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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:7 喜びも悲しみも分かち合いながら
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7-3 元勇者、仕事する

 

 翌日から、一同は大陸を北東部に旅することとなる。

 目指す先はブルムーン王国首都、メンデルゾンである。

 

「ブルムーンは西部諸国の中では、まあ大国と言ってもいいだろう」


 道すがら、イサギは彼らに説明をする。

 もちろん事前に下調べは済んでいるだろうから、暇潰しのようなものだ。

 

 

 一同五人は馬車を使わずに、街道を徒歩で北上していた。

 いくつか理由があるが、一番は乗り合い馬車のような混雑したところに長時間滞在をしていると、魔族だとバレる危険性が大きかったからだ。

 バレたら目撃者を殺せばいい、というのはさすがに極論だ。

 そんなことを続けていればいずれ尻尾を捕まれて、スラオシャ大陸に再び魔族の悪名が高まってしまうだろう。


 和平のためにやってきたのだから、無用な争いは避けるに越したことはない。


 というわけで、

 イサギたちはベリアルド平野を貫く街道、ブレイブリーロードを旅していた。

 

 

 先頭に立つのはイサギだ。

 黒衣も仮面も鞄の奥にしまっているため、

 今は黒髪黒瞳の目立たない青年と化していた。

 もはやこちらのほうが変装をしている感じが漂っている。

 

「ハウリングポートは建前は自治領だが、

 実際はブルムーンの影響力は相当なものだ。

 暗黒大陸との玄関口だからな、それだけ危険や争いも多いんだ。

 この世界の商会はそこまで勢力が大きくないから、どう考えたって一国の後ろ盾が必要だしな。

 だから、ブルムーンと和平を結ぶことができれば、

 恐らくは周辺国もおいそれと口出しはできない……と思うが」

「それだけ難しいってことっすよね」

「ま、そうだな」


 ブルムーンの王とはイサギも面識がない。

 確か20年前の魔帝戦争時に前王の戦死とともに王位が継承され、

 それからずっと武人気質の王が国をまとめてきたらしい。

 

 それだけに、魔族を敵視する思いも人一倍だろう。

 

「もちろん、なにか手だてはあるんだろう?」

 

 隣に立つ慶喜に問いかける。

 彼はしっかりとうなずいた。


「僕は外交のプロだぜ? 外しはしない」

「疑わしさが十割増しだが」


 突っ込むと、途端に慶喜は自信を失う。


「せ、誠意……とか」

「は?」

「人と人なんだから話せばわかる! って」

「なにそれなめてんの?」

「僕じゃないっす! デュテュ氏が!」

「冗談だと言ってくれ」


 そんな言葉に乗せられて海を渡ったというのか。

 さすがに信じられない。


「えーっと、シルベニア……に聞いても無駄そうだが」


 視線をやると、ウィッチはしたり顔で。


「仲良くできないなら殺せばいいの」

「なんでこいつ連れてきたんだよ」

「ぼ、僕が連れてきたんじゃないっす!

