7-8 その男、凶暴につき
廉造の手によって深手を負ったイグナイトは最後まで同行を申し出ていたが、
結局はワイバーンゲートに置き去りにすることになってしまった。
彼ひとりだけでは不安だということで、シルベニアも砦の警備ついでに残った。
『……レンゾーの無茶に付き合わされるのはゴメンなの』とはシルベニアの弁だ。
もしかしたら、単純に照れているのかもしれない。
前までの彼女ならそんなバカなと一笑に伏したろうが、
今の人間味があるシルベニアなら、あながちありえない話ではないとイサギは思う。
というわけで、ドラゴン族の棲まう山脈ガレガリデに向かうのは、
イサギと魔王慶喜、メイド少女ロリシア、そして……
「ったく、あくまでもオレは捕虜かよ」
首に鉄輪をくくりつけられた廉造だ。
衝撃によって爆発したりはしないけれど、
代わりに彼の今の身分を証明する役目があった。
廉造の剣や槍も、イサギが所持している。
二本の剣に槍、そして聖杖を抱え、さらに鞄を背負っていると、
まるで自分が武蔵坊弁慶になったような気がしてしまう。
「攻めに来て、戦いに負けて、
それで捕らえられたのに、すぐに解放されるんだから、
むしろ人道的な措置だろーが」
その代わり、ドラゴン族の兵は何人かまだ虜囚としてワイバーンゲートに囚われている。
これはイサギたちが失敗したときのために、最低限の保険である。
廉造は首を回しながら顔を歪めた。
「窮屈で気に食わねェな。
イサ、引きちぎってもいいか?」
「……せめてワイバーンゲートが見えなくなってからにしてくれ」
狂犬のような男をなだめながら、小さくため息をつく。
見張り塔に立つ見送りの騎士たちは、未だに自分たちに手を振ってくれている。
この四人で旅というのは、一体どうなってしまうのか。
「つーか、ロリシアだって砦にいても良かったんだぜ。
ドラゴンの国は山の上だ。体力的にキツいだろ」
「い、いえ平気です。頑張ります」
再び旅装をまとったロリシアは、きりっとして返事をする。
「それに……ヨシノブさまをたったひとりで行かせるほうが、
よっぽど恐ろしいですので……」
「ああ、まあ……そうか」
納得してしまった。
そんな慶喜は皆の先頭に立ち、腕を振り上げていた。
「じゃあみんなー! 元気出していこうー!」
「なんでヨシ公が仕切ってンだよ」
「はしゃぐのも今のうちだけだな」
「無駄口叩いてないで行きますよ」
一同は次々と慶喜を追い抜いてゆく。
「しくしくしくしく……」
冷たすぎるメンバーの後を、もっとも身分が高いはずの現役魔王である慶喜は、
肩を落とし、とぼとぼとついていくのであった。
◆◆
ドラゴン族の国『ヒュドリアス』は、
スラオシャ大陸北西部にかけて広がる最も険しい山脈、ガレガリデにある。
なぜ彼らが山を根城にしているのか。
ドラゴン族として言うのならば『先祖代々からの土地だから』であり、
人間族側からは『白銀時代、人間族が領土を広げた煽りを受けてだろう』である。
北方山脈のドワーフ族や、大森林のエルフ族、
南方砂漠のゴブリン族なども、似たような理由だ。
さらにドラゴン族は生まれた時から翼を持っており、山間での移動が苦にはならないこと。
そして彼らが人間族のような『食事』を必要としないことが大きかった。
山道の道案内は、廉造が引き受けた。
といっても、攻め込んでくるときは竜化ドラゴン族の背に乗ってきたのだ。
彼の知識も、それなりにあやふやだったりする。
「ま、登ってりゃそのうち着くだろ」
「その考え方はちっとワイルドすぎるな……」
イサギは頭をかく。
歩けば着くだろう、という考え方は間違っていない。
イサギと廉造のみならば、だが。
慶喜とロリシアは完全にへばっていた。
歩いては休み、歩いては休みの繰り返しだ。
ワイバーンゲートを出発して、すでに二日が経過していた。
思ったように距離を稼げていないのが現状だ。
「ひ、ひぃ……こんなに、山登りが、つらい、とは……」
「……はぁ……はぁ……」
木に寄りかかってふたりを待ちながら、イサギは廉造に尋ねる。
