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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:7 喜びも悲しみも分かち合いながら
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7-2 スクラップド・プリンス

  

「廉造が、死んだ、って……」

 

 イサギは絶句する。


 シルベニアの引き起こした波紋は、しばらくその場に残ったが。

 慶喜はため息をついてから、首を振った。


「……まだそうと決まったわけじゃないっす」

「そう、なのか」

 

 驚いた。

 しかしシルベニアはむくれたまま、そっぽを向く。


「死んだの。あんなやつ。

 死んだに決まっているの。死ねばいいのにもう」

 

 イサギと慶喜は視線を交わして、どちらからともなく肩を竦めた。

 

 

 

 

 四大都市の解放は、廉造の手によって為されていたのだという。

 

 レリクスを奪還した廉造は、ミンフェスを攻め落とす。

 そして、次はベリフェスだ。

 

 廉造とシルベニアはたったふたりでゲリラ作戦を行なっていたが、

 その途中から五魔将ドルフィン率いる荒くれ者の魔族軍が加わったようだ。

 

 シルベニアの閃熱魔法は都市攻略に凄まじい威力を発揮した。

 だが、魔族の被害も大きかったという。

 住居が潰されて家を失う人々や、

 あるいは瓦礫の下敷きになって亡くなってしまったものたちもいたようだ。


「……あたしは言われた通り攻撃していただけなの」

 

 シルベニアは耳を塞ぎながら、そんなことをつぶやいた。

 

  

「で、最後のブラックラウンド攻めがすっごい長引いちゃってさ。

 しばらくにらみ合いが続いていたんすよね」

 

 ブラックラウンドは暗黒大陸唯一の大陸間港だ。

 人間、魔族、どちらにとっても激戦の地であり、デッドラインであった。

 

 廉造やシルベニア、あるいはドルフィンやレリクス君主オセ。

 さらにイグナイトやダゴンといった将軍たちが集結してもなお、人間族の防備は堅かった。


 死傷者は数え切れないほど。

 迷宮が生まれそうな勢いだったという。


「もともと奪い取った港なんだから、

 素直に明け渡しゃいいのにな……」

「どうなんすかね、そういうの。

 僕もわからないっすけど……

 色々事情があるんじゃないですかね……」

「まあ、だろうけどさ」


 イサギにもよくわからない。

 

 この時代の消耗戦は、凄惨を極めただろう。

 誰か一人を殺せば終わる戦いではないのだ。

 

 慶喜の口調はあくまでも薄っぺらい。


「なんで、ブラザハスの統治をメドレザさんに任せて、

 僕も慌てて応援に駆けつけたんすよ。

 鼓舞みたいな目的で。

 一応僕、魔王ですし?」

「ヨシノブさまひとりだと心配なので、

 わたしもついてきました」


 ロリシアが胸に手を当てた。

 なるほど。だから彼女もここにいるのか。


「つまり愛だよね、ロリシアちゃん」

「違います。責任感と憐憫の情です」

「難しい言葉知っているっすなあロリシアちゃん……うう……」

 

 ふたりの主従関係は相変わらずのようだ。

 

 泣いてないで続けてくれ、とイサギ。

 慶喜はメガネの奥の涙を拭う。

 

「そ、それで……

 その、相当すごいことになっていたんすよ、前線は」

「へえ」

「あのデュテュさんですら戦っていましたからね」

「……お姫様、戦闘能力があったのか」


 驚いていると、シルベニアがぼそっと口出す。


「本気になったデュテュは結構強いの。

 すぐバテちゃうからそもそも役立たずだけど」


 手厳しい。

 しかしシルベニアが「結構強い」と評するとは、相当なものではないだろうか。 

  

「まあそれで、ブラックラウンド攻めが佳境にさしかかって、

 とんでもない作戦が立案されたんすよ」

「ほう」

「ポジトロンライフル的な超々距離からの大魔術で、

 一気に人間族を降参に追い込もうっていう……

 まあその、脅しっすね」

 

 慶喜は首の後ろをかく。


「その主砲に選ばれたのは、まあ、僕なんすけど」

「へえ、シルベニアじゃないんだな」

「……あたしならもっとうまくやっていたの」

 

