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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:8 すべての命の行き着く先は
93/176

8-8 ストライクウィッチーズ

 イサギグループ:ピリル族の長と会った後、ハウリングポートへ。

 廉造・愁グループ:魔族帝国連合の空中戦艦を迎え撃つ。(←Now!)

 慶喜グループ:デュテュの説得を試みるも失敗。捕らえられる。

 

 廉造と愁、アマーリエは弾かれたように部屋を飛び出した。

 人ひしめく街路を猛然と駆けてゆく。


 隕石のような火球が降り注いできたのは、城の外まであともう少しといったところだった。

 火球は城壁にぶち当たり、猛火をまき散らしながらかき消えてゆく。

 一発、二発、辺りで断続的に轟音が響き、たちまち火の手があがる。

 これでは城壁が破壊されるのも時間の問題だろう。


「クソが」

 

 廉造が舌打ちをした。

 身の回りだけに障壁を張るが、到底町全体をカバーし切れるものではない。


「厄介だな……

 こんなんじゃ、撃ってくれと言っているようなものか」

 

 愁もまた、事態の深刻さを改めて理解する。

 あの戦艦に乗っているのは恐らく大勢の魔術師たちだ。

 彼らは力の限り、大岩を降らせてくるだろう。

 射程も制御も必要ない。ただ“落とせばいい”だけなのだから。

 このままでは戦にもならない。ただの虐殺だ。

 

「空を飛ぶ術は見たことがあるけどよ……

 バカじゃねェか。なんで船が飛ぶんだ」

「恐らく魔晶の力を引き出し、制御しているのだろう。

 やっているのは……ゴールドマンか。

 ここまでのことができるとは思わなかったな」

  

 しかしまさか、あんな船の接近に気づかなかったとは。

 廉造の送り出した斥候は皆殺しにされたと思うべきだろう。

 

「……こんなときにメタリカがいたら、

 遅れを取ることはなかっただろうに」

 

 健脚のエージェントを思い、愁は眉をしかめた。

 仕方ない。現状戦力は足りているはずだ。

 それ以上の力を求めても仕方がない。

 今は自分たちで何とかするしかない。


 散発的な砲撃が続く中、廉造は右腕を伸ばし、雲を掴むようなその手の周りに魔術のコードを巻き付けてゆく。

 仮面の奥の目は、赤く輝いている。


「愁、手を貸せ」

「なにをする気だい」

「こっから打ち落としてやらァ」

「……やれやれ」


 無茶だと言って聞くような男ではないだろう。 

 愁はアマーリエに告げる。


「君は先に冒険者をまとめてきてくれ。市街を守るんだ。

 どっちみち、翼がなければ、

 こちらから攻めの一手を打てるような状況じゃない」

「……わかったわ」

 

 転進するアマーリエを見送り、愁もまた外套を脱いだ。

 その全身に浮かび上がる禁術師の証。


 廉造と愁。ふたりの封術使いは互いにコードを紡ぐ。

 個々の魔力容量は、アルバリスス広しといえど、間違いなく十本の指に入るであろう。

 だが、愁はこの戦法に懐疑的だった。


「協力魔術の難易度は、障壁を繋ぎ合わせるのなんかとは、わけが違うんだよ。

 一枚の絵を違和感なくふたりで描くんだ。同じ師の元で学んだ双子ですら、うまくいくことはまれだ。

 即席で成功するはずがないな」

「ごちゃごちゃ言ってンな。

 オレに呼吸を合わせやがれ」

「やればできるっていう根性論かい?

 今時、流行らないと思うけれど」

「うっせェ野郎だ。タコが。

 ビビってんじゃねェぞ。タマついてンのか? ああ?」

「……君のその下品な物言いは、僕とは趣味が合わないな」

「言われるまでもねェ」

 

 不機嫌そうに眉をしかめる愁と、苛立たしく吐き捨てる廉造。アマーリエがいなくなった途端にこれだ。

 まるで正反対のふたりである。こんな状況でなければ、殴り合いが始まってしまいそうだ。


「それで、どうするんだい。

 呼吸を合わせる? もっと具体的に指示してほしいな」

「オレが炎を作る。テメェはそれを飛ばせ。

 照準と制御は任せる」

「うまくいけばいいけれどね」

「指針がある」

「なんだい?」

「ムカつくンだよ。

 テメェもムカつくが……それ以上だ。

 せっかくオレたちの理想が叶おうとしていたっつーときに、面倒ごとを起こしやがって。

 許しちゃおけねェな。ぶっ殺してやる」

「……」

 

