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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:7 喜びも悲しみも分かち合いながら
73/176

7-1 SBR

 

 

 エディーラ神国の指導者セルデル天主教が、

 魔王を名乗る仮面の男に討たれてから、半年後。

 

 極術が世界に新たな恐怖を刻み、

 冒険者の王カリブルヌスが没してから、半年後。


 物語は海の見える都市から、始まる。

 

 

 

 暗黒大陸とスラオシャ大陸を繋ぐ港、ハウリングポート。

 そこは今、数多くの冒険者たちで溢れていた。

 暗黒大陸が魔族に統一されたことによって、

 彼らによる侵略(報復)戦争の噂が流れているためだ。

 

 そのため、各国から手柄を求めて、

 凄腕の冒険者たちがこの港に集結しているのだ。

 ハウリングポートは今や、全世界の見守る火薬庫と化していた。

 

 仮設に増設を重ねられ、さらに拡大してゆく町の規模。

 戦火と戦果に引き寄せられ、夜行虫のように人々は集まる。


 けれど。


 そこに一滴の猛毒が混ざっていることを、冒険者たちは知らない。

 

 

 

  

 急激に発展を続けているため、

 ハウリングポートには地図にない裏路地や空き地が数多く発生していた。

 ここはそんな入り組んだ路地のひとつ。

 

 命を振り絞り、男と女が走っていた。


「ハァ、ハァ……」

「だ、だめ……あたし、もう、走れない……」

「し、しっかりしろ、レイディ!」


 どちらも腰に剣を下げている。冒険者だ。

 恐怖と本能に突き動かされた足は、とうに限界を越えていた。

 転がるように走るものの、やがて彼らは諦観に至る。


 男は女の手を強く引くが、女はもはや走れず。

 彼女は静かに首を振る。


「あなたひとりだけでも、逃げて……」

「バカを言うな!」


 怒鳴る男の目には涙。

 それを浴びる女にもまた。

 

「あたし、今まで素直になれなかったけれど、

 でも、ホントは、あんたの、こと」

 

 女が言いかけた言葉は、

 しかし発せられることはなかった。

 

 女の胸からは剣が生えていた。

 黄金色の雷光まとう晶剣。


 カラドボルグ。


 繋がれたふたりの絆は、断ち切られた。


「れ、レイディいいいい!」


 男が叫ぶ。

  

 ぱりぃん、と音がした。

 それは彼女の中に眠っていたリヴァイブストーンが砕かれた音である。

 

 女はゆっくりと崩れ落ち、その後ろから人影が見えた。

 黒衣をまとった仮面の男。

 

 

 タイタニア山脈を焦土に変え、セルデルを討ち、

 彼の住居にあったリヴァイブストーンを破壊し、

 そして全世界の冒険者に宣戦布告をした男。

 

 破壊の化身。殺戮者。神殺し。

 英雄狩り。死神。這い寄るもの(ダークストーカー)

 

 様々な呼び名があれど、

 その正体は明らかにされてはいない。


 冒険者に殺された種族の悪霊が、

 この世界に蘇ったのだと語るものたちもいた。

 

 実体は謎。

 だが、彼は居る。


 冒険者の側に。

 その背後。

 闇に潜り。

 隣人に化け。

  

 人々は畏怖を込めて、

 彼をこう呼ぶようになった。

 

 悪霊たちの王。魔王(パズズ)、と。

 


 

 男は恐慌に陥りながらも、叫ぶ。


「魔王……! なぜ、なぜ俺たちを狙う!

 禁制品のリヴァイブストーンがほしいなら、

 いくらでもくれてやる!」

「……」

 

 答えず、魔王は彼を追いつめる。

 男は涙ながらに糾弾する。

 

「なぜ、なぜレイディを殺したんだ……!

 彼女は、まだ、16の少女だぞ!」


 女の死体を蹴り転がし、魔王は首を傾ける。


「少女?」

 

 魔王の仮面は顔全体を覆うものだ。

 それはまるで、笑っているような造形をしていた。

 三日月型の口がくぐもった声を発する。

 

「男? 女?

