずる原(ソウルバーン)』に還ったときに、叱られたんじゃたまんねえからな。

 ったく、“最強”への道も険しいぜ。

 その尊き魂の行く先に、栄光あらんことを――な」


 祈りを捧げ、レ・ヴァリスは颯爽と翔び立つ。

 あとに残されたものたちは、すでに彼の眼中にはない。

 

 レ・ヴァリスが目指すもの。

 それはただひとつ、頂点の称号でしかないのだから。




   

 ◆◆ ◆◆

  


 

 

『空中戦艦』の出現は、冒険者ギルドを通じて大陸全土に知れ渡った。

 たったひとつその兵器が、世界を震撼させたのである。


 ドラゴン族と一部の魔族以外の飛行手段は、アルバリススにはない。

 熱気球や飛行船といったものは廉造や愁が望むなら、作り出すことは可能だろう。

 もしかしたら実現は遠くなく、次の侵攻までにも間に合うかもしれない。

 だが、実用的かどうかといったら別だ。

 

 ドラゴン族ですら避け切ることができない砲撃を前に、障壁を張り続けて、さらに風の魔術だけで舵を取るのだ。

 そんなことが可能だろうか。魔族帝国の魔術師たちの前に、蜂の巣にされておしまいではないだろうか。

 空で撃ち落とされてしまえば、逃げ場はない。待つ運命は落下死だ。

 

 あの空中戦艦を撃ち落とすために、アマーリエを含めた冒険者たちはしばらく頭を悩ませることになる。

 

 

 

 空中戦艦が撤退してから二日後。

 レ・ヴァリスを撃退した愁と廉造の傷はいまだ癒えず、昏睡状態から目覚めていなかった。

 彼らほどの使い手が魔力を使い尽くしてしまったのだ。回復まであと一日、二日はかかるだろうというのが、治癒術師たちの見通しであった。

 

 その間、アマーリエはギルド本部の副官として東奔西走することになる。

 冒険者の再編成。ブロンズリーを覆う障壁魔法陣の準備。S級冒険者の緊急招集。

 対竜兵器の手配。遊撃部隊によるハウリングポートの偵察。ならびに空中戦艦アンリマンユの破壊工作活動。

 たった二日間でこれだけの手はずを整えたアマーリエは、冒険者ギルド支部の執務室で書類に囲まれながら髪をかきむしっていた。

 

「……あーもう、足りない、全然足りないわ……

 戦力が全然、足りない……風術のバリケードを作れるぐらいになんないと……!」

 

 アマーリエは100%の算段がほしかったのだ。

 冒険者は人を守るための組織だ。今こそ第二次魔帝戦争を防ぐために全力を尽くすときではないか。

 それなのに。

 このときに馳せ参じようとしない冒険者など、全員免許を剥奪してしまえばいい。

 

「なんなのよ、英雄殺しのシュウくんが負けたからって、

 そんなんでビビって寄り付こうとしないS級冒険者なんて、こっちから願い下げだわ!

 リヴァイブストーンがないと怖くて戦えないっての!?

 死んでしまえばいいわよ! ったく! バカ、バカ、バカ!」

 

 ばぁんと書類の束を手の甲で叩くアマーリエ。

 部屋の中で紙が舞い踊る。


 と、その奥にひとりの女性がいた。

 執務室の開け放たれたドアの前に立ち、腰に手を当てて笑っている。


「荒れてんねえ、リエちゃん」

「……え?」

 

 机に拳を打ち下ろし、豪快な金属音を響かせた後に立ち上がるアマーリエ。


「メタリカ!」

「え、なんで今、思いっきりテーブルを殴ったの?」

「憂さ晴らしよ! 景気付けよ!」

「そ、そっか」

 

 納得したようなそうでもないような顔で首をひねるメタリカ。

 アマーリエは机を飛び越えてメタリカの元へと向かう。


「よく来たわね! メタリカ、待ってたわ!

 猫の手でも借りたかったところよ!

 今すぐダイナスシティに飛んでほしいんだけど!」


 鬼気迫るような血走った目に迎えられて、メタリカがわずかに怖気づく。

 これは顔を出すタイミングを間違ったかもしれない、と思うメタリカ。


「えっ……で、でもなー、

 わ、わたし、これからプライベートでー……」

「ええ? いいじゃないそれくらい! 世界の危機よ!?

