8-3 元勇者、旅立つ
突然のデュテュの反旗。ピリル族の侵攻。
ハウリングポートの陥落。冒険者の敗北。
それらは実際の被害よりも、ずっと重い意味を持っていた。
すなわち。
――第二次魔帝戦争。
誰もが今、その言葉を思い浮かべているだろう。
20年前の出来事は、そう遠い過去の物語ではない。
今なお疼く古傷のようなものだ。
二代目魔帝として立ち上がったことが真実か虚偽であるかはともかくとして、
デュテュは元々、人間族を滅ぼすことを目標に置いていた過激派の頭だ。
本来の彼女は、敗戦後の戦争責任の余波を受けて、処刑されるべき存在だった。
1才にも満たない赤子を全力でかばったのが、当時の五魔将や現過激派の魔族たちだ。
情や魔帝への敬愛の念もあったろうが、デュテュこそが魔族再起の切り札だと思うものも少なくはなかった。
魔帝派の中核として育てられたデュテュ。
そんな彼女には、打倒人間族の旗を掲げるべき動機も十分根底にある。
だが、それはあくまでも周りの者によって擁立されているだけであり、
デュテュ自身の願いではあるまい。
デュテュの人柄を知るものならば皆、疑いもなくそう思うはずだ。
実際に、イサギや慶喜、廉造や魔族たちは同じ気持ちであった。
あの姫ほど平和を愛し、魔族の未来を憂いていたものはいないのだから。
しかし。
彼女を知らぬものにとって。
デュテュは、『かつて人間に滅ぼされた魔帝アンリマンユの娘』であり、
復讐するに足る理由を十分に持つ、悪鬼羅刹のごとき魔族の頭領だ。
その溝は、スラオシャ大陸と暗黒大陸を隔てる海峡のごとく、深く横たわっている。
幕営には重苦しい沈黙が漂っていた。
人間族の頭領、ブルムーン王国国王アピアノスは軍師と一言二言交わしてからこちらに向き直る。
彼の第一声はこの場を左右するほどに重大な意味を持つ。
その言葉に、魔族側の皆の注目が集まった。
アピアノスは言い放つ。
「ともあれ、事実を確認せねばなるまい。
我らは今すぐにワイバーンゲートへと戻ろう」
慌てたのは慶喜だ。
未だ講和条約は締結していない。
つまり交渉途中での破棄となる。
今まで慶喜が行なっていたことが全て水泡に帰すのだ。
遠路はるばる旅をしてきたのも、竜王と決闘をしたのも。
なぜこのタイミングで、と思わずデュテュを恨まずにはいられない。
せめて自分が大陸に戻るまで、待っていてくれたら。
どれほど自分は信用されていないのか、と悲しくもなったが。
それも仕方のない話なのかもしれない。
旅に出る前の慶喜は、その程度の男だった。
だが、今は違う。
変わったのだ。
慶喜はアピアノスにすがる。
「あ、でも、その、魔族との同盟は……」
アピアノスの冷厳な目が慶喜を貫く。
場違いだ、と言わんばかりに。
「今はそんなことを言ってられる場合ではなかろう。
そなたに落ち度がなかったとしても、
先に約定を破ったのはそなたたち魔族だ。
この同盟は決裂することになるだろう」
「そ、そんな……」
アピアノスの言葉には隠しきれないほどの怒気が含まれていた。
自国の息がかかった港が破壊されたのだ。当然である。
冒険者だけではなく、民にも被害は出ただろう。
この場で慶喜たちを糾弾しないだけ、まだ王としての節度を保っていると言うべきか。
慶喜は青い顔をする。彼にデュテュの行動を弁護する術はない。
そんな言葉が咄嗟に浮かぶはずもない。
覚悟はあるが、能力がない。
焦りだけが胸の中を渦巻き、意味のない言葉が頭の中をグルグルと回る。
だが、そこで――すかさずロリシアが割り込んだ。
「お待ちください、アピアノスさま!」
「一体なんだ」
威圧的な声にもまるで怯まず、
ロリシアは胸に手を当てて必死に告げる。
「今の手紙の話では、ハウリングポートに攻め込んだのは、
