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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:1 少年はここでまた始まりを始め
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1-7 銀色の髪の乙女

 

 長話を終えて口火を切ったのは、意外にもヤンキーだった。


「話はわかったぜ。それでオレたちを呼び出したのかよ」


 イラはうなずく。


「そうだ。ドラゴン族やピリル族もいつかは立ち上がってくれると信じている。

 そのために我々が負けるわけにはいかない。

 しかし、もはや我々に戦力拡大の手段はなかった。

 だから、ここにいるシルベニアが、自らの命を削って召喚の儀式を行なってくれたんだ」


 イケメンが眉根を寄せて、困り顔をする。


「でも僕たち、普通の高校生ですからそんな、戦うなんていうことはできませんよ」

「こうこうせい……? いや、しかしそこは問題ない。だろう? シルベニア」


 背中を向いたままこくこくとうなずくシルベニア。


 なるほど。

 やはりここに呼び出された四人は、なんらかの素質を持っているということらしい。

 自分たちが望めば、ということか。

 

「で、帰れンのかよ」


 ヤンキーはイラを睨む。

 やはりそこだ。

 どうしてもヤンキーは元の世界に戻りたいようだ。


(まあそりゃ普通だけど……)


 イサギは元の世界を捨てた人間だ。

 もう現代日本に未練はない。


 それに、帰還魔法も恐らくは、ない。

 

 

「シルベニア、どうなんだ?」


 ウィッチの少女はこちらを肩越しに振り返る。

 じーっとヤンキーを見つめて。


「……」


 それから向きを変えて、俺を指さした。


(え?) 


 周囲の視線がイサギに集まる。


(戻るカギは、俺?)


 胸に手を当てる。

 まさか、正体に気づかれていたのだろうか。

 だとしたらイサギのこれまでの態度は、茶番もいいところだが。

 しかし、心当たりがない。


 ドキドキしながら待つが。

 どうやら違うようだ。


「あー……来てくれ、あなた」

「は、はい?」


 イラはバツが悪そうに頭を下げる。


「すまん。シルベニアの機嫌が悪くなってしまったようだ。こうなるとわたしの言うことも聞いてくれなくてな。

 だがあなたはどうやら許されたようだ。彼女をあやしてくれ」

「あ、あやす?」

 

 赤ん坊か?

 突然そんなことを言われても。


 辺りを見回す。

 ヤンキーが顎でシルベニアを指す。

 早くいけ、ということだろう。

 ううむ。

 愁には「いってらっしゃい」とにこやかに手を振られた。


(まあ、バレてなかったのならいいか……)


 先ほど「毒が入っている」と無駄に騙されたこともあり、あまり気が進まない。

 さらに彼女は自分たちを召喚した術師そのものだ。

 良い印象を抱け、と言われても無茶だろう。

 それでも席を立ち、シルベニアの元に向かう。


 近くで見ると、彼女はますます人間にしか見えなかった。

 耳も尖っていないし。

 そもそも『ウィッチ族』というのも聞いたことがない。

 帽子から覗く銀色の髪が、少し変わっているといえば変わっているが。

 それでも、見る角度によっては様々な色に輝いて、とても美しい。

 

 彼女のそばに立ち、じーっと眺めていると。

 手でパタパタとジェスチャーされた。

 屈め、ということらしい。

 言う通りにする。


 すると首に抱きつかれた。

 本日二度目である。


(うお)


 そんな状況ではないとわかっているが、ドキッとしてしまう。


(し、仕方ないよな。俺だって健康な男子なんだから……)


 デュテュに比べたら胸の感触はあまりないが。

 代わりに、首の後に回された手がすべすべで、つるつるだ。


 指でつつきたくなるようなデュテュのしっとりとした肌も魅力的だったが。

 だが、シルベニアの白い肌も、いつまでも触っていたくなってしまう。


 けれど。

 気づいた。


(……この子、ちょっと震えている?)


 ヤンキーに怒鳴られたから。

 ただそれだけのことで、

 万魔の支配者、『召喚魔法師』が震えている。


 本来ならありえないことだろうが。

 強さと、心の強さは違う。

 そうか。

 彼女を迷惑だとか思っていたイサギの負の感情が、急激にしぼんでゆく。

 我ながら単純だとは思う。

 だが、仕方ない。これが自分の性分だ。


 魔族は迫害をされていたのだ。

 その生き証人が、ここにいる。


 出来る限り、この子にも優しくしてあげよう。

 イサギはそんなことを思った。

 

 シルベニアはイサギの耳元に唇を近づけて。

 ぼそぼそと語る。


(……撫でるの……)

(え?)