 廉造の描く魔術はすでに膨れ上がっている。

 まるで山一つを破壊するかのような荒々しい炎の塊。小さな恒星のようだ。


 それを発射するカタパルトのようなものを練り上げながら、愁もまた口元を引き締めた。

 

「……ムカつく、か。

 確かに、それはいいな」

「ああ。だろ?」

「まったくだね。同感だ。

 おかげで何件デートの約束をキャンセルしなきゃならなくなったと思うんだ。

 時間も資金も十分に投資したんだ。返してほしいよ」

「しらねェよ」

「……まったく」

「ったくな」


 ふたりの目が同時に赤く輝く。

 そして、コードが光を発してこの世界に顕現する。


「あんなもののせいでね」

「あんなモンのせいでな」

 

 それが魔術のトリガー。

 現出した太陽はふたりの目の前で瞬き、そして凄まじい速度で射出された。

 廉造の手加減を知らない威力と、繊細な愁の調整。それらは互いの強みを殺すことなく、完全に調和していた。

 協力魔術は成功だ。

 回転軸がぶれないようにひねりながら、炎はまっすぐに伸びてゆく。愁の弾道計算は完璧だった。

 


 放物線を描いて高々と浮き上がった炎は、

 戦艦の船底に見事着弾し――

 

 そして弾けて消え去った。火炎弾は花火のように散る。

 衝撃波は空中に波紋のような輪を描く。

 その魔力の余波によって辺りの雲が散ってゆき、たちまち青空が顔を覗かせた。

 

 ダメージは――皆無だ。


「チッ!」

「……なんて強力な結界なんだ」

 

 あれほどの戦艦を飛ばす浮力を、そのまま防衛のために利用をしているのかもしれない。

 ふたりの禁術師が全力で打ち込んだ魔術が効かないとなると、これはもう威力の上で、この場にいるものでは破ることはできないだろう。

 心当たりがあるとして、せいぜいシルベニアと慶喜ぐらいのものだ。


「やっぱ直接攻め込むしかねェな」

「そのようだね」

 

 不幸中の幸いは、彼らが空中戦艦を持ち出してきたそのときに。

 このアルバリススの空を征する――ドラゴン族がいてくれたこと、だろう。

 

「愁、町は任せンぜ」

「ああ」

「ドラゴン族は出る」

 

 赤い瞳に炎を宿し、廉造は拳を打ちつけた。


「ノコノコと姿を現しやがって、ダボが。

 叩っ落としてやらァ!」

  

 


 廉造はドラゴン族の陣地に戻る。

 すでに彼らは戦いの準備を済ませていた。

 

 獣化したドラゴン族と、爆砕槍を背中にくくりつけた竜騎兵たちだ。

 さすが戦の支度はお手のものといったところか。


 途中槍と剣を受け取り、廉造はさらに走った。

 金色の竜へと姿を変えたレルネリュドラが怒鳴る。

 

『遅ぇぞ! レンゾウ!』

「うるせェ! 行くぞ!」

 

 廉造の姿が見えた途端、竜と化していた少女が叫んで彼を迎える。

 

『兄ぃ!』

「来い、マール!」

 

 廉造は跳躍し、竜化マールの上に飛び乗る。

 赤竜将を従えて、地竜将は高々と槍を掲げた。


「くだらねェ! なにが魔族だ、ピリル族だ!

 誰の許可を取って大空を舞ってンだ! 雑魚どもが!

 4000年は早ェよ! なあテメェら!

 思い知らせてやっぞ、クソどもにな!」

 

 その言葉にドラゴン族は沸き立つ。

 我先にと飛び立ってゆく竜たち。

 

 そうだ、空中は自分たちの領分だ。

 翼もないものどもが、侵略してきたのだ。

 

「こいつは、単純にニンゲンを守るだけの戦いじゃねェぞ!

 オレたちドラゴン族が、オレたちの空を征するための戦いだ!

