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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:7 喜びも悲しみも分かち合いながら
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7-9 天使なんかじゃない

   

 魔王と竜王の決闘が開催される。

 その準備は諸外国には漏れぬように、秘密裏に進められた。

 

 だが、いつまでも隠し通せるようなものではないだろう。

 なんといっても国の命運がかかった一大事である。

 あのバハムルギュスが刃を交えるような相手が見つかったのだ。


 それだけでも只ならぬことだというのに、

 その相手が、暗黒大陸から冒険者を退けた魔帝の再来“ヨシノブ”だというのだから。 

 

 


 そして当の慶喜は……


「……」

 

 ここしばらく、放心状態だった。

 

 決闘を一週間後に控えているというのに、

 まだ自分の置かれた状況を客観的に見つめられないのだ。

 

 ベッドに潜り込んで、時折「うう」とうなっていたりする。

 まるで召還されたばかりの頃の彼のようだ。

 

 与えられた部屋には、イサギ、ロリシア、そして慶喜がいた。

 イサギとロリシアは離れて彼を見守っている。

 

「えーっと……」

「うん、まあ……」

 

 雰囲気が重苦しい。

 肝心の魔王が口から魂を吐いているのだから。


「こうしていても仕方ないよな。

 時間があるなら、慶喜を特訓でもしようと思ったが……」

「……すみません、お手数おかけしまして」

「どうしてロリシアが謝るんだよ。

 元はと言えば、その……俺が決闘の案を出したのが悪かった」

「いえ、たぶんそれ以外に手はなかったのだと思います。

 ……わたしも、あの人を説得できる気がしませんでした」

 

 ふたりは小声で、慶喜には聞こえないように言葉を交わす。


「……なあ、ロリシア。

 やっぱり今から、決闘の中止を要請しよう。

 俺と廉造が闘った素手の決闘じゃないんだ。

 最悪、あいつが死ぬ可能性だってある。

 俺はそれを見過ごすことは、できないよ」

「……」

 

 ロリシアは首を縦には振らなかった。

 

「……でも、そうしたら魔族とドラゴン族、

 人間族の関係はどうなってしまうのですか?」

「……それは、望んだようにはいかないだろうな」

「……ここにいる魔王さまは、魔族全員の希望を背負っているのです。

 あの方の両肩には、色んな子たちの命が乗っているんです。

 こんなチャンスを設けてもらったのに、

 勝てそうになかったので決闘を中止にします、では、ちょっと情けなさすぎませんか」

「だが……」

 

 イサギは押し黙る。それが慶喜という男だろう。

 この一年間どれだけ強くなったのかはわからないが、今の戦意では到底無理だ。


「……どうでしょう、イサさま。

 ヨシノブさまは、勝てると思いますか?」

「開始地点にもよるけどな」

 

 イサギはそう前置きしてから、続ける。

 もし本気で慶喜が戦えば、だ。


「……十分、勝てる余地はある。

 慶喜は封術師だからな。素質で言ったら俺以上なんだ。

 術式を連発すれば、どんな相手だって完封できる。

 あいつがその気になったらな、竜王だって倒せるはずだ」

「……わかりました」

 

 ロリシアは深くうなずいた。


「だったら、わたしがなんとかします。

 責任を持って、ヨシノブさまを、

 なんとか、やる気にしてみせます、から」

「ああ……そうだな」


 もしそれができるとしたら、ロリシアしかいないだろう。

 彼とともに苦楽をともにしてきた彼女以外には無理だ。

 ロリシアは彼にとっての天使だ。

 彼女なら、慶喜に勇気を与えることも……できるかもしれない。


 ならばイサギは、せめてこのふたりの力になろう。

 

「じゃあ俺はそのときのために、廉造と作戦でも立てておくからさ。

 こっちは任せたよ、ロリシア」

「はい」

 

 彼女は真剣なまなざしで、慶喜を見つめていた。

 見る人が見れば、まるで恋する少女のそれだな、と思ってしまうけれど。


 その小さな体でどれほどの決意をしていたのか、

 ロリシアという少女の本当の覚悟を。 

 

 それが、イサギにはわからなかったのだ。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 廉造はドラゴン族に拾われ、そして決闘を繰り返し、

 その力を誇示することによって、バハムルギュスに見出されたのだという。

 

 赤竜騎・遊撃将軍。

 それが廉造の、現在のドラゴン族内での立場であった。


 言うなれば、上級騎士のようなものらしい。

 この短期間に、ずいぶんと成り上がったものだ。

 彼専用の邸宅まで与えられているのだから。


 山から山までは、ゴンドラで向かうことになる。

 しばらくかけて、イサギは廉造の家に到着した。

 

