表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:7 喜びも悲しみも分かち合いながら
78/176

7-6 WORST

 

  

 奇妙なことになった。

 竜化ドラゴン族たちは上空に待機し、こちらを伺っている。

 

 騎士団もまた、少し離れた位置に待機し、成り行きを見守っていた。

 今ごろはブルムーン国王にロリシアたちが事情を説明しているだろう。

 うまく話してくれているといいが。

 

 

 廉造は仲間たちに怒鳴る。

 

「テメェら!

 ここにいる男は人間族最強の化けモンだ!

 オレは今からコイツとタイマンをする!

 このオレが負けたら、テメェらは撤退しろ! 勝ち目はねえ!

 だがな、オレが勝ったらこのままブルムーン王国を攻め滅ぼすぞオラァ!」

 

 その檄に、ドラゴンたちが沸き立つ。


 イサギが勝てばドラゴン族は将を残して撤退。

 廉造が勝てば、ドラゴン族は戦闘を続行。

 まさしく両軍を代表した一騎打ちである。


 彼らは廉造――と、その戦闘力――を、よほど信頼しているようだ。

 この短い間にどうやって気難しいあの種族の心を掴んだのかはわからないが。

 いや、廉造ならばそれも不思議ではないか、と思う。

 ドラゴン族は強い者を好む。それがあの一族の唯一の掟と言っても過言ではない。


 イサギ、廉造ともに素手だが、これは挑まれたイサギが加えた条件だった。

 自分たちが晶剣を用いて戦えば、どちらかが死ぬ定めは避けられない。

 そう思ってのことだった。

 

 ふたりは少し離れて向かい合う。

 本当はイサギは、再会の握手でも交わしたいところだったが。

 きっと廉造としては、ドラゴン族の将が冒険者ギルドのエージェントと仲良くしている様を見せるわけにはいかないのだろう。

 

 彼は恐らく、ドルフィンに襲撃された後、ドラゴン族に拾われたのだろう。

 だから、その恩義に報いるために戦っているのだとイサギは察した。

 

 その代わりに、小声で話しかける。

 

「……しかし、相変わらずだな、お前は」

「ああ?」

「どこにいても、派手で目立ってやがるよ」

「そういうテメェは、ちっと暗くなったンじゃねェか?

 どうせまた、くだらねえことに巻き込まれてンだろ」

「……まあな」

 

 変わらないその話しぶりに、思わず苦笑がこぼれた。

 口元を手のひらで押さえて、気を引き締め直す。

 

「これもそのひとつだけどな。

 事情は後で話すが、

 お前がこういった場を作ってくれたのは、とても助かる。

 どうにかしてドラゴン族を撤退させられないかと思っていたんだ」

「余裕じゃねェか、テメェ」

 

 侮られたと感じた廉造は、声を荒げた。

 そのギラギラした眼差しがイサギの両眼を射抜く。

 

「わかってンのか?

 テメェをぶちのめしたって構わねェンだぜ、オレは」

「悪いが、その可能性は考えていなかったさ。

 手加減をするつもりもないからな、廉造」

「当たりめェだ。全力で来い。

 これはオレとテメェだけの勝負じゃねえ。

 人間族とドラゴン族、そして魔族の戦いだ」

「わかっている」

  

 お互いに恨みはない。

 けれど、戦う理由がある。

 

 殺し合うわけでないのなら、それだけで十分だった。


「あの頃のオレだと思うンじゃねえぞ」

「ああ、見ればわかるさ」

 

 廉造は上着を脱いだ。

 彼の上半身とそこに刻まれた刺青が露わとなる。


 いまだ成長期にある17才の肉体は、筋骨隆々というわけではないけれど。

 けれども、そこに一切の無駄がないことが容易に見て取れるだろう。

 度重なる戦いによって研磨された剣のような筋肉だ。

 すなわち、イサギと同じ種のものである。

 

 廉造は大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐き出した。


「行くぜ、イサ」

 

 その瞬間、禁術――封術の文様が赤く輝く。

 凄まじい魔力が溢れ、辺りがわずかに鳴動した。

 

 イサギは両手を打ちつけ、彼を迎え撃つ。

 

「来い、廉造」

 

 

 

 先に仕掛けたのは、やはり廉造。

 開始の合図もなく、真っ先に駆け出す。


 間合いはほぼ同等。

 リーチは廉造のほうがわずかに長いが、

 どちらにせよ相手を沈める気ならば、懐に飛び込む以外はない。


「うらァ!」

 