その、『新・魔族帝国』を名乗る方々だと聞きました」
「それがどうかしたのか」
「ならば、彼らはわたしたち『魔族国連邦』とは関わりはありません。
魔族の中でも新たな勢力であり、ここにいる魔王ヨシノブが独立宣言を受け取っていない以上、
現時点ではただの武装盗賊団と変わらぬ扱いのはずです」
「なにをばかな……」
と切り捨てようとしたアピアノスだが。
シルベニアやイグナイトといった手練。さらに竜王を下した慶喜。
それに元魔王軍であり、現地竜将の廉造。ギルドのエージェント・イサギらの鬼気迫るような視線を受けて。
顎に手を当てた。
もしロリシアの言い分を認めなければ。
これから先、ブルムーン王国は魔族帝国を名乗る軍団だけではなく、魔族全軍と総力戦をすることになるだろう。
魔族帝国がどれだけいようとも、冒険者ギルドにその動きを察知されずにハウリングポートに攻め込める程度の人数だ。
所詮は1000や2000。それぐらいならばどうにでもなる。
魔族との同盟は、人間族にとっても悲願だ。
その上、ドラゴン族と手を結ぶことなど、王国誕生以来、初めてのことではないか。
今この場で棄てられるような話ではない。
決めつけることは早計だ。
アピアノスは静かに認める。
感情に突き動かされて大義を見失うのは、百害あって一利なし。
「……ふむ。なるほどな。
そなたの言い分もわかった。
この件はひとまず保留しておくとしよう」
「ありがとうございます」
ロリシアは頭を下げた。
アピアノスや人間族の思惑を知らぬ彼女は胸を撫で下ろす。
首の皮一枚で繋がったというところだろうか、と。
これからの魔族側の行動は決まっている。
一同を代表し、慶喜が告げた。
「ぼ、ぼくたちは一刻も早くハウリングポートに向かおうよ」
慶喜の言葉に、ロリシア、シルベニア、それにイグナイトは各々うなずいた。
まずはデュテュに会ってからだ。それがなによりも先だ。
一方。
「戦か」
微妙な立場に追いやられているのは、ドラゴン族だ。
彼らは魔族と同盟を結び、さらにブルムーン王国とも手を結んだ。
しかし心情的には、長い間虐げられていたピリル族と通じるものがある。
ピリル族と並ぶほどの戦力は、ドラゴン族の他にはない。
ドラゴン族がどちらにつくかによって、この戦いは大きく動くだろう。
余計な犠牲を出さないためには、事態を静観するのがもっとも賢い方法であるだろうが。
だが、老いた竜王バハムルギュスは迷いなく命じた。
「レンゾウ。レルネリュドラとともに軍を率いて、
敵対軍からブルムーン王国を死守せよ」
地竜将廉造、そして天竜将レルネリュドラ。
ドラゴン族が誇る二大戦力。
S+級冒険者数人にも匹敵するであろうその二槍を動かそうというのだ。
「オヤジ……」
さすがに廉造も目を剥いた。
最悪、ドラゴン族を離反してでも廉造はデュテュの元へと駆けつけるつもりだった。
だが、まさかバハムルギュスがそこまで言うとは。
バハムルギュスには善も悪もない。
ただ力と盟約のみが彼の価値であり、基準であった。
国と国の物事であっても、それは変わらない。
彼はもっともシンプルな原理で生きている。
だからこそ、100年以上も王として君臨していられるのだ。
「儂らは人間族と同盟を結んだのだ。
ならばそれに応えるのが掟というものであろう。
結んだ約束を違えるのは、ドラゴン族の誇りに背く。
だが、侮るなよ、レンゾウ」
「……わかったぜ」
廉造は拳を手のひらで包み、首肯する。
バハムルギュスの堂々たる振る舞いに、アピアノスが礼を言った。
「助かる。竜王よ」
「気にすることはない。人間族の王」
バハムルギュスはそれから慶喜にも言葉をかける。
「魔王よ。そなたたちも儂たちの力が必要ならば、言え。