 廉造先輩のことが心配だからって、シルベニアさんが勝手に」

「……」

「ひいっ!」


 シルベニアが指先から飛ばした熱光線は、慶喜の前髪をかすめた。


「事実無根なの。あたしはデュテュとキャスチ(うっとうしいの)から逃げてきただけなの。

 それにここなら、思う存分人間族を殺し放題祭りだし、なの」

「シルベニアさんはマジツンデレっすからねえ」

「……」

「ひいいっ!」


 言葉の意味はともかく、からかわれているように感じたのだろう。

 シルベニアが再び放った魔法は今度は慶喜のわき腹を貫いた。

 と思ったら、外套だけだったようだ。

 ぽっかりと穴が空いてしまっている。


「過激! 過激なんすけどこの人!」

「懲りろよお前」

「はぁ……」


 ロリシアの後ろに隠れる慶喜。

 彼にため息をつくメイドの少女。


 となると、あとはイグナイトに聞くしかないと思ったが、彼も首を振る。


「私はただの戦士だ。

 魔王さまを差し置いて、意見を述べることなどできないな」

「……そうか」


 五魔将の騎士は、忠義に厚い男のようだ。

 だからこそ、魔王の護衛に抜擢されたのだろうが。


 大丈夫かなこの軍団……と思ったものの、

 ロリシアが控えめに手を挙げてくる。


「イサさま。あまり政治のことはわかりませんけど、

 わたし、リミノさまとメドレザさまに色々と教わってきました」

「へえ」


 あまり期待はしていなかったが。

 ロリシアはすらすらと語った。


「今回の和平は表だって行なわれるものではなく、

 非公式の一時的な停戦でも構わないらしいのです。

 このまま争いを続けることは双方デメリットしかありませんし」


 11才の少女が理路整然と。


「それに、今はまだ魔族国連邦でも意思統一ができていません。

 そのためにメドレサさまとデュテュさまが一生懸命、魔族をまとめています。

 ここで人間族に攻められてしまうと、ちょっとマズいことになっちゃいます。

 わたしたちの仕事は時間稼ぎなんです。

 一年か二年、それぐらいの猶予があれば、十分です。

 冒険者ギルド本部と公式に会談をして、休戦協定を結ぶつもりなのです」

「なるほど……」


 表向きは冷静にうなずいたものの、内心では舌を巻いていた。


 ロリシアもこの一年で、相当勉強したのだろう。

 連邦議長や王女の目的をしっかりと把握しているのだ。


 慶喜に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 ……喜んで飲みそうだ。


 ともかく、イサギは顎に手を当ててうなずく。


 つまり、これはあくまでも応急手当のようなものだ。

 魔王が自ら現れて「こちらがなにもしない代わりに2年間、戦争はなしな」と言いにくる。

 当然、ブルムーン側もまだ戦争の準備が整っていない現状では、ありがたい申し出だろう。

 一方的に停戦を破棄されることもあるだろうが、一ヶ月や二ヶ月そこらでは無理だろう。

 その間に、メドレザが新たな手を打っているはずだ。


 しかし。


「信頼してもらえるのかね。

 こちらの言葉を……」

「それなんですけど……」


 ロリシアはちらりと慶喜を見た。

 彼は「説明ご苦労」みたいな顔をしてうなずいている。


「……一応、様々な案や献上品は用意していますが、

 最終的には、その……魔王さま、次第です」


 ……。

 沈黙が、イサギとロリシアの間に落ちた。

 小声で、彼女にささやく。


「……無理じゃないか?」


 ロリシアは辛そうな顔をしていた。


「……無理をしてでも、

 デュテュさまか、あるいはリミノお姉さまが、

 ついて来てくれたほうが良かった気がします……」

「うーむ……」


 うなる。

 その五分後、慶喜が「足が痛いよう」と泣き出したのでイグナイトが彼を背負うことになった。 


 本当に大丈夫だろうか、この魔王は。


 


 ◆◆


 


 五人での旅は、正直、あまり順調とは言えなかった。

 

 アマーリエやフランツはああ見えてもやはり、

 旅慣れた冒険者だったのだな、とイサギは痛感する。


「そろそろ、ふかふかのベッドで眠りたいっす……」


 慶喜は目の下に隈を作りながら、そんなことを言う。

 彼の生来のネガティブな部分がそろそろ見え隠れしてきていた。

 旅を続けてから三日目のことだ。

 

「……ヨシノブさま、ワガママばっかり言わないでください。

 次おかしなことを言ったらひっぱたきますよ」

「ちょっと願望を漏らしただけなのに!?」

 

 その抗弁に対して、ぺしーん、と平手の音が響く。

 イサギは「うーむ」とうなり、皆の様子を確認する。

 

 イグナイトはさすがは騎士団長だ。

 まるで機械のように少しも変化がない。


 だがそれ以外の三人が問題だ。

 慶喜は明らかに疲労の色が見えるし、

 彼を叱咤激励しているロリシアもさすがに体力の限界が近いようだ。

 