 どうやらそれは禁句だったらしい。

 シルベニアはベッドに飛び込んで足をバタバタさせ出した。

 ロリシアが彼女をなだめて、慶喜は乾いた笑い声をあげた。


「まあ一応ほら、魔王っすから、

 一回ぐらい良いところ見せろ、っていう、

 上からの指示で……」

「魔族の一番上はお前だろうが」

「そういうわけにもいかないんすよぉ……

 メドレザさんには怒られてばっかりでしたし」

 

 情けない声をあげる慶喜。

 ロリシアがこれみよがしにため息をついた。

 

「で、時間を決めて、僕が魔術を練り上げたんす。

 まあその、それなりの規模のを」

「凄まじかった」

 

 そこでずっと黙っていたイグナイトが口を開く。

 

「あれほどの規模の魔術を見たのは、初めてだ。

 伝説にある極術とは、ああいうものなのだろうかと思ったな」

「いやあ、あはは……」

「……」

 

 実際にその極術を浴びたイサギは口をつぐむ。

 だが、とてつもない威力だったのは間違いないだろう。


「色々考えて、キャスチ先生たんにも教わったんすよ」

「キャスチ先生たんて」


 いくらロリババアの魔族だからといって、その呼び名はどうだろう。


「コードが消えないうちにコードでコードを描いたり、

 それが可能なら、ほぼ無限に魔力の続く限り、

 詠出ができるってことになりまっすからね」

「なんだか、すごそうだな」

「ただ、ちょっと、その……

 やりすぎて、しまいましてね……」

 

 慶喜の声のトーンが急に落ちる。

 一体なんだろう。

 

「僕は空き地に向けて放ったんですよ、魔術を。

 で、その威力を見た魔族の人たちがものすごい高ぶっちゃって」

「ふむ」

「まおーさますげえ、まおーさますげえ、ってなっちゃいまいて」

 

 慶喜は言いづらそうに続ける。


「その、今まで廉造先輩についていった方々が、

 なんだもうあいつ用済みじゃね? って、こちらについちゃって」

「裏切り者どもが出たの」

 

 シルベニアが付言した。

 

「海賊ドルフィンとオセが手のひらを返して、

 レンゾーを処分しようと画策したの。

 最初は尻尾を振っていたくせに、もうついていけない、って」

「なんだって」

 

 イサギは彼らを見回す。 

 イグナイトが当時の状況を説明した。


「海上の戦いで、ドルフィンはレンゾウ殿に奇襲を仕掛けた。

 人間族との戦いの最中だ。

 信じていた魔族から背後を突かれて、

 レンゾウ将軍の乗っていた船は為すすべなく沈没した」

「おいおい……」

 

 思わず言葉を失った。

 シルベニアが頬を膨らませる。


「……その船にはあたしも乗っていたの。

 あたしは空を飛んでどうにかやり過ごしたけど、

 レンゾーは行方不明のまま。

 おれをたすけるならさきに部下を、だとかなんとか言って。

 自分勝手すぎなの。ホントに死んでればいいの」

 

 そうか、と思った。

 シルベニアが怒っているのは、廉造を助けられなかったからなのかもしれない。

 廉造らしい行動といえば、そうなのだが……

 シルベニアは、きっとわからないだろう。


 海の藻屑と化したか、はたまたどちらかの大陸に流れ着いたか。

 友の末路を想像し、イサギは口元に手を当てる。


「そう、か……

 じゃあシルベニアたちは、廉造を探しに?」

「なんであたしがそんなことをしないといけないの」

 

 冷たい目で睨まれた。


「別に、ムカつくからドルフィンを殺しただけなの。

 レンゾーは関係ないの全然ないの」

 

 その割にはしっかりと敵討ちを果たしているようだ。

 口に出したら魔法を打たれそうだったので、黙っていたけれど。


 しかし、廉造が行方不明とは。

 

「それで、えっと、魔族軍は大丈夫なのか?