 来訪の約束は前もって取り付けておいてある。

 山の上に立っているものの、家屋はあまり人間族のものと変わりがなかった。

 建築方式が同じなのだろう。

 もしかしたら、この大陸にかつて召還された現代人が広めた技術なのかもしれない。

 一部に石材が使われていたりはするが、些細な違いだ。

 

 ドアをノックしようとしたところで、後ろから声をかけられた。


「おう、イサ。時間ぴったりだな」

「ん」

 

 3メートルほどの槍を背負った廉造がやってきた。

 上半身は裸で、汗だくだ。

 

「修行中だったか」

「まァな。晶槍ってやつだ。

 どうにも言うことを聞きやがらねえ。

 ブン殴って思い通りになったらいいんだがな」

 

 頭の上で持ち上げた槍を振り回す。

 その穂先からは青白い残光が揺れていた。

 ワイバーンゲート攻めのときにも持ってきていた槍だ。


「ずいぶん良い武器みたいだな。与えられたのか?」

「まァな。龍騎将は槍を使うのが習わしだそうだ。

 ンなもんはどうでもいいが、騎乗して剣を振るうのはちっと面倒でな」

 

 廉造は槍を放り投げると、乱暴にドアを開く。

 室内に怒鳴るように告げた。

 

「帰ったぜ!」


 そうだよな、とイサギは思う。

 廉造ほどの地位なら、メイドの二人や三人はいてもおかしくないだろう。

 パタパタパタと慌ただしい足音がしてきた。


「おかえりなさいだ、あなた!」


 姿を見せたのは、肌の白い金髪の美女。

 満面の笑みで、目にハートマークを浮かべながらやってくる。


 あなた、とか言っている。

 マジか。


「起きたらいないのだから、寂しかったぞ!

 ごはんにするか? お風呂にするか、

 そ、それとも、その、あの、わ、私にするか!?」

 

 美しい女性は廉造に抱きつこうとするが、廉造はすかさずかわしてみせた。

 

「ああ、うっせうっせ」

「な、なんでそんな邪険にするんだ!?」

「いや、別にな、おまえ……」

「わたしはもう、身も心もあなたのものだというのにそんな……

 わ、わたしのことなんて、もうどうでもいいのか!?

 そんな、そんなぁ~……」

 

 すり寄る美女の頭を突き放ちつつ、廉造。


「……客が来てンだよ。茶出せ」

「………………え?」

 

 美女は凍りついて、こちらを見た。


「ど、ども」


 イサギは小さく頭を下げる。

 目が合う。

 ……自分は彼女を知っている。

 

 白いワンピースの下から自己主張する豊満な胸と、その背に生えた(生えかけの?)小さな一対の翼。


 天鳥族(アンジェラ)の騎士。

 冒険者との戦いの中、行方不明になった……


「~~~~~~っ!」


 彼女は瞬く間に顔を真っ赤にして、家の中に逃げ込んでゆく。


「だ、誰かが来るのなら前もって知らせておけー!

 レンゾウのバカ~~~~!」

 

 泣きべそをかくその女性は――紛れもなくイラだった。

 

 

 

 

「いや、あの、どういうことっすかね」

「なんでヨシ公みてーなしゃべり方になってンだよ」

 

 半眼で睨まれる。

 ソファーに向かい合って座ると、廉造はため息をついた。

 

「別に、黙ってたわけじゃねェよ。

 つーかシル公から聞いているもんだと思ってたンだぜ」

「あいつが自分からベラベラ事情を話すタマかよ」

「まァ、そうか」

 

 イラはベリフェスの街で見つけたのだという。

 ある貴族の屋敷の地下牢に監禁されていたらしい。


「ま、それほどひでェことにはなってなかったさ。

 どっちかっつーと観賞目的みてェでな。

 羽はもがれたが、徐々に生えてンだろ?」

「それは良かったな……」

 

 デュテュもさぞかし喜んだことだろう。


 なんというか、イサギにはまだ実感がないというか、

 記憶の中のイラ像と違いすぎて、まるで他人事のようであったが。

 

「ただ、囚われてたのが半年以上だろ?