 負けられねェぞ、いくぞおらァ!」

 

 竜たちはまるで地上から放たれた雷のように襲いかかる。

 空中戦艦アンリマンユ。その首元へと。

 

 

 

 天と地の狭間にて、その戦いは幕を開けた。

 されどその状況。意外にもドラゴン族は苦戦を強いられることとなる。

 

 空中戦艦の上から魔術たちは次々と岩石を落としてきた。

 火の雨、氷の槍、それらは上昇を続けるドラゴン族を容赦なく傷つけてゆく。

 絶え間なく降り続ける魔術の砲撃は、スコールのように激しい。

 縦列や横列へと陣形を変え、ドラゴン族は接近と交代を繰り返し、戦艦を攻め立てる。


 だがやはり、上を取ったものたちの優位性は揺るがなかった。

 ブレスや爆砕槍も上方には届かない。

 けれど彼ら魔術師が放つ岩や火球は、重力によって加速し、何十倍もの破壊力を伴って落ちてくるのだ。


 群れから離れた五人の竜化ドラゴン族が遊撃隊として急上昇し、空中戦艦の頭を取った。

 ただしその代わり、制御がおろそかとなる。近距離から魔術を浴びてその中の三人が地へと落ちていった。

 残る二人もまた、執拗にマークをされている。あれでは高度を下げるより他ない。

 

 一体何人の術師が乗っているのであろうか。

 もしかしたら200、300はくだらないのではあるまいか。

 

 ドラゴン族の操る飛翔術は、魔術や法術、闘気とも違った独特の制御術だ。

 空を駆けることに関しては他の追従を許さぬドラゴン族だが、細やかな動きができるものは数少ない。

 そんな竜化ドラゴン族ひとり辺り、3、4人の術師が魔術を仕掛けてきているのだ。いつまでもかわしきれるものではない。


 天空に赤い飛沫が散ってゆく。大地の楔から解き放たれたはずのドラゴン族が、鎖に繋がれたように再び地上へと引き戻されてゆくのだ。

 空中戦艦は今、完全に重力を味方に付けていた。



 彼ら魔術師に対抗できるのは――数少ない術師、廉造だけだ。

 

「クソが!」

 

 その叫び声で障壁を張る。

 周囲を守ることはできるが、その程度では一軍の助けにはならない。


 だめだ。このままでは。

 まるで戦にもならない。

 

 全滅だ。

 その二文字が頭の中で明滅する。

 

 空中戦艦の高度は見た目よりもずっと高い。

 ほぼ、ドラゴン族の限界上昇高度ギリギリだろう。


 横の動きに長けて、縦の移動に不慣れな飛翔術の特性を突いた非常に効果的な位置取りだ。

 すべてのドラゴン族は、あの位置に到達する前まで、打ち落とされてしまう。

 

 一端、逃走するべきだ。

 そうして高度をあげてから再び強襲を仕掛けよう。

 

 あの高さまでついてこられるドラゴン族はそう何人もいないだろうが。

 それでもこのまま枯れ葉のように翻弄され続けるよりはマシだ。

 

 と、廉造はそう改めて全軍に怒鳴りつける。


「テメェら! このままじゃラチがあかねえ!

 引くぞ! 建て直しだ!」

 

 だが――

 

 その言葉に従うドラゴン族は、たったひとりもいない。

 なぜ。いや、そういうものなのだ。彼らは。

 

 目の前の敵を攻め落とすために全力を注ぎ、

 それ以外にはまったく目を向けることがない。できない。

 

 狂奔に駆られた戦闘種族。それこそがドラゴン族。

 空の覇者にして、燃え尽きるまで止まらない炎。

 

「バカ野郎どもが!」

 

 全員が特攻し、最後のひとりが戦艦を撃墜できれば、ドラゴン族はそれを勝利と言うのだろう。

 そんなものは廉造にとって勝利でもなんでもない。ただの犬死にだ。

 

 わめき散らす廉造のすぐ横を、 

 歴戦の竜化ドラゴン族たちが夏の終わりの蝉のように落ちてゆく。

 

 ここで食い止められなければ、ブロンズリーの街など十分もかからず灰になるだろう。

 空から次々と隕石を降らされるだけで、おしまいだ。

 

「畜生が!」

 

 予想以上に厳しい戦いだ。左右も上下もすべて自由な空間であるはずなのに、どこにも逃げ場がない。

 ドラゴン族の立体的な機動力をあざ笑うかのように、広範囲への爆撃が続く。

 

 逃げの一手が打てないのなら、せめて踏みとどまるしかない。

  

「テメェらふんばれや!

