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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:8 すべての命の行き着く先は
94/176

8-9 世界の中心で、“最強”を叫んだけもの

 イサギグループ:ピリル族の長と会った後、ハウリングポートへ。

 廉造・愁グループ:魔族帝国連合vsドラゴン族・冒険者。(←Now!)

 慶喜グループ:デュテュの説得を試みるも失敗。捕らえられる。

 

 空での戦いが激化してゆく中――。

 地上では、新たな戦いが始まろうとしていた。

 

「レ・ヴァリス……だと?」

 

 眉をひそめる廉造。

 臆面もなく、彼はそう名乗ったのだ。

 

 偽物や影武者の可能性を疑ってしまう。

 愁も同様に。

 

「信じがたいな……ピリル族の族長じゃないか。

 この少年が? なぜひとりで僕たちに挑むんだ」

 

 あまりにも合理性に欠ける行動だ。

 総大将がたったひとりで乗り込んでくるなど。

 ばかげているし、ありえない。常道に反する。

 

 だが、だからこそ、その姿は否が応にも誰かを連想させた。

 眼帯をつけているから、なおさらに。

 

 自信満々に笑っているその少年は、

 いつもなにかを堪えているように歯を食いしばっている“彼”とは、まるで違っていたけれど。


「……愁。コイツを倒せば、この戦争は終わるのか?」

「本物ならば、ね。それに見合うだけの実力もあるようだけど……試してみる価値はある」

「どっちみち、もう上には戻れねェ、か」

 

 見上げる廉造。上空では砲撃の音だけが鳴り響いている。

 戦場は移ってしまった。今は目の前の敵を叩くために全力を尽くさなければ。

 

「廉造くん。噂が本当なら、

 この男は“破術使い”だ」

「……破術だァ?」

「ああ。禁術のひとつだ。

 あの目から放つ光は、あらゆる魔力を消し去る効果を持つ。

 魔術や法術、魔法に闘気、それに晶剣の特殊効果の類もね。

 ただ、その反作用によって、放った直後は彼自身も一時的に魔力を失ってしまう。

 狙うならそのときだ」

「……ほォ」

「ここは前衛と後衛に分かれて戦おう。

 ひとりが引きつけて、もうひとりが破術の隙に奴を叩くんだ。

 そう難しい話じゃない。僕が後列を担おう」

「テメェに背中を預けろってか?」

「僕は魔法師だ。うまくやるさ。合理的にね」

「……はン」

 

 槍は落下途中に手放してしまった。廉造は髪をかきながら腰の剣を抜く。

 気に入らないが、頼りにはなる。愁は強い。


 そして恐らく、目の前の獣にひとりでは敵わない――。


 掴み取るべきは結果だ。それがなによりも重視するべきだ。

 元の世界に帰るために。そうだろう。


「イチイチだな」

「……うん?」

「テメェの魔術がなければ、オレは地面に落ちて死んでいた。

 だから、イチイチでゼロだ。次は許さねェ」

「ありがたいね。

 そういえば昔もこんなことがあったな。

 魔王城の城門を守るために、戦ったっけか」

「……忘れちまったな」

 

 愁は両手に光を宿し、いつでも仕掛けられる態勢を取る。

 腰に帯びた剣を見下ろし、ぐちる。


「……こんなことなら、“あの剣”を持って来るべきだったな。

 言っても仕方のないことだけれど」


 しかしまずは、あの高さから落下してなぜ無事でいられたのか。

 その謎を解き明かさなければならない。

 攻撃を繰り出すのはそれからでも遅くはない。


 廉造と愁。魔人のような闘気を発するそのふたり。

 そのうちの片方の男を見据え、レ・ヴァリスは笑みを浮かべる。

 

「会いたかったぜ」

「……あ?」

「その仮面、間違いねえ。

 おまえがパズズだろ? 万の人間族殺し。

 この手で殴り潰してやりたかったんだぜ」

「……」

 

 廉造は彼がなにを言っているかわからなかったが。

 どうやら自分を誰かと勘違いしているらしいと気づく。

 