 すっかり参っちまってな。

 戦線復帰も難しいってンで、

 オレの軍団の補佐を頼んでいたンだが……

 付いてきちまってな」

「……まあ、命の恩人だしな」

 

 ロリシアやアマーリエに対するイサギと同じだ。

 助け出して、それからずっと一緒にいたようだし。


 廉造が命を懸けて助けた部下というのも、

 イラのことだったのだ。

 彼は彼女を連れて泳ぎ、大陸間を渡り切ったのだろう。

 誰にでもできるようなことではない。


 廉造は一本筋の通った良い男だ。

 惚れられるのも無理はない。

 

「俺がイラと同じ状況で廉造に助けられたら、

 俺だって惚れていたと思うしな」

「バーカ」

 

 睨まれた。嘘をついたつもりはないのだが。

 廉造は髪をかく。


「オレはとっとと後方に戻れっつったンだけどな。

 姫さんと一緒に平和に暮らしていれば良かったものを……」

 

 そこでイラが――隣の部屋で聞き耳を立てていたらしい――駆け込んできた。

 すでに涙目だ。濡れた瞳は艷やかである。

 

「れ、レンゾウはわたしが嫌いになったのか!?」

「そういうンじゃねェよ。

 だが、オレと一緒にいるから船の難破にも巻き込まれただろうが」

「べ、別にそんなものは些細なことだぞ!

 レンゾウと離ればなれになってしまうほうが辛いのだ!」

「あーはいはい。

 ……ったく、ずっとこの調子なんだぜ?

 面倒くせェ……」

「ううっ」

  

 ははは、と乾いた笑いを漏らすイサギ。

 それ以外、どうしろというのだ。

 

「……にしても、性格変わりすぎだろ」

 

 これがあの凛然としていた女騎士だとは。

 ツンデレどころではない。デレデレデレデレだ。

 媚薬でも嗅がされているのだろうか、と思うレベルである。

 いや、大丈夫か、廉造は妹キャラにしか興味はないのだ。

 

 廉造は子羊のようなイラを突き放しながら、こちらを親指で指し。

 

「おい、覚えてンだろ? 

 同じく召還者のイサだぜ」

「む……? そういえば……」 

 

 イラは少しだけ真剣な顔をして眉をひそめた。


 その程度の扱いか……

 いくら特徴のない顔だといえ、イサギは少し落ち込んでしまう。

 三ヶ月近くもともに過ごしたのに。

 完全に廉造以外は眼中にないようだ。


「……なにはともあれ、無事で良かったよ」

 

 イサギが言うと、廉造は腕を組みながらうなずく。

 

「ンだな。姫さんやシル公はすげー喜んでたからな。

 ……っつっても、オレについてきたら、

 今度はいつ死んじまうかわからねェンだがな」

「べ、別にその程度のことはとうに覚悟している。

 わたしだって武人なのだ!」

「まだ傷も完治してねェだろ。

 いいから今は安静にしとけ」

「う、うう……わたしはお前の力になりたいのだ……」

「これからイサと話すンだ。ならちっと黙っておけ」

 

 うーうーとうなりながら、イラはソファーに座りながら体育座りをする。

 なんとも可愛らしい有様だ。

 人間を殺す殺す言っていた女性と同一人物には思えない。


 廉造の目はいつになく穏やかだった。

 血を流す自らの戦いを宿命と捉え、そこから決して揺らがない。

 けれども、そこに他人を巻き込むことを由とはしない男だ。

 

 廉造は残酷に見えるかもしれないが、

 本当は情の深い少年だとイサギは知っている。

 

 唐突に、思いつく。

 

「お前と愁は、まるでコインの裏表みたいだな」

「あァ?」

 

 廉造と愁はともに目的のために手段を選ばないということで共通している。

  

 だが愁は世界のために自らを犠牲にして戦い、

 廉造は自らのために世界を犠牲にする覚悟がある。

 

 愁には大義名分のためには周りを利用しても構わないと思っている傲慢さがあるが、

 廉造は周囲の人を巻き込みたくないと考え、その胸のうちは常に孤独だ。

 

「足して二で割れば、ちょうどいいかもしれないな」

「わけわかんねェことほざいてンなよな」

「お前は愁と一緒に戦うべきだ、って言っているんだよ」

「……なあイサ、その神化病、だがな」

「あん?」

「いや、なんでもねェ」

 

 廉造が言葉を途中で止めるなど、初めてだ。

 イサギは身を乗り出して尋ねる。

 

「おいおい、気になるぞ」

「愁には会ってみるつもりだ。

 疑問はそこでぶつけるさ」

「……そう、か」

 

 眉をひそめるが、廉造は口元をつり上げながら首を振るだけだ。

 