儂が生きている限り、これから先も一切の協力を惜しむことはないだろう」
その言葉に慶喜は甘える。
今必要なのは、移動手段だ。
「あ、ありがとうございまっす。
あ、それならとりあえず、ハウリングポートまで送ってもらえたら……」
「了承した。翼の良いものを何人か揃えておこう」
一同の取るべき道は決まった、ように思えたが。
だが、アピアノスや慶喜に対し、バハムルギュスはより深刻な顔をしていた。
2槍を放ってなお、彼には懸念事項があった。
「しかし、ピリル族が出たとなれば、
双方ただでは済まないであろうな」
ピリル族は、獣のような耳と尻尾を持つ、身体能力に優れた種族だ。
翼を持つ闘気に優れたドラゴン族、魔力に長けたエルフや魔族に比べて、
その戦闘力はずば抜けている……というほどではない。
しかし、バハムルギュスはかく語る。
「ピリル族は苛烈な蝗のようなものだ。
一度走り出せば、もはや止まらぬ。
あらゆるものを喰らい尽くし、叩き伏せ、
この世の全てを荒野と化すために拳を振るうであろう」
戦いの中のピリル族はまさしく獣だ。
腕が引きちぎれようが、その牙をこちらの頸動脈に突き立てるまで、決して戦いをやめないのだ。
もしデュテュがピリル族に戦うことを強制させられているのなら、
彼女を解放する手段はピリル族をひとり残らず滅する他にない。
「そ、そんな……結局、真正面から戦うしかないっていうんすか」
いや、ただひとつ。
方法がある。
怯えた慶喜に、バハムルギュスは告げる。
「やつらとて一族の掟――族長にだけは逆らえぬ。
もしピリル族を止めたいのならば、族長の言葉しかあるまい」
「族長? それがピリル族を率いているんすか?」
「手紙によれば、ハウリングポートを攻めたピリル族の将は、
族長の若き息子であるようだな。ならば殺したところでピリル族は止まるまい」
「そんな……」
慶喜は思わずうめく。
ひとつの軍と正面から対決しなければならないというのか。
最後の一兵が死に絶えるまで。
もしデュテュもまた、それを望んでいるのなら。
説得など、無意味ではないか。
腕組みをしながら尋ねる廉造。
「……オヤジは、ピリル族の族長とは関わりがねェのか?」
「あるさ」
バハムルギュスは牙を剥いて笑う。
「族長――レ・ダリスとは何度か槍を交わらせたことがな。
アルバリススただひとつの“晶鎧”をまとうあの男は、流星のごとき姿であった。
あの時殺しておけば、このようなことにはならなかったのだが、しくじったわ」
「……従わせるこたァ、できねェみたいだな」
バハムルギュスの獰猛な表情に、廉造は頭をかく。
アピアノスもまた、うなった。
「ピリル族とは、そこまで恐ろしい相手だったのか。
命を捨てる覚悟で戦いに挑むなど、考えられぬ……
守るべきものがないのか……?」
「道理と摂理で動く魔族など問題にならぬ。
20年前の戦いで、やつらの人口がどれほど減ったか。
ピリル族は正道を歩むものではない。理解などは不可能だ。
あやつらを駆り立てるのは狂奔よ」
ピリル族はドラゴン族のように、隔たれた一族だ。
カリブルヌスの出現以降、あらゆる人族に怨恨を向けて生きてきた戦士の一族だ。
止めるすべはないのか。
冒険者ギルドの応援を待ち、人間族の全てが命を賭けてピリル族と戦い、
そうして互いに殺し尽くすしか、手はないというのか。
ピリル族と魔族とドラゴン族と人間族と冒険者。
ハウリングポートを襲った火は激しく燃え上がり、
スラオシャ大陸全土を飲み込み、焦熱地獄と化すのだろうか。
誰もが重い表情でうなだれる中。
ただひとり、この事態を打開できる人物がいる。
彼が、ここにいた。
「慶喜」
その少年は魔王を見やり、