「で、あとどれくらいなんだ?」
「王城まではまだまだだぜ。
なんたって難攻不落の天然の要塞だ。
山をいくつ越えるか、数えるのもめんどくせェ」
「慶喜に教えたら、今すぐ砦に引き返しちまいそうだな……」
「しかし、あのロリシアってのは根性があンな。
魔王城で見ていたときは、なんとも思わなかったが」
「まあ、そうだな。
努力家だし、良い子だと思うよ」
「……」
廉造は懐かしいものを見つめるように目を細めた。
それから静かに口を開く。
「……元の世界を離れて、もう一年以上になるンだな」
「そう、だな」
「……よく見ると、あの娘もちっと愛弓に似てンな……」
「おいおい待て待て」
慌てて口出す。
「廉造しっかりしろ。
似ているのはキャスチだろ。
ロリシアは全然違うだろうが」
「いや、こうして見るとな、目元の辺りが若干な……」
「お前ヤバいだろ。
年下の女の子みんな妹さんに見えてきてんじゃねーのか」
「……ンなわけねェだろ」
目を逸らされた。
大変だ。病状が進行しているぞこの男。
「ンじゃ、待っている間、
昨日の話の続きでもすっか」
「ああ、俺の旅の話か」
「神化病、な」
イサギは廉造にこれまでにあったことを包み隠さず伝えていた。
自分が元々、勇者であったこと。
スラオシャ大陸を旅して、愁と再会したこと。
かつての仲間、バリーズドとともに、
英雄王カリブルヌスを打ち倒したこと。
そして、セルデルによって創り出されたリヴァイブストーンについて。
廉造はそれなりに驚いていたが、
イサギの実力も含めて、最後には納得したようだ。
「オレも相当波乱があったと思ったけどな、
テメェには負けるな、イサ」
「戦っているうちに、あれよあれよという間に巻き込まれて、さ。
参っちまうよな。好きでやっているわけじゃねえのに」
「……ンだな」
ため息をつき合う。
話題はかつて魔王城で苦楽をともにした、もうひとりの魔王候補へと移った。
「しかし愁のやつがな。
今では冒険者ギルドで働いてやがンのか。
……世界の破滅を止めるために、ねえ」
「とにかくすごいもんだったよ。
城よりも巨大化した男が誕生しちまってさ。
愁の情報と協力がなければ、倒せなかっただろうな」
廉造は唾を吐く。
「ケッ……気に食わねェな。
あいつはオレに騙し討ちをしやがったンだ。
ただじゃ済まさねェぞ」
「一発なら殴られてやるってよ」
「ほォ」
廉造は獰猛な笑みを浮かべた。
「一発か……
一発ありゃァ十分だぜ」
掲げた拳に闘気がみなぎってゆく。
彼の体を覆う刺青が赤く輝き出した。
イサギは友の身を案じ、忠告する。
「……あのな、廉造。
愁はあんまり闘気の技術が高くないぞ」
「そいつァ好都合だな」
「殺すなよ!?」
思わず本格的に確認してしまった。
廉造は「カハハ」と笑うだけだ。
「ま、気に入ったら参加してやンよ。
その、暗殺部隊っつーのにな。
オレの究極目標は極大魔晶だ。
ドラゴン族に命を救われた恩義はあるが、そこだけは譲れねェ。
オレがテメェらに協力するかどうかは、そっからだ」
「……そう、か」
愁と廉造が手を組めば、さらに大きなことができるだろう。
イサギはそう信じていたが、どうしてだろうか、かすかな不安もあった。
あのふたりが仲良く肩を組んでいる姿が、どうしても想像できない。
殺し合っているほうがとてもお似合いだと思ってしまう。
慶喜とロリシアを待ち、ふたりが追いついてくれば歩き出し、
だがすぐにふたりを引き放してしまい立ち止まる。
それの繰り返しであった。
「砦や村の一個でも見つかりゃ、
上に連絡してもらえるンだけどな。
魔術でもぶっ放すか?」
「信号弾みたいな取り決めはないのかよ」
「聞いたことねェな」
顎を撫でる廉造。
だが、悪くはない手段だとイサギは思った。
「それでいくか、廉造。
斥侯を呼び寄せて、連れていってもらおうぜ」
「ンだな。ここらへんは誰の領地だったっけな」
廉造は腕を突き上げて魔術のコードを編む。
直進、回転、光と音を巻き散らし、威力は無、出力は相当に。
あまり得意ではなかったはずの精密作業も、
