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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:6 たとえ此の先、すべてを失おうとも
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6-7 過去からの来訪者

  

「じゃーねー、イサさーん」

「うっせーよ!」

 

 宿の前、ぺらぺらと手を振るエウレに怒鳴るイサギ。

 結局、自分とエルフの女性の間にはなにもなかったと言うではないか。


 イサギは最後まで彼女の手のひらの上で踊らされていたのだ。

 一度は真剣に責任を取ることまで考えたというのに。

 

 エウレはイサギの悔しそうな顔に笑いかける。


「でも、わたしがその気になったら、

 今頃はそういうことができていた、ということでもあるんですよ?」

「黙ってろ! ドヤ顔するんじゃねえよ!」

「イサぴょんはちょっと女の子に対する警戒心が足りませぬなあ」

「知っているよ! 誰がイサぴょんだ!」

 

 思えば、デュテュに唇を奪われたのも、イサギの油断だった。

 さらに言えば、リミノに同じようにされたのだって。

 

 しかし本当に良かった。

 あの頃に酒がイサギの弱点だと知られていたら、デュテュはともかく、

 リミノは本当に効果的な場面でそれを使用してきただろう。

 今もずっと魔王城で幸せな暮らしをしていた可能性すらある。

 

 寒さとは違うもので体を震わせる。

 吐く息は真っ白だった。


 イサギはぶっきらぼうに挨拶をした。


「……んじゃあな、エウレ。元気でやれよ」

「はいはーい、イサさんもねえー」

 

 エウレは別れを惜しむような気はゼロだ。

 今までに何十人、何百人の冒険者を見送ってきたかのだろう。実に手馴れていた。

 ……むしろそこまで素っ気ないと、イサギのほうが寂しかったりする。


 その彼女が手を打った。

 

「あ、そうそう。もし旅の途中で会うことがあったら、

 わたしの無事を伝えて欲しい人がいるんだけれど」

「ああー? 別に構わねえよ、それぐらいは」

「ありがとー」

 

 エウレはだらしなく笑い、それから告げてきた。


「もし、リミノ第三王女に会ったら、

 エウレは無事ですんでー、って言っといてくださいな」



 ここでその名前を聞くとは思わず、

 少しだけ反応が遅れてしまった。


「え? あ、ああ、わかった」

「うえっへっへ、あんがとさんー」


 エウレに変わった様子はない。

 というより、つかみ所もないが。


「そんじゃー、よい旅をー。

 女神はすべてをゆるしますよー」

 

 申し訳程度に女神教徒のお決まりの文句を告げる彼女は、

 大きく手を振り、すぐに猫背となって宿に戻ってゆく。

 その後ろ姿を見て、イサギは首を傾げた。

 

 ――エルフ族のエウレ。

 

 どこかで聞いたことがある名前だろうか。

 ……思い出せない。

 

 だが、まあいいか、とイサギは歩き出す。

 エルフならば、リミノが暗黒大陸で孤軍奮闘を続けているのも、わかっているはずだ。

 彼女が王女の名前を知っていたのも、特別なことではないだろう。

 それにきっと、冒険者の皆に言っていることだ。


 イサギは乗合馬車に乗り、次の街を目指す。

 

 

 

 

 孤独な旅の途中、

 少し、セルデルのことを思い出していた。

 

 彼と初めて出会ったのは、戦場だった。


 エディーラ神国がドワーフと組んで東の防衛線を張って

いる中、

 南から急遽としてゴブリン族たちが攻め込んできたのだ。

 

 イサギとプレハ、バリーズドは救援に回った。

 されど敵の数は多く、エディーラの精鋭、神殿騎士団と組んでも押し返すことはできなかった。

 そこで、“天賢者(ドルイド)”セルデルが解き放たれたのだ。

 

 セルデルは絶大な魔力を抱えて生まれ落ちた人間族の子だ。

 身に余るほどのその魔力は、常に暴発の危険性と隣り合わせだった。

 

 術式教師の前で、当時三才のセルデルは信じられないほど強力な術のコードを描いてみせた。

 その力を大人たちは恐れた。

 セルデルはいつでもどこかにコードを描いていた。

 魔視ができるものにとっては、まるで悪魔のような子だった。

 

 セルデルの両親も、女神教の敬虔なる教徒だったが、

 主教の言うがままに、少年を手放した。

 