 否定はしなかった。ちょうど良い。

 こちらに拘泥して仕掛けてくるのなら、逃げる敵を追う手間は省けるだろう。


 レ・ヴァリスはさらに愁に指を突きつけてきて。


「それに、おまえがギルド本部の魔法師・シュウだな」

「……僕の名前も知っているのかい?」

「知っているさ、カリブルヌスを殺したんだろ」

「そんなこともあったかもしれないね」

 

 調子を合わせながら、愁は油断なく相手を観察する。

 

 レ・ヴァリスは、武器の類を持っていない。

 あるのはただの鎧だけ。それも、胴や頭部を守らないお飾りのような鎧だ。

 ピリル族の身体能力は、人間に比べて何倍も優れている。通常なら破術を浴びればこちらが不利だが。

 どうにかして一対一に持ち込んで破術を使わせることができれば、残ったひとりが確実にレ・ヴァリスを始末するだろう。

 

「魔王パズズに“英雄殺し”シュウ。

 おまえたちなら俺様の問いに答えられるかもしれねえな」

 

 レ・ヴァリスは鋭い眼光を走らせ、ふたりに尋ねる。

 

「“最強”とは、なんだと思う?」


 ふたり同時に眉をしかめた。

 なにを言っているんだ、こいつは、と。


 廉造と愁は互いに視線を交わらせる。

 一体なんの意図があるのかわからなかったが……


 レ・ヴァリスはそれこそが肝要とばかりに、重ねて問う。

 

「“最強”の定義さ。どうだ、考えたことはねえか?

 ただひとりの頂点。男なら誰でもそれを目指すに決まっている。

 頂はすぐ手の届くところにあるんだ。ゾクゾクしてくるぜ。なあ?」

「……知らねえな」

 

 廉造は付き合っていられないとばかりに突き放す。


 本当にこの男がレ・ヴァリスなのかどうか、疑わしくなってきたが。

 愁はすでに彼の体術の分析を終えている。

 

 ピリル族の中では優れているが、相手にできないほどではない。

 魔術は未知数だけれど、自分たち禁術師を上回るとは考えにくい。

 あとはあの不可思議な光を発する鎧だが……愁が知らないということは、そこまでの価値はあるまい。

 

 愁は自信をもって、受け答える。

 

「個体戦力が著しく優れていることだろう? 僕には興味ないな。

 歴史を見ればわかる。

 そんなものは所詮、奸計や暗殺によって命を落とすんだからね」

 

 彼の言葉を、レ・ヴァリスは鼻で笑う。


「なんだ、期待外れもいいところだな。

 自分には手が届かないものを、弱者たちはそう言う。

 いいか? 最強とは、なにものにも揺らがず、砕かれぬ、

 この俺様のような完全物質を言う。

 それが俺様の“最強”だ」

「くだらねェことべらべら喋ってンじゃねェよ、ガキが」


 苛立たしげに廉造が吐き捨てた。

 晶剣ミラージュを突きつけ、うなる。

 

「“最強”がなんだってどうだっていい。

 テメェが相手軍の親玉だってンなら、ここで斬るだけよ。

 オレに負けたその時から、“最強”の意味を求める必要はなくなンぜ」

「できねえことを言っても虚しく響くだけよ」

「抜かせ!」


 その言葉に剣で応じるように廉造がついに斬りかかった。

 踏み込み、レ・ヴァリスとの間合いを一気に縮める。

 

 確かに速いがそれは本調子ではない。

 傷ついているためか、精彩を欠いた動きのように愁には見えた。

  

 レ・ヴァリスはまるで拳法家のような見慣れない構えを取る。

 身を丸めたそれは、猫科の彼によく似合うスタイルであった。

 

「おまえも“弱者”だな?」


 レ・ヴァリスは廉造の剣を手甲でたやすく受け止め、弾く。

 だがその裏には、幻影の刃が形作られている。晶剣ミラージュの特性だ。

 

「貰ったァ!」

 

 吠える廉造。

 その刃はレ・ヴァリスの肩口を裂いた。


 ――いいや、浅い。

 薄皮一枚をかすめただけだ。布が舞い飛ぶ。

 