 ここを突破されたらブルムーン王国が沈むぞ!」

 

 ドラゴン族がこれだけかかっても戦艦一隻を沈めることができないのだ。

 勢いに乗じた魔族は、一気に進軍するだろう。

 スラオシャ大陸は火の海に包まれてしまう。

 

 風の匂いに火が混じり、立ち上る熱気に気流が乱れる。

 ドラゴン族は翼をはためかせながら羽虫のように辺りを飛び回るのみ。

 有効な打撃はなにも加えられない。

 せめてあの戦艦にとりつくことができれば。

 ドラゴン族の武勇を思い知らせることができるのに。

 その距離がまったく縮まらない。


 

 いい加減、廉造が法術をまといながら特攻を仕掛けてやろうかと思っていたその時だ。


 地上から第二陣が飛び立ってきた。

 だが、このままでは同じことの繰り返しだ。

 

 しかし応援は隊列を保ったままやってきた。

 ドラゴン族の戦術ではない。

 あれではまるで……

 

「法術展開用意!」

 

 先頭を翔ぶローラの背に乗っているのは、アマーリエだ。

 彼女は剣を掲げながら叫ぶ。すると。


 竜の背に三人ずつ乗っていた人間族が、

 次々と法術を詠出し始める。一糸乱れぬ統率だ。

 

 ――そこに岩石と火球が降り注ぐ。

 青雲を埋め尽くすほどの量だ。

 

 次の瞬間、大気を震わすような声で、

 アマーリエが怒号を放った。

 

「――今よ! 障壁開けぇぇぇぇー!」

 

 彼女の太呼とともに、術師たちは一斉に壁を張り巡らせる。

 アリ一匹通すことのない完璧な陣形だ。空中に出現した障壁は、魔族の魔術を完全にシャットアウトした。


 陣地を奪い合うように、さらにアマーリエたちは高度をあげる。

 やがて彼女たちは廉造の元へと到達した。

 

「やるじゃねェか、嬢ちゃん」

「アマーリエよ」

「よくこいつらが人間を乗せたモンだな」

「いつもの手よ。シュウくんが、ね。

『君たちはブルムーン王国を守るために交わした盟約を守っているのだろう。

 ならばそれが第一であり、他のことは全て取るに足らないことだ。

 僕たち冒険者と手を組むことは誇りを汚すことではない。

 崇高な目的を果たすための勇気ある前進である!』

 ってさ」

「いかにもドラゴン族が好きそうな演説だぜ」

「あいつは人心掌握術だけでギルド本部で成り上がっているわよ」


 その愁は、下で街を防衛することを選んだのだろう。

 代わりにアマーリエが冒険者を率いているようだ。


 アマーリエは再び冒険者に怒鳴る。

 

「このまま段階的に高度を制圧していくわよ!

 距離が縮まるごとにあっちの攻撃の間隔が短くなってゆくから気をつけて!

 無茶な魔術は仕掛けないように!

 勇猛で知られるドラゴン族が接近したらあたしたちの勝ちよ!

 それまで持ちこたえなさい!」

 

 その一声は冒険者だけではなく、ドラゴン族にまで効果が及んでいるようだ。

 彼女の元で、人間族とドラゴン族が団結しているようにさえ見える。

 

「……大したモンだぜ。ったくな」


 その様子を眺めながら、廉造は笑みを浮かべた。


「嬢ちゃん、じゃねェな……

 アマーリエ、か」


 獅子のように吠え、勇壮に一軍を率いる少女。

 それはまるで戦乙女を彷彿とさせるような手並みであった。

 

 彼女こそ、先代ギルドマスター・バリーズドの娘であり、

 たった半年でB級からS級冒険者へと急成長を遂げた、『二代目戦聖』と呼ばれる名を持つ冒険者であることを、廉造はまだ知らない。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 ここは空中戦艦内部。


 この世界の空を統べる一族、ドラゴン族。

 彼らがいともたやすく落ちてゆく姿は、アルバリススの戦争のあり方をも変えたことの証明であった。

 

 ゴールドマンは自らの作り出した戦艦の出来映えに満足をしていた。

 空を飛ぶ魔術は、魔族の中でも秘術中の秘術。

 現在となっては、シルベニアと自分しか使用することのできない複雑極まりないものだ。

 

 移動中は魔術・法術ともに使用できず、

 無防備状態になるため、第三の技を持つ魔法師でもなければ扱おうとは思わないだろうが。


 今、空中制御はゴールドマン。そして推進はシルベニアが担当をしていた。

 魔晶の力を借りているとはいえ、たったふたりでこれほどの戦艦を動かしているのだ。

 歴史に名を刻むほどの、すさまじい術師たちである。

 

 だが。

 それでもゴールドマンは慢心しない。

 薄く目を開けて、つぶやく。


「冒険者があがってきたか。

 ならば次のフェイズに移るとしよう」

 

 ゴールドマンは、なぜアンリマンユが破れたのかを分析していた。

 彼は組織としての強さにこだわるあまり、個々の力量を見誤ったのだ。

 