 かくして、セルデル少年は5才のときから牢獄塔に隔離されて過ごすこととなる。

 殺されなかったのは、彼がいつか役に立つ日が来ると思われていたからだ。

 

 さらに牢獄塔を爆破しないためにも、彼は魔術の使用を許されず、

 10年間、ひたすらに法術のコードを描きながら過ごす人生を送った。

 本と食事を運ぶ給仕だけが友だった。

 彼はそこで制御法を学び続けた。

 

 南の戦線にて、彼の法術は初めて披露された。

 たったひとりで数十の魔術軍の攻撃を防ぎ切ったのだった。

 それは若くして筆頭宮廷魔法師の地位を得ていたプレハと、同等の完成度であった。


 セルデルは冷静沈着に障壁で相手を圧殺して、やはり、人々に恐れられた。

 そして厄介者を押しつけるように、勇者パーティーに加わったのだった。

 

 もちろん、旅の途中でセルデルの評価は変わっていった。

 解放した都市で彼は女神教の教えを説いて回り、皆々に希望を与えたのだ。

 一見冷徹に見えるが、慈悲深き女神教の教徒。

 いつしか彼はエディーラ神国の使いと呼ばれるようになった。

 

 

 

 

 リーンカテルダムの場所は遠くからでもわかる。

 火術魔法陣によって白い煙が立ち上っているからだ。

 代わりに通常の暖炉による黒い煙はほとんど見えない。 


 魔法陣の燃料は魔晶である。

 

 沈黙魔法陣や封術のように、体に直接刻むタイプのものは、

 その人自身の魔力を吸い取って効力を発揮する。

 

 代わりに、結界魔法陣や障壁、あるいは魔法陣外灯などは、全て魔晶によって稼働するのだ。

 

 20年前のエディーラ神国は、暖炉の魔法陣化が推し進められていたが、

 それでも魔法陣を購入できるものは、一部の富裕層のみであった。

 

 様々な分野で重宝される魔晶は、戦闘だけではなく、用途が広い。

 魔法陣に投げ込めば、一欠片で数ヶ月は暖炉として機能するほどの便利なものだが、

 日割した価格は、まだまだ焚き木よりも高価だった。

 

 それが今では誰でも平気で魔法陣暖炉を焚いているようだ。

 一体どこからそんなに大量の魔晶を取ってきたのだろうか。

 

 誰にも言われなくても、察することはできる。

 恐らくは、ドワーフ族を殺した際に発生した魔晶と、

 彼らが抱えていた北の魔晶鉱脈から発掘したものによって、国民の生活を賄っているのだろう。

 

 

 イサギは宿につき、とりあえず荷物を預けると、外に出た。

 リーンカテルダムは分厚い雲に覆われていて、一年の半分は太陽が見えない。

 今にも泣き出しそうな空模様だった。


 そういえば、冒険者ギルドで聞いた与太話を思い出す。


(プレハが女神として塔に祀られている……だっけか)

 

 リーンカテルダムには、国を象徴するふたつの建物がある。

 

 ひとつは主教座聖堂。

 そしてもうひとつ、女神の塔。

 

 前者は天主教の住まいであり、この国の女神教の総本山である。

 エディーラ国王の王城よりも規模が大きいのだから、

 この国がいかに女神教によって支えられているかがわかるだろう。

 

 そしてもうひとつ、女神の塔。

 こちらは、創造神である女神が種を植えた場所だと言われている。

 いわば、女神教における聖地である。

 七階建ての塔は、現代日本で高層建築物などを見慣れたイサギにとっては大したものではないが、

 この世界ではもっとも高い建物のひとつだ。

 

 

 大通りを抜けて近くまで足を運び、イサギは女神の塔を見上げた。 

 石造りの塔は灰色で、まるで墓標のように寂しくひっそりと佇んでいる。

 結界すら張られていないそれは、女神の塔と呼ぶには似つかわしくないように思えた。


 あそこにプレハがいるのだろうか。

 目を凝らして、手を伸ばす。


(……なにも、感じないな)

 

 立ち止まるイサギの横を、巡礼者たちが通りすぎてゆく。

 彼らは皆、一様に葉脈のような文様の入った白いローブを、頭からすっぽりとかぶっている。

 敬虔な女神教の信徒が身につける装束だ。

 