 鋭いボディブローがイサギを襲う。

 岩をも砕くような一撃を軽いステップで避けて、イサギは彼の軸足を払う。

 転ばせて踏み抜く。あるいは蹴り抜く。イサギの対人戦のセオリーはシンプルだ。


 だが、狙いは外れた。廉造は跳んでいる。早くもイサギを仕留める気だ。

 体重を乗せた渾身のソバット。赤い魔力の残像を描くその蹴りはさらに早い。

 イサギは廉造の死角に入り込むように斜め前に転がって避ける。

 空振りした蹴撃の着地も待たず、廉造は向きを変えイサギを捉えた。人間の動きではない。

 

「砕けろ!」

「ぐっ」

 

 オーバースローのように叩きつけられる拳を、イサギは上体の動きだけで避ける。拳の風圧で外套が裂けた。

 しかし距離を取らず踏みとどまったかいはあった。

 廉造は防御の態勢が間に合っていない――というよりも、彼はまるで守る気がないように見えた。


 所詮は戦に関しては素人止まりか。ならば食らうがいい。

 イサギはその腹に竜をも仕留めた瞬速の突き蹴りを見舞う。

 以前までの廉造ならば十分すぎるほどに事足りた一撃だったはずなのに。イサギは顔を歪めていた。

 足の先が痺れている。まるで魔法陣障壁をぶっ叩いたような感触だ。

 

「マジかよ、おまえ……!」

「ヌルいぜ、イサ!」 

 

 このレベルの打撃でも、廉造の闘気のガードは破れないのか。

 驚愕が胸中に広がる。

 

 元々、天才的な素質を持っていたのに、一年間で彼の防御力は更に向上しているようだ。

 だから彼は全神経をオフェンスだけに費やしているのだと気づく。

 気づいたときには、無防備な足を取られていた。

 倒す気で放った蹴りが掴まれるのは、イサギにとっても初めての経験である。

 

「この程度じゃねえだろ? なあ!」 

 

 そのまま引きずり倒された。マウントポジションを取られる。

 あれほどの魂の内圧ならば、廉造の素手の攻撃力はきっとイサギを上回るだろう。

 魔力の絶対量の差は、同じ闘気の使い手であってもこれほどまでに影響するものかとイサギは思う。


 廉造は拳を振り上げる。叩きつけられるその瞬間を待ってやる義理はない。

 イサギは全身のバネを躍動させ、無理矢理体を捻った。

 バリーズド直伝、マウント返しだ。

 戦聖はこれを背筋力と技術で行なった。イサギは代わりに柔軟性と魔力を用いる。

 恐らく廉造は何をされたかもわからないだろう。ふたりのポジションは一瞬にして入れ替わった。


 イサギが上、廉造が下だ。

   

「すぐに沈めちまったら、

 お前のメンツが立たねえってもんだろ!?」

「ほざけ!」

 

 廉造の目が赤く輝く。

 イサギは肘で彼の額を貫くように打つ。手応えは十分にあった。

 頭蓋を突き抜けて衝撃は脳にまで及んだはずだ。はずだが。

 昏倒するどころか、廉造は身を起こしながら衝き上げるようにイサギの顎に頭突きを見舞ってきた。

 デタラメだ。なんて防御力だ。イサギの目が眩む。

 それはわずか一瞬の出来事だったが。

 

「どうしたどうした!」

 

 廉造に首を捕まれて、イサギはそのまま高々と持ち上げられた。

 手加減をする気などハナからないようだ。

 闘気に守られた頚椎をへし折るような腕力である。

 廉造の指はまるで牙のようにイサギの皮膚に食い込んでゆく。

 

「イサ、テメェザコばかり相手にして、

 ナマっちまったンじゃねェのか!?」

「廉造……」

「オレには力が足りなかった!

 だから負けたンだよ!

 この世界で願いを叶えるために必要なものは、力だ!

 オレは昨日のオレよりもずっとつええ!

 この力でオレは極大魔晶を手に入れてやンよ!」

 

 イサギを掴む廉造の右腕から赤い煙が立ち上る。

 封術の魔法陣を通して注ぎ込まれる魔力が、内圧の限界値を超えて漏れ出しているのだ。

 廉造は叩きつけるように怒鳴る。


「オレの手下どもは死んだ……!

 クソ野郎に裏切られて、な……!