 死体に性別があるのか?」

「う、あ」

 

 男は身動きが取れない。

 魔王の放つ殺気は茨のようだった。

 無理矢理逃げようとすれば、

 その瞬間に手足がバラバラになってしまうような気がした。


「性差などあるものか。

 ひとたび剣を持てば、俺もお前たちも皆同じだ。

 殺されるのが嫌ならば、畑を耕していれば良かったのだ」

「お、お……お前はーッ!」

 

 死を覚悟した憤怒は、

 その瞬間、魔王の殺気を超越した。

 

 男は剣を抜いて斬りかかる。

 せめて一矢を。

 レイディをゴミのように殺したこの悪魔に。

 ホンの一瞬でも、後悔を与えるために。

 

 ――魔王は襲いかかる彼の胴体を両断した。

 

 泳ぐように地面を転がる男。

 その目は、恐怖によって見開かれていた。

 

 

「……」 


 死体に破術を放ち、剣の血を拭う。

 その後、ふたつの死体をまとめて魔術で焼き尽くすと、

 魔王はそのままどこかへと消えてゆく。

 

 目撃者はいない。

 彼を見ることはあたわず。


 パズズ。

 その風は、冒険者を死にいざなう悪霊だった。

 

 

 

 

 イサギは仮面を外し、黒衣を担いでいた鞄に押し込んだ。

 赤く染まった目をこすり、新たに眼帯を装着する。


「……ふう」

 

 ため息をつき、鞄の中から小さな黒革の手帳を取り出す。

 それは愁から送られてきたものだった。


「レイディと、バルゴ、だな」

 

 リストの中に書かれている名前に線を引く。

 これで良い。

 だが遠い。


「……やれやれ、先は長いな。

 あと何百人いるんだよ。

 俺ひとりじゃ絶対に終わらねえぞ」


 ひとりで旅を続けるようになって、

 偏頭痛に悩まされ、独り言が増えた。

 

 

 リヴァイブストーンの使用者は全世界で1432名。

 ただしそれは、過去にリヴァイブストーンを使ったことがある人物、なので、

 たとえばタウス――それが誰か、イサギには思い出せなかったが――のように、すでに死亡した人物もリストに入っている。

 

 彼らの所在を確認し、ひとりひとり殺していくのが、イサギの役目だった。

 リストにアマーリエとフランツの名前がなかったのが、不幸中の幸いか。

 

 途方もない作業だ。

 そう、イサギはこの行いを作業と呼ぶ。


 この半年で殺した人物は、まだ100人にも届いていなかった。

 

 イサギは人混みに紛れながら、市街への道を辿る。

 

 

 この半年間、イサギは各地を転々としていた。

 セルデルの遺産を処分した後に彼が行なったのは、愁と連絡を取ることだった。

 

 エディーラ神国の国境が厳重に封鎖されたため、

 ダイナスシティに戻ることはできなかった。

 

 イサギは山脈を越えて大森林ミストラルに抜け、

 そこからリアルデに入り、そして一ヶ月近くの休養を余儀なくされた。

 無自覚だったが、イサギの体は度重なる戦いで酷く傷ついていたのだ。

 

 そこでは、愁に渡されたギルドカードが実に役に立った。

 イサギは冒険者ギルドに手厚く迎えられ、

 本部の仕事で身動きが取れなくなっている愁から伝令を受け取ることができたのだ。

 

 やってきた冒険者は、女性だった。

 アマーリエの友人を名乗る彼女は、イサギに手紙と手帳を届けてくれた。

 

 愁からの近況報告と、

 そしてリヴァイブストーンの使用者リストである。

 

 手紙には、魔族との和平交渉に難儀していること。

 暗黒大陸との連絡が取れなくなってしまっていること。

 クラウソラス修復のめどが立ったこと。

 そして、リヴァイブストーンを全ギルド支部から回収したことなどが記されていた。

 

 イサギもまたメッセンジャーに、

 セルデル戦で起きたことなどをまとめた手紙を託した。

 

 本来ならば女神の聖杖も早いうちに手放したかったのだが、

 それについてはイサギは考え直すことにした。


 愁は多忙だ。

 彼に渡したところで、結局は誰かに管理を任せることになってしまうだろう。

 極術の力は大きすぎる。

 その誰かが魅入られてしまったところで、無理からぬ話だと思う。

 

 なので、イサギは常に杖を手元に置いておくことを選択した。

 持ち運びに不便なので折ってしまうことも考えたが、

 どうやってもこの杖を破壊することができなかったのだ。 

 斬れるとしたら、クラウソラスだけなのかもしれない。

 


 極術が引き起こした事件は、全てパズズの仕業ということになっている。

 イサギはそれでも良いと思っていた。

 この世界の悪意の全てが、パズズに集約するのなら、それがいい、と。

 