 レ・ヴァリスはさらに中へと足を滑らせていた。

 密着距離。廉造の懐に入り込んでいる。


 その無防備な廉造の左胸に軽く拳を当てると同時に、レ・ヴァリスは叫ぶ。


「唸れ――魂鎧オハン!」


 レ・ヴァリスの身につけている魔晶のメイルが、銀色に輝く。

 次の瞬間、彼の鎧の肘部分から紫色の“魔力のようなもの”がスプレーのように吹き出た。

 それは推進力となり、爆発的な加速をレ・ヴァリスにもたらす。

 

 まるで砲弾を撃ち出したような轟音とともに、彼の腕は廉造の胸を貫いていた。

 その拳はちょうど――心臓の位置を突き破る。

 

 一打必倒。一撃必殺。

 

 廉造は目を見開き。

 レ・ヴァリスは牙を剥いて笑う。

 

「弱い弱い弱い弱い!」

 

 あの廉造をたったの一撃で。

 信じられないほどの速さと威力。

 

「廉造くん!」

 

 思わず叫ぶ愁。

 だが、すぐに気づく。


 ――彼の体からは、一滴も血が垂れていない。


 レ・ヴァリスは廉造を貫いたまま高々と掲げて。

 喜色満面の笑みを浮かべて、勝ち誇る。

 

「他愛もねえなあ!」

 

 そう言って笑った次の瞬間。

 斜め後方に立っていた廉造に、気づいた。

 

「……ああ?」

「俺の幻影(ミラージュ)と遊んで、楽しかったか?

 ガキが、寝る時間だぜ」

 

 ぱぁん、と。

 廉造の形をしていた幻影は瞬く間に色を失い、

 まるで風船のように弾けた。

 

 ――そして、レ・ヴァリスを取り囲むように無数の刃へと変わる。

 全方向を取り囲む剣の檻。逃げ場はどこにもない。


「な――」

「ミラージュランペイジ。

 細切れになンな」

 

 物理攻撃に合わせたカウンターの奥義だ。

 今までこれを破ったものはいない――だが。


「――しゃらくせえ!」

 

 レ・ヴァリスは眼帯を外し、その右目から光を放つ。

 ピリル族に伝わる禁忌――破術である。

 

 魔世界に作用し、そのあり方を直す力は幻影の刃をすべてかき消した。

 あらゆる超常が正常と化し、混沌は秩序に塗り変えられた。


 しかし、それを待っていたのだ。

 

「今だ、廉造くん!」

「任せな!」

 

 愁と廉造は、レ・ヴァリスに挟撃を仕掛ける。

 破術を使った直後は、必ず反作用がある。

 その間隙をつけば、破術使いをしとめるのは難しくない。

 彼らが強いのは、一対一の状況だけだ。

 

 剣を構えて駆ける廉造。

 今度は直接攻撃だ。


 愁は五指から光を放つ。

 それは光の鞭というよりも、もはや糸である。

 一本一本が鋼鉄をバターのように引き裂く力を持つ光の糸だ。

  

 右から愁、左から廉造。

 

「逃げ場はない!」

「――あるさ」

 

 予備動作もなくレ・ヴァリスは急加速した。

 それも愁へと向かって地を水平に滑るように駆ける。

 腕と同じように、足からも推進剤を噴射しているのだ。

 これが着地の衝撃を和らげたものの正体か。

 

 五本の糸は結界のようにレ・ヴァリスの行く手を遮る。

 だがその間をくぐり抜け、彼は一瞬にして愁の眼前に出現した。

 そのままの勢いで、拳を繰り出す。

 

「――ぐ」

 

 ガードの上から非常に大きな衝撃を受け、視界が歪む。

 だめだ。踏みとどまれない。愁は後方に吹き飛んだ。制御を失った光の糸がちぎれて消えてゆく。


 なんという男だ。破術の反作用など彼には関係がない。闘気もまとわずにこれほどのことができるのか。

 手足の晶鎧のコントロールが乱れれば、無防備な四肢は一瞬にしてバラバラになってしまうだろうに。

 