 それほど無茶な行軍ではないのだが、

 魔族にとって人間族だけの土地を変装しながら歩くというのは、

 それだけで神経をすり減らしてしまうのだろう。


 そして、さらにひどいのがシルベニアだ。

 廉造とのゲリラ戦で慣れたのか、体力は平気そうだったが……


「……人間族がひとり、人間族がふたり……

 丸焦げ、あいつらも丸焦げなの……この大陸ごと、丸焦げなの……」

「……」


 旅人や村人とすれ違うたびに、彼らに殺意を振りまいているのだ。

 幸い、シルベニアは闘気使いではないため、

 実際の被害は出ていないが……


「……鬱憤がたまっているな、シルベニア」

「別に、そんなことはないの。

 あ、またひとり殺したの」

「妄想な、それ妄想な」


 だが、いつ暴発してしまうとも限らない。

 そろそろ息抜きが必要だ。


 イサギはハウリングポートで購入した地図を眺めて、皆に言い渡す。


「よしわかった、みんな。

 この先をもう少し進むと、冒険者用の宿があるはずだ。

 きょうはそこに泊まろう。

 温かい食事と清潔なベッドで眠って、英気を養うんだ」

「ひゃっほう! さっすが先輩、話がわかるぅ!」


 真っ先に喜んだのは慶喜。

 お前その元気どこに隠していたんだよ、という勢いだ。


 彼は腕を振りあげて飛び跳ね、そのまま道の先に走ってゆく。


「みんなぁ! はやくぅ!

 うふふ置いてっちゃうぞぉー!」


 ていうか、喜んだのは慶喜だけだった。

 残る三人は複雑そうな顔をしている。


「……わたしは、まだ大丈夫です、イサさま」

「まあ、ロリシアもきょうは休め。

 体力は一朝一夕でつくものじゃない」

「……イサさまが、そう言うなら……

 はい、わかりました」


 ロリシアは従順にうなずく。

 シルベニアは小さくため息をついた。


「……人間族の宿」

「頼むから、もめ事は起こさないでくれよ、シルベニア」


 言い聞かせると、睨まれた。


「平気なの。あたしは子供じゃないの。

 今がどんな状況で、なにをするためにここにいるのか、ぐらいちゃんとわかっているの」

「そうか……それは悪かったな」


 イサギはシルベニアに素直に頭を下げた。

 口では色々と言っているが、確かにシルベニアはここまでなにもしていない。

 彼女なりに使命感を抱いてスラオシャ大陸にやってきたのかもしれない。


「じゃあさ、イグナイト。

 悪いけれど、宿の様子を見てきてくれるか」

「ああ、任されよう」


 するとすぐにイグナイトは駆け出す。

 慶喜を追い抜いて、すぐに見えなくなった。

 寡黙だが頼りになる男だ。


 彼の背を見送り、

 シルベニアの頭に手を当てて、笑いかける。


「さ、こっちは慶喜(こども)の面倒を見ないとな」

「……今思うと、レンゾーは手間がかからなかったの」

「すごいな、シルベニアがお姉さんに見えるよ」

「……あんな弟は、ホントにゴメンなの」 

「退屈はしなさそうだけどな」


 


 道の先に太陽が沈みつつあるところで、イグナイトが戻ってきた。

 宿泊している冒険者は二組。部屋はガラガラだということだ。

 それぐらいなら大丈夫だろう。イサギたちは宿に向かうのであった。


 


 ◆◆

 

 

  

 なにかあったときのために、部屋は大部屋を一部屋取ることにした。男女関係なく、だ。

 宿は空いていて、イサギたちは快適にくつろぐことができた。 


 主人の食事を楽しみ、一同は二階の部屋へと戻る。

 余計なことはせずに、今夜は旅の疲れを癒すことに集中しよう。


 ベッドに入った慶喜はすぐに寝入ってしまった。

 他の三人も、あまり人間族のいる場所でうろつく気はないらしい。

 

  