 パズズの名はもはや一人歩きを始めている。

 彼は、いつか誰かに滅ぼされるために生み出された、人々の心に巣食う魔王だ。

 

 

 

 

 いつものように、酒場に顔を出す。

 見慣れない冒険者がいた場合、彼らに声をかけるのがイサギの日課だ。


 それがリストアップされているものならば、追いつめて殺す。

 そこに容赦はない。


「……きょうは、いない、か」

 

 見回してから、酒場を出る。

 これをあと四つの店で繰り返してから、宿に戻るのだ。

 


 二代目ギルドマスター・ハノーファの懐刀、シュウ・ヒヤマ。

 その彼の右腕たる男が、A級エージェントのイサ・アサウラである。

 イサギの表の顔を見て、彼を不審がるものなどどこにもいなかった。

 

 

 

 

 リアルデを発ったイサギは、

 当初、各国を巡りながら冒険者を始末しようと考えていた。

 だが、移動時間を考慮すると、それは得策ではないと気づいた。

 

 そんな折り、緊急の報が大陸全土に流れたのだ。

 

『魔族軍、ついにブラックラウンドを攻め落とす』

 

 それはすなわち、

 魔族が再び暗黒大陸を統一したことを意味していた。


 英雄王カリブルヌス、ギルドマスター・バリーズド。

 そして、天主教セルデルという、英雄たちの死によって、

 スラオシャ大陸の人間族の覇権はわずかな揺らぎを見せていた。

 

 現にドラゴン族やピリル族は、

 今が好機とばかりに、戦争の準備を始めているのだという。

 

 そこに魔族が海を渡り、戦争を仕掛けてくるとしたら、

 これはもう、魔帝戦争の再来に他ならない。

 

 というわけで人間族たちの戦力は、

 魔族の侵攻を阻止するために、

 ハウリングポートに集中し出している。


 ならば、だ。

 イサギはその港町に根城を構えて、

 やってくる神化病患者を始末することに決めたのだった。

 

 

 小さな鞄と雷鳴剣、そして先端を布で覆った杖を背負う少年は、埠頭を行く。

 

(だが、本当に、

 魔族はスラオシャ大陸に攻め込んでくるかな)


 イサギは歩きながら思案する。

 せっかく暗黒大陸を平定したのなら、それでいいではないかと思う。

 

(デュテュはきっとこれ以上の戦いは望まないだろう)


 彼女はかつぎ上げられた御輿だ。

 その内心はどうであれ、魔族が望むのなら、

 それに従わざるを得ないだろうが。


(……そうだな、極大魔晶が必要だものな)

 

 廉造は戦いを続けたがるだろう。

 彼の目的は魔族の平和ではないのだから。

 

 デュテュやリミノ、

 それに廉造や慶喜の願いが叶えばいいな、と思う。

 

(俺の願いは、もうなにもないから)

 

 かつての友は皆死んだ。

 バリーズド、セルデル。

 

 そういえば、愁が手紙で謝っていた。

 簡単に見つかると思っていたが、予想以上に捜索が難航してしまっている、と。

 誰だったか。

 そうだ、確かプレハ、だ。

 

 その名前を聞いて思い出すのは、

 魔王城の地下で戦った健気な少女だ。

 あの子はとうに死んでしまったではないか。

 違う。自分が殺したのだ。

 

 なぜだか、その名前を思い出すと、

 胸がキリキリと締め付けられるように痛んだ。

 

 それがどうしてなのかは、わからなかったが。

 

 と。

 

 港近くを歩いていると、

 懐かしい幻聴が聞こえてきた。


 最近はあまり思い出さなかったのだが、

 魔王城の楽しかった記憶が蘇る。

  

 それはやけにハッキリと聞こえてきて。 

 

 ……やけに、ハッキリと。


 

「うう、酔ったよう……」

「情けないですね、ヨシノブさま。

 あんまり歩くのが遅いと置いてっちゃいますよ」

「死ねば苦しみは収まるの」

「ふたりとも僕に厳しすぎやしませんかねえ!?」 

 


 思わず、積み荷の陰に隠れてしまった。

 顔を出し、覗く。


 え。

 

 いた。幻だろうかと疑ったけれど。

 もう自分は壊れてしまったんだろうか、と思ったけれど。


 彼らはそこにいた。

 ていうか、思いっきり目が合った。

 

 しかし今の自分はあの頃とは違う。

 きっと彼も気づきはしないはずだ。

 

