8-7 スカイハイ
イサギグループ:ピリル族の長と会った後、ハウリングポートへ。
廉造グループ:魔族帝国連合を迎え撃つため、防衛線を敷く。(←Now!)
慶喜グループ:デュテュの説得を試みるも失敗。捕らえられる。
ハウリングポートに面した街。
ここはブルムーン王国の玄関口、ブロンズリーである。
大きさとしては、西部諸国の平均的な規模だ。
四つの門が東西南北を取り囲む城壁都市である。
一見は堅牢に見えるが、その実は魔法陣障壁が薄く、
多くの魔晶を確保できなかったため、
仕方なく石壁で防備を固めるしかなかったものだ。
アルバリススの都市は、壁は低く厚いか、
あるいは一切なく、障壁で守るのが理想とされている。
だがさほど重要な場所ではない場合や
維持費を捻出できない街は、このように壁で周囲を覆うのだ。
武装盗賊の類ならばそれでも防ぐことはできる。
と、今はこの都市の外に、ドラゴン族が駐屯していた。
野営陣で廉造は、不本意そうに顔をしかめる。
「せめてシル公やヨシ公クラスの法術使いがいりゃあな。
中で防衛に専念できるンだがよ」
彼らを率いる将軍はふたり。
地将軍廉造。そして天将軍レルネリュドラだ。
人の姿のレルネリュドラは、ドラゴン族には珍しい金色の髪の男だ。
その傷だらけの上半身を晒しながら、槍を担いでいる。
廉造は渋い顔をしながら、辺りの地図を指で叩く。
「結局、迎え撃つしかねェんだろうな」
「だな。このままじゃ街への被害がデカすぎる。
辺り一面に広がる草原が主戦場になるだろうな」
「わかってンだよ、ンなのは」
ドラゴン族200名。そのうち、獣術使いが80名。
紛れもなく、一族の精鋭たちである。
ブルムーン王国から集めてきた1800の兵と合わせて、
2000が今、ブロンズリーを守る兵の総数だ。
「っても、実際は200で戦わなきゃならねぇだろうな」
レルネリュドラは顎をさすりながらつぶやく。
国王がじきじきに指揮をしていようが、そんなことは関係ない。練度の問題だ。
「あいつらを見たか? レンゾウ」
「いや、オレは手配に駆け回ってたからな」
「つつけば破裂するような、雛鳥どもだぜ。
あんな人間族ども、10も竜を集めれば皆殺しにできる」
「嬉しくねェ話だな」
廉造は顔を歪めた。
この時代は、個々の戦力差があまりにもかけ離れている。
闘気を操れない剣士が10人集まったところで、闘気を使いこなす剣士ひとりにも勝てない。
闘気を操る剣士が10人いたところで、優れた術師には一掃されるだろう。
その術師が百人いたとしても、魔法師にはかなわない。
「俺たちでなんとかするしかねぇってことよ。
ビビんなよ、レンゾウ」
「ビビらねェよ。ったくうぜェな」
レルネリュドラに頭をぐりぐりと押さえつけられる。
子供扱いされて、廉造は腕を払いのけた。
確かに長寿のドラゴン族などに比べれば、自分はヒヨっこもいいところだろうが、それでもしゃくに障るのだ。
相手のピリル族もほぼ同数の2000と聞いた。
数の上では不利はなくとも、1800が烏合の衆となると話はまったく違ってくる。
1800の兵を皆殺しにする覚悟で突っ込ませるか。
いや、そんなことをしても相手側に優れた術師がいれば、おしまいだ。
人垣にもなりはしない。
戦は数ではない。質だ。
だが、策を講じるには数がいる。それも質の高い数が。
どうにかしてラデオリから800本の爆砕槍をかき集めてきたものの、
地上と空中から連携して相手を攻め立てるためには、200の兵ではとても足りない。
やはり冒険者だ。
彼らは連携、防衛、遊撃、奇襲、索敵、なんだってできる。
敵に回せば非常に厄介であったが、今は認めざるを得ない。
ここを守り切るには、冒険者が必要だ。
ドラゴン族は攻めに乗じているときはいいが、
守勢となると彼らは途端にやる気を失ってしまう。
元々が奔放な気質なのだ。
大規模な作戦には不向きな一族である。
城の外で宴を始めるドラゴン族たちへの苦情も、廉造の元へと寄せられてくる。
なぜ自分がそんな尻拭いまでしなければならないのか、と怒りも募ってくる。
