7-5 ドラゴンヘッド
スラオシャ大陸を回るようにぐるりと伸びる街道、ブレイブリーロード。
ハウリングポートから西部諸国を抜け、
北側のエディーラ神国をアーチ上に横断し、
そしてダイナスシティへと至る道だ。
これらは20年前に勇者イサギとその仲間たちが辿ったルートを街道化したものだった。
イサギはダイナスシティからハウリングポートへと向かい、人々に希望を与えて回った。
彼の歩んだ軌跡につけられた名前が、勇者の道である。
かつて辿った道を、イサギは遡っていったのだ。
「やっとついたっす……」
しゃがみ込んだ慶喜が疲れた声でつぶやく。
彼らの前には、巨大な砦があった。
周囲を分厚い塀と結界魔法陣で覆われた、対ドラゴン族用の前線基地だ。
20年前の魔帝戦争の折り、西部諸国の中でも最後まで陥落しなかったという逸話を持つ、堅牢で名高い砦だ。
これこそが、竜関門・ワイバーンゲートである。
遠くからでも騎士たちが厳重に警戒をしている様子が伺えた。
もはやひと段落をしたような顔の慶喜に、イサギが告げる。
「お前の仕事はここからだろ」
「えぇー……もう八割終わったようなもんじゃないっすかぁ?」
「バカ野郎。今からが十割だっつーの」
旅など誰にでもできる。
イサギが叱りつけると慶喜は大きなため息をつく。
「がんばりますけどね、できる範囲で……
ええ、できる範囲で、ええ……」
「血反吐を吐いてでもがんばれよ」
「そのまま死ねばいいの」
「シルベニアちゃんだけじゃなくてイサ先輩まで!?」
慶喜は「うわぁん」とロリシアに泣きつく。
「誰も応援してくれないんだよぉ、ロリえもーん」
「ろ、ロリえ……?
よくわからないですけど大丈夫です、ヨシノブさま」
珍しくロリシアが慶喜を慰めてあげたと思いきや、
彼女はいささか緊張した面持ちで奮起する。
「わたしが万事やってみます。
ヨシノブさまのことは最初から誰もあてにしてませんから大丈夫です。
あ、でも、がんばってちゃんとまっすぐ立っててくださいね?
それくらいはできますよね?」
「ううう……」
なにげにロリシアが一番ひどかった。
慶喜はまるで野良犬のように転げ回って泣く。
「……ま、まあその……
わたしがちょっと困っていたら、口出ししてくれてもいいんですけど」
と、ロリシアがわずかに怖気づいたようにつぶやいても、
慶喜はまるで聞いていなかった。少女は眉根を寄せる。
それはいいとして。
砦から少し離れたところで、イサギは皆に確認する。
「んで、だ。どうやってワイバーンゲートに入るか、だけど」
「素直に魔族国連邦の使者を名乗るか、
あるいはイサさまのギルドカードを使って、
とりあえず王と面会をするか、という話でしたね」
相づちを打つのはロリシア。
事前に話し合っていたことだ。
「ああ、だけど後者はやはり余計に面倒なことになっちまいそうだからな。
冒険者ギルドはまだ魔族国と敵対しているわけだし。
ここはデュテュの書状の威力に期待しようぜ」
「そうですね」
「あいっす!」
元気よく返事をした慶喜が、鞄から手紙を取り出す。
魔族国連邦の代表、デュテュの用意した文面だ。
手紙(だけならば)デュテュの実力は信頼に値する。
これを王の元に届けてもらえば、きっと彼と会うことも叶うはずだ。
慶喜とロリシアは林の中、身なりを整える。
暗黒大陸からわざわざ持ってきた、貴族のような上等な衣に着替え直すのだ。
衣服はもっとも象徴的な財産である。
人を見かけで判断するのは当然だ。
いくらなんでも、今の薄汚れた冒険者の格好では説得力に欠けてしまう。
「こんなもの……かな?」
「いいですね、十分魔王にも見えますよ」
薄く化粧をすれば、それぞれ、なかなか立派なものに仕上がったではないか。
こうなると、護衛のシルベニアとイグナイトまでも格が上がったように見える。
これで準備が整った。
一同はワイバーンゲートの門を守る衛兵の元へと向かう。
兵士や騎士たちの険しい視線の中、代表して手紙を差し出すのは、ロリシアだ。
「あの、よろしいでしょうか?」
「え、なんだい嬢ちゃん。ここは危険だよ。
すぐにおうちに帰りなさい……って、ずいぶんと身なりがいいな。
どこかの貴族の令嬢かい?」
「……ええ、まあ。
その、こちらにブルムーン王国の王がいると聞いてきたんです。
このお手紙を届けてほしいんですけど」
「……ふうむ」
兵士はこちらを値踏みする。
剣士がふたり。身なりの良い少年がひとり。
それに術師らしき少女に、貴族の令嬢らしき少女。
「いったい、なんの集まりかな」
「王国の存亡に関わる問題です」
「ええ?」
のんきに顎をさする兵士をせかすように、ロリシアは身を乗り出した。
それから多少大きな声で、辺りの兵士にも聞こえるように。
「ブルムーン王国について、緊急のお話があります。
すぐに王さまに取り次いでください。
そうでなければ、わたしたちが直接お話します。
一刻を争うのです!」
「え、えと、ちょっと待ってくれよ。
そんなのは、私の権限じゃ……」
困った兵士にさらに詰め寄るロリシア。
周りの注目も増してゆく。
「お願いします! わたしたちはそのために来たんです!