 自分はこんなにも汚れてしまったのだから、と。

 そう思い込むイサギに、彼は手を挙げて。


「おお、イサ先輩じゃないっすか。

 わざわざ迎えに来てくれたんすかー?」


 一年の月日など、関係なかった。

 彼はイサギの想いも迷いも全て飛び越えて、笑顔を見せてきた。


「……お、お前……」

 

 すぐにはどう答えていいのかわからず、

 イサギは戸惑いながら姿を現す。


 多少恰幅が良くなった彼は、トレードマークのメガネをかけている。

 見間違えるはずがない。というかこの世界にメガネなんてものはほとんどないのだ。


「……慶喜、か?」

「ういっす!」

 

 彼は元気よく敬礼をしてみせた。

 目を逸らしながら、尋ねる。


「なぜ俺が……俺だと、わかったんだ」

「えっ?」

 

 彼は目を丸くして驚いて、それから「うーん」と難しそうにうなり、

 そして閃いたという顔で手を打って、告げてきた。


「そんなイカした眼帯をつけている人が、

 いくらなんでも何人もいるわけがないっすからね!」

「……」

 

 予想外の答えだった。

 だが、イサギは深く納得もした。

 魔王としての教育を重ね、彼の知能は著しく飛躍したのだろう。

 

 改めて、眺める。

 人間族にとって、これは由々しき事態であった。

 

 

 慶喜とロリシア、さらにシルベニアとひとりの剣士。計四名。


 魔王ご一行さまは、すでにハウリングポートに上陸を果たしていたのだった。

  

 


  

 再会の挨拶よりも先に。

 

「……渡航の目的を、詳しく聞かせてもらおうか」


 イサギは四人を自らの宿に招いた。

 彼らもこれからきょうの寝床を探そうとしていたらしいので、好都合だった。


 人気も少なく、変に詮索もされない。

 そういったことに重きを置く輩が集まる宿だ。

 秘密の話をするのならば、うってつけだった。

 

 ベッドがふたつある部屋で、各々がくつろいでいる。

 イサギは部屋の隅に腕組みをしてよりかかっていた。

 

 慶喜などはすでにひとつのベッドを占領して、

 自分で自分に治癒術をかけながら、具合悪そうにしていた。

 彼の旅着は冒険者とほとんど変わらないものだ。


 普段帽子とローブを身につけているシルベニアも、完全に旅人といった風情で、

 どこからどう見ても人間族にしか見えなかった。

 ロリシアも同様だ。

 

 先ほどから黙りこくっている青年も同じように、

 肌は黒いものの、日焼けした冒険者という風に思えなくもない。

 立ち振る舞いに隙がまったくないことから、凄腕の剣士なのだろう。

 どこかで見たような気もするが、思い出せない。

 


 つまり全員、人間族に紛れてこの大陸に渡ってきたのだ。

 ロリシアはこちらに頭を下げてくる。

 

「お、お久しぶりです、イサさま」

「……ああ」

 

 背が伸びて、体つきも女らしくなっていた。

 もう今年で12才になるのか。

 身だしなみを気にしているか、今ではすっかり美少女だ。

 

「無事で、その、ホントに良かったです」

「……え?」

「リミノお姉さまもきっと喜ぶと思います」


 手放しで喜ぶ彼女を前に、イサギは面食らった。

 演技や口だけではない。彼女は心からそう思っている。


 ……そうだ、自分は一体なにを警戒していたのだろう。

 慶喜やロリシアたちが、自分に危害を加えるはずがないのに。

 

 イサギはゆっくりと腕組みを解く。


「ああ、そうだな……

 リミノは元気だったか?」

「はい。この旅にもついてきたがっていましたが、

 その、お姉さまは目立つので……

 でも毎日毎日すごく元気ですよ。

 しばらくお話できなかったからか、

 久しぶりに会ったときにはすごくお喋りになっていました」

「そっか、そりゃいいな」

 

 頬を赤く染めながら笑う少女。

 なぜかその横で慶喜が爪を噛みながら悔しがっていた。

 

「ロリシアちゃん、僕といるときに顔を赤らめたりしないのにぃ……!」


 振り向くロリシアは氷のような目をした。


「うっさいですヨシノブさま、

 わたし今イサさまとお話しているので、

 しばらく黙っててください」

「死ねば静かになるのよ」

「なんでさっきからシルベニアさん執拗に僕を狙っているんですかねえ!?」

 