先日はマールとローラが近隣の麦畑を焼き、「きょうからここがボク(あたし)たちの領地だー!」とか言って高笑いをしていたから、廉造がじきじきに拳を落としてきたのだ。
そんな騒動がここに来てから30件以上(そのうちの半分はマールとローラだが)も起きていた。
文化の違うものたちが交わっているのだ。いさかいも発生するだろう。
だがそれにも限度というものがある。
廉造とて、あまり気が長いほうではない。
いや……
元々ドラゴン族には関わりのない戦なのに、
それでも手助けをしてくれているのだ。文句は言うまい。
ひとり苛立ちを抱えながら、陣地を横切る廉造。
思えば、魔族を率いていたときも、こんなような鬱憤を抱えていたような気がする。
どこにいっても部下の後始末を押しつけられる役割についてしまうのは、なぜなのか。
生まれ持った宿命とでも言うのだろうか。
と、そこにドラゴン族の兵がやってくる。
ハウリングポートに出した偵察兵ではないようだ。
これはまた、いつものか。
イヤな予感がして、廉造はこめかみをかく。少し語気を荒げてしまうのも、仕方のないことだろう。
「……今度はどうしたよ。
マールかローラか、その両方か? あン?」
「あ、いえ」
ドラゴン族の男は言葉を飲み込んだ。
廉造の迫力があまりにも恐ろしかったのだ。
歴戦の兵をも怖じ気付かせるほどの、胆力である。
兵は改めて、言い直す。
「レンゾウさま、レルネリュドラさま、
冒険者の一団が到着したようです。
どうやら、お会いしたいと言っておりますが」
「ほォ」
来たか。
噂をすれば、だ。
どうやら間に合ったようだ。
思っていたよりもずっと早いではないか。
話し合うことは山ほどある。
早速、これからのことを打ち合わせるとしよう。
だが、我先にとレルネリュドラが首を振った。
「あー、俺はパス、パス。
冒険者はどうにも好きじゃねぇ。
おめーが行ってこい、レンゾウ」
「あァー?」
なにを言っているのか、と眉を寄せる。
たったひとりで冒険者と会う? この自分が?
「……オレァ、S級手配者だぜ?」
暗黒大陸で何人の冒険者を殺してきたことか。
そんな自分がたったひとりで向かえば、火に油を注ぐことになるやもしれぬ。
廉造は顔を手で覆う。参った。
レグネリュドラはいいことを考えたとばかりに助言する。
「ならマールとローラを差し出すか?
どうせ人間族どもとの会議なんて、くっだらねえだろ」
それこそ新たな戦争の火種だ。
スラオシャ大陸が沈むかもしれない。
「……オレが行く」
諦めたような気持ちで歩き出す廉造。
どうにもドラゴン族は食事の必要がないからか、生きることにも適当すぎるようだ。
よくこれで社会が成り立ってきたものだ……と廉造は思わずにはいられなかった。
◆◆
ブロンズリーの町中にあるギルド支部。
その支部長室を我が物顔で占領して、彼はこちらに手を差し出してきた。
「初めまして。僕が冒険者ギルド本部の一等指揮官だ。
このたびの対魔族・ピリル族における、全権を一任されている。
よろしく頼むよ」
部屋の中にいるのは六名。
ブロンズリーのギルド支部長。腕利きと思しき本部のS級エージェントが三名。
そして廉造と……目の前に立つ、優男だ。
ギルド本部の紋章をつけた、全身を覆うような外套をまとい、腰には剣。
長い栗色の髪をまるで女性のように伸ばしている。
それに薄く化粧も塗っているようだ。
うまく隠したものだ。
どこにも――封術の痕跡はない。
廉造は凍りつく。
忘れるはずもない。その顔を見て。
「テメェ……?」
「おや、どこかで会ったかな」
彼はニコニコと微笑んでいた。
約一年前。廉造とシルベニアに騙し討ちし、城から逃げ出した男。
――愁。
魔法師・緋山愁。
廉造は彼の襟元を掴む。
顔と顔を付き合わせて、押し殺した声で告げる。
「よくのこのこと顔出せたな……あァ?」
突発的なドラゴン族の将の蛮行に本部エージェントが剣を抜こうとするが、
愁は軽く手を挙げて、その騒ぎを制した。
「心配いらないよ。