 と、イサギだけは別行動だ。

 彼には、情報収集をする役目があった。


 先ほどはいなかった、一階フロアの食堂にたむろしている冒険者に近づく。


 その場にいた三人に酒を奢り――イサギはもちろん口をつけない――ギルドカードを見せて自己紹介する。


「本部のエージェント、イサだ。

 ちょっと聞きたいことがあるんだがいいかね」

「おいおい、直属のお偉いさんが、

 俺たちみたいな下っ端冒険者相手に何の用だよ」


 笑い出す彼はC級冒険者ジェイク。

 三人とも昔からの馴染みで、ずっと一緒にやってきた仲間だと言う。


 テーブルを囲みながら、色々と話を聞く。

 やはり現地を確認してきた冒険者の話は貴重だ。

 彼らはブルムーン王国北部からやってきたのだと言う。


「ドラゴン族が頻繁に襲いかかってきて、王様も自ら前線に立っている始末よ」

「王は、首都メンデルゾンにいないのか?」

「ああ。今は、国境の砦ワイバーンゲートに滞在しているぜ」


 これはいいことを聞いた。

 首都に向かったところで、危うく空振りになるところだった。


「あのままじゃブルムーンは滅んじまうんじゃねえかな。

 ドラゴン族の長、バハムルギュスはアンリマンユと共に戦ったこともある化けモンだ。

 長らく現役を退いていたらしいが、傷を治してまた表に出てきたのよ。

 いくらブルムーン王アピアノスでも、相手取るのは難しいと思うぜ」

「なるほどな……」

 

 バハムルギュスと言えば、かの名高き竜王だ。

 魔帝戦争時代、アンリマンユと肩を並べていた魔軍唯一の男である。

 

 再び前線に現れるとは、思わなかった。


「……大孤竜スラオシャルドの与えた傷は、もう完治したのだな」

「スラオシャルド? ああ、20年前に勇者イサギの味方をした竜だな。

 確か、バハムルギュスと一対一の決闘を繰り広げ、

 最後にはガレガリデ山脈の火口に落ちたとかいう」

「詳しいな、お宅さん」

「まぁな。へへ、冒険者になったからにゃ、

 勇者イサギについて勉強してなきゃ嘘ってもんだろ」

 

 ジェイクは鼻をこすり、得意げに笑う。

 酒も回っているのか、調子良く舌を滑らせる。

 

「冒険者も今はハウリングポートとブルムーン、

 それに南方のピリル族相手と、分散しちまっているだろ?

 早いところ逃げてきたってわけよ。

 このまま俺たちは内地に抜けるさ」

「なるほどな……助かった、王の居場所が知りたかったんだ。

 ありがとうジェイク」

「一晩の酒のお礼にしては、お喋りが過ぎたかね」

「なにかあったら俺を頼ってくれればいいさ」

「おっと、A級冒険者さまとお知り合いになれたってんなら、こいつはありがてえな」


 けらけらと笑うジェイク。

 赤ら顔で上機嫌のようだ。

 

 

 そこで階上からシルベニアとロリシアが降りてきた。

 こちらの騒ぎには関わらず、素通りしてどこかへと向かってゆく。

 お手洗いだろうか、まあいいか。

 シルベニアがついているのなら大丈夫だろう。 


 念のため、尋ねてみる。

 

「そういえば、ここに泊まっているもう一組の冒険者のことをなにか知っているか?

 今は留守にしているみたいだが」


 すると、ジェイクはあからさまに嫌な顔をした。


「あーあいつらか。冒険者というよりも、ごろつきみたいなやつらだな」

「ふむ」

「しばらくここを根城にしているみたいだけど、

 恐らくブルムーン騎士団が動けないのをいいことに、

 どっかで盗賊まがいのことをしているんだろう。

 冒険者の風上にも置けねえやつらさ」


 ジェイクは顔を歪めて、ツバを吐きそうな勢いだ。


 ちょうどそのとき。

 玄関のドアがガチャリと開き、数人の荒くれ者たちが入ってきた。


「おっと、噂をすればだ」


 ジェイクは声をひそめてこちらにささやく。

 イサギもまた、眉をひそめた。濃い血の臭いが漂っていたのだ。


 男は五人。まるで獣のように薄汚れている。

 彼らはこちらを無遠慮に眺めてきたが、

 なにも言わずに食堂の一角に腰を下ろした。

 それから酒を注文し、騒ぎ出す。


 野蛮な話題と下品な笑い声が響き出す。

 犯してきただの、殺してやっただの、耳を塞ぎたくなるような濁声だ。

 