 アンリマンユは自ら戦場には立たなかった。

 それが、それこそが最大の間違いだ。


 彼は一族最強の王だったが、ゆえに驕っていた。

 その手ぬるさこそが、人間族に付け入る隙を与えたのだ。

 

 ゴールドマンはアンリマンユを敬愛していない。彼はその愚かさがたたり、足下をすくわれたからだ。

 だが、だからこそ学ぶことはあった。ゴールドマンは歴史と敗者から学習したのだ。


 強者はその力を使い、

 弱者に絶望を与えなければならないことを。

 

 

 ここにもひとりの怪物がいる。

 ならばその力を知らしめよう。

 

「シルベニア」

 

 声をかけると、

 彼女はゆっくりとまぶたを開いてゆく。

 紫色の目はガラス玉のように光なく、澄んでいた。


「空中戦艦アンリマンユは僕が支えよう。

 おまえはゆけ」

「……」

「命令はただひとつ。

 おまえの好きな“皆殺し”だ」

 

 シルベニアは、うなずく。

 その暗い瞳に、兄の顔だけを映し。



「はい、にいさま」

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

「よくやったぜ!」


 廉造は思わず叫ぶ。

 

 ひとりの竜騎兵がついに甲板に着地したのだ。

 すぐに突き落とされたが、それでも今度は第二第三のドラゴン族が飛びかかっている。

 

 当たり前だが、戦艦の上部には障壁が張られていないようだ。

 さらに放った爆砕槍が何人かの魔術師を直撃し、その詠出を乱すことにも成功している。

 

 冒険者の盾とドラゴン族の矛。ふたつの連携も徐々に巧みになってゆく。

 アマーリエと廉造、この二者が支えになっているのは間違いない。

 

 しかし――

 追い風に乗って一気呵成に攻め落とそうとしていたそのとき。

 


 彼女が、現れた。

 

 

「……」

 

 戦艦から飛び降りたと思いきや、空中に静止する魔族。

 まるで大空に張りつけにされたように。

 翼のようなコードをまとう銀髪の少女。


 それはとても不思議なものに見えた。

 天使が舞い降りてきたのかと――慶喜などなら、そう思ったかもしれない。


「あ?」

 

 廉造は間の抜けた声をあげてしまった。

 なぜ彼女がここにいるのか、わからなかったのだ。


 銀魔法師。シルベニアはゆっくりと両手を広げてゆく。

 意志も躊躇も加減もない。だからこそ、一瞬彼女がなにをしたのかもわからなかった。

 

 開いた五本の指。それが両手で十本。

 そこからレーザービームのような光が放たれた。


「――皆殺しなの」

 

 それは、貫く。

 同時に十人のドラゴン族を。

 

 

 翼を撃たれた竜は飛翔術を制御することができなくなり、きりもみをしながら落下をしてゆく。

 たったひとりの少女の一撃で――まったく予想外の方向からの攻撃だったとはいえ――竜化ドラゴン族の十人が行動不能に追い込まれたのだ。


 そのとき、廉造は一体どんな顔をしていただろう。

 暗黒大陸で苦楽をともにし、まるで妹のように思っていた彼女が、自分の行く手を阻んだそのとき。

 

 一瞬にして、様々な思い出が脳裏を駆け巡る。

 不安そうな顔をしていたシルベニア。ほんの少しだけ頬を緩めて笑うシルベニア。むくれてそっぽを向くシルベニア。

 

 今の彼女はそのどれとも違う、ただの殺戮のための兵器であった。


 どんな事情があったのかはわからない。

 そんなものは関係がない。結果だけに意味がある。

 

 裏切られたのだ。

 廉造はついに。

 シルベニアにまで。

 あんなに思いやっていたのに。

 

 裏切られたのか。

 シルベニアに。

 

 落胆と放心、拒絶と激高。

 あらゆる感情が津波となって廉造の体内を揺り動かす。

 

 結果選び取ったのは、怒り。

 感情の全てを吐き出すように――廉造は叫んだ。



「シルベニアァァァァ!