このままでは帰れません! お願いします!」
ロリシアの声はさらにボリュームがあがった。
ざわつきに埋もれることのない、少女の張りのある声だ。
なるほど、とイサギは思う。
ロリシアはわざと騒ぎを起こしているのだ。
これを慶喜やイグナイトが行なえば、取り押さえられてしまう可能性もあるが、
彼女のような幼い少女が代表して訴えれば、また印象も変わるものだ。
この分なら心配はいらないだろう。
イサギは状況を見守る。
衛兵は取り次ぎに走ったようだ。
あとはしばらく待つだけだが――
イサギは空を仰ぎ、
そして、気づいた。
太陽とは逆の方角。
雲の切れ間から覗く光が見えた。
反射光。
あれは――武器防具の輝きだ。
10や20ではきかない。
少なくとも、100人以上――
思い当たる。
この世界で上空から襲撃を仕掛けてくるものなど、ひとつしかない。
「敵襲だ」
イサギがつぶやくと同時に、警報が鳴り響く。
障壁魔法陣が起動し、砦をドーム上に覆い出す。
「こんなときにか」
イグナイトが剣に手をかけ、イサギもまた背負っていた剣を腰に下げた。
舞台からせり上がるスモークのように、
戦いの気配が急激に発せられつつあった。
運良くと言えばいいか、運悪くと言えばいいか。
そう。
砦に、ドラゴン族が攻めてきたのだ。
来襲のどさくさに紛れて、イサギたちはワイバーンゲートに招かれていた。
あのままでは戦火に巻き込まれるから、という警備隊長の計らいである。
砦の中は蜂の巣を突いたような騒ぎであった。
積み重ねられた剣や槍を持ち、鎧兜を装着してゆく騎士たち。
術師は杖を片手に我先へと飛び出してゆく。
士気は悪くない。当たり前か、ここに彼らの王がいるのだから。
「お、お前たちはここでじっとしていろ!」
詰め所には通されたものの、身元が証明されたわけではない。
危うく閉じこめられそうになったそのとき、イサギはここぞとばかりに進言する。
「大丈夫だ、自分たちは戦える。
ドラゴン族を追い払うのに協力させてくれ」と。
ここでブルムーン王を守れば、今後の交渉も有利に働く。
20年前に手を組んだ魔族とドラゴン族の、決別も証明できる。
これはチャンスだ。
確かにドラゴン族は一騎当千の力を持つ大陸最強の一族だが、
個々の戦力ではシルベニアやイグナイト、イサギが遅れを取るはずがない。
兵士はさすがに戸惑っていた。
イサギの申し出を一個人の判断で許可するわけにはいかないだろう。
孤高のドラゴン族が間者を使うことはまずないが、それにしてもだ。
仕方ない。イサギは切り札を切った。
「わかった、ならば言おう。
俺は冒険者ギルド本部のエージェント、イサだ。
これなら身元の保証になるだろう」
見せつけるギルドカード。
それが決め手になった。
「冒険者ギルドのものたちだったのか……
これはありがたい!」
兵士は途端に態度を一変させ、イサギたちに頭を下げた。
これこそが、バリーズドが20年間に渡って積み重ねた冒険者ギルドの信頼の証だ。
こうして、イサギたちは戦場に躍り出た。
詰め所を出ると、ドラゴン族の先鋒隊はすでに結界の排除に取りかかっていたようだ。
魔法陣の上から次々と炎を浴びせられている。
そのたびに青白い衝撃が走り、ドームはわずかに明滅を繰り返していた。
このままでは持たない。
襲いかかってきたドラゴン族は200名ほどか。
砦に駐屯していた騎士や兵士はそれの十数倍以上はいるだろう。
けれど、アルバリススの戦において数の優劣はほとんど存在していないと言っても過言ではない。
なんせ、個体戦力に百倍から万倍以上の差があるような世界なのだ。
ひとりひとりの練度が拮抗している争いならともかく、対ドラゴン族ともなれば、
これはどちらが有利なのか単純に判断することはできなかった。
ドラゴン族の姿は、本来は翼の生えた人族だ。