「……俺はそろそろ部屋に戻るかな」

「ああ、それがいい。俺たちもきょうはお開きにしようかね」


 イサギとジェイクたちはなんとなく白けた気分になってしまう。

 

 

 立ち上がろうと腰を浮かす。

 と、タイミングが悪かった。



 戻ってきたシルベニアとロリシアが、男たちに絡まれてしまったのだ。

 

 まずいな、と思った。

 あまり騒ぎを起こしたくはないのに。

 

 男たちは全員黒髪だが、それでも話しかけただけでもシルベニアに殺される動機としては十分だ。

 

 慌てて席を立つ。

 いつでも破術を放つことができるように、眼帯を外しながら、だ。


 

「なあ、こっちこいっつってんだろ、アマがぁ」

「ちったぁ話相手になってくれりゃいいんだよ」

 

 下卑た笑みを浮かべながら、少女たちを取り囲む男。

 ロリシアなどは表情に出してはいないが、足が震えていた。

 

「一緒に酒を飲もうぜ、なぁ」と、男はシルベニアに手を伸ばす。

 殺される。イサギの体に緊張が走った。


 シルベニアは……


「……」


 魔法も打たず、術式を使うこともなく、その手をただ払いのけた。

 そのまま、ロリシアをかばいながら歩いてゆく。

 イサギは思わず呆気に取られてしまった。


 あのシルベニアが。


 ところ構わず魔法を放つシルベニアが、争いを避けたのだ。


 だが、止せばいいのに。

 袖にされた男は黙っていなかった。


「てめえ、シカトしてんじゃねえぞおら!」


 宿屋が揺らぐような大声とともに、シルベニアに掴みかかったのだ。

 いよいよ危ないと思ったが、彼女は実に冷静だった。


 シルベニアは男の手を避け、その足を払う。

 ただの護身術だが、酔っぱらい相手には通用したようだ。

 男はその場で一回転し、床に背中を強く打ちつけた。


 シルベニアは彼を冷ややかに見下し、告げる。


「……じゃまなの。構わないで」


 あわや大乱闘という有様だったが、

 怒鳴りかけた男たちの間に、イサギが割り込んだ。


「悪いな。うちのパーティーメンバーが手荒な真似をして」


 まるで手帳のようにギルドカードを突きつけながら正体を明かす。


「A級冒険者、イサだ。

 文句があるなら冒険者本部が相手になるが」

 

 彼らの怒気は一瞬にして沈静化してゆく。

 椅子を蹴り、テーブルを荒らしながら彼らは元の席に戻っていった。

 ギルドカードは本当に、色んな場所で役に立つものだ。

 

 しかし、まさか穏便に済むとは思わなかった。

 ふぅ、とイサギは誰にも気づかれないように胸を撫で下ろすのだった。


 

 

 イサギはジェイクたちに別れを告げ、

 シルベニアとロリシアとともに部屋に戻る。


 だが、廊下でシルベニアだけを呼び止めた。


「すごいな、シルベニア。

 大人になったんだな」

「……そういうわけじゃないけど」


 シルベニアはぷくーと頬を膨らませていた。


「あんなゴミども、いつだって殺せるから。

 だから、たまたま殺さないであげただけなの。

 ただの気まぐれなのよ」

「そうかそうか」


 昼間に彼女が話していたことを思い出す。

 シルベニアはデュテュたちの代わりにここにいるのだ。

 だから騒ぎを起こさなかった。そういうことだろう。


「……レンゾーがね、言っていたの」

「ん」

「前も今みたいに絡まれたことがあって、

 それでレンゾーがイサみたいに、追い払ったんだけど……

 そこでレンゾーが、

『殺すだけならいつでもできンだろ。

 だったら次からは、殺さずに切り抜けるやり方を覚えてみろ。

 色々なことができるようになったら、戦いにも幅が出る。

 殺すのだって、上手になるぜ』

 ……とかなんとか言うの。

 やってみたけど……ぜんぜん意味わかんないの」

「ははは」


 シルベニアは信じ切っているようだが、イサギは笑ってしまった。

 それは廉造なりに、シルベニアのことを案じた結果の口八丁だろう。

 イサギはシルベニアの頭を撫でながら、うなずく。


「俺も廉造と同意見だ。これからも色々試してみろよ」

「ぜんぜんわかんないの。意味わかんないの」


 シルベニアは不服そうに首を振っていたが、

 やがて、上目遣いでこちらを見つめながら、ぼそっとつぶやく。


「……でも、また誉めてくれるんだったら……

 やっても、いいの。トクベツに」

「ああ、何度だって誉めてやるって」


 シルベニアの頭を撫でながら部屋に帰る。

 人を殺すことでしか価値を見いだせなかった少女の成長を、イサギは嬉しく思う。


 