 ――テメェエエエエエエエエエエエエ!」

 

 

 彼女はこちらを見下ろす。

 だがそれだけだ。

 そこには何の感情も宿っていない。

 

「死ね」

 

 その指に炎がともったのを見て、廉造の中にあるスイッチが切り替わる。

 ここは戦場で、目の前を浮遊するのは敵だ。

 

 そして戦うのならば、自分はシルベニアの手を十分に知っている。こちらが有利だ。

 たったひとりでなにができるというのか。

 廉造はマールに告げる。


「竜化を解け!」

『ええっ!? お、落ちちゃうぜ!?』

「今すぐだ!」

 

 シルベニアの指先から放たれた閃熱は束ねられて、廉造に迫る。

 そのとき、マールは元の姿に戻っていた。

 少女の首根っこを捕まえながら、廉造は己の体に煌気を宿す。


 あの魔法は廉造の法術では防ぐことはできない。それだけの貫通力を秘めている。

 さらにシルベニアが狙いを外すことは滅多にない。飛び回る十の竜を一撃でしとめるほどの精確さだ。

 

 ならば、打つ手はひとつ。


「おらァ!」


 指先から放たれたものの数十倍にも膨れ上がった大質量のレーザーを廉造は全力でブン殴った。

 煌気を乗せたパンチは、その軌道を逸らすことに見事成功をした。

 しかし、弾いた右手は焼けただれてしまった。煌気の上からこれほどのダメージを受けてしまうとは。

 

 だが、しのいだ。

 その直後、再びマールが竜化し、廉造を背に乗せている。バカな娘だが、こちらの意図は伝わっていたようだ。

 

 その間に、廉造の術は完成している。


「ざけんなよ、テメェ!」


 シルベニアを襲うのは、広域範囲を埋め尽くすような竜巻の魔術。

 術式によって飛行しているシルベニアは、今は魔法以外の術を打つことはできない。

 勝負はあった。

 

 竜巻が徐々に彼女の周囲を取り囲んでゆく。

 このままではシルベニアの肌は切り刻まれて、空に血飛沫をブチ撒けることになるだろう。


「なに魔族についてンだよ!

 こっちに戻ってこい! シル公!

 今ならブン殴るだけで許してやる!」


 だが、見通しが甘かった。

 障壁など使わなくても、銀魔法師はこの程度の魔術、たやすく突き破る――

 

 放たれた炎が竜巻を引き裂く。そんな光景を廉造は初めて見た。

 まるで魔法を剣のように振るい、シルベニアはその魔術から脱出を果たした。


 そして、廉造への返答は同じく――炎だ。 

 気づき、廉造はマールの背を叩く。

 

「全力で避けろ、マール!」

『うぇぇぇ!』

 

 シルベニアの魔法は大空を赤く染めあげた。

 炎はまるで血の大河のような色で、蒼天を真っ二つに割る。


 廉造はそれが自らを狙ったものではなかったのだと気づく。

 炎に飲み込まれて、三人のドラゴン族が焼き尽くされていたからだ。

 本来、炎に非常に強い耐性を持つはずのドラゴン族が、真っ黒な姿になって落ちてゆく。

 その光景は、廉造の背にすら怖気を走らせた。

 

「……シル公……!」



 その間にも戦艦からの砲撃は止むことなく、続いているというのに。

 単体で出撃したシルベニアは、まるで第二の戦艦のようだった。

 

 魔族軍にとっては、単純に戦力が二倍になったようであろう。

 速射で放たれるシルベニアの魔法に翻弄され、冒険者たちの連携も乱れてゆく。

 

 戦艦を狙うものとシルベニアを狙うものの二手に分かれたドラゴン族は戦力を分散し、その結果砲火を浴びやすくなってしまう。

 ただひとりの魔法師が現れただけで、このザマだ。

 

 これこそが、

 シルベニアの本来の戦略的価値なのだ。


「くそが……!」 

 

 シルベニアに挑みかかるドラゴン族は次々と落とされた。

 空中戦で圧倒的に機動力で下回るシルベニアに翻弄されている。

 彼女は魔法を打つ以外のことはほとんどできないはずなのに、近寄ることすらできない。

 360度、遮蔽物のない空中はまさにシルベニアにとっての狩り場であった。

 

 ドラゴン族の数は次々と減り、その分、さらにシルベニアの攻撃の密度が高まってゆく。

 彼女にとっては翼を射抜くだけの単調な作業だ。

 たったひとりの狙撃手の出現により、完全に負け戦の様相を呈してきている。


 レルネリュドラはたったひとりで戦艦の猛攻を食い止めているが、それもいつまで持つものか。



「なんなのあの子!」

 

 振り落とされまいと必死に手綱を握りながら、アマーリエが叫ぶ。

 彼女も生き残っているもののひとりだが、それはあくまでもドラゴン族随一のローラの飛翔能力に過ぎない。

 

 どうにかしてシルベニアの魔法の弾幕をくぐり抜けて、彼女に一太刀浴びせるしかない。

 アマーリエは覚悟を決める。それだけのリスクを背負わなければ、シルベニアを下すことはできまい。

 

 アマーリエの指示通り、ローラは弧を描くように飛び上がり、シルベニアの直上に位置取った。

 太陽を背にしたおかげで、シルベニアの反応がほんの一瞬だけ遅れる。

 ここからだ。

  

「地竜将さん! 障壁を張って!」

「あァ!?」

「一発だけ防いで、お願い!」

「無茶するンじゃねェぞ!」

「無茶して命が救えるなら無茶ぐらいするわよ!