裏切り者のカリブルヌスに弾圧され続けてきた彼らの気持ちを慮れば、この状況と彼の態度は極めて自然なものだ。
昨日きょうでその確執がすべて帳消しになるはずがない。
それでも認め合うことで、歩み寄ることはできると思っている」
毅然とこちらを見下ろしてくる愁を、廉造は睨み返す。
自分は強くなった。この男に借りを返すためにも。
愁は廉造の手をふりほどき、襟を正す。
そうして、戸惑う冒険者たちに告げる。
「ここは僕に任せて、君たちは席を外しておくれ。
僕たちは彼らとの仲を、言葉ではなく誠意によって埋めていくこととしよう。
平和を掴み取るために今、ともに戦うべき敵がいることはむしろ幸運かもしれないね」
周囲の男たちは心配そうな表情をしながらも、命じられた通りに部屋を出てゆく。
ブロンズリーの支部長の男は「噂に違わぬご立派なお方である……」と口走り、
追従するようにエージェントたちも「彼こそが真の平和を望むバリーズドさまの後継者だ……」などとつぶやきながら去っていった。
白々しい芝居を見ているかのようだ。
その場には愁と廉造だけが残される。
すると次の瞬間、愁は相好を崩した。
人懐っこい笑みを浮かべた彼は、軽く手を挙げる。
「久しぶりだね、廉造くん。
ところでその仮面は君の趣味かい?
それとも誰かに影響されたのかな。
存外似合っているじゃないか」
「黙ってろ、愁」
廉造は竜の仮面を装着していた。
旅立ちの前、イサギからもらったものである。
冒険者の前に出るということで、一応変装をしていたのだ。
確かに愁以外の男たちは廉造に気づかなかった。
それに、廉造もどこか冷静にこの状況を観察できているような気がする。
もしこの仮面がなければ、殴りかかってしまっていただろうから。これが仮面の不思議な効用か。
「シルベニアはテメェを殺すために腕を磨いていたンだぜ」
「想われるということは、光栄なことなんだろうね。
僕の周りにはどうも魅力的な女性が多いようだ」
肩を竦める彼の軽口に、付き合う義理はない。
「……どういうことだ? なんでテメェがここにいるンだ」
「どうもこうもね、たまたま僕が派遣されて、
そうしたらたまたま君がそこにいて。
今ではドラゴン族の将軍だって言うじゃないか。
僕たちが再会したのも、運命に導かれたからなんじゃないかな。
それ以外に言葉が思い浮かばないよ」
「白々しいンだよテメェ」
「イサくんが同じことを言ったら納得するだろうに。
なんだろうね、この反応の冷たさは」
一蹴する廉造に苦笑いを浮かべる愁。
しかし、その笑みはすぐに冷たいものへと変わってゆく。
「いやはや、残念だな。
僕は再会のハグでもしたかったのに」
「それ以上オレに近づいたら殺すぞ」
「やだな。今はいがみ合っているときじゃないでしょう?
ほら、仲直りしようよ」
「……テメェには借りがあったよなあ?」
「過去は振り返らない主義でね」
「イサから聞いたぜ。
一発はブン殴ってもいいンだってな」
「……」
その言葉に、さすがに愁の表情が変わった。
廉造は拳を固めて呼吸を整える。腹に力を込めて、全身の魔力を活性化させてゆく。
目が赤く染まり、彼の闘気は肉眼でも確認できるほどに膨れ上がった。
「――一発、だよな?」
「ははは、冗談はよそうよ、廉造くん。
同じ日本人のよしみじゃないか――」
その言葉が言い終わる前に。
廉造はふたりの間にあったテーブルを蹴りあげた。
愁の視界を奪い、そのまま机ごと渾身の力で拳を叩きつける。
まっぷたつに割れたテーブルのその後ろに――愁はいない。
「っと」
愁は身を屈めて避けていた。
続く廉造が放った強烈な左フックも、手を添えてその軌道を見事に逸らす。
さすがに本気を出してはいないとはいえ、廉造の動きを愁は紙一重で見切っているのだ。
思わず吠える仮面の男、廉造。
「なに逃げてやがンだよテメェ!」
「だって殴るつもりなんだろ?」
「一発ならいいって、
テメェがイサに言ったンだろうが!」
「今はちょっと困るよ。事情が変わったんだ。
冒険者とドラゴン族の関係に、
亀裂が入ったのかと疑われてしまうじゃないか」