廉造は人並み以上にこなせるようになったようだ。
「んじゃ行くぜ」
「ああ、頼む」
「ゴォ!」
彼はその魔術を、打ち上げた。
魔術は辺り一面を真っ赤に染め、炸裂音を響かせる。
これなら少なくとも、山の向こうにまで届いただろう。
あまりの音に驚いた慶喜が後ろでひっくり返っていたのが見えた。
そういえば、彼らにはなにも告げていなかった。まあいいか。
「さ、あとはなんとか、
こっちを見つけだしてくれりゃあいいンだけどな」
「そうだな」
イサギと廉造はうなずき合う。
その時は遠くはなかった。
四人の前に現れたのは、竜騎兵の一団だった。
鎧をまとった黒竜に乗る男は、目に傷のある武将だった。
背中まで伸びるたてがみじみた髪に、巨大な角。
名のある将だ。イサギは直感した。
彼は魔力を発する槍をこちらに突きつけながら、獣のうなり声のような声を発する。
「レンゾウ……てめえさん、生きてやがったのか」
「よォ、オッサン。帰ってきたぜ」
周りの兵たちは廉造を見て歓声をあげた。
ただ先頭の黒竜に乗る男だけが面白くなさそうな顔をしている。
「しぶといガキだぜよ……
部下が無事に戻ってこなかったら、
てめえをここで晒し首にしてやっていたところだぜ」
「そいつは良いがな、オッサン。
客人だ。オヤジのとこまで連れてってくれ」
廉造がイサギたちを親指で指す。
黒竜の将は片目でぎょろりとこちらを見下ろしてきた。
「あぁ……? ニンゲン……だけじゃねえみたいだな。
なんだなんだレンゾウ、さすがだな。
媚びを売るのだけは得意じゃねえか。
今度はどいつの犬に成り下がりやがったァ?」
「オレは誰の犬でもねえよ。
兄貴に尻尾を振るしか脳のないオッサンは黙ってろ。
口が油くせェんだよ」
「てんめえ……!」
将の目の色が変わった。鱗に包まれた腕の筋肉が盛り上がる。
口の端から火を噴く彼を、副将たちが慌てて止めた。
「お、お待ちください、ベヒムサリデさま!
まずは彼の生存報告を国王に……」
「そ、そうです……ここは一度、城に戻りましょう!」
「……」
部下たちの前だ。
猛禽類のような目をした将――ベヒムサリデは、竜を駆る。
そして何も言わずにただひとり、城へと戻ってゆく。
廉造は頭をかく。
「……ったく、めんどくせェやつだな」
「失礼しました、レンゾウさま。
ベヒムサリデさまも悪気があってのことではないのです」
「どうでもいいさ。それよりこいつらだ。
王城に運んでくれ。オヤジの客人さ」
「……了解しました」
斥候部隊のうちの何人かが竜化し、いくつかの鞍を空けてゆく。
イサギは廉造に小声で問いかける。
「廉造、今のは」
「ベヒムサリデか?
まァ、オレは人間で魔族について戦っていたからな。
気に食わねェやつはいくらでもいらァ」
「そう、か」
廉造は副将の乗っていた竜の上に飛び乗った。
「ほれ、イサ、慶喜、それと嬢ちゃん。
一気に行くぞ。しっかり捕まってな」
「竜の背に乗るのは久しぶりだ。懐かしいな」
イサギも廉造と同じように。
慶喜とロリシアは、さすがにこわごわと竜をまたいだ。
「目的地は王城ラデオリだ!
飛べェ!」
廉造の号令とともに、ドラゴン族は飛び立った。
◆◆
あっという間に地上の景色が遠ざかる。
飛竜の鞍はお世辞にも座り心地が良いとは言えなかったが、
なんらかの魔力が働いているのか、風の衝撃はほぼ感じなかった。
実に立派な翼をゆっくりと動かし、彼らは滑空するように高度をあげてゆく。不思議な心地だった。
なにもかもを置き去りにしながら、山を越えてゆく。
イサギには不思議だった。これほどの雄大な景色を手に入れていながら、なぜドラゴン族は誰かと争おうとするのか。
遙か彼方には水平線が見えた。
その向こうには、かすんだ暗黒大陸らしき影も、だ。
手綱を握るイサギは、思い返す。
「……」
もう一年以上も前だ。
イサギはスラオシャルドの背に乗って、暗黒大陸に上陸したのだ。
彼の背には、バリーズドと、セルデル、
そして――
「……」
もうひとり、いた。
金色の髪の少女が、確かにいたはずだ。
『ねえ、イサギ!