目元に力を入れてしっかりとうなずく。
「デュテュのことは頼んだ。
ロリシア、しっかりと慶喜をサポートしてやってくれ。
シルベニアもイグナイトもな。
お姫様を眠りから覚ませてやってくれよ」
「え?」
慶喜は顔をあげて、聞き返す。
「せ、先輩はついてきてくれないんすか?」
「ああ、悪いな。
廉造、もしなにかあったら、お前が頼りだ。
人と魔族を繋ぐ架け橋になってくれ」
廉造もまた、眉を寄せる。
イサギは――かつて20年前この世界を救った勇者は、一同に告げた。
「ピリル族の里には、俺が向かう。
レ・ダリスにゃ、貸しがあるんでな」
第一次魔帝戦争の最中。
イサギはピリル族の族長、レ・ダリスを魔帝国軍より救い出したのだ。
ひどく昔の出来事だが、レ・ダリスは決して忘れまい。
あれはそういう男だった。
今度なにかあったときには、イサギのために命を賭けるとレ・ダリスは語った。
そのときの貸しは、まだ生きているはずだ。
イサギのその言葉に。
バハムルギュスも、アピアノスも、訝しげな顔をしていた。
「……レ・ダリスを知っているのか? そなたが」
尋ねてくる竜王に、イサギは唇を撫でながら返す。
「まぁな。古い付き合いだ。
あいつはまだ里にいるんだろ」
「……ああ。そのはずだが。
だが、ピリル族の里ははっきりと明らかにはなっておらぬ。
南部山脈クー・ドアナを越えたところで、たどり着けるかどうかはわからぬぞ」
「大丈夫だ。年と季節ごとの27の営地はすべて教えてもらった。
暦により計算をすれば、すぐに場所は突き止められるさ」
バハムルギュスの言葉に肩をすくめるイサギ。
どうやら見かけ通りの年ではないと思ったのだろう。
バハムルギュスも「……ふむ」とうなる。
この事態を打開できる唯一の存在を目の前に、
アピアノスもまた、ため息をついた。
「それが本当なら、そなたには二度もブルムーン王国を救ってもらうことになるな……」
「気にしないでくれ。俺は国のために動くわけじゃない。
人と命と、この世界のためにだ」
「……そうか」
アピアノスがイサギを見つめる視線には、敬意の念がこもっていた。
「もしこの戦争を止めることができたら、
そなたには爵位と領地を与えさせてもらいたい。
十分な礼をしなければ、こちらの気が収まらないのだ」
そんな誠意ある言葉を。
イサギは眼帯の奥の目を細めて。
破顔一笑、吹き飛ばす。
「よしてくれ。
俺はただの男で十分さ」
――かくして、物語は大きく動き出す。
アピアノスたちブルムーン王国軍は、一度ワイバーンゲートに戻り、前線へと。
ピリル族と魔族の連合軍の進軍を阻むために、ドラゴン族を率いて廉造たちも協力をする。
一方、慶喜たちは魔族の真意を探るためにハウリングポートに戻る。
魔族とデュテュの説得と、ピリル族の足止めだ。
そしてその間にイサギが、ピリル族族長レ・ダリスと約定を取りつける。
その後にハウリングポートに戻り、ピリル族を引かせるのだ。
復讐も報復の意志も、ここにはない。
皆が皆、ただひとつ――第二次魔帝戦争を回避するために、行動を始めるのだ。
「デュテュ……」
シルベニアはしばらくショックを受けているようだったが。
やがてその目に力が戻ってくると、彼女は小さく拳を握りしめた。
「……なにがあったかは知らないけれど、
勝手にそんなことをするなんて、許さないの……」
どちらかというと心配よりも、怒りのほうが強いようだ。
だがそれもシルベニアの行動の原動力になってくれるのだろう。
逆に。
慶喜はイサギが離れると聞いて、
少し不安そうな顔をしていたけれど。
「がんばりましょう、ヨシノブさま」
そばに立つ少女に励まされて、
ようやく決意をしたかのように、うなずいた。
「わ、わかりました……