(……早くあたしの頭撫でるの……)


 その青い瞳は、じーっとイサギを見つめている。

 彼女だけではない。

 そばに立つイラや、魔王候補たち、みんなが自分たちのことを注目している。

 さすがに恥ずかしいのだが。


 イサギが逡巡していると、

 ウィッチは、うーうー、と小さく唸りだした。

 今にも癇癪を起こしそうだ。


 これはよくない。

 経験上知っている。

 女性の言うことにはなんでもハイハイと従っておいたほうがいい。

 一時は己のプライドが傷つくが、後々思い返せば確実にそっちのほうが良い結果になるのだ。

 ……冒険の中、プレハとの旅で学んだことだった。


 言う通りにしよう。


「……はいはい、シルベニア」

「ん」


 帽子を軽く持ち上げて、よしよしと撫でる。

 すると彼女は、小さく喉を鳴らした。

 どうやらお気に召したようだ。


 その長い銀色の髪は、シルクのように滑らかだ。

 現代日本なら、今すぐにでもシャンプーのCMに出られるだろう。

 気持ちいい。


 許されるならいつまでも撫でていたい感触だ。

 角度を変えながら、一心不乱に撫で回す。

 衆人環視のこの状況だと、居心地の悪さのほうが優っていたが。

 

 それでもしばらく続けていると、彼女の機嫌は多少マシになったようだ。

 だがシルベニアはまだ頬を膨らませている。


「……褒めるの……」

「なにを」

「……なんでもいいから、あたしのことを褒めるの……」


 もう無茶苦茶だ。


「……そういうの、愁のほうが向いてそうなんだけど」


 彼女にだけ聞こえるようにつぶやく。

 しかしシルベニアは小さく首を振る。


「……ヤダの。にやにやして。ニンゲンの貴族と同じ顔しているの」


 なるほど。

 シルベニアは人間の貴族に、特に苦手意識を持っているようだ。

 愁の髪は地毛なのだろうが、明るい茶色をしている。

 この世界では、明るい髪――特に金髪――は貴族の証のひとつだ。


(ああ、だからヤンキーに怒鳴られたときも、あんなに、か?)


 ヤンキーにいたっては、安い染髪料で染め上げたようなゴールドカラーだ。

 その彼に凄まれたのは、シルベニアにとってよっぽど不快なことだったろう。


「だから俺、か」


 なんとなく腑に落ちた。

 もしかしたらデュテュもそうだったのかもしれない。

 イラも金髪のため、シルベニアは彼女のことも嫌いなのだろうか。

 少し考えていると、まるで催促されるように、ぺちぺちと胸を叩かれた。


「……早く早く……」

「はいはい」


 いいさ、破れかぶれだ。

 仕方ない。

 でも、なんて言おうか。

 女性を褒めた経験など、ほとんどない。


(近所の女の子を褒めるみたいな感じでいいのかな……)


 怒られたりはしないだろうか。

 自分をなんと心得る、と。


 いいや、そんなのは知ったことか。

 素直な気持ちを、囁こう。


「……シルベニアは、偉いな」

「……っ」


 イサギの腕の中で、シルベニアは身を固くした。

 けれど、イサギは気づかない。


「……そんなにちっちゃいのに、魔族のことを一生懸命考えて、戦って、偉いよ」

「……」

「きっとたくさん努力もしたんだろうな。怖いこともたくさんあっただろうに。本当にすごいな、シルベニアは」

「……」

「誰にだってできることじゃない。よくやっているよ、シルベニアは。普通の女の子として生きることだって、できたかもしれないのに、な」

 

 途中から、一体自分が誰に話しかけているか、わからなくなってしまいそうだ。

 シルベニアの雰囲気は、どことなくプレハに似ているのだ。

 あるいはそれは、同じ召喚魔法師だからかもしれない。


「がんばっているよ、シルベニアは」


 いつの間にかイサギが彼女を抱きしめているような形になっていた。

 ぺちぺちぺち、と背中を叩かれる。


「……ん?」


 と、離すと。

 正面にあるシルベニアの顔が、わずかに赤くなっていた。

 口元がぷるぷると震えている。


「あ、もういいのか?」

「………………」


 じーっと睨まれて。

 なんだろうか。

 なにか余計なことをしてしまっただろうか。


 彼女が力なく視線を落とす。

 その小さな唇が微かに動いた。


「………………パパ、ママ……」


 両親を呼ぶ少女。

 思わず、聞き返してしまう。


「え?」

「……べつに、なんでもないの」

 

 イサギの疑問をシルベニアは拒絶した。


 なにか、辛いことを思い出させてしまったのだろうか。

 これ以上口出しするのは、迷惑かもしれない。


「……なんか悪いな」


 最後にもう一度頭を撫でる。


「……!」


 するとやはり体をビクッと震わせられた。


 ああ、これはダメだ。

 やはり自分も嫌われてしまったようだ。

 仕方ない。

 とぼとぼと歩き出す。

 

「イサくん、おつかれさま」


 席に戻ると愁が苦笑いを浮かべて迎えてくれた。


「うん、まあ」


 頬をかく。うまくいかなかったようだ。

 やはり女性の扱いには慣れない。

 

 