「ンなことより、今はヨシ公だろ」

「……ああ、まあな」

 

 スッキリしないまま、話題は現役魔王の件に移った。

 

 

  

「どうだ。やる気は出たのかァ?」

「それがな……ロリシアが懸命に説得を続けてはいるが」

「ったくしょうがねェやつだ。

 あいつはいつまで日本にいるつもりなンだ」

 

 廉造が伸ばした足でテーブルを叩く。

 彼はそのまま頭の後ろに手を当てて、天井を仰ぐ。


「竜王か……クソッ、望むならオレが戦いたかったぜ」

「断られたのか?」

「ああ、さすがに位が違いすぎるからな。

 オレが上り詰められるとしても、

 ドラゴン族の両槍――天・地竜将までだ。

 めんどくせェな……」

 

 廉造は投げやりにうめく。


「……オレが変装して、ヨシ公に化けてぶっ殺してやるか」

「できるなら俺もそうしているよ。

 つか、大した自信だけどな。竜王自体も相当な強さだぞ」

「オレが勝てねェようなやつに、ヨシ公が歯が立つかよ」

「……」

 

 全くその通りだ。


 しかし、いくら同じ人間族だからといっても、

 変装などというのは建設的な意見ではない。

 

「とにかく、俺たちで戦術を立ててやろうぜ。

 離れて術式を連発すれば、慶喜にも十分な勝ち目があるんだ。

 あいつの魔術の威力は、このアルバリススでも十指に入るはずだ」

「近づかれたら一巻の終わりだがな。

 あいつは魔法を使えねェ上に、晶剣も持ってねェ」

「……まぁな。そしてドラゴン族は闘気の専門家と来たもんだ」

 

 イサギは頭を抱えてしまう。

 廉造はまるで煙を吐くように口を開いた。


「……ここでウダウダやってもしゃあねェな。

 ヨシ公の実力を、一度見せてもらうか」


 そして勝手に納得し、立ち上がる。

 

「イサ、竜決の間にヨシ公を連れてってくれ。

 ちっとガキどもを呼び出してくっからよ」

「なにをする気だよ」

 

 廉造は竜の鱗で作られた赤いコートを羽織ると、 

 こちらを見ながら、腕を掲げた。


「決まってンだろ。

 強くなるにゃァ、実戦あるのみだぜ」


 どこにいくのかとすがりついてくるイラを離すのは多少の悶着があったものの。

 イサギと廉造は場所を移動する。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 竜決の間とは王城からひとつ離れた山中にある闘技城である。

 古来からドラゴン族が腕を磨くために使っていた場所だ。

 魔王と竜王の戦いも、この地で行なわれるようだ。

 

 連れてこられた慶喜は、そこらへんの柱にしがみついていた。

 早くも涙目だ。

 

「こ、ここどこですか! なんでぼく連れてこられたんですかぁ!

 なんで、か、か、カギをしめるんですか! いったいなにを……!」

「余裕そうじゃねーかお前」

 

 ジト目を向けるイサギ。

 慶喜はコホンと咳払いして、ない襟を正す。


「冗談はいいとしても……その、もしかしてぼくに戦えとか言ったりしませんよねえ?」

「そのまさかだけどな」

「ひぎぃ」

「逃がさねえよ」


 慶喜の首根っこを掴むイサギ。

 猫のように持ち上げる。


 ロリシアも同伴しているが、彼女は先ほどからうつむいている。

 どうやら説得はあまりうまくいかなかったようだ。

 相手が慶喜なのだから、あまり気にしても仕方ないと思うが。


「待たせたな」

  

 対するは廉造。

 向かいの闘技場の入り口からやってきた彼を見た瞬間、

 慶喜のメガネがずり落ちた。

 

「え、まさか、廉造先輩と? ぼくが? 戦う?」

「いや、それは」

 

 事情を聞いていないのはイサギも同じだ。

 廉造は肉食獣が餌を前にしたときのような笑みを浮かべる。

 

「そういえば昔、テメェにはさんざん魔術の勝負で辛酸を舐めさせられたっけなァ?」

「ぴィ!」

 

 慶喜じゃなくても悲鳴をあげそうになる。

 凶悪な笑顔だった。


「そういえばそんな時代もあったな、廉造……」


 イサギはしみじみ思い出す。

 愁どころか慶喜にすら勝てなかった頃の、廉造の黒歴史だ。


「あンときのお礼をしてやってもいいンだがな……

 だが、今はまた別だ」

「ホッ」

「テメェが竜王を倒さねェと、魔族の姫さんとかが困る上に、

 ドラゴン族がそこのバケモンに皆殺しにされちまうからな」

「いや、それは」

 