わたし今、すごく気分が良いわ!
次に生まれ変わるとしたら、鳥になりたい!』
はしゃぎ、喜び、無邪気にそんなことを口走り。
戦いに疲れていた彼女が久しぶりに見せていた笑顔がまぶたの裏に咲く。
イサギはなんと言っただろうか。
茶化したような気がする。
『鳥になりたいだなんて、乙女なことを言いやがって』だとか。
すると彼女は『ちょっとらしくなかったかな!』と笑ったのだ。
これは幻だろうか。
抱きつかれていた感触もしっかり覚えていたはずなのに。
「……」
イサギは振り向く。
そこには、当然、誰もいない――。
いや、悲鳴が聞こえた。
ふたり乗りをしている慶喜とロリシアだ。
ロリシアに捕まっている慶喜がキャーキャーと騒いでいるのだ。
そのせいか竜化ドラゴンがフラフラと左右に揺れている。
ロリシアの表情もさすがに青くなっていた。
イサギは現実に引き戻されたような心地でつぶやく。
「……なにやってんだよ、あいつら」
苦笑した。
本人たちはたまったものではないだろうが、
ハタから見ていると、とても楽しそうだ。
「……ばかじゃねえか」
小さくつぶやく。
これからどんなことが待ち受けているかもわからないのに。
休みながら二日間かけて、
一同はドラゴン族の王都ラデオリへと到着する。
◆◆
王城ラデオリは山脈の中腹にある。
切り立った崖のような場所に立てられた城は、
飛翔能力を持つドラゴン族でもなければまともに生活することはできないだろう。
この立地が、英雄王カリブルヌスがドラゴン族を滅ぼすことのできなかった要因のひとつだ。
竜の発着場に降り立つ一同。
空旅は下半身で体を支える必要があるため、ずいぶんと腰に負担がかかる。
慶喜はイサギの聖杖を借りて、まるで老人のように腰を折っていた。
「うー……部屋についたらロリシアちゃんに揉んでもらわなきゃ……」
「しょうがないですねえ……」
ロリシアは呆れ気味だ。
すでに先導した竜が帰還の報をしていたのだろう。
出迎えはふたりのドラゴン族だった。
「レンゾー兄ちゃん!」
「お兄ー!」
飛びついてきたのは可愛らしい少女たち。
すっぽりと体を覆う揃いのローブに身を包む、赤い髪の娘だ。
廉造は彼らを両手に受け止めて、わずかに相好を崩す。
「おう、チビども、元気にしてたかよ」
美少女たちは廉造の腹や背中に顔をこすりつけながら、、あどけない笑顔を見せた。
「兄ちゃんこそ、人間にボッコボコにされたって聞いたから心配していたんだぜー!」
「お兄、口だけ達者で肝心なときによわよわですぅー」
「良い度胸じゃねえかテメェら……」
「あ、いたいいたい!」
「頭いたいいたいやめるですぅー!」
ギリギリギリと彼女たちの頭を掴み、少しずつ持ち上げてゆく廉造。
少女たちは廉造の手に爪を立ててもがいていた。
そんな感動の再会シーンを見ていたイサギは、引いていた。
というかドン引きだった。
隣の慶喜にささやきかける。
「おい、やべぇよ、やべぇよ慶喜。
廉造が年下の女の子のドラゴン族に、
『お兄ちゃん』って呼ばせているよ……
どうすんだよおい、これ……」
「廉造先輩、マジぱねぇっす……
すげぇっす、色欲の化身っす……!」
「テメェらもうるせェ!!」
ドスの利いた声で思いっきり怒鳴られる。
だが、そんなことぐらいで止まるふたりではない。
イサギと慶喜は廉造を尻目に。
「なあ慶喜……やっぱりアレか、これはアレか。
もういよいよもって廉造兄ちゃんはやばいってことか」
「かなり危ない状態に入っちゃってますね……
たぶんそのうち、女子が全員、妹さんに見えてきちゃいますよ」
「……それ、あったわ。
すげー最近のことだわ」
「……マジっすか。
ならもう、手遅れかもしれねえっす。
妹ランド廉造ハーレムパーク開園のお知らせ届くかもしれないっす……」
「どうにかして潰すことはできないのか」
「ぼくとイサ先輩の力を結集すれば、あるいは……!」
「よし、ならば……」
今度はイサギと慶喜の頭が掴まれた。
「よしじゃねえええええええ!」
渾身の力で怒鳴られた。
廉造の目が爛々と赤く光っている。冗談ではないようだ。
無理矢理振りほどくと、廉造は顔を近づけてきた。
「いいじゃねェかイサ、今度は剣で勝負をつけるか」
「ははは、冗談じゃないか廉造。冗談冗談」
「え、えと……!