どちらかといえばデュテュのような純粋な魔族に近いだろう。
両腕に鱗があったり、額から角が生えていたり、尾が延びていたりするが、その体躯は人間を基調としている。
だが、彼らには特殊な禁術がある。
それは他の種族の禁術と違い、
正真正銘、ドラゴン族だけが使うことのできる術だった。
それが『獣術』。
自らの姿を“変化”させる能力だ。
イサギは上空を仰ぎ見ながら、つぶやく。
「なるほどな……
今になって思えば、回復術と似たような仕組みってわけか」
魂を維持しながらも、肉体だけを一定の形に変えるのだ。
それはつまり、セルデルがやってみせたことと同じではないか。
頭上には――100匹以上の“竜”がいた。
その誰もが、禁術『獣術』使いである。
「……魔帝戦争並の規模じゃねえか、オイ」
RPGの世界に出てくるようなモンスターが“基本的には”存在していないこの世界において、
彼らは唯一物語の中に登場するような怪物だ。
すなわち、
それが、竜化ドラゴン族。
アルバリススの空の王者たちである。
間もなく結界は破られる。
砦の中にいる術師たちは、竜化ドラゴン族の軍団に必死で魔術を放っているが、効果は薄い。
機動力がまるで違うのだ。
あれだけの竜に侵入を許せば、この砦は数時間足らずで燃え尽きてしまうのではないだろうか。
人間族の拠点が奪われれば、ドラゴン族は勢いに乗り、一気呵成にブルムーン王国を蹂躙するだろう。
イサギは一同に指示を飛ばす。
「イグナイトと慶喜、ロリシアは王を探し出せ!
今度のためにも守り切ってくれよな!
シルベニアは魔術団のサポートだ! 魔法は使わないようにな!
俺はやつらの隊長を仕留める!」
周りの兵士たちは対竜兵器の準備に取り掛かっている。
そこで慌ててロリシアが口を挟んできた。
「あ、た、ただし、あんまりドラゴン族の方を殺さないようにしたほうが……」
「ん?」
「ここにやってきたのは恐らく、ドラゴン族の主力だと思います。
魔族と人間族とドラゴン族のパラーバランスが崩れてしまっては、こ、困ります。
三すくみを保つことが、平和においては大事なのだと、メドレザさまが……」
「……なるほどな」
イサギはうなずいた。確かに考慮すべき案件だ。
「みんな、聞いての通りだ。
ほどほどに手加減をしてくれよ」
「なるほど」
「めんどー」
「う、ういっす」
イグナイト、シルベニア、慶喜がそれぞれ首肯する。
あと心配なのは、ロリシアだが。
彼女の頭に手を置きながら、告げる。
「ロリシアはなるべく怪我しないようにな」
「は、はい、大丈夫です。イグナイトさまに守ってもらいますから」
意識したのか無意識にか、トゲのある言い方をするロリシア。
彼女の隣では、慶喜が胸を押さえていた。
それはいいとして。
頭上で花火があがるように、閃光が弾けた。
ついに、結界が破られたのだ。
「みんな、頼んだぜ!」
「イサさまもご無事で!」
そのかけ声とともに、一同は駆け出した。
彼らを見送ってから、イサギは空を仰ぐ。
「さあて、神狩りならぬ竜狩りといくかね」
イサギは剣を抜く。
その刃に雷が走った。
竜化ドラゴンたちが次々と降下してくる。
その背には、同じくドラゴン族が乗っている。
彼らの誇る最高戦力、竜騎兵だ。
その手から放たれた爆砕槍は地面に衝突し、大きな爆発を引き起こした。
火術魔法陣の埋め込まれた投槍は、まるでグレネードのようだ。
イサギはそのうちの一本を地上から迎撃した。
「エクスカリバー!」
剣先から飛ばした闘気が槍のひとつに命中すると、爆砕槍は空中で四散した。
その一本が引き起こした爆発は他を巻き込み、連鎖的に火炎の華を咲かせる。
一瞬にして空は赤く染まった。
火の粉が地に降り注ぐ中、イサギは見上げる。
軍団の中には、必ず統率者がいる。
頭を叩けば兵は瓦解する。
それが、勇者イサギがずっと続けてきた戦い方だ。