 イサギもまた、振り返って歩き出す。

 恐らくここには、なにもない。

 セルデルの住む、聖堂へと向かおう。

 

 雪の溶かされた舗装路を辿る。


 途中、何人かエルフの姿も見たが、

 やはり彼女たちは一般の人間族と変わらないように過ごしているようだ。

 エルフの夫婦が並んで歩き、その間を子供たちが走り回っている。

 窮屈な暮らしを強いられているのは違いないだろうが、

 それでも今のスラオシャ大陸では考えられないような光景だった。

 

 

 冒険者ギルドのリーンカテルダム支部は、素通りした。

 今は用はない。

 


 重い剣を引きずるように歩き、聖堂の入り口へと到着する。

 門を守るふたりの神殿騎士に、イサギは愁から受け取った書状を渡した。

 

「……セルデルさまに?」

「ああ、ギルド本部から緊急の要件だ」

「はあ」

 

 神殿騎士は首を傾げる。

 

「ただいま、確認して参ります。

 後ほど、改めてお越しください」

「いや、いい。ここで待たせてもらうよ。

 俺はこのためにやってきたんだ」

 

 神殿騎士は横に立つ同僚に視線を向ける。

 もうひとりも怪訝そうな顔をしていた。

 

「冒険者ギルドはいつも突拍子もないことをするからなあ……

 わかったわかった、聞いてこよう。

 今の時間、セルデルさまは西の雪聖堂だったな。

 ちょっと待っていろ」

「ああ、頼む」

 

 ひとりの神殿騎士が走ってゆくのを見送って、

 イサギは少し離れた場所で待つ。

 

 聖堂前には、二メートルほどの女神の像が台座の上に飾られている。

 金色の髪の美しき乙女だ。

 確かにこうして見ると、

 ほんの少しだけプレハに似ていると思うこともあるかもしれない。

 他人の空似だろうが。

 

 彼女は先端に双葉を模したレリーフのついた杖を掲げていた。

 世界を作った聖杖ミストルティン。

 女神聖遺物のうちのひとつであり、

 また、女神教が女神が現存していたのだと主張する所以である。


 しばらく像を眺めながら空想にふけっていると、

 先ほどの神殿騎士が息を切らせながら戻ってきた。

 

「お、お待たせしました」

「ああ」

「せ、セルデルさまがお会いになられるそうです」


 その言葉に、同僚が「マジで」と目を剥く。

 神殿騎士はイサギを聖堂の中へと案内する。


「ど、どうぞこちらへ」

「悪いな」

 

 愁から渡されたギルド本部の書状は、実に効果的だった。

 こんなにあっけなく通されるとは。



 

 聖堂拝廊を通り、広々とした身廊を進む。

 左右の窓から差し込む光は十字に交わり、行く先をアーチのように導いていた。

 

 巡礼者と同じ格好をした人たちがそれぞれ祈りを捧げる横を通り過ぎ、

 翼廊から緩やかなスロープを登り、さらにしばらく歩いたところで礼拝堂へと案内された。


「セルデルさま、お連れいたしました」

 

 神殿騎士が声をかけたその先。 

 こちらに背を向けて、彼が立っていた。

 


 白を基調とした緑の刺繍が施された法衣をまとう男。

 20年前に共に戦った仲間。

 かつてアルバリススにその名を轟かせた世界最高の法術師。

 

 セルデル・ディ・ストラディバリ・メ・テルヨナ。

  

 

 神殿騎士は頭を下げて退出してゆく。

 イサギはセルデルの隣に並んだ。

 

 天を仰ぐように額縁を見上げる彼の横顔を眺める。

 少し年を取ったようだが、その外見はあまり変わっていなかった。

 38才になっているはずだが、彼はまだまだ若々しさを保っている。


 よかった。


 彼が無事でいてくれて、本当に。

 イサギの胸中を安堵が満たしてゆく。 

 ただそれだけに満足して、イサギはしばらくなにも考えられなかった。


 音も感情も外に積もる雪に吸い込まれてしまったかのような静けさの中、

 セルデルはゆっくりと口を開いた。

 

「イサギさん、これがなにかわかりますか」

 

 記憶の中にある声とまったく同じだ。

 

 彼の視線の先にあるのは、額縁の中に飾られている一本の杖だ。

 床には幾重にも魔法陣が描かれている。

 厳重な封印が施されているのだ。


「……女神の聖杖、か?」

「ええ、本物です。

 美しいとは思いませんか」

「俺には、よくわからない」

 