が、がんばってくださいっす!」
「なに逃げ出そうとしてンだよヨシ公テメェ……
テメェも道連れに決まってンだろうがよ……!」
そんな諍いを横に。
ロリシアはぺこりと頭を下げて、挨拶をしていた。
「初めまして。
わたしたちは魔族国連邦からやってきました。
よろしければ、竜王にお取り次ぎお願いします」
「魔族の……?」
「女の子ですぅ……?」
少女たちは顔を見合わせていた。
捕らえられた廉造がすぐに帰ってきたと思えば、
彼は魔族国連邦の新たなる魔王を連れてきた。
さらに廉造を倒した冒険者ギルドの使者も一緒だ。
これで不審に思わないものはいないだろう。
それでも竜王は、すぐに謁見の機会を設けてくれた。
とりあえず話は聞いてやろう、ということだ。
もちろん武器は取り上げられて、
その場には多くのドラゴン族の勇士たちが勢ぞろいしていたのだが。
玉座の間に座るのは、竜王バハムルギュス。
ドラゴン族を従える古き王であり、
百年の間、王座に君臨している生ける伝説だ。
「して、何用か」
伸ばした黒髪を背中で束ねている男である。
見た目はブルムーン国王よりも若いのだが、
それはドラゴン族の加齢が壮年になる前に停止するためだった。
ちなみに彼もまた冒険者ギルドによって討伐対象とされており、
その難易度はS+。世界最高ランクである。
肘掛けに頬杖をついているだけだというのに、凄まじい重圧だ。
とっくに現役を退いたものだと思っていたが、まるで老いを感じさせない風格だ。
四人は竜王バハムルギュスの前に引き出された。
慶喜などは完全に萎縮してしまっている。
慶喜が役立たず状態になっていることを察し、
やはりロリシアが前に歩み出た。
「このたびは、和睦の使者としてやって参りました」
「ほう」
バハムルギュスは目を細める。
「魔族は暗黒大陸から人狭間を駆逐したと聞いたわ。
共に手を組み、奴らを滅ぼそうと言うのであるか」
「……ち、違います」
書状を捧げながら、ロリシアは言い返す。
「わたしたちは人間族の方との……和睦の使者です。
どうか、ドラゴン族の方々に、戦争を止めていただきたいのです」
「ほう」
バハムルギュスの体からわずかに殺気が立ち上る。
ロリシアがびくっと震えた。
廉造とイサギがロリシアをかばうように前に出た。
「オヤジ、まずは話を聞いてやれ。
暗黒大陸からわざわざこんなところまで魔王が来たンだ。
そんな態度はねェだろ」
「こちらにも事情があるんだ、竜王。
自国民のことを思ってくれ」
竜王の隣には、山間で会ったあのベヒムサリデが立っていた。
彼はドラゴン族の双頭、地将軍であり、バハムルギュスの弟だという。
つまり、国のナンバー2であったのだ。
その男がバハムルギュスになにかを吹き込んでいた。
竜王はわずかに眉を動かす。
「……良かろう。続けるが良い」
しかし、睨まれたロリシアは、
まるで子供のように震えている。
様々な知識を勉強したとはいえ、竜王の前に立つのは簡単なことではない。
彼女のことを責めることはできない。
慶喜もまだ俯いている。
イサギが代わりに事情を話そうとすると、
やはりロリシアが袖を引いてきた。
「い、いえ、大丈夫です。
ありがとうございます、イサさま」
「……ああ」
気丈な娘だ。
彼女は深呼吸し、気持ちを落ち着かせてから続ける。
「……もはや、魔族は人間族と争う気はありません。
これ以上の戦いは無益です」
「無益と申すか」
「……は、はい。
そうです、戦えば両者の血が流れます!