竜たちの動きを観察していれば、誰が隊長なのかはわかる。
「あれか」
空からの爆砕槍と、地上からの魔術や対竜兵器が交差する中、イサギの目はその男を捉えた。
ひときわ巨大な赤竜に乗る槍使い。あれが部隊長だ。
彼は騎士団の密集する場所へと降り立とうとしている。
間違いない。狙いはこちらの王だ。
「よほど腕に自信があるのか、あるいはただのバカか……!」
王の周辺には特に腕の立つ親衛騎士が固まっている。
それなのに隊長は迷わずそこに向かっていた。
イサギもまた、疾駆する。
あちこちで爆砕槍の爆発音が響く中。
戦場の炎と煙に包まれながら、イサギは兵たちの間をくぐり抜ける。
そのとき、イサギの行く手を阻むように二匹の竜化ドラゴンが現れた。
『ニンゲンどもめ! 食らうが良い!』
その牙の間から獣のような叫び声。
しかしそれは確かにアルバリスス語である。
竜化しても彼らが知能を失うことはまずない。
一軒家ほどもある巨獣を前に、兵士たちは恐慌を起こしかけながらも懸命に槍を向けていた。
だが自ら距離を詰めようとするものはどこにもいない。
その間から、イサギが飛び出す。
竜化ドラゴン族の口から炎の息――これもまた獣術の力だ――が吐き出され、
イサギは跳んだ。
「悪ぃな、相手にしてらんねえよ」
イサギの唱えた風の魔術は、地上から上空へと舞い上がり、ファイアブレスを散らす。
炎のカーテンを抜け、一匹の竜頭をイサギは蹴りつけた。
少年の蹴りのたった一撃で、巨体は揺らいだ。
だめ押しの追撃だ。拳で地面に叩き伏す。
竜は地面にめり込み、動かなくなった。
もう一匹はイサギに爪を叩きつけようとしてくるが、イサギはその懐に潜り込んだ。
分厚い鋼のような鱗に覆われた腹部に、掌打を放つ。
ドォンと波紋のように衝撃が広がった。
それでもまだ竜は真っ赤な目でイサギを見下ろしている。
この一撃で沈まないのはさすがだったが、それだけだ。
顎をサマーソルト気味に蹴りあげると、彼も意識を失って崩れ落ちた。
獣化したところで、人族としての弱点が失われたわけではない。
「デカいだけの相手なら、
カリブルヌスぐらいは連れてこねえとな」
この程度の練度ならば、イサギの敵ではない。
倒れたふたりのドラゴン族は気を失い、獣化も解けていた。
「す、すごい! あなたは冒険者なんですね!」と、近くの兵士が寄ってくるが。
イサギは彼を手で制した。
「……まずいな」
その間に、空中にはとてつもなく大きな破壊の魔術のコードが描かれていたのだ。
ドラゴン族は本来魔力総量も低く、あまり魔術が得意な種族ではないのだが。
自在に飛翔する魔術師がいるとなると、話はまるで違ってくる。
どうやら詠出してみせたのは、あの隊長のようだ。
「とんでもねえやつだな……!」
魔術の内容は、砦を丸ごと吹き飛ばすかのような、火の雨――
まずい。
砦の騎士たちは震え上がっただろう。
あんなものを上から叩きつけられては、たまったものではない。
イサギは辺りを見回す。
シルベニアはやる気のない顔で、案外近くにいた。
彼女に支援を要請する。
「シルベニア! あのコードを断ち切れないか!」
「むりむり、むりむり。
術式・棄却には、遠すぎるの」
「くっ」
それはイサギも同様だ。
イサギの周辺だけならともかく、全域に破術は届かない。
このままでは、ワイバーンゲートは火の海に沈む。
「ならば術師団の法術を束ね合わせて」
「そこまでする必要なんてないの」
「え?」
問い返す。
そのとき、今度は地上を覆うようにコードが浮かび上がってきた。
これは、反魔障壁だ。
詠出したのはシルベニア……ではない。
「ヨシノブは本当にザコだけど、
術式の扱いだけなら、まあまあなの」
「これを、慶喜が……?」
魔術が放たれた。
天と地とその狭間で、大衝突が巻き起こる。