 愁にトドメを刺そうと左腕を引き絞るレ・ヴァリスの残虐な表情が見えた。

 しかしその後ろからは廉造が追いついてきている。


「テメェ!」

 

 放たれたミラージュの刃を見もせずに、上空に飛んで避けるレ・ヴァリス。

 凄まじい速度で飛び立った彼はあっという間に見えなくなったと思いきや、宙返りからの急降下を仕掛けてきた。

 

「殴り潰す――!」

「うおおおおおおお!」

 

 加速のついた拳が廉造と衝突して火花を散らす。

 煌気をまとう廉造は両手でレ・ヴァリスにあらがう。

 力と力のぶつかり合いに辺りが鳴動し、風が巻き起こった。

 

 押し返したのは一瞬のこと。

 廉造の足は徐々に大地に沈み込んでゆく。

 なんという重さだ。

 あの晶鎧が発する力、イサギクラスだ。

 

 身動きが取れない廉造を、レ・ヴァリスの赤い右目が貫く。


「大した闘気だな」

「ぐぐぐぐぐぐ!」

 

 渾身の力で対抗する廉造。

 もはや彼の膝元までが地面にめり込んでいた。

 

 笑うレ・ヴァリスは悪魔のようにささやく。


「だがこの位置で、破術を打ち込めば、どうなると思う?

 おまえの闘気はなくなっちまうよなあ? ぺしゃんこだぜ?」

「――テメェ!」

 

 なんてことを考える男だ。

 そんなことをされれば、廉造は一撃で圧死してしまうだろう。

 

 だが、思い通りにはならない。

 レ・ヴァリスの元に剣が飛来する。

 

「……!」

 

 レ・ヴァリスは正確に首元を狙ってきたその剣を、片手で弾いた。

 するとのしかかられていた廉造は力を振り絞り、レ・ヴァリスを払い飛ばす。

 

 宙返りし、再び廉造を襲おうとしていたレ・ヴァリスは空中に静止した。そこでようやく異変に気づく。

 レ・ヴァリスの周囲には法術の障壁が張り巡らされていた。

 

 魔力を振り絞り、崩れ落ちてしまいそうなほどに荒い息をつく廉造を見下ろしながら、首をひねるレ・ヴァリス。

 視線を転じ、口元を拭いながら立ち上がる愁を睨みつけた。


「なんの真似だ?」

「見えないのかな。まあ、そうだろうね。

 たったひとりでこんなところにやってくるような王様だ。

 バカに違いないだろうからね」

「あぁ……?」

 

 目を凝らせば、視界の端にキラリと光るものがあった。

 それは糸だ。注視しなければ見えないほどに細い糸。

 レ・ヴァリスと愁を繋いでいる。

 

「殴り飛ばされたときに、キミの腕にワイヤーを巻きつけておいた。

 クラウソラス修復の際に使用した晶材を編み込んだ糸だ。力任せには切れないよ」

「……で?」

「もう、どんなに素早かろうが関係はないね。

 破術を使ってごらんよ。

 反作用を浴びたその腕を、僕の魔法がワイヤーをたどり、ズタズタに引き裂くよ。

 今度は避けられない」


 それはかつて、セルデルがイサギに放った戦法と同じようなものだった。

 破術を使用しなければ閉じ込められ、使用すれば魔法が彼を裂く仕組みだ。

 

 コンコンと障壁を叩き、レ・ヴァリスは口の端をつり上げた。

 

「はっ、いろんなことを考えるモンだな。

 弱いやつの生きるための知恵ってのはよ」

「言っただろう? “最強”は策に破れ去るってね」

 

 いくら破術師といえど、封術師をふたりも敵に回して、ただですむはずがないのだ。

 呼吸を整えた廉造も両手に魔力を集め、魔術の発射準備に移っている。

 

 彼が決断を先延ばしにするのなら、そのまま焼き尽くしてしまうのだろう。

 だが、レ・ヴァリスは不敵に笑う。


「――来いよ。

 どっちが早いか、勝負しようぜ」

 