 決めたンだよ、オレァもう我慢なんざしねェってな。

 イサ! テメェが死んだらオレは好きなようにやるぜ!

 ニンゲンを殺し、その死体を集めて魔晶を作り出す!

 オレの邪魔をするようなヤツァ、どこにもいなくなる!

 そいつが許せねェっつーなら……!」

  

 

 ――しかし。


「く、くくく」

「……あァ?」

  

 イサギは笑っていたのだ。

 廉造に首を捕まれながら。

 

「構わねえよ、廉造。

 おまえが八つ当たりしたいっつーなら、 

 いつだってどこだって相手になってやるさ。

 鬱憤が溜まってんだろ? 付き合ってやるよ。

 だがな、虐殺だ?

 つまんねえこと言うなよな。廉造」

「ンだァ……?」

「それじゃあ一緒だろうがよ、

 くだらねえやつらとさ。

 お前が一番見下しているやつだろうがよ。

 拳を交えりゃわかるっての。

 ンなモンを、お前が望んでいないってことぐらいはな。

 どこにプライドを捨ててきた? ああ?」

「うッせェ!」

「なあ廉造、俺は嬉しいんだ。

 お前が強くなっていてくれて。

 ありがとうよ、廉造」

「なァに言ってやがンだ!」

 

 廉造はついに両手でイサギの首を絞め上げた。

 食道も気管も潰され、骨が軋む音が聞こえてきてもおかしくないというのに。

 それでもイサギは、不敵に笑っているのだ。

 

「俺がこれまで戦ってきたやつらの中でも、お前はトップクラスに近づきつつある。

 さすがは封術だと言いたいところだが、愁や慶喜すらも突き放している。

 それは廉造自身の才覚なんだろうな」

「効いてねェのか、テメェ……!」

 

 廉造の目の色が陰る。

 イサギという男の底が知れない。


 絞首刑のように吊り上げられた少年は両手を広げ、

 戯曲の登場人物じみた不気味な笑みを見せた。

 

「ああ、良かった、本当に良かった。

 俺は失うだけではなく、新たに手に入れることもできるんだ。

 お前に教えられて、俺は本当に嬉しいんだ。

 これでもし俺が役目を終えたとしても、

 お前になら勇者の名を引き継いでもらうことができる」

「知るかよ!」

 

 廉造はイサギを掴んでいた右手を離し、拳を固めた。

 魔力が収束し、その手に赤い光が宿る。

 それは徐々に強くなり、まるで晶剣のように激しく輝いた。

 腰に引き寄せたその拳を、廉造はひねり込みながら打ち出す。


「くたばれェ!!」

 

 廉造はイサギの胴体に、全力の正拳突きを繰り出した。

 今までの打撃とは根本からの威力が違う。プレートアーマーの騎士ですら紙のように突き破るほどの一撃だ。


 地上で花火が炸裂したような爆音と共に、イサギの体は吹き飛んだ。

 くの字に折れ曲がり、少年は数十メートルも土を滑ってゆく。

 

 兵士たちによって踏み固められた土はこそげ、今や塹壕のようでもあった。

 その行き止まりに、イサギは大の字になって倒れている。

 とてもではないが、生きていられるとは思えなかった。

 


 一騎打ちの行方を見守っていた慶喜やロリシアなどが、悲鳴をあげる。

 廉造は彼らに気を取られることなく、視線をまっすぐ先に向けていた。

 その額には脂汗が浮かんでいる。


 

 

 予感は的中した。

  

 群衆の視線を集めながら、

 まるで舞台に立つ主役のように。


 イサギは立ち上がった。

 彼は身体についた埃を払い、首を回す。


「いいぜ、廉造」

 

 服が破け、その腹には、

 ぽっかりと穴が開いたように素肌が見えている。

 そう。


 無傷なのだ。


 時が止まったかのようだった。

 

「だが、まだまだだ。

 本当に俺を倒すつもりなら、

 その程度の力では、足りぬ。まるで足りぬさ。

 気を高ぶらせて、命を燃やせ。

 怒りを抱き、拳に乗せて感情を打ち出せ。

 そのときお前は、世界中の全てを敵に回してでも、

 自らの願いを叶えることができるほどの力を得るのだ」

 

 イサギの言葉は不思議な響きを持っていた。

 それは頭のてっぺんから落ちてくる、まるで絶対的な支配者のような声だった。

 

 