 なめないでよね!

 ――あたしは冒険者なんだから!」

 

 アマーリエは魔術を唱出した。

 彼女が魔術を唱えられるとは思ってみなかった廉造は、目を凝らす。一体なにを。

 

 それは氷塊を作り出す――何の変哲もない水術だ。

 突如として空中に出現したそれらは、当然のように自由落下運動に切り替わる、が。

 

 アマーリエはローラの背を蹴り、

 自ら作り出した氷を足場代わりに、飛び乗った。


「バカ野郎が!」

 

 廉造は思わず怒鳴る。

 足を滑らせただけで地上へ真っ逆さまだ。正気の沙汰ではない。

 

 だが、アマーリエは氷から氷へと飛び移りながら着実にシルベニアへと迫っている。

 その変幻自在の動きは目で追えるような早さではない。

 彼女を見失いつつあるシルベニアが選んだのは、もっと単純な破壊であった。

 

「……」

 

 シルベニアの放った閃熱は、宙に浮かぶその氷を同時に全て蒸発させた。

 これでアマーリエの足は封じられたも同然だ。彼女は自由落下に転じざるをえない。

 そうなれば、ただの標的だ。


 続く、シルベニアの第二射。

 それは宣言通り、一発分だけが廉造の障壁によって反射された。

 

 シルベニアとの距離はこれまで以上になく近い。踏み込み一歩分の間合いだ。だが足場はもうない。

 魔法師の次弾はアマーリエの肩を貫く。

 眉間を狙われたものだが、とっさに体をひねって回避したのだ。

 

 それと同時に――。

 アマーリエは口元を歪めた。


「この距離なら当たると思ったわ」

 

 廉造はハッと気づく。

 

 シルベニアのわき腹に、氷の短刀が突き刺さっていた。

 一体いつ投射したものだったのか。

 廉造の守った壁は、隠し持った短刀を投げる時間を稼ぐためのものだったのだ。

 

 シルベニアの飛翔魔術の制御が、わずかに乱れた。

 致命傷とは到底言えないが、ようやく与えたダメージだ。

 わき腹から染み出した血は外套を伝い落ちて、ポタポタと地上に流れてゆく。

 その痛みがあれば、これまで通りのような正確無比な狙いは定まらないだろう。

 

 それでも――

 怯むことなく、シルベニアは指先に炎を凝縮していた。

 凄まじい精神力だ。

 

 そして彼女が狙おうとしているのは、アマーリエではない。

 アマーリエを手放し、その落下途中で彼女を拾い上げようと直滑降の状態に入ったローラだ。

 

 あの状態から軌道を変えることは非常に難しい。

 ふたりが射線上に入ったその瞬間に、シルベニアの魔法は彼女たちを同時に焼くだろう。


 止める手だては――ない。



「テメェエエエエ!」

 

 だからこそ、

 廉造も飛んだ。


 策も芸もない、ただの突撃。

 感情に任せた怒りの爆発。


 シルベニアを叩き落とそうと、

 煌気をまとってマールの背を蹴ったのだ。

 

 だがその気迫が、傷ついたシルベニアを呑み込んだ。

 廉造とアマーリエ。どちらを先に仕留めるべきか。


 シルベニアは一瞬、逡巡して。

 

「……」

 

 シルベニアは狙いを廉造に定めた。

 煌気をさらに上回るほどの、極大級魔法。

 この一撃で完全に廉造を殺すつもりで。


 ――魔法を放つ。

 

 最大級の魔法が廉造のいた場所を炎で包み込もうと迫り――

 ――だが、そこに廉造の姿はすでにない。


「……?」

 

 シルベニアもまた、気づかなかった。

 上空から突如として落ちてきた何者かが、廉造をさらったのだ。

 真下を見やれば、それは禿鷹のごとく廉造に組み付き、ともに地上へと落下してゆく。

 

「えっ、今の、なに?」

 

 アマーリエはかろうじてローラに掴まり復帰を果たした。

 肩を押さえながら彼女もまた、真下を見つめる。その横を凄まじい速度で駆け抜けてゆく竜。

 

『兄ぃぃぃぃ!』


 全力で廉造を追いかけてゆくマールだ。 

 

 

 放った魔法が無駄打ちになってしまったシルベニア。


「……」

 

 彼女はちらりと空を、戦艦の腹を見上げた。

 一体上空から降ってきた男は、なにものだったのか。


 いや、まあいいか。

 残りの数は50程度。

 

 早く殺し尽くして、船に戻るとしよう。

 そして。

 兄に。


 ……兄に?