「知ったことかよ!」
再び殴りかかる廉造だが、愁はやはりひらりと身をかわす。
まるで水の流れのようだ。どうしても捉えられない。ふたりの間で紙が舞い上がる。
――直後、バンと乱暴にドアが開かれた。
廉造と愁は同時に動きを止める。
「はいはい、そこまでにしなさいよ」
割って入るのは少女だ。
赤髪を頭部の片側で結んだ剣士である。
彼女は廉造の強大な魔力を恐れもせずに歩み寄ってくる。
実力はともかく、度胸だけは据わっているようだ。
「なんの恨みがあるか知らないけど、今は緊急事態。
ドラゴン族のあんたも、私怨に駆られて部下を巻き込まないの……って」
「……あ?」
少女は仮面を付けた廉造を見て、一瞬だけ息を呑む。
だが、すぐにその表情を取り繕った。
「あ、ごめんなさい。あたしはアマーリエ。
ギルド本部のエージェントで、この軍の副官をやっているわ。
……あなたがつい、あたしの知っている人に似ていたから」
「イサか」
廉造が漏らした言葉に、アマーリエは驚いて眉をあげた。
「……彼を知っているの?」
「まァな。仲間だ」
「……そう。
ドラゴン族にまで……すごいのね」
「ここにはいねェがよ。
あいつはあいつで、戦いを止めるために動いている」
「報告は受けているわ。
……イサくん、ホントに変わらないんだから」
アマーリエは物憂げに髪を撫でた。
それから愁の元にやってきて、「うん?」と微笑みながら首を傾げる彼の腹に。
予告も素振りもなくキツいブローを放つ。
くの字に体を曲げてむせる愁。
廉造も「おいおい」と眉をひそめる威力だった。
「ふぐ――ちょ、アマ……リエくん……?」
「ごめんなさいね。この人、うっとうしいでしょう」
苦悶に顔を歪める愁。
彼の後頭部を掴んで、一緒に頭を下げるアマーリエ。
「誰にでもこうなのよ。
相手より精神的優位に立っていないと気が済まないの。
まるで子供みたいでしょう?
不満があったら言ってちょうだいね」
そのあんまりにもあんまりな言い草と、
何のためらいもない暴力に、廉造ですら同情を禁じ得ない。
「……尻に敷かれてンじゃねェか、愁」
「ぐ……できれば敷いてほしいのだけどね。
のれんのように、押しても押しても手応えがなくてさ」
「そんな話、今この場では関係ないでしょう」
「……そう、だね」
アマーリエに諭されて、愁はくたびれたような笑みを見せる。
そんな年下の少女を前に、
廉造も、怒りがどこかにいってしまったようだ。
自分が怒っていたはずの男のあまりにも情けない姿を見てしまったからかもしれない。
なんとも言えず、廉造は頭をかく。
茶番のように愁は名乗り直す。
「え、えっと……
改めて、僕はシュウ・ヒヤマ。よろしくね」
「……ドラゴン族を束ねる地竜将だ」
冒険者アマーリエの目を気にし、さすがに名前を告げることは避けた廉造。
アマーリエは少し首を傾げたようだが、そこを突っ込んでこようとはしなかった。
「歴戦の将とともに戦えるとは、光栄ね。
人間族とドラゴン族は様々なことがあったけれど、
これからは協力していきたいとあたしは思っているわ」
「……ああ、そうだな」
愁の視線を意識しながら、
廉造はぶっきらぼうに返事を返す。
アマーリエは壊れたテーブルを片づけながら、手を打った。
「それじゃあ始めましょう」
新たに用意したテーブルの上に、アマーリエは周辺の地図を広げた。
そこに駒を並べてゆく。
「敵軍は魔族帝国が800、ピリル族が2000という話だったわね。
魔族帝国の800の中にはゴーレム兵も含まれているから、実際の兵の数は500から400でしょうね」
「テメェらはいくつで来たんだ?」
「冒険者は400名だよ」
愁が答える。
つまり、2800対2400の戦いだ。
数の上ではそれほど差はない。
「けれど、選りすぐりのC級冒険者以上のものだけを連れてきたからね。
ドラゴン族と同じ程度には期待してくれていいと思う」
「はァン」
うなずく廉造。
200のドラゴン族と400の冒険者。
それだけいれば、戦力的な優位は確保できる、か?