 レ・ヴァリスはその言葉とともに、破術を放つ。

 光が瞬き、火蓋は切って落とされた。

 

 隼のように空中に飛び上がるレ・ヴァリス。

 愁もまた上空へとつり上げられるが、ワイヤーはその程度の重量では切れない。

 

 光の鞭はワイヤーの周りを回りながら、凄まじい速度で毒蛇のようにレ・ヴァリスを襲う。

 闘気もまとわぬ腕など、ソーセージを切るよりも簡単に捌ける。

 

 レ・ヴァリスはその場で高速回転を始めた。

 愁を振り回し、ワイヤーを引きちぎろうとしているのだろう。だがそれでも愁は食らいつく。

 光の鞭はもうすぐでレ・ヴァリスの腕に届く。

 あとほんの少し――

 

「愁ッ!」


 廉造の怒鳴り声とともに気づく。

 ハンマー投げのように振り回されていた愁は、突如として出現した焼けた岩石に叩きつけられたのだ。


 それは空中戦艦から砲撃されてきたものだ。

 レ・ヴァリスはこのタイミングを見計らって、破術を使用していたのだ。


「がっ――」

 

 髪が燃え、肌が焼ける。視界が真っ赤に染まり、愁の意識が飛びかける。

 しかしそれでも光の鞭は離さない。彼の意地だ。

 狙いは外れたが、頬をかすめる。鞭の先端が枝分かれし、再びレ・ヴァリスに襲いかかる。

 

 横ではなく縦回転に移行したレ・ヴァリスによって、モーニングスターのように振り回された愁は、激しく地面に打ち下ろされた。

 大地を砕き、粉塵を巻き上げ、愁は今度こそ意識を途絶えさせる。糸はレ・ヴァリスの直前でかき消えてしまった。

 その間にレ・ヴァリスは体に絡みついたワイヤーを振り払う、が。


 ――すでに廉造の魔術は完成している。 

 

「消し炭にしてやらぁぁぁぁ!」

 

 レ・ヴァリスに向けて放たれる廉造の魔術。

 その爆発は視界すべてを焼き尽くすほどに膨れ上がる。

 練り上げたのは、高威力高範囲に及ぶ廉造の大魔術だ。爆発の中に爆発が起こり、さらに爆発がそれらを加速させる。後先などまるで考えていない。1%でもバックファイアが起きれば、廉造などたやすく灰になってしまうであろう。それほどの大爆炎だ。


 破術でもこれほどの量を消し切ることはできまい。押し潰すのだ。

 死の炎に照らされながら、レ・ヴァリスは手をかざす。


「俺様は魔術でも“最強”なんだぜ!」


 縦横斜め曲線、一瞬にして魔世界にコードが描かれた。複雑怪奇な図形が浮かび上がり、そして顕現する。

 無から生み出された炎は、連鎖的に広がった。


 灼熱と灼熱。ふたりの魔術は中空で衝突する。

 火炎流が暴れ、地面に当たって弾けて飛ぶ。平原は死の荒野の様相を呈し、土が溶けてマグマに変わり、乾き切った空気が肌を焼く。


 ――そして、廉造は唖然とした。 

 

「オレの魔術の威力と、同じだと……?」

 

 それは廉造のものとまったく同等の火力。

 封術師の魔力容量は、常人の千倍から万倍以上だ。

 

 それを、受け止めるわけでもなく、廉造がすでに放った魔術と同じレベルのものを一瞬で詠出してみせたのだ。

 

 さらに。


「同じだなんて思われちゃ困るんだよなあ。

 俺様を見くびっているだろ?