 わき腹の痛みに、シルベニアは眉をひそめた。



 

 ◆◆




 全身がバラバラに引き裂かれてしまいそうな速度で落下しながら、廉造は仮面の上から顔を掴まれていた。

 眼前には、真っ赤な単眼の男がいる。

 

 こいつは一体なにものだ。

 戦艦からやってきたのだ。敵には違いない。


 廉造はすでに煌気を発散している。

 金色の燐光が彗星のように地上へと落ちてゆく。

 

 だが、それでもとんでもないほどの力だ。 

 煌気とは、瞬発的に身体能力を上昇させる奥義。

 今の状態の自分に腕力で勝てるものなどいないはずだ。

 それこそ、イサギぐらいなものだろう。

 だが、この男はそれに匹敵する。


 地面が見る見る間に近づいてくる。

 このままでは激突する。

 全身が砕け散るかもしれないというのに。

 男はそれでも廉造を離さない。凄まじいほどの執念を感じた。



 ――だめだ、衝突する!


 

 その瞬間、

 廉造の体がふんわりとした風に包まれた。


 女神の手に掬い取られるように、先ほどまでの加速感が激減した。

 男の声がする。


「彼を救い給え! エインフェリア!」

 

 コードは魔世界を揺り動かし、顕現する。

 

 何重もの風のクッションが発生した。

 それは廉造の体を激突の衝撃から和らげようと彼の体を包み込む。

 

 それだけではない。さらに光の網が廉造だけを絡め取っていた。

 急激に上へと引っ張られる感覚の中、廉造は渾身の力で獣を振り払った。

 

 ――命運は分かれた。

 風に包まれて着地する廉造と、そのまま地面に激突する男。

 

 平原に、膨大な粉塵が巻きあがった。

 震動はなかったが、あの調子なら五体満足で生きてはいれまい。


 廉造ですら、無事では済まなかったのだ。

 骨の何本かは折れてしまったようだ。

 雲の高さほどの位置から落下して、それだけで済んだことが奇跡のようだったかもしれない。

 

「大丈夫かい、廉造くん」

「ってェな、クソが……」

 

 風のクッションに抱かれたまま、廉造は身を起こす。

 自ら治癒術を唱えるものの、痛みに顔を歪める。

 

 助けてくれたのは愁だった。

 この場にいるのは彼だけだ。

 他の皆は都市の防衛に尽力しているのだろう。

 

 愁もまた治癒術を唱えながら、廉造の元に屈む。

 

「ドラゴンから足を踏み外した……ってわけではなさそうだね」

「ンなダセェ真似するかよ……なんかが上から降ってきたンだよ……!」

「僕から見たら、降ってきたのはキミだけどね」

 

 辺りには、もうもうと砂塵が舞っている。

 死体すら残っていないかもしれない。


「さすがに生きてはいないだろう。

 とんだ愚か者もいたものだよ……」


 と、つぶやく愁の。

 その奥で。


 動く影が、あった。

 ――それは砂煙のブラインド越しに、立ち上がる。


「あァ……?」

「……嘘だろう」


 つぶやくふたりの封術師。

 その奥から現れたのは……。

 

 腕の一振りで煙を引き裂いたとき、彼の姿があらわになった。

 手足だけに妙な甲冑を身につけた、獅子のような耳を生やした金髪の男。

 

「まずは名乗らせてもらおうじゃねえか」

 

 若い男。ピリル族の少年だ。

 そして右目には――眼帯。

 

「俺様はレ・ヴァリス。

 ダリスの七男にして、

 獣族を統べる族長、レ・ヴァリス。

 アルバリスス最強を目指し、今もっともその位の近くにいる男だ。

 絶対無敵。天下無双。

 それこそが俺様を示す名だ。

 いいか?

 俺様の前に立つ野郎はな、この手で」

 

 手甲で覆われた拳を握り、

 少年は獰猛に宣じた。



「――殴り潰す!」

 

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[良い点] こんな展開になるなんて! ハラハラして続きを読むのが怖い! [気になる点] つらたんしか知らなかったので雰囲気が違っていて驚きましたが、こちらも読むのが止められません。こんなかわいい作者さ…
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