けれど、不安要素はある。
当然だ。お互い勝とうとして戦うのだから。
策略や計略で出し抜こうとどちらも必死だ。
アマーリエが口を開く。
「問題はピリル族よ。
彼らは一騎当千の猛者。
それが2000も集まっているのだから、
400名の冒険者では、進軍を止められないかもしれない」
「やりあったことはねェな」
「武術も魔術も優れている一族よ」
「それ以上に、彼らの戦意が怖いね」
愁が微塵もそう思ってはいないような顔で、付け加える。
「彼らの今の原動力は怒りと憎しみだ。
そしてそれをピリル族の王子が指揮している。
どっちみち、ただでは済まないだろう」
「士気の高さは厄介だな」
それは廉造自体が暗黒大陸で大いに利用してきたことだ。
住んでいた土地を奪い返そうと魔族たちは常に死に物狂いだった。
「あたしたち冒険者ギルドは、厳しい戦いになると想定しているわ」
「といっても400も連れてきたんだ。
その中にはS級冒険者たちも含まれている。
なにかあったら彼らに切り込んでもらえばいいさ」
アマーリエに比べて、愁は楽観しているようだ。
だが、どちらかというと、廉造も愁の意見に賛成だ。
自分が戦ってみたからわかる。
冒険者は1パーティーの単位で凄まじい強さを発揮する。
たった4人が何十何百という兵士を押し返す。
そのねばり強さも土壇場の底力も、どちらも想像を遙かに越えたものだ。
暗黒大陸で駆逐した冒険者は合わせて200名程度だったが、それでも手を焼いたのだ。
今は倍の数が集まっている。きっとピリル族も魔族も朽ち果てるだろう。
……だが、どちらも無事では済まない。
廉造とアマーリエは黙り込む。
そこに軽薄な声。努めて明るく言い放ったのかもしれない。
「本当なら、戦わずに済むのが一番なんだけどね。
だけど、魔王ヨシノブの消息も途絶えたようだ」
廉造はその言葉を聞きとがめた。
再び不信感をあらわにし、愁を睨む。
「……テメェ、それも知っていたのか?」
「まあね。彼がハウリングポートに到着したのは三日前。
だけど、その日を最後に無事を確認できなくなった。
捕らわれたか、あるいは……ね」
ギリと廉造は奥歯を噛み締める。
最悪の事態を想像してしまう。あの男がそう簡単に死ぬとは思えなかったが。
だが、シルベニアとイグナイトがついていてもだめだったか。
やはりデュテュは本気なのか。
「……救出しに、向かうのか?」
廉造の言葉を、愁は真っ向から否定した。
「ピリル族の本陣に? 無理だねそれは。
戦力を割いたらブルムーン王国は守れない」
「ヨシ公を見殺しにすンのか?」
「いや、“僕たち”には無理だ、という話さ」
「……」
愁に告げられて、廉造は口をつぐむ。
そんなことができる人物は、ひとりしか思い当たらない。
愁とアマーリエも掴んでいるのだ。
“彼”のその足取りを。
そしておそらく、その男にすべてを託しているのだろう。
「……そうか」
ならばこれ以上廉造の言うべきことはない。
自分たちの仕事は、防衛ラインを死守することだ。
それをしっかりとやらなければならない。
アマーリエはドラゴン族と冒険者の連携の具体的な話に移った。
陣地や防衛ライン。指揮系統。その他の話を廉造と詰めてゆく。
だがちらちらと廉造を盗み見るアマーリエ。
その視線は廉造の仮面を気にしているようだった
「……それ、イサくんからもらったのよね」
「ああ。ちっと姿を明かせない理由があってな」
アマーリエはぼそっとつぶやく。
「あたしも頼んだらもらえるかな」
「やめてくれ」
なぜか愁がぐったりとした声をあげた。
「ラストリゾート族をこれ以上増やさないでくれ」
「なに言ってンだ?」
「わけがわからないわよ」
ふたりに責められて、首を振る愁。
それはいいとして。
廉造はどうにも腑に落ちない。
「しかしな、愁。
なんであの姫さんが突然、人間族に反旗を翻したんだァ?」
「難しいね。僕もそこまでは掴めていないんだ」
「テメェでもか」
「ただ、デュテュさんも戦闘に参加したようだよ」