 ◆◆


 


 翌朝早く。


 ぐずる慶喜を起こし、一同は宿を出ていた。

 あまり居座るとどんな面倒に巻き込まれてしまうものかわからない。

 もっとも、どっちみち絡まれてしまったのだが。


「昨日はよくもやりやがったな……

 なにがA級冒険者だ。どうせ金で買った地位だろうが」


 昨夜の荒くれたちが、街道で待ち伏せをしていたのだ。

 イサギは顔を手で覆う。


「はぁ……ったく、マジでバカなやつらだな」


 自ら肉食獣の檻の中に飛び込んでくるとは。

 ここまでされては、もう止められないだろう。


「イサ、イサ」


 案の定、だ。

 シルベニアがイサギの裾を引っ張ってくる。

 心なしか、いつも光のないはずの目が、

 きょうに限ってキラキラしているような気がする。

 

 イグナイトが自ら前に出ようとするのを手で制し、

 イサギはシルベニアにうなずいた。

 

 仕方ない。

 これからの旅を完遂するためには、時にはアメも必要だろう。


「……ここなら誰も見ていないからな。

 今回だけは特別だぞ、シルベニア」

「もちろんなの」

「派手にするなよ。痕跡は消し去れよ」

「愚問なの。あたしにお任せなの」


 シルベニアはスキップでもしそうな足取りで彼らに歩み寄る。

 荒くれたちは斧や剣を掲げて、お決まりの台詞を叫びながらシルベニアに斬りかかる。

 

「女だからって容赦しねえぞ――!」


 怒号の直後、光が瞬いた。

 

  

 シルベニアが指先から放った閃熱が、ひとり目の男の顔面を吹き飛ばす。

 さらに魔術。地中から立ち上った炎が男の体を包み込んで彼を蒸発させる。

 次の男は脳天から氷の槍で串刺しにされ、絶命した。

 四人目は風の刃に裂かれ、細切れになりながら地にばらまかれる。

 そして最後の男は逃げ出したところを背中から打たれて、苦しみにのたうち回ってからトドメを刺された。


 30秒もかからなかった。

 

 

 彼らをまとめて焼却処分してから、シルベニアはこちらに駆け寄ってきた。

 彼女は首を傾げる。


「……やっぱり、絶対こっちのほうが手っとり早いと思うの」

「あえて困難に挑んでこそ成長が見られるってもんだろ」

「……わかんないの、ぜんぜんわかんないの」


 シルベニアを適当になだめすかし、イサギは鞄から手帳を取り出した。

 そういえば、線を引くのを忘れていた。


 イサギも今朝、“一仕事”を終えてきたばかりだった。

 リストアップされた名前に、斜線を引く。


 ジェイクの名に。




 その後、目の前の鮮やかな殺しっぷりを見て青い顔をしていた慶喜に告げる。


「さ、旅の目的地が変わったんだ。

 ワイバーンゲートまで歩いて大体10日ぐらいのはずだ。

 ここから先は休みなしに頑張ろうぜ」

「おー」


 棒読み気味にシルベニアが手を挙げた。

 どうやら機嫌は十分に直ったようだ。

 

 やはり話し相手のいる旅は良い。

 イサギは改めてそう思い、歩き出すのであった。

 

  

 

シルベニア:一家にひとりの番犬、成長するシルベニア。餌は主に人間族。一日一回ならず者を与えると喜びます。

イサギ:ギルドカードを使いこなす宅配人。その仕事は迅速にして今一番ホット。リヴァイブストーン使用者に確実な死をお届けする。


ジェイク:いいやつでした(過去形)。

ならず者:特にありません。

 

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