 イスに腰掛けたシルベニアは足をぶらぶらさせながら、

 時々慶喜に向けて本気の殺気を放っているように見える。

 

 それにしても騒がしい。


「えーと」


 ロリシアに牙を抜かれてしまって。

 

 イサギが久しぶりすぎて、このノリについていけずにいると、

 寡黙な剣士が唐突に頭を下げてきた。


「イグナイトだ。魔王さまの護衛任務についている。

 イサ殿。あなたが一緒なら心強い」


 彼もまた、イサギが警戒を解いたのを感じたのだろう。

 イサギは頬をかく。


「……って。

 五魔将の騎士団団長だったか」

 

 そうだ。五魔将会議の際に一度顔を合わせたことがある。

 あのときは廉造が色々と無茶をしたので、すっかりと記憶から抜け落ちていた。

 どうりで鋭い気をまとっているはずだ。

 

 改めて、イサギは皆に問う。

 

「……で、この集まりはなんなんだ?

 魔族国連邦の魔王さまに、その后候補。

 それに魔法師に騎士団長って、

 どう考えても穏やかじゃねえよな」

 

 ロリシアが多少異質であったが、

 それを除けば、ほとんど魔族国連邦の最高戦力ではないか。


 首都ブラザハスに閉じこもっていた魔王までも、動いているのだ。

 魔族にとってなにか、緊急の事態が起きているのだろう。

 

 答える義理はないと一蹴されることも覚悟していたが、

 しかし慶喜はそんなことはまったく気にせず、告げてきた。


「僕たちは、人間族と和平を結ぶためにやってきたんだよ」

「……それは」 


 まるで、ちょっとコンビニ行ってくる、とでもいうような、

 実にあっけらかんとした口調だった。




 

 ベッドに腰掛けた慶喜は、皆を代表して語り出す。


「えーっと、まず先輩は、

 暗黒大陸の現状を、どこまで知ってますかね?」

 

 慶喜にリードを取られるのは、わずかな違和感があったが。

 素直に答える。


「ギルドニュースペーパーに書いてあったことだけだな。

 レリクスを奪還し、ベリフェスとミンフェス、

 そしてつい最近、ブラックラウンドを取り返したって。

 だから、戦いには勝ったんだろ?」

「先輩……」

 

 慶喜は呆れたような顔だ。

 

「戦争っていうのは、そういう単純なものじゃないんすよ……

 勝者と敗者と明暗が真っ二つに別れるなんてことはないすよ」

「あァ?」

「ふふふふふ」

 

 顔を歪めながら、含み笑いをする慶喜。

 相変わらずだ。


 いやむしろ、罵られ過ぎたのか、

 今のイサギの恫喝の声にすらビビらなくなっている。

 図太くなったのか、あるいはMとして鍛えられたのか。


 それはいいとして。

 慶喜は胸を張って手を伸ばす。

 

「よし、ロリシアくん、あれを持ってくれたまえ」

「は?」

「すみませんロリシアちゃん、地図を取ってくださいすみません」

「……はい、どうぞ」

 

 平謝りをしつつ、受け取った地図をテーブルの上に広げる。

 それは暗黒大陸の縮図だ。


「いいっすか、先輩。

 ちょっと長くなるかもしれませんけど」

「ああ、夜は長いしな。頼むよ。

 どういう状況になっているか、俺も聞きたい。

 廉造の行方なんかもな」

 

 地図に駒を並べてゆく慶喜は、ギョッとして顔をあげた。

 何だろう。おかしなことを聞いたつもりはないが。

 

「じゃ、じゃあ僕たちの数ヶ月の戦いを」と、語り出す慶喜の言葉を遮って。

 挨拶すらもせず、退屈そうに髪をいじっていたシルベニアが、言葉を発した。

 

 衝撃の言葉を。

 

 

「レンゾーはもういないの。

 彼は――死んだの。殺されたのよ」

 

 

 それは絶対零度を呼び起こす魔術のように、

 宿の空気を凍りつかせたのだった。

 

 

イサギ:本格的に魔王と呼ばれるようになる。この半年間様々な修行を積み、更なるレベルアップを遂げた。顔全体を覆う仮面は四代目であるが、通気性の悪さが少し気になっている。近々五代目を作成する予定。


慶喜:ちょっと太った。

ロリシア:背が伸びた。

シルベニア:こっそり成長した。

 

廉造:(゜д゜)……!?

 

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