 そんな、分裂しているような状況で」

「心配ない、イサ殿。

 オセは私が捕らえてブラザハスに護送した。

 まさかレンゾウ将軍と魔王さまがご友人同士だとは思っていなかったのだろう。

 浅はかなやつらだ。

 後のことはメドレザ殿が処理してくれる」

「ふむ……」

 

 イグナイトに代わり、今度は慶喜。


「でも、裏切ったオセさんとドルフィンさんが、

 人間族にもだいぶ酷いことをしちゃっててさ。

 このままだと人間族との戦争が続いちゃうかもしれない、ってことで、その。

 僕たち考えたんすよ。

 廉造先輩を探しにいくついでに、

 人間族の人と和平交渉を結びにいこうってさ。

 とりあえずはハウリングポート周辺の王国とね」

「……へえ」

 

 とりあえずは、友好条約を結ぶ方向で動いているのか。


 好戦派の連中が軒並み処分されて、

 現状でもっとも権限を持っているのが慶喜(というかメドレザ)なのだから、当然の帰結なのかもしれない。


 それにしても、なかなか難しい話なのではないか、とイサギは思った。

 今がその好機であることは間違いないだろうが。

 

 ピリル族とドラゴン族が不穏な動きを見せているのだから、

 その上で魔族までも相手にするのは、

 人間族にとって何としてでも避けたいだろう。

 

「この辺りっていうと……

 やはり、ブルムーン王国か」

「うん、そうなるっすね」

 

 ブルムーン王国とは、ハウリングポート一帯を支配する国だ。

 北はドラゴン族の領地と接しており、古来から小競り合いが絶えない。

 そのため、所有戦力は西側諸国の中でも一位二位を争うだろう。

 最近では冒険者の育成にも力を入れているのだという。


 イサギは改めて、壁にもたれかかった。


「しかし、そうか……あの廉造がな」

 

 あれほど裏切り者を嫌っていた廉造が、

 まさか裏切り者によって追い込まれる事態になるとは、皮肉なものだ。

  

「その調子じゃ、俺から送った手紙も届いてなさそうだな」

「え、なんか送ってくれていたんすか?」

「まあな。ちょっとした近況報告さ。

 大したことは別に書いてねえよ」

「まあ、元気でいてくれて良かったっすよ」

 

 ほっとした笑みを浮かべる慶喜。

 それにしても、と彼に問う。

 

「しかし、慶喜。

 お前がわざわざスラオシャ大陸に来るとはな。

 言っちゃあなんだが、魔族にとっては危険な土地だぞ」

「はっはっは、男の子には意地がありまっすから」


 朗らかに笑う慶喜。

 イサギは少し、彼を見直した。

 

 魔王の首を欲しがる冒険者は多い。

 イサギとカリブルヌスがいなくなったことによって、

『魔帝アンリマンユの再来』の名が持つ意味は、さらに膨れあがった。

 海千山千の男たちが、慶喜を狙っていると言っても過言ではない。

 

 それなのに魔族のために海を渡った慶喜を、イサギは尊敬しようと思ったが。


 ……容赦なくロリシアが訂正した。


「実は、最初にヨシノブさまが『いきたくないっ』って断ったため、

 あやうくデュテュさまが使者になるところだったんです」

「ちょ、ロリシアちゃんっ」

「おいおい……」

 

 イサギは呆れる。

 

 アンリマンユの一人娘、魔族の王女デュテュは、

 悪魔の角に小さな翼、尻尾まで持っているサキュバスだ。

 どう考えても人間族に紛れられるはずがない。

 

「魔族としてもそれなりの使者を立てなければ、

 人間族に誠意が伝わらないのだから、

 ヨシノブさまの代わりはわたししかいませんっ! って……」

「いかにもあのお姫様が言いそうなことだが……」

「みんなで止めました。

 それこそ、魔族全員、総出で。

 シルベニアさまも、イグナイトさまも……」

 

 ロリシアは静かに首を振る。

 シルベニアとイグナイトもうめいた。

 

「当たり前なの。

 あの子が暗黒大陸の外に出たら死ぬに決まっているの。

 バカなの死ねなの」

「さすがに変装のしようがないからな……」

 

 ロリシアはジト目で慶喜を見やる。


「……なので、改めて身代わりを立てました」

「ぼ、僕には勇気があるっすからね。

 デュテュさんに危険な真似はさせられません。

 ふひひ、これぐらいなんともないっすよ」

「ロリシアちゃんがついてきてくれないとしんじゃうー」

「ちょ、ま」

「ぼくはやばんなにんげんにとらわれてしょけいされてころされちゃうんだうわーん。

 おねがいだからロリシアちゃんさいごのおもいでにちゅーさせておねがいロリシアちゃんー」

「やめてほんとやめて」

 