 イサギは否定しかけるが、廉造は聞いていない。

 

「だから特別に協力してやンよ。

 おい、マール、ローラ!」

『あーい!』

 

 廉造の背からぴょんと跳ねて現れたのは、廉造を迎えたあのふたりの少女だった。

 彼女たちは手を重ね合わせながら自己紹介する。


「天に地にその人ありと謳われたドラゴン族の中のドラゴン、

 ボクこそが赤竜将、マールだぜー!」

「海に山にその子が凄いと響き渡るドラゴン族の中のドラゴン、

 あちきこそが赤竜将、ローラですぅー!」

 

 にぎやかな赤毛のふたりだ。

 マールは活発そうなショートカットの少女。

 かたやローラは長い髪をツインテールにまとめた、どことなくギャルっぽい印象の少女だ。

 

 廉造の好みはマールだな、とイサギは思う。

 それはともかくとして。

 

「ヨシ公の相手をするのはこいつらだ」

「……へ?」

 

 慶喜はしばらく目を瞬かせていたが、

 事情を飲み込んだようで、スッと背筋を伸ばした。


「あ、ああ、うん、そういうことっすか!

 了解、了解っす! はっはっはー!」

 

 なんという現金な男か。

 相手が格下と見るや、この態度だ。


「でもなー、お兄ちゃんなー、

 魔王さまだからなー、ちょっと痛いことしちゃうかもなー。

 フヒヒヒ」


 しらーっとした目で見やるイサギ。

 相手が女の子で、しかもロリシアと同い年くらいのロリ相手に浮かべる笑みとしても最低である。

 

 そんな慶喜の態度に、マールとローラは当然不服そうだ。


「むー、お兄、なんかあいつボクたちを舐めてるぜー」

「いくら魔王さまだからってぇ、許せませぇん」


 頬を膨らませる彼女たちに、廉造は腕組みをしたままうなずく。


「まったくだぜ。テメェらの実力を見せてやれ。

 つっても殺すなよ。千切るのも喰うのも駄目だ。

 焼いてもならねェ。手加減はしろ」

『あーい!』


 姉妹は駆け足で闘技場に降り立った。

 余裕を演出するためかなんなのか、慶喜はゆったりと階段を下りてゆく。


「ふふふ、我こそが魔帝アンリマンユの再来であるぞー。

 この我の偉大なるスーパー魔術の犠牲になるがいい」

 

 その言葉は多少効果があったようだ。

 少女たちは、うっ、と飲み込まれたように眉をひそめた。

 

「な、なんか強そうだぜ。なあ、マール」

「だ、大丈夫ですぅ。2対1なんですからぁ、ローラちゃん」


 アンリマンユもこんな男に名前を使われて、さぞかし残念だろう、とイサギは思う。


「では、かかってくるがよいー! はははー!」

 

 慶喜が両手を広げたその直後だ。


「やっちゃうぜー!」

「やっちゃいますぅー!」

 

 ふたりは叫び、姿を変えた。


 バリバリバリと肉が変形してゆく。

 手足の鱗が全身を多い、顔は尖り、牙が生え、

 その髪はたてがみとなって、そして背中の翼が広がってゆく。


 あっという間に……見上げるほどの巨体を持つ赤竜が二人、だ。

 

『やっちゃうぜー!』

『ぶっ殺しますぅー!』


 人とも獣ともつかない声が空気を振動させ、

 地面に落ちていた小石がピリッと揺れて砕けた。

 

 彼女らを見上げながら、慶喜は。


「……うん、まあ、ぼくが相手にするまでもないかな。

 イサくん、やっちゃっていいよ」

「てめーがやるんだよ」

 

 逃げ出そうとした慶喜の首根っこを捕まえて、イサギは彼を舞台へと放り込んだ。

 

  

 

  

 結局。

 そう、結局だ。

 

 つままれて、転がされて、蹴られて、焼かれて。

 慶喜のありとあらゆる負けパターンを観察しながら、イサギは思った。


「トラウマになってやがんな……完全に」

「……」

 

 誰かに対して発して言葉ではなかったが、

 ロリシアは自分が話しかけられたものだと思い、こちらに顔を向けてきた。

 イサギは彼女に説明する。


「いや……ほら、慶喜の目の前で、リミノが傷つけられてさ、

 そこであいつはなにもできなくて、悔しい思いをしただろう。

 多分それで、体が完全に萎縮しちまっているんだ」

「……そう、なんですか?」


 ロリシアも当事者のひとりだ。

 イサギはブレスを吐かれて逃げまどっている慶喜を指す。

 