デュテュが戦う? 信じられない。
段差のない場所でも転びそうな、あのすっトロいお嬢様が、か。
「……マジかよ。戦えンのか?」
「わからない。サキュバス族は希少な一族だからね。
その実体はほとんど明らかにはされていない」
「だが、言ってたな、シル公も。
デュテュは弱くはねェって」
「……まあ、前線には出てくるかもしれないね」
ふたりは難しい顔で黙る。
勝手に呼び出されて。恨みや、まして恩もないが、それでも彼女の人柄がある。
デュテュと敵対するのは、やはり辛いのだ。
しばらく一同は黙り込んでいた。
20にも満たない若者たちが、顔を付き合わせて人殺しの算段だ。
疲労感が強い。
最後に愁がその場を締める。
「とにかく、魔族は術師が中心だ。
ピリル族の前衛をくじいて、陣形を乱せば、
制圧をするのは難しくないはずだよ。
そのための冒険者たちなら山ほどいる。
彼らを突撃させれば……」
そう告げる途中、部屋に入ってきたのは冒険者。
「た、大変です!」
「来たか」
廉造が拳を手のひらに打ちつけた。
ついに戦が始まるのだ。
終わってしまえば、ややこしいことに頭を悩ませる必要はなくなる。
シンプルで実に良い。
ドラゴン族よりも先に冒険者が報告に来たのが少し、
気に食わなかったが。
愁もまた部屋を出ようとして。
アマーリエの様子に気づいた。
彼女は窓の外を眺めて震えている。
一体なにを。
「……ねえ、あれ、なにかしら」
窓の外を指さす。
愁も廉造も、そちらを見た。
そして、やってきた冒険者同様。
――己の目を、疑う。
「なんだあれ……」
「あァ?」
見たことはある。それは戦艦だ。
魔族国連邦の戦艦だ。
ブラックラウンドで建造していたはずの。
だが――
あのような機能はなかった。
船は海に浮かぶものだ。
それなのに。
「船が、空を飛んでいる……?」
アマーリエが呆然とつぶやいた。
それはこの場にいる皆の気持ちを代弁していた。
雲の間から姿を現したその戦艦。
大海原を泳ぐように、当然のように空に浮かんでいる。
遙か巨大な物体が、音もなく雄大に。
まるでそういう生物のようだ。
だがあれは間違いなく人の手によって作られたものである。
アルバリススにおいて、存在していたはずのない技術。
名付けるとすれば、そう。
「……空中戦艦……?」
◆◆
魔晶の輝きが満ちたその中核。
操魔室にて、一組の男女がいた。
巨大な魔晶――廉造が冒険者を殺したことにより作り出された三等級の魔晶だ――を挟むように向かい合い、ふたりは魔法陣に魔力を注ぎ込んでいた。
金色の髪の男性と、銀色の髪の少女。
ふたりは窓から人間族の拠点を見下ろし、コードを描く。
戦艦をコントロールするためのその魔術を。
銀色の髪の少女の口から細い声が漏れる。
魔世界に伝わり、波紋のように広がったその魔力は、戦艦すべてを包み込む。
すでに彼女はこの術を完全に自分のものとしていた。
その少女の才覚を前にし、
男は口元に壮絶なる笑みを浮かべる。
今から告げるべき声は伝声管を通じて、
魔術師たちを歓喜の念で満たすであろう。
敗北より21年。
ついにこの日がやってきたのだ。
――――
同様にこの男もまた、金色の髪を揺らして船首に立つ。
竜頭のあるべき場所には、魔族の帝王の像が立てられていた、が。
その頭の上に、あろうことか足を乗せて、
妙な態勢で腕組みをしながら地上を見下ろす男だ。
かつて敵対していたはずの魔族とピリル族が手を組んで、
人間族を討ち滅ぼすのだ。意趣返しとしてこれ以上はあるまい。
自分の名を、自分の力を世界に知らしめる。
全身が昂ぶり、体の奥底から熱が湧き上がる。
パワーだ。
ここにはパワーがある。
それさえあればなにもいらない。
なにもかもを“破潰”し尽くすだけのパワー。
――――
ゴールドマン/レ・ヴァリスは、
蒼穹の下、太陽に最も近い位置において。
まるで魔術/破術のように、
命じた。
『“空中戦艦アンリマンユ”、砲撃開始だ――』