 ロリシアの口をふさごうと迫る慶喜。

 少女は彼の手をぴしゃりと叩く。

 それからこちらに向き直り、小さくため息をついた。

 

「……という、顛末です」

「よくわかった」

 

 慶喜がまったく変わっていないというのも。

 このメガネを尊敬しかけた自分をブン殴ってやりたかった。


「つまり、廉造を探しつつ、

 ブルムーン王国に和平を結びに来たってことか」

「Exactly(そのとおりでございます)」

 

 本物の魔王が恭しく一礼する。

 それなりに気品のある仕草ではあった。


 

 それまでの話を聞いて、イサギは考えた。


 今は愁が魔族と冒険者のために走り回ってくれているようだが、

 この件については、イサギが協力することも可能なのではないだろうか。


 自らの手で、デュテュの願いを叶えてやりたいという心は、もちろんある。

 だから、イサギは提案する。


「なら、及ばずながら俺にも協力させてもらおうかな」


 食いついてきたのは慶喜。


「マジっすか」

「ああ。四人ともスラオシャ大陸の旅は不慣れだろう。

 人探しなんて余計に大変だしな。

 俺はそれなりに協力者もいるし、力になれるはずだ」

「くあー、持つべきものは師匠っすね!」

「うおっ」

「ぶべっ!」 


 慶喜が抱きついてこようとする。

 イサギは反射的にその腹を打ち返してしまった。

 ついつい、邪気を感じてしまったのだ。


「あ、す、すまん、慶喜!」

「今のパンチ……き、ききましたよ……」

「お、おい、しっかりしろ!」

 

 気絶する慶喜を揺さぶってくると、ロリシアが近寄ってきた。


「あ、大丈夫です、イサさま。

 ちょっと魔王さま(それ)貸してください」

「え? あ、ああ」


 もしかして治癒術かなにかを修得したのだろうか、と。

 見守っていると。

 

 寝そべる慶喜の腹を、ロリシアはブーツのまま思い切り踏みつけた。

 

「うおう」

 

 さすがに驚く。

 そのままグリグリとカカトを動かしながら、ロリシア。


「ほーら起きてください、ヨシノブさま。

 朝ですよー。現実と戦わなきゃだめですよー」

「あががが」

「だめですよー。ちゃんとしなきゃだめですよー。

 あんまり手間をかけるとこのまま×××踏み潰しちゃいますよー」

「ひ、ひい、それだけは勘弁してっ」

「あ、起きた」

 

 飛び起きる慶喜。

 彼はそのままロリシアの脚にまとわりつく。


「うう、ロリシアちゃんマジ毒舌天使……うう……」

「はいはい、はいはい。

 きょうは船旅でお疲れでしょうから、そろそろおやすみしましょうね」

「ろりしあたん~……」


 そのまま、よしよしと慶喜の頭を撫でるロリシア。

 シルベニアは呆れながら、イグナイトは無表情でその様子を眺めていたけれど。

 

「……仲良しだな、オイ」


 イサギだけはなぜか少し……


 羨ましく思ってしまっていた。

 なぜだかは、わからないけれど。

  

 

  

  

 その夜は、イサギの宿に皆で宿泊することになった。

 旅立つのは明日からだ。

 

 部屋割りは男女に別れていた。

 イサギと慶喜、ロリシアとシルベニア、だ。


 イグナイトだけは外で見張りを続けるようだ。

 なにやら旅に出た四人だけではなく、

 他にも何人か魔族の精鋭がついてきて、離れた場所から警護をしてくれているらしい。

 

「しかし、懐かしいっすね」

「ん」

 

 隣のベッドから、慶喜が笑いかけてくる。


「魔王城ではこんな風に、相部屋で……

 毎晩毎晩、好きな女の子の話とかで盛り上がってましたよね……フヒヒ」

「……そうだったか?」

 

 毎晩の訓練で疲れ果てて、

 慶喜は泥のように眠っていただけだと思っていたが。

 