 アンタ冒険者でしょ!? 矜持があるんでしょ!?」

「わ、わかったから、わかったから」


 手を無理矢理両手で握られて、メタリカは苦笑いを返す。

 抗弁は無駄だと悟ったのだ。これもメタリカの処世術のひとつだ。


 と、そこでアマーリエは、はたと気づいた。


「って、メタリカ……あんた、ここに来たってことは……?」

 

 彼女がなにをしていたかは、アマーリエも聞いていたことだ。

 メタリカは常に愁の監視下にある。休暇中であろうとも、だ。

 

「へへへー」


 アマーリエの言葉に、メタリカは今度は誇らしげな笑みを見せた。

 アマーリエ自身が二日間寝ていなかったから気づかなかったが……よく見れば、全身から疲労感が漂っているではないか。

 

 彼女も戦っていたのだ。

 きっと、彼女なりの戦いを。


 メタリカはギルド本部のエージェントがそうするように敬礼し、アマーリエに報告を行なった。

 

「ギルドエージェント、健脚のメタリカ。

 ――無事、エージェントをハウリングポートへとお送りいたしました」


 

 

 ――――

 

 

 

 そして一方、こちらはハウリングポート。

 空中戦艦アンリマンユから飛び出したレ・ヴァリスは、誰よりも早くハウリングポートへ帰還を果たしていた。

 

 魔鎧オハンを制御しながら街の一角に着地すると、そこにはすでにピリル族の若者たちが集まっていた。

 レ・ヴァリスの姿が見えると、彼らはおおいに沸き立った。

 

 戦いに連れていけなかったものたちだが、その誰もがレ・ヴァリスの無事を祈っていた。

 また、レ・ヴァリスも彼らに見合うだけの戦いをしようと思っていたのだ。


 それは果たした。

 魔王パズズと英雄殺しの愁、このふたりを相手にしてもレ・ヴァリスは一歩も引くことなく、それどころか完膚なきまでに叩き潰すことができた。

 アンリマンユの再来相手にもそうだ。

 レ・ヴァリスの求める最強に、一歩近づいたことだろう。

 そのことが誇らしく、レ・ヴァリスは胸を張って凱旋する。

 

 元々、ヴァリスは虚弱で、気弱な若者であった。

 ただ一族の将来を憂い、自分にできることはないかと探し求め続けていた。


 内政を外交を、歴史を兵法を学び、国を豊かにするためにはどうすればいいか、そういったことを常に考えながら本を読み解く少年であった。

 彼の周りには荒事が得意な仲間が集まっていたが、彼自身は自分の無力を常に嘆き、苦しんでいたのだった。


 そんな彼が新たな魂を得て、禁術と、そして鎧を手にしたのは偶然ではなかった。

 それは一族の汚名をすすぐためであり、名誉を取り戻すためであり、そして、彼自身が“最強”になるために。

 

 強くなればなるほど、実感したことがある。

 それは『力』こそがこの世界を成り立たせているものなのだということだ。

 誰もが自分の顔色を伺うようになり、すべての言うことを聞くようになってゆく。

 レ・ヴァリスを取り巻く全ての景色が変わったのだ。

 隣国の魔族たちも同様だ。彼らが自分を利用しているのはわかっているが、それすらもいずれは立場は逆転する。間違いない。

 難しいことはなにひとつなかった。

 たったひとりの“最強”の周りに人は集まり、従い、そして国が作られるのだ。

 

 このアルバリススの理は、なによりもシンプルだった。

 ならば、レ・ヴァリスは“最強”になろうと決める。

 あらゆるものを殴り潰し、そしてその上で新たな世界を築きあげるのだ。

 


 レ・ヴァリスは魂鎧オハンによって自らの身体を浮き上がらせ、冒険者ギルドへと戻ってゆく。

 平和のためには破壊が必要だ。

 

 勇者イサギは魔帝アンリマンユの野望を砕いた。

 レ・ヴァリスはその勇者譚をなによりも好んだ。

 

 異界から呼び出された少年が、神剣に選ばれ、勇者として歩き出すのだ。

 男ならば誰も憧れるに決まっている。痺れるような物語だ。

 

 それはまさに、今のレ・ヴァリスのようではないか。

 破術に選ばれて、魂の力を得て、そうして一同を率いているのだ。

 再来なのだ、自分こそが勇者イサギの。

 この世界を冒険者から救うための、勇者なのである。

 

 そして、勇者には仲間たちがいた。

 バリーズド、セルデル、プレハ。忌まわしき新たな歴史を積み重ねたものたちの名だが、仲間は必要だ。

 レ・ヴァリスにも親友と呼ぶべきものたちがいる。


 レ・ヴァリスは髪をかきあげ、冒険者ギルドのドアを開く。

 留守を守るのは親衛隊。直属の部下たちだ。


「ベルダ、ディエス、ドンガ、今戻ったぞ」

 

 彼らは幼少の頃からヴァリスに仕えていた男たちだ。

 兄の死後、誰よりも近くで自分を支えてくれた武勇に優れた従者たちである。

 師であり、友であり、仲間であり、そして運命共同体だ。

 

 自分はこれほどまでに強くなった。

 そのことを誰よりも喜んでくれたものたちだ。

 

「……おまえたち? いないのか?」

 

 部屋の中は薄暗く、見通しが悪い。

 彼らがたまたま留守にしているだけだろうか。


 いや、違う。

 レ・ヴァリスの耳がぴくぴくと動く。


「ベルダ? ディエス? ドンガ?」

 

 呼吸音がする。それに、肌がヒリヒリと痛む。

 背筋に冷たいものが走り、レ・ヴァリスは眉をひそめた。


「……どうした? なにがあった?」

 