「ああ、見てみろ……っつっても、見えないか」

「えっと……」

「さっきからな、慶喜は魔術を唱えようとしているんだ。

 だけど、うまくいかないんだよ。

 どんなに精巧にコードを描こうとしても、途中でばらけちまう。

 あれじゃ術式は発動しない」

「それって……?」

「ワイバーンゲートで廉造の魔術を防いでいたから、

 法術なら大丈夫なのかと思ったら、それも違うようだ。

 敵と“戦っている”っていう感覚が悪いのかもしれねえな」

 

 現代日本でいうなら、PTSDの症状だ。

 慶喜は傍目にはああして叫びながら滑稽に逃げているだけだが、

 本人にとっては非常に辛く苦しい時間が流れているのかもしれない。


 ここまで重傷だとは思わなかった。

 

 魔術師が術を使えなければ、おしまいだ。

 慶喜も剣術は多少使えるけれど、ドラゴンの鱗には歯が立たないだろう。


「……こいつは、駄目かもしれねえな」

 

 あの少女たちにすら抵抗できないのに、

 竜王と戦うなんて、自殺行為だ。

 

 慶喜を見殺しにするわけにはいかない。

 イサギの左目がうずく。

 

「……やはり、俺がやらないと」

 

 決闘を提案したのは自分だ。

 責任を取る必要がある。

 なにもかもを滅ぼす覚悟を持って。

 

 だが。


 そうつぶやく彼の袖を、ロリシアが引っ張る。

 見やり、イサギは息を呑んだ。


「……ロリシア?」


 彼女は下唇を噛んでいた。

 痛いほどに真剣なまなざしが、イサギを貫く。


「イサさま……あの、お願いが、あるんです」

「……なんだよ、改まって」

「その、これから言うことは、

 ヨシノブさまには、絶対に言わないでもらえますか」

「……内容次第、だが」

「お願いします」


 彼女は頭を下げた。

 起こしたその目には、悲壮な決意が浮かんでいる。

 

 この気丈な少女が、そこまで思い詰めることだ。

 イサギは彼女に押し切られたように、うなずく。


「……わかった」

「ありがとうございます、あの」

 

 ロリシアは目を伏せて、それから再び口を開く。

 

「イサさま、わたし……

 ヨシノブさまに、戦ってほしいんです」

「……だが、それは」

「だって、イサさま言いましたよね……

 本来の力を発揮できれば、ヨシノブさまなら十分勝てる、って」

「言ったが……」


 無茶だ。

 あの慶喜の無様な姿を見れば、誰だってそう思う。

 信じられる要素など、どこにもない。


「事情が変わったんだ、ロリシア。

 慶喜には無理だ。それに相手が悪すぎる」

「……それでも、ここで戦わないと、

 もう、ヨシノブさまは二度と変われません……

 この旅の中、少しは成長してくれるかと思ってましたけど、

 でも、だめだったんです。

 どんなときでも、もう、甘やかされるのを当然だと思っていて……

 だから、ヨシノブさまは一度、戦わなきゃだめなんです」


 どんなに慶喜を理解しているロリシアの言葉でも、だめだ。

 

「だが、あいつは魔王だ。

 お飾りの存在であっても、魔族の精神的な支柱だ。

 こんなところで死なせるわけにはいかない。

 暗黒大陸であいつを待つやつらがいるんだ。

 いくら、ロリシアの願いでも……」


 と、その途中で気づいた。

 ロリシアの望みは、違う。

 

 彼女は……

 

「……それは、わかっています。

 ですから、ですから、イサさま……」

 

「たすけてろりしあちゃんー!」などという、

 慶喜の悲痛な叫び声をバックに。

 ロリシアは一言一言を区切りながら、告げた。

 

 

「賭けます。

 でも、ヨシノブさまの命じゃないです。

 あの人の、目を覚まさせるために。

 わたしが、命を、賭けます」

 

  

 

イラ:イライラしていないイラさん。ラブラブイラさん。46話ぶりに登場。幸せそうで何より。

廉造:手は出していないそうです。本人曰く。マール&ローラにもです。こちらは疑わしい。


慶喜:無理だよ、そんなの……見たことも聞いたこともないのにできる訳ないよ!

ロリシア:わかりました。

 

イサギ:つらたん。

 

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