「旅はどうでしたか、先輩」

「……まあ、色々あったよ」

「どんな感じで?」

「そうだな。まあ、うん……

 色々、だ。生きたり死んだり、色々さ」

「相変わらずマジシブいっすね、先輩」

「なんか若干バカにされているような気配を感じるが……」

「気のせいっす気のせいっす。

 超絶カッコいいっすイサ兄貴」

「うーむ……」

 

 イサギはうなる。

 やはり冗談だと思われているのだろうか。


「立ちはだかる敵は、この剣で斬り捨ててきたさ」

「なんと」

「かつての友だって、殺めてきたんだ」

「お、おう」

「俺の手はもう、血に汚れちまってさ」

「ちくわ大明神」

「いつ果てるかもわからないこの体で、

 せめて人々の幸せは守ってみせるさ……

 っておい待てお前今のなんだ今の」

 

 慌てて突っ込む。

 慶喜は悪びれもしない。


「いやあ変わってませんねイサ先輩。

 相変わらず未来に生きてますね」

「いや……自分としてはだいぶ変わったと思うんだが」

「そうなんすよ、実は僕もだいぶ変わったんすよ」

「人の話聞けやてめえ」

 

 少し乱暴な口調でうめくが、

 彼は含み笑いをこぼしているだけで、まったく手応えがない。

 

「くっ……なんなんだお前は……

 今や、魔王と呼ばれて冒険者に恐れられている俺が……」

「なんすかその設定」

「この俺は悪霊であり、災いを呼ぶ風、魔王パズズとして全世界を恐怖に突き落とし……」

「はは、ユニークっすね」

「お前一度マジで知らしめてやるからなマジで」

「で、わかりませんか?」

「ああ?」

「僕のどこが変わったのか、ってね」

 

 ベッドに横になり、頬杖をつきながらこちらを見つめる慶喜。

 なにやら自信に満ち溢れている。

 12才の少女に泣きついて一緒についてきてもらった男に、一体なんの自信があるのかわからなかったが。


 イサギはうめく。


「……顔つきが、ふてぶてしくなったな」

「フヒヒ、サーセン」

「あと、ムカつき度が当社比120%増量だ」

「フヒヒwwwwwwサーセンwwwwwwww」


 殴ってもいいよな? と己の胸に問いかける。

 いいんじゃないかな、と答えてくれた。

 煌気放散の準備はすでに整っている。

 

 が、慶喜は恐るべきことを語った。


「実は僕……その、童貞(だいじなもの)を、捨ててしまいましてね……」

「…………は? は?」

 

 思わず二回問いかけてしまった。

 その後、切り捨てる。


「妄想乙、ってやつだな」

「……うひひひ」

 

 慶喜はまるで堪えていない。

 それどころか男の余裕を見せていた。


 まさか。

 本当のことなのか。


「そうっすか、先輩はまだ童貞っすもんねえ。

 じゃあ僕のこの大人のオーラはわからないっすよねえ?」

「おいおい……」


 嘘だろう。

 愁ならまだしも、慶喜が?

 この、慶喜が、か?

 嘘だろう……

 

「お前……

 あんな小さな子供相手に、

 なんてことしやがるんだ……」

「あー」

 

 慶喜は素っ頓狂な声を上げた。

 それから残念そうに首を振る。


「……まあ、その、ロリシアちゃんには悪いことをしたっすね。

 おかげで妬かれちゃって妬かれちゃって……

 はあ、辛れえわー、プレイボーイはマジ辛いっすわー」

「どういうことだ……?」

 

 イサギは戦慄する。

 恐怖すら感じてしまった。


 この魔王パズズと呼ばれた自分が、畏れているのか。

 目の前の男を。

 

 カリブルヌスを倒し、セルデルを倒し、

 進行する神化病とすら戦っているこの自分が。 


 一体何者だ、魔王慶喜。

 自我が保てなくなりそうだ。


「やっぱりその、地位って大事ってことっすよね」

「最低だなお前……」

「といっても勘違いしないでもらいたいのは、

 僕から言い寄ったわけではなくですね……

 その、魔王という立場的に世継ぎが生まれないと問題らしくて、

 だから、その、手ほどき……というか?

 筆、おろされちゃいましたー、的な?