 そのとき、廉造のこめかみを汗が伝い落ちた。

 否認の余地はない。廉造は自分が彼を畏れていることに、気づいてしまった。

 だがなぜだろう。

 それは不思議と、嫌ではなかったのだ。

  

 廉造もまた、壮絶な笑みを浮かべる。

 

「ヘッ……

 なンだよテメェは……

 どンだけだっつーの……!」 

 

 自分も強くなったと思っていたが。

 格が違う。


 ここまでの男だったのか。

 これが、本当の『力』か。


 裏切られて、絶望し、見下げ果て、

 ならば何もかもを利用し、破壊し、

 プライドもモラルも全てを棄てて、

 目的を達しようと思っていたけれど。

 

 早急だったと断じよう。

 まだ全てを灰燼に帰す時ではない。


 廉造は思わず――舌なめずりをしていた。

 

「やべェな……楽しくなってきちまうじゃねェか」

 

 

  

 先ほどまでの激しいぶつかり合いとは打って変わった有様だ。

 ふたりは互いに闘気を高めながらその間合いを歩み、詰めてゆく。

 

 天から見守る竜騎兵たちも固唾を飲んで見守っていたことだろう。

 それはまるで嵐の前触れのような静けさだった。

 

「イサ……今ならわかるぜ。

 お前がどれだけ強かったかってのがな」

「剣を持ち、仮面をつけた俺はこの程度じゃねえぜ」

「仮面だァ……?」

「ああ、俺の決意の証さ。

 ラストリゾート化してしまえば、歯止めが効かなくなるからな」

「なら次は殺し合いといくか?」

「冗談じゃねえな、廉造。

 そうなったら、ただの一方的な殺戮になっちまうよ」

「ヘッ! 抜かせェ!」

 

 我慢し切れなくなったのは、廉造だった。

 彼は駆け出す。ふたりの距離が一気に縮まってゆく。

 

 イサギは腰をしっかりと落として、右半身を前に構える。

 彼の髪からわずかに黄金色の燐光が漏れて散った。

 

 煌気。瞬間的に身体能力を爆発的に高める、闘気の奥義。

 イサギは勝負を決めようとしている。

 

 だが――

 

「はあああァァァァ!」

 

 彼に掴みかかろうと腕を伸ばす廉造もまた、金色の光をまとっていたのだ。

 赤と金。二色の魔力が交じり合い、螺旋のように廉造を包み込む。

 その体が一瞬巨大に見えるほどの殺気に、イサギは表情を変えた。


「目覚めていたのか、お前も――」

「――潰すッ!」

 

 廉造の踏み込みにより大地が割れる。

 真正面からの、ラリアット気味の右ストレートは死神の鎌のようだった。

 イサギの動きは精密である。力任せの一撃に左手を添え、その軌道をいともたやすく逸らしてみせた。

 そして左手とほぼ同時に動かした右手は、廉造の腹を抉り込むように打つ。

 完全に決まった上に、煌気中のブローだ。

 先ほどの廉造の正拳突きと比べても遜色ない攻撃力――のはずだった。

 

 なのに――廉造は止まらない。

 

「ああああァァ!」

 

 膝を畳んで放たれた右蹴りは、イサギのみぞおちを捉えた。

 冗談ではない。煌気をまとった相手の攻撃を受けるのは初めてだが、自分は今までこんなものを使っていたのかと思う。

 同じように煌気を使ってなお意識が刈り取られそうな威力だ。

 だが、意地と誇りがイサギの意志を支えた。

 

「この俺を――ナメんなよ!」

 

 守ることは考えなかった。イサギは蹴りを受けた反動を利用し、体をひねる。

 同じように、同じ蹴りを浴びせてやるのだ。それで廉造が倒れれば、自分の完全勝利なのだから。

 倒れこみながらの左後ろ回し蹴りは狙いよりもやや上、廉造の側頭部を襲う。

 廉造の体が傾ぐ。これで倒れないのはカリブルヌスぐらいのものだ。


「寝てろ!」

 

 着地し、思わず目を疑う。

 廉造の目からまだ光は消えていない。

 彼は最後の力――だといいのだが――を使って、踏み止まっていた。


 どれだけしぶといんだよ!