 どこにでもある、古ぼけた杖にしか見えない。

 本当は魔具なのだろうか。

 そんな気配は感じられなかったが。

 

 そこでようやくセルデルはこちらを見やった。


「会いたかったですよ。イサギさん。

 あなたとまた会えるなんて、これも女神の思し召しでしょうか」

 

 彼は手を差し出してきた。

 

「ああ……俺もだ。セルデル。

 お前が無事でいてくれて、本当に良かった」

「ええ。しかし、長い旅でしたね」

「……20年も留守にしていて、すまなかった」


 イサギは握手を交わす。

 彼は申し訳なさそうに目を伏せた。


「バリーズドさんのことは、残念でした」

「……ああ」

「葬儀に参列できなかったことは、申し訳なく思っています」

「いや……」

 

 セルデルも大変だったのだ。

 バリーズドのように、戦い続けてきたのだろう。

 

 厳かな聖堂に、再び沈黙が落ちる。


 かつてのセルデルはシニカルを気取っていた少年だった。

 それが今では、まるで聖人のように泰然としている。

 20年の間を埋めるためには、どうすればいいのだろう。

 どんな言葉をかけて良いかわからないイサギに、セルデルが語り出す。


「カリブルヌスに初めて会ったのは、

 魔帝戦争からの帰り道でした」

「……え?」

「当時15才だった彼は、自分の無力を嘆いていました。

 だから私たちは、彼に力を貸したのです。

 イサギさんのように世界を守ることができる力を。

 それがまさか、こんなことになるとは」

「……そうだったのか」

「バリーズドさんは彼を、

 まるで年の離れた弟のように思っていたはずです。

 そんな彼をバリーズドさんが討つことになるとは……

 この世界には、まだ悲しみが満ちているのですね」

「……」


 セルデルは祈りを捧げていた。

 

 やはり、怖じ気付いてはいけない。

 20年ぶりに会った友人の良心を踏みにじる結果になってしまっても、

 本題を避けて通るわけにはいかないのだ。

 そのために、雪深いこの土地にまでやってきたのだから。


 瞑目するセルデルに、イサギは告げる。


「セルデル、俺がここに来たのは世界に平和を取り戻すためだ」

「……」

「今、人間族と他種族は危うい関係にある。

 けれど、まだ間に合うんだ。

 戦争を止めるために力を貸してくれ、セルデル」

「なるほど」


 穏やかにうなずく彼に、重ねて用件を言い渡す。


「……そしてもうひとつ、

 リヴァイブストーンの件だ」

「……それを、誰から」

「バリーズドが息絶える寸前に教えてくれたんだ」

「そう、でしたか」

 

 目を伏せる彼に尋ねる。


「あれは、セルデルが作ったもの、なのか」

「ええ、間違いありません」

「他にも誰か、加工法を知っている人とかは」

「いえ、リヴァイブストーンの製法は私以外は誰も知りません」

 

 彼はイサギの言わんとしていることがわかったようだ。

 

「なにか欠陥があったのですね、あの魔具には」

「……ああ」

「わかりました。ですが……」

 

 セルデルは辺りを見回す。

 ひとりの騎士がこちらにやってくるのが見えた。


「……ここでは、その話はできません。

 日時と場所を改めましょう」

「……そうか」

 

 壮年の騎士はセルデルの元にひざまずく。


「セルデルさま、よろしいですか」

「ええ、もうそんな時間ですか」

 

 セルデルは体を開いて、騎士を紹介した。

 

「イサギさん、こちらは私直属の騎士団、

 四十八使徒のひとり、ヨハネルです。

 後ほど彼から、予定を伝えさせましょう」

「ああ」

「せっかく再会できたというのに申し訳ありません」


 セルデルは小さく頭を下げた。


「私はこれから人と会う約束があるのです。

 身寄りをなくしたエルフの少女なのですけれどね。

 どうやら私の噂を聞きつけて、

 ここまでやってきてくれたようなのです。

 私は彼女に祝福を与えなければなりません」

「そうか……」 


 そんな彼を見て、イサギはわずかに微笑んだ。


「……変わっていないなセルデル」

 