 まあね? つまりラブ&ピースってことっしょ?」


 ぶいぶい、とピースサインを作る慶喜。

 イサギは最後通告のつもりで問う。


「……念のためにもう一度尋ねるが、

 本当に妄想じゃないんだよな?」

「童貞の嫉妬wwwテラワロスwwww」

 

 よし斬ろう。こいつを斬ろう。

 それがイサギにとってのラブ&ピースだ。

 

 というのはまあ、置いといて。


「……じゃあその子と結婚するのか? 慶喜」

「いやあ……」

 

 彼は途端に語気を弱めた。

 

「ミーンティスさんは確かにすごく綺麗なおねーさんなんすけど、

 やっぱり僕が好きなのはロリシアちゃんなわけで……」

 

 ヤリ逃げするようだ。


 爆発しろ、と胸の中でつぶやくが。

 デュテュやリミノ、アマーリエのことを思うと、人のことは言えないイサギだ。


 ふと、奇妙な違和感を覚えたが。

 慶喜のムカつく顔を前に、それもすぐに消え失せる。


「それなのに、見たっすか?

 ロリシアちゃんってば、未だに先輩に懐いてて!

 僕のことなんて弟ぐらいにしか思ってないんすようぐぐぐぐ」

「それは完全にお前の日頃の行ないの問題だと思うが……

 つか、あれはロリシアがリミノに憧れているから、

 多分、その延長線上だろう」

「だとしても、好きな子に振り向いてもらえなきゃ、意味がないんすよ!

 ただ下半身がキモチイイだけなんすよ!」

「今お前男として最低の発言したからな」

「どうすりゃいいんすかねええ、僕はあああ」

「しらねーよ」

 

 切って捨てる。

 慶喜自身も切って捨てたい気分だった。


 すると慶喜は枕に顔を押しつけて、さめざめと泣き出した。


「う、うう……

 せっかく先輩と久々に再会できたってのに、

 そんな、冷たい、冷たすぎっすよ……

 永久凍土先輩っすよ……」

「いや、よくわからないが……」

 

 それならば最初におちょくるような発言をしなければ良かったのに。

 調子に乗ったり落ち込んだり忙しい奴だ。


 まあ、それが慶喜らしいところでもあるのだが。

 女性は、こんな部分に母性本能をくすぐられるのだろうか。

 イサギにはわからない。

 

 けれど。


「……わからねえけど、好きになってもらうためには、

 求められている仕事をちゃんとこなすしかないんじゃねえの?」

「つ、つまり?」

「和平交渉と廉造の捜索だよ。

 外面を取り繕うよりも、しっかりと仕事をしろよ、ってな。

 恋に近道なんてねえんだよ。

 現にロリシアだってなんだかんだ言いながら、

 お前のためにこの旅に一緒に来てくれているわけだし、

 まったく脈がないってわけでもないだろ」

「なるほど……」

「危険な旅なんだ。

 ついてきた以上、お前がしっかりと守ってやらねえとな」

「……はい」


 慶喜はしばらく感銘を受けたようにうなずいていた。

 それからこちらを見て、にやりと笑う。


「童貞なりのアドバイス、

 心に響いたっす、童貞先輩……」

「……」

 

 イサギは固めた闘気を親指で弾いて飛ばす。

 この半年間でさらに改良したエクスカリバーの応用技だ。


 慶喜が軽く後ろに吹っ飛んでベッドから転げ落ちた。


「あ、痛っ! な、なんすか!?

 急に痛い! おでこ痛い!」

「うるせえ、寝ろ」

「ひい、先輩こわいっす! 久しぶりにこわいっす!」

 

 慶喜に背を向けて、イサギは毛布をかぶる。

 誰かとこうして寝所をともにするのは、久々のことで。

 

「……ったく……」


 相手がいくら心を許している慶喜とはいえ、

 しばらく寝付けないのは、イサギのほうだったけれど。

 

 

 

慶喜:廃棄王。大切なものを棄てて更なる力を手に入れた。そのために大事な人を傷つけてしまったが、彼は前に進むだろう。それこそが魔王たる宿命なのだから……


ミーンティス:学術その他を指導するおっとり魔族のお姉さんである。そのバストは豊満であった。

ロリシア:メイドご主人様Lv99。カンストである。☓☓☓破壊技能持ち。


イサギ:自分を信じて∩(*・∀・*)∩ファイト♪

 

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