 靴が床を叩いたそのとき、レ・ヴァリスは奇妙なぬめりに気づく。

 赤い液体だ。これは血だ。一体誰の。


「……おまえたち……?」

 

 暗がりの中、気づく。


 部屋の最奥、本来ならばレ・ヴァリスの席。

 玉座のような位置に腰掛け、深く座る男がいた。


 レ・ヴァリスはスッと目を細めた。

 そこに残虐な光がともる。


「……誰だ? おまえは。

 今はせっかく気分がいいんだ、後にしてくれよ」

 

 その男は、顔の上半分を覆うような奇妙な仮面を装着していた。

 足を組み、肘掛けに腕を起き、頬杖をつきながらこちらを見つめている。

 魔から這い出たような漆黒の衣装を身にまとう、死神のような男であった。

 男の発する声は若い。まるで少年のようだ。


「そうか、邪魔して悪いな。

 用事はすぐに済む」

「ほう」

「今すぐこの戦いをとめろ。

 そうすれば、命だけは助けてやろう」

「は!」 


 レ・ヴァリスはその男の言葉を笑い飛ばす。

 戯言だ。闇の中、獣の眼光が鈍く浮かび上がる。

 

「この俺様、三界の覇王レ・ヴァリスの名を知らぬとみえる。

 あるいは侮っているのか? 侮っているやつは許しちゃおけねえな」

「……」


 口の端から牙を覗かせ、レ・ヴァリスは闘気をみなぎらせながら男との間合いを詰める。

 戦意と殺意が螺旋のように絡まり合い、その体から立ち上っている。


「おまえも魂の糧となるがいい。

 すべての命の行く先は、この俺様の手の中――」

 

 と、


 彼は言葉を言い終えることができなかった。

  

 レ・ヴァリスの目は見開かれていた。

 前に座る男の仮面に、血が付着している。

 そして、彼の前に横たわるのは、三人の従者たちだ――。


「ベルダ! ディエス! ドンガ!

 なぜ、なぜおまえたちが、おまえたちがなぜ!」

 

 皆、事切れている。

 ピリル族の中でも有数の勇士たちがなぜ。どうして。


「おまえが? おまえが……おまえがやったのか!」

「……」

 

 激高に逆立つ髪。魔力によってテーブルや椅子が振動し、部屋の隅へと寄ってゆく。

 ギルド支部そのものが揺れ動くほどの魔力を叩きつけられながら、仮面の男は微動だにしない。

 まるでレ・ヴァリスの怒りを弄ぶように聞き返す。


「だとしたら?」

「殺す――」

 

 間髪入れず叫ぶレ・ヴァリス。

 奥歯を噛み締めながら彼は床板を踏み抜いた。

 

「おまえの五体を裂き、殴り潰す!

 その血と肉片と臓腑を引きずり出してこの男たちの墓前に並べてやる!

 泣き叫び許しを請え! その喉を潰し悔恨の中で死んでゆけ!」

「……」

「“最強”の名を、その言葉の持つ意味を、重みを!

 その意味を、“最強”の意味を、おまえは知っているか!?

 魂に刻みつけてやるさ! すべての命の行き着く先をな!」

「……“最強”?」


  

 男はそこで初めて表情らしき表情を見せた。

 この獣は一体なにをほざいているのだ、とばかりに。

 仮面の奥の瞳がレ・ヴァリスを刺す。



 悠然と足を組み替えて、そうして彼は断じた。



「――そいつは、俺のことだろ?」










 稲妻の剣を帯びた男は立ち上がり、

 レ・ヴァリスを見下ろしながら告げる。

 

「ひとつ、お前の間違いを正すとしよう。

 魂世界を操る術か。そいつは確かに厄介だがな。

 それ以上に俺はお前を許すわけにはいけないな。

 すべての命の行き着く先は――お前ごときの腕の中じゃない。

 この世界の人々の命は、安住の地、魂世界にある。

 三界の覇王レ・ヴァリスよ。

 お前も眠るんだな。永劫よりも安らかに」


 レ・ヴァリスが腕を払う。ただそれだけのこと。

 その瞬間、魂鎧オハンから吹き出た魂力が部屋を真っ二つに断つ。

 天井が崩れ、冒険者ギルド支部の半分が屋根に埋まりゆく。


「――その口、二度と叩けぬようにしてやるよ!」

 


 



 かくして、

 戦いはここに幕を開ける。

 

 

 Episode:8 すべての命の行き着く先は End

 

 

 今その男の手に、託された――。

 

 

 

 イサギとレ・ヴァリスの死闘。

 それはハウリングポートに決定的な大打撃を与える。

 彼ら17才の少年は砕けるほどに魂をぶつけ、輝き、そして散りゆく。

 拳と剣。光と闇。正義と邪悪。魔王と勇者。

 ――そして、破術と破術。

 人の身の極限に至るふたりの男が戦い抜いたその果てに、彼らが見たものは。

 ……魔帝の娘の祈りは誰にも届くことはない。


 

 次章、勇者イサギの魔王譚、Episode:9

 

『意志断つ剣は、誰が為に』

 

 11月公開予定です。今しばらく、お待ちくださいませ。

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