 自らの食事を絶ってまで、施しをしていた彼を思い出す。

 彼はいつでも皮肉めいたことを口にしていたのに、その行動は常に清廉とともにあった。


 それを受けたセルデルもまた、口元をほころばせる。


「いえ、私は変わりましたよ、イサギさん。

 あの頃とはもう、違います。

 それをゆめゆめ、お忘れなきよう」

 

 そんなものは立場が変わっただけだろう。

 イサギはそう思い、彼の反論を懐かしく感じていた。

 


 

  

 帰り際、ヨハネルと名乗る神殿騎士は手紙を渡してきてくれた。


「これが面会許可証です。

 日時は二日後。

 女神の塔で待つそうです」

「悪いな」

 

 受け取り、すぐに封を切る。

 セルデルの文字かどうかはわからなかったが、確かにそう書いてある。

 

「それでは私はこれで」

「ああ、ありがとう」

 

 これで目的の半分は達成したようなものだ。

 バリーズドのときは実際に会うまでに一週間近くかかっていた。

 彼は軟禁されていたようなものだったから。

 それに比べたら、セルデルの置かれている状況は実に健全なようだ。 

 

 帰りは冒険者ギルドに寄って、現在のセルデルについて少し調べてみることにした。

 

 

 天主教セルデル。

 彼は勇者パーティーのひとりであり、戦後にエディーラ神国を支えた重鎮である。

 

 その手腕は主に、政治と外交の方面で十二分に発揮されていたのだという。


 国を離れたプレハや、冒険者ギルドで手一杯のバリーズドとは違い、

 セルデルは積極的にエディーラ神国のために働いた。

 旅をする中で様々な文化に触れたこともあり、施設や設備の魔法陣化などは彼のアイデアだという。

 

 さらには、彼は冒険者ギルドとも関わりが深く、

 その姿勢はエディーラ神国だけではなく、人間族全体に影響を与えて、

 スラオシャ大陸で冒険者が活動するための下地を作ったのは、

 彼の手腕に寄るところも大きかったらしい。

 セルデルは冒険者を信用していたのだ。

 それもまた、彼とバリーズドの結びつきの強さの所以だろう。


 彼の私兵は四八使徒と呼ばれる騎士団。

 そのひとりひとりが優れた冒険者にも匹敵するほどの実力を持つのだという。

 

 話を聞けば、セルデルの人物像も見えてくる。

 つまり、リーダーシップを持った冷静な理論家だ。

 役に立つものは使うべきだ、という実用主義の面も強い。

 

 厭世家を気取っていたあの頃のセルデルは変わったのだろう。

 きっとこの世界を良くするために頑張っているのだ。



 聖堂から立ち去る際に、イサギはひとりのエルフの少女の姿を見た。

 彼女は胸元に招待状を抱えていた。

 あれが恐らく、セルデルと約束をしていた子だ。

 着膨れした少女は、鼻の頭を真っ赤にしながら、小走りで聖堂に向かっていた。

 その姿はまるで、父の元に駆け寄る娘のようにひたむきだった。


 彼女にとってセルデルは、まさに救いの神なのだろうか。

 

 あれこれと想像を巡らせながら、イサギは帰路につく。

 

 報われた気がした。

 暗黒大陸を出て、ようやくだ。

 ようやく旧友に会えて、イサギもまた、心から喜ばしく思う。


 彼ならきっと自分の力になってくれるだろう。

 ……自分もまた、なにか彼の力になれるのなら、嬉しい。

 


 次にセルデルと会うときは、神化病を止めるためのエージェントとしてではなく、

 ひとりの友人として、あの頃の旅の話もしよう。

 

 色んな人を殺めてきて、

 自分は少し変わってしまったかもしれないけれど、

 それでもきっと、友情はいつまでも変わらないはずだ。


 

 イサギはそう、信じていた。

 

 

  

エウレさん:そのうちまた出ます。


セルデル:エディーラ神国の偉い人で、元イサギパーティーのひとり。当時は皮肉げで一言多い性格だったが、丸くなった様子。

 

イサギ:ようやくセルデルに会えて本当に嬉しい。帰り道でテンションが上がるタイプ。泣きそう。そうだ、次に会うときはパインサラダを持って行こうかな。この旅が終わったら暗黒大陸に顔を出すのもいいな。気づかなかったけれど宿の名前は『№14』か、良い名前じゃないか。

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