それはどちらかの種族が滅亡するまで、永遠に終わりません。
そんなことは誰も望んでいないはずです!」
「く、ククク」
ロリシアの言葉を聞いて、
バハムルギュスは片手で顔を押さえながら、笑っていた。
彼女は呆気に取られる。
「え、な、なんですか……?」
「そうか、今の魔族は貴様たちのような輩か。
これでは話にならんな。
アンリマンユのような男はもう居らぬか」
つまらなそうにこちらを見つめて。
竜王は指先をこちらに――廉造に向けてくる。
「レンゾウ、新たに兵を再編せよ。
再び攻め込むぞ。今度は儂も出る」
「……まあ待てよ、オヤジ」
「語る事など、もはやありはせん。
我らとニンゲンはどちらかが滅びる宿命よ」
「そんな……」
ロリシアが絶句する。
まるで話が通じる気がしなかった。
竜王バハムルギュスは道理などでは動かない。
竜王バハムルギュスは魔帝戦争の亡霊であった。
彼は再び世界に動乱を巻き起こす気なのだ。
人間族を、魔族を、人々を巻き込んで。
なんということだ。
イサギの背筋に電流が走る。
こんな男を。
こんな男をこのままに野放しにしておいて良いものか?
「竜王バハムルギュス……」
夢遊病者のようにおぼつかない足取りで、イサギが少しずつ前に歩み出る。
その彼の肩を廉造が掴んで止めた。
握り潰すような痛みがイサギの正気を覚醒させる。
「待て、イサ。
なにをする気でいやがる」
「……え」
イサギは弾かれたように振り返る。
廉造と目が合った。
彼は小声で問いかけてくる。
「テメェ、この場にいるやつらを全員ブチ殺す気か?
ざけンなよ、ああ?」
「いや、俺は……」
廉造の気迫によって、我に返る。
一体自分はなにをしようとしていたのか。
廉造が止めなければ、竜王バハムルギュスを殴りつけていたか?
その結果、全てのドラゴン族を相手にして、
ひとつの種族を滅ぼすつもりだったのか?
――まるでカリブルヌスのように。
左目に痛みが走った。
遅れて、いつもの頭痛が襲いかかる。
違う。
自分はあの男とは違う。
そうだ。
この場を納めるための方法が、ある。
「……決闘だ」
竜王バハムルギュスはイサギの言葉にぴくりと眉を動かした。
かつてイサギはドラゴン族最強の男、スラオシャルドを味方につけるため、一対一で戦いを挑んだ。
ドラゴン族にとって決闘は、古代から伝わる絶対の掟だ。
盟約を結ぶのだ。
決して覆されることのない盟約を。
イサギはゆっくりと顔をあげて、バハムルギュスと視線を交わす。
「バハムルギュス、ならば決闘だ。
お前に決闘を申し込む」
広間が一気にざわめいた。
「アンリマンユのときと同じだろう?
勝った方が負けた側を従える。
こちらが勝てば、お前は魔族に従うんだ。
人間族との和平を結ぶという俺たちの条件を飲め」
「ほう」
バハムルギュスは口元をつり上げた。
「儂に挑むか。
そんなものはこの20年現れはしなかった。
面白いではないか」
「……そうだろう」
「よかろう」
彼は立ち上がる。
二メートルを越える長身から見下ろされて、イサギは息を呑む。
だがそれでも、イサギならば勝てる。
クラウソラスはないが、十分だ。
バハムルギュスは古い老王だ。全盛期ほどの力は残っていないだろう。
だが――
「魔王よ、全身全霊を賭けて、儂に立ち向かうが良い」
「……あ?」
イサギは眉をひそめた。
魔王、と竜王は言った。
バハムルギュスは当然のようにうなずく。
「これは竜王と魔王の戦いである。
儂自ら戦うのだ。
他のものが立ち入る隙などはない。
であろう?」
玉座の間が静まり返る。
……ということは。
イサギ、ロリシア、廉造の目がひとりに集まった。
彼は――魔王慶喜は、自分を指さしてつぶやく。
「……ぼく?」
大変なことになった。
廉造:妹ランド廉造ハーレムパーク園長。慶喜曰く、将来的に128人集まるらしい。
ロリシア:もうおしまいです。
慶喜:さようなら僕らの慶喜。
ベヒムサリデ:バハムルギュスの弟。名前が覚えにくい。