 心の中で叫ぶ。


 もういい。

 これで。

 これが。

 ラストだ――

 

 世界がスローモーションに見える中、イサギは態勢を立て直す。

 小細工など要らない。真正面から挑んで、叩き伏せるのだ。

 ドラゴン族に、人間族に、魔族に見せつけるように、ここで廉造を。


 いや、違う。それだけではない。

 そう。イサギ自身が廉造の本気を味わいたくて仕方がなかったのだ。


 体を反らし、腕を引き絞る。イサギの右拳は弓に張られた弦のようだった。

 それを見て、もはや意識もなく本能のままに動いていると思えた廉造の目に炎が灯る。

 

 廉造はイサギとまったく同じ態勢を取ってみせた。

 もしかしたら彼も同じことを考えていたのかもしれない。

 

 ふたりの視線が交錯し、激突する。

 この瞬間、攻城兵器よりも高い威力を持つ右拳と右拳が。

 

「廉造ぉ!」

「うらァァァァ!」

 

 同時に入った。

 

 イサギの拳は廉造の頬にめり込み、

 廉造の拳もまた、イサギの頬を強打していた。


 ふたりの顔面はひしゃげ、今にも砕けてしまいそうだ。

 だがどちらも白目を剥いてはいない。しっかりと相手を見据えている。

 それでも深いダメージは体の奥底まで浸透した。今すぐに崩れ落ちてしまいそうだ。


 技術はともかく、素手でこれほどの威力を出せる相手をイサギは他に知らなかった。

 食らいながらも、イサギは内心で廉造の強さを褒め称える。

 かわそうと思えばかわせたはずだった、などと無粋なことなどをイサギは思いはしない。

 

 ここから、ねじ伏せるのだから――。

 

 闘気の爆心地から広がった黄金の嵐は辺りの土を吹き上げる。

 

 ――そして、イサギはそのまま腕を振り切った。 

 

「ミョルニル・ハンマァァァァ!」

 

 散華した煌気がイサギの背中から解き放たれ、黄金の翼を描く。

 その猛打は、廉造の闘気のガードを突き破った。

  

「――ンあァ!」

 

 爆発したのは空気だ。衝撃波によってふたりの周りの地面がえぐり取られる。

 廉造にはもはや堪えることも、踏ん張ることもできなかった。

 

 そしてドラゴン族の将は、ついに宙を舞った。

 

 首がねじ切れるようなパンチに、廉造はきりもみしながらいくつかの兵舎の壁を突き破る。

 彼は施条銃の弾丸になったかのように、あらゆるものを貫きながら吹き飛んでゆく。

 最終的に廉造は砦の壁面まで到達し、そこにめり込んでようやく停止したのだった。

 

 

 

「はぁ、はぁ……

 ったく、廉造じゃなきゃ死んじまっているな、これは……」


 片膝をつくイサギ。

 ここまでのことが素手でできるのだとは、イサギ自身も思ってもみなかった。

 最も、今までやろうと思ったこともなかったが。

 

 右の拳は破けて、血が噴き出している。今になって痛みが襲ってきた。

 いや、たかがこれしきのことと言うべきか。骨が砕けなかっただけマシだろう。

 

 本当に、封術師というものは、とんでもない化け物だ。

 神化病患者とは、また違った底知れなさがある。

 愁や慶喜もここまで強くなるのかと思うと、体が震えそうだ。

 

 イサギと廉造の直線上を阻むものはなにもない。

 壁の向こうを、いいからもう寝ていろよ、と睨みつける。

 まだ余力は残っているけれど、封術師相手に魔力の総力戦は御免被りたいところだ。

 

 廉造は壁面に刺さったまま、起き上がろうとはしない。

 時折、痙攣をしていることから、死んでいるわけではないのだろうが。

 


 人外の決戦の決着に、観衆たちは誰も動き出そうとはしなかった。

 


 イサギはさすがに心配になってきて、近づこうとすると。

 廉造はまるで今目覚めたかのように、瓦礫を吹き飛ばしながらがばっと起き上がった。

 

 さすがにイサギは眉根を寄せた。


「おいおい、不死身か……?」

  

 

 そんなはずはなかった。


 

 廉造は震えながらこちらに向かって必死に手を伸ばしてくる。

 その唇の動きが、イサギにはかろうじて見えていた。

 

「まだ……こんだけ遠いっつーのか……

 ……クソ、が……」

 

 怨言を吐き……



 そしてそれきり、彼は気を失ったのだった。

  


 

 

浅浦いさぎ VS 足利廉造 2R KO 決め技 ミョルニル・ハンマー(みぎすとれーと)

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