火山弾のように落ちてきた魔術は、慶喜の張り巡らせた法術により、全て弾けて消えてゆく。
大気中に満ちた魔力は渦を巻き、まるでオーロラのようにきらめきながら砦を照らした。
イサギは思わず感嘆した。
つい見惚れてしまう。
「……やるじゃねえか」
あまりにも巨大な魔術対法術の勝負は、イサギにとっては専門外だった。
慶喜もただ遊んでいたというわけではないということか。
シルベニアは口惜しそうにうめく。
「ホントならここであたしが打ち返しで、
あいつら全員皆殺し光線を放つのに……
……ふらすとれーしょんなの、ムカつくの……」
大言壮語ではない。
確かにシルベニアになら可能だろう。
「悪ぃな。すぐに追い返してくるからよ!」
イサギは慌てて駆け出す。
彼女の気が変わらないうちに、この戦局を収束させなければならない。
どうやら部隊長は魔術が通用しなかったことにより、直接攻撃に切り替えたようだ。
竜化ドラゴンの背から飛び降り、騎士団への中心部に突っ込んでゆく。
無謀だ。あそこにはイグナイトもいる。
イサギが向かうまでもなく戦いは終わるかと思われたが。
たどり着いてみれば、予想は覆された。
たったひとりの男を囲む騎士団。
そこには慶喜やロリシア、それにブルムーン国王と思しき王冠をかぶった壮年の男がいた。
人垣を一気に飛び越えて、輪の中に着地するイサギ。
信じられないものを見た。
隊長――男は右手に剣を、そして左手に槍を握り締めていた。
イグナイトは彼の持つその槍にわき腹を貫かれて、高々と掲げられていた。
魔族軍最強の剣士が後れを取ったことにも驚愕したが。
「バカな……あなたは……」
「あァ? どこかで見たような顔だな……」
うなる男の両眼は真っ赤に染まっていた。
ドラゴン族の将を表すマントを身につけた、赤い鎧の男。
そして、イサギは戦慄する。
「お前……」
歩み寄ると彼も気づいたようだ。
槍の一振りでイグナイトを地面に転がし、こちらを睨む。
「……久しぶりじゃねェか」
あまりにも凄まじい殺気に、イサギの体は無意識に闘気を帯びる。
「嘘だろ」
「結局、人間族についたのか、テメェは。
くだらねえ、くだらねえな……」
「なぜここに」
「まさかこうなるとは思わなかったぜ。
ったく、ウゼェ……!」
ドラゴン族の将は、唾棄する。
イサギは彼の名を呼んだ。
「廉造」
「なぁ、イサ」
行方不明になったはずの廉造が、
今度はドラゴン族を率いる男として、そこにいたのだ。
イサギと廉造。
ふたりは対峙したまま、一歩も動かない。
やがて、廉造が先に口を開く。
「イサ、テメェは俺たちの前に立ちはだかンのか?」
「廉造、ここは引いてくれ。魔族のためにだ」
「ほう」
廉造はそれから辺りを睥睨した。
そのときようやく、慶喜やロリシア、それにイグナイトにも気づいたようだ。
「なるほどな、なにか事情があるってことだな」
「……ああ」
「魔族のために、か。
……オレを裏切った奴等のために、か?」
空気が震えているのを肌で感じた。
イサギは生唾を飲み込む。
「廉造……」
「……チッ」
彼は舌打ちをした。
血の滴る槍を地面に突き刺し、髪をかきあげる。
「相手がイサかよ。ったく。
ここであいつらが全滅する様を見物すンのも、くっだらねェな」
「……」
首をぐるりと回して、廉造は炎に染まる目を向けてきた。
「いいぜ、だが今のオレはドラゴン族の赤竜将だ。
ただでは引き下がれねェ」
イサギは慎重に尋ねる。
「……どうすればいいんだ?」
彼の言い分は単純だった。
さらに剣を手放し、廉造は拳を握る。
「決まっているだろ。
男と男の決着なんざ、ひとつしかねェ」
廉造は口の端をつり上げて、獰猛に笑う。
「一騎打ちだ」
SBR:第七章開始のサブタイトル。イSaギ、ヨシノBu、Reンゾウの物語を指す。なぜIYRではなかったのか。駄目だったのか。