 シルベニアはしばらくイサギを睨んでいたが。

 まるで緊張をほぐす用に、大きく息をはいた。

 それから何度か顔をごしごしとこすって、とりあえず、外面を取り繕ったようだ。


 決定的な一言を告げる。


「……端的に言うと、戻れる方法は、あるの」


「なん――」


 怒鳴ろうとしたヤンキーの口を、イサギが塞いでいた。

 愁が横に立ってヤンキーを宥めている。

 このままじゃ話が進まないと思ったふたりの連携プレイだ。


「え、えっと、それはどうするのかな?」


 愁は慌てて問う。

 シルベニアは小さくうなずきながら。


「王国の魔法陣『クリムゾン』を使えば、恐らく帰還することはできるの。あれはかつて黄金時代、神族が新たなる世界に転移するために用いた召喚陣だと言われているから」

「なんだって」


 声を上げたのはイサギ。

 初耳だ。

 あれは帰還までできるものだったのか。


 シルベニアは無表情。


「この事実を知っているものは少ないの。特にニンゲンはもう知らない。帰還なんて魔法陣の機能に必要ないから。知っているのは魔族だけ。っていうか多分あたしの家系だけなの」


 合点がいった。

 そういう意味ではイサギの想像は、当たっていたのだ。

 

 人間族が知らなかったのは、ある意味不幸中の幸いだ。

 そんなに気軽に時空転移ができていたとしたら、今頃この世界の歴史はひどいことになっているだろう。

 片道だけのタイムスリッパーが古代に戻って、歴史を改変することが自在にできてしまう。

 もっとも、様々な制限があったり、そう簡単にはいかないものかもしれないが。


「じゃあ、帰ることができるってこと?」


 猛獣の動向に注意を払いながら、愁。

 猛獣とはもちろんヤンキーのことだ。


 シルベニアはうなずく。


「いかにもなの。ただし、そのためには王都まであたしが付いて行かないといけない。それと必要な物がある」


 当たり前だが、人間族のテリトリーの中でも王都の守りは最硬だ。

 スラオシャ大陸の東部。

 パラベリウ国の首都、ダイナスシティ。


 そこに魔族を運び、王都の地下に眠る魔法陣を奪取し、起動。

 帰還の儀を行なう。


 その難易度は果てしないだろう。

 

(……俺が勇者を名乗ったとして、とても召喚陣は使わせてもらえないよな)

 

 そんなことをするメリットは人間族にはない。

 知り合いに頼んで、20年前に戻りたいと言ったところで無駄だろう。

 むしろイサギを何としてでもこの世界に留めたいはずだ。

 うぬぼれではないが、イサギの戦力は手放したくないに違いない。


(結局そのときになったら、実力行使になっちまうのかな……)

 

 それは考えるだけで憂鬱になってしまいそうだ。

 憂慮するイサギに代わって、愁が尋ねた。


「その必要なものって、なに?」


「極大魔晶」


 シルベニアは端的に回答する。

 イラが付言した。


「膨大な魔力の塊だ。生物の死骸から漏れ出た魔力が大地に染み込み、地の底で硬質化したものが魔晶。

 それらが長い年月をかけて巨大化したものが極大魔晶だ」


 英雄の時代の戦い。青銅の時代。

 様々な伝承には常に極大魔晶の名がつきまとう。

 神器と呼ばれる剣ティルファングも、極大魔晶の一種だと呼ばれている。

 それらは、砕け散ることによって様々な奇跡を引き起こしてきた。


「魔晶の発生した土地には迷宮が生まれる。

 その仕組みはわかっていないが、深ければ深いほど巨大な魔晶が眠っているのだ。

 極大魔晶ともなると、その深さは計り知れないだろう。

 だが、もっとも……」


 イラが口ごもる。

 その先の言葉を、イサギは知っている。


(もっとも……

 この世界アルバリススにはもう、存在していないと言われている……だろ)


 極大魔晶は強大な力を持つがゆえ、掘り尽くされてしまった。

 

「……人間族が勇者イサギを呼び出した召喚の儀式で使用されたものが、歴史に残っている最後の極大魔晶なのだ」

 

 つまり。


 それは宣告だった。

 元の世界に戻る手段はないのだ、と。

 

(……ああ、そうか……)

 

 ほんの少しだけ浮かんだ淡い希望が、再び底なし沼に沈んでゆく。

 戻れない。やはりもう、戻れない。


 だが。


 絶望的な空気が重くのしかかるよりも早く。


 シルベニアが告げた。

 

 

「だったら作ればいいの。人工極大魔晶を」

 

 

 帽子と髪の間から覗くその瞳は、まるで暗く深い穴のような闇の色をしていた。

  

 

イラ:金髪。ガミガミうるさい。

シルベニア:貴族が怖い。ナデポ(?)。

 

極大魔晶:すごく大きな魔晶。魔力の塊。様々な奇跡を起こす。

人工極大魔晶:???

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