 見くびっているやつだけは、許しちゃおけねえな」

 

 レ・ヴァリスは両手を振り回し、描く。

 巨大な破壊のイメージ。万物崩壊の魔術を。

 

 それは慶喜がバハムルギュスに打ち込んだ、複雑で精妙な見とれてしまうようなコードではない。

 壁にペンキをぶちまけただけの、禍々しき魔力の暴力だ。

 

 一体なぜここまでのレベルの魔術を扱えるのか。

 頭から血を流しながら立ち上がる愁は夢であればいいと願うようにうめく。


「魂……? なんだ、意味がわからない……

 しかしあの鎧は、破術の効果中であっても飛び続けていた……

 ならば、あの推進力となっているものは……?」

「ンなのは後回しだ、愁! 防げェ!」

 

 そうだ、言っている場合ではない。

 さし当たっての脅威は今まさに叩きつけられようとしているあの轟槌だ。

 死のカウントダウンが聞こえる中、愁はコードの理解を放棄する。

 どんな魔術が来ても絶対に破れない壁を作り出せばいい。


「スヴェルの盾よ!」

 

 反魔法結界を愁が、障壁を廉造が、その上にさらに愁が光の鞭を束ねて編んでネットを張る。

 三重の防御陣。これを真っ向から破ることができるのは、破術だけだ。


 レ・ヴァリスは掲げた腕を断罪するように打ち下ろす。

  

「殻に閉じこもって雑魚にはお似合いの姿だな。

 いいぜ、今踏み潰してやるよ!

 ――来たれ! メルセルベルの落日!」

 

 まさに星。満天を覆うそのひとつが墜ちてきたかのような魔術であった。

 実際はただの岩石だが、熱も極まれば消滅波となる。そのようなものだ。余波だけで土砂が舞い上がり、光を遮るカーテンがその行方を隠す。

  

 その中心地に立つ愁と廉造はもはや現状把握もままならない。震動と轟音。ひたすら重力に押し潰される感覚を繰り返し味わう地獄にいながら、巨岩を押し返す。

 神化カリブルヌスの拳はこのぐらいの威力だったのかな、と愁は思う。光の網は第一の接触で砕けた。障壁にヒビが入り、結界はみるみるうちに薄れてゆく。

 

「ふンばれよ、愁! 持ちこたえられっぞ!」

 

 実際、そんなものを待つ必要はない。

 あれだけの星を作り出した時点で彼の魔力は使い切ったはずだ。ならばこれ以上行儀よく彼の魔術に付き合う必要はない。

 

 地面から愁は新たに光の鞭を伸ばす。

 でたらめに振り回した魔法線は、大岩を引き裂いた。どこを切っても球体でなくなった星は原形を保てない。自重に耐えきれず割れ、崩れ落ちて魔力の欠片となり立ち上ってゆく。


 ファーストインパクトさえ堪え切れば、この程度だ。

 さあ、第二幕を始めよう。自分たちはまだまだ戦える。


 そして、ふたりは降り注ぐ土砂の隙間から。


 

 ――それを見た。



「おっと、よくがんばったじゃねえか。 

 ならこれは褒美だ。受け取れ」

 

 同時詠出術。

 鏡合わせの二枚の魔術を同時に描き、間髪入れず発動するその技法は、通常ならば行動阻害など小技の連打に使われるものだが――

 

 彼の手には、もうひとつの土術があった。

 レ・ヴァリスの言葉を借りるなら――メルセルベルの落日。


 絶句。

 

『――!』

 

 隕石は再び降り注ぐ。

 先ほどよりもさらに一回り大きなそれは、砕けかけていたふたりの障壁を今度こそ完全粉砕した。

 

  

 

 巨岩の上に立ち、

 レ・ヴァリスは拳を突き上げながら吠える。


「魔王パズズも、英雄殺しも、この程度!

 兄貴! そして無念に散ったピリル族の同胞たちよ!

 おまえたちの命は俺様が引き継いだ!

 見ているがいい! おまえたちの魂火(ソウルバーン)は無駄ではない!

 その遺志を継いだ魂鎧オハンは、あらゆるものを殴り潰すであろう!

 

 ――すべての命の行き着く先は、このレ・ヴァリス!


 三界の覇王レ・ヴァリスに集え、英霊たちよ!

 そのときこそ、“最強”の座は、俺様とともに!」

 

 

 その男の目に映るのはただひとつ。

 ――勝利。それだけであった。

 

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