時間稼ぎは、任せてください」
あの慶喜が「任せて」と言ったのだ。
思わず笑ってしまう。決して悪い意味ではない。
イサギは頬を緩めて、うなずいた。
「ああ、頼んだぜ」
イサギは軽く、慶喜の肩を叩いた。
◆◆
別れの挨拶もそこそこに、イサギは幕営を出る。
今度こそ、これは自分にしかできないことなのだと思う。
慶喜たちにはくれぐれも注意をするように言っていた。
何百人という冒険者の住む街を数日で攻め落とすほどの戦力を有した軍だ。
デュテュにどんな事情があるにせよ、ただでは済まないだろう。
だが、時間稼ぎには廉造たちも協力してくれる。
ドラゴン族の地将軍と天将軍が、にらみを利かせてくれるのだ。
算段は薄いが、もしかしたらピリル族を恐れさせることもできるかもしれない。
あとはその間にイサギがレ・ダリスと話をつけることができれば、戦は止まる。
そのはずだ。
それらは希望的な観測であり、
もしかしたらすべては手遅れなのかもしれない。
まるであらゆる人を飲み込む濁流のような威力を持って、
運命を押し潰してゆく戦争が始まってしまうのかもしれない。
だが、そんなことにはさせない。
そこにははっきりとした、人の意志がある。
第二次魔帝戦争を防ぐために、フォールダウンから呼び寄せられた少年たちは旅立つ。
もしかしたらこれこそが、彼らに与えられた本来の役目だったのかもしれない。
◆◆
急ぎの旅だったが、イサギは一度王都ラデオリに戻ることにした。
どうしても持っていかなければならないものがあったのだ。
部屋に置いたままの背負い鞄だ。
携帯食料を詰め込むだけ詰め込んで、イサギは部屋を出る。
準備はすぐに整った。
バリーズドの剣、カラドボルグを腰に差し。
セルデルの杖、ミストルティンを紐で身体に括りつけるようにして。
そして鞄を左肩に背負う。
飲み物は魔術があるし、
着替えも魔術で洗濯をマメに行なえば、最小限で済む。
路銀の他に、大陸全土で価値がある魔晶をいくつか入れて。
あとは仮面や黒いローブ、それに愁から渡された手帳。そんな小物が少々。
そして、手紙。
鞄の一番奥に詰め込んで、
もう何度も読み返して、いくつもの戦いを越えてきたから、
くしゃくしゃになってしまったけれど。
いつでもイサギの背中を押してくれた、一通の手紙。
人の想いであり、愛の形。
『イサさま、
あなたさまの旅のご無事を、わたくしは心からお祈りしております。
どうぞ長旅、ご自愛下さいませ』
そう結ばれた、デュテュからの手紙。
この手紙があるからこそ、イサギはここまで来れたのだ。
道を違わずに、ひとりの人間として生きることができたのだ。
あれほどの愛にあふれていたデュテュが、
今更、人間族に戦いを挑むような真似をするはずがない。
きっと、抗えないほどのなにかが起きたのだ。
強い強い力が、そこには渦巻いているのだろう。
だから。
もし彼女になにかが起きたのなら、
そのときは絶対にイサギが助け出す。
拳を握り、イサギはそう決意をする。
眼帯の奥の左目が鼓動する。意識が澄んでゆくようだった。
廊下を歩くイサギに、少女の声。
「スーパーお兄、いきますよぉー」
こちらに手を振るのは、双子のひとり、ローラだ。
飛翔術に長けた彼女が、イサギを誰よりも早くワイバーンゲートまで送り届けてくれるのだ。
「ああ。頼む」
イサギは歩き出す。
今度の旅は、ひとりではない。
前よりもずっと多くの人の未来を背負った旅だ。
暗黒大陸を出たときに、イサギの鞄には愛があった。
それはデュテュが与えてくれたものだ。
デュテュがこのスラオシャ大陸に降り立ったのなら。
剣と火ではなく、愛を持って迎えよう。
それこそがきっと、
この世界のために、もっとも必要なことだと思うのだから。