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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:6 たとえ此の先、すべてを失おうとも
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6-6 イサビッチ

  

 エディーラ神国はパラベリウ中央国家の北方に位置する大国だ。

 その環境は、雪に覆われた過酷な土地である。

 

 山脈と海流によって、一年中冷え切った大地だからこそ、

 人々は『女神教』と呼ばれる宗教の名の下に、団結をしてきたのだ。

 

 女神教についてはイサギも詳しくはないが、大まかな内容は知っている。

 その核となるのは、人間族なら赤子でも聞いたことがあるだろう、スラオシャ大陸の創世神話だ。

 

 

 女神は海の上に種を撒き、恵みを与えた。

 やがて芽吹いたその双葉――世界葉こそが、今のスラオシャ大陸と暗黒大陸だ。

 大地を誕生させた女神は、次に様々な“仕組み”を作った。

 

 太陽が登り、沈み、夜が訪れる仕組み。

 雨が降り、海に水が流れ、雲が生まれる仕組み。

 人が生まれ、育ち、死ぬ仕組み。

 

 こうして女神は現在の世界の形を生み出し、

 最後にその大地に、ひとつがいの人間を作り出す。

 これが女神創世神話だ。

 

 なお、この物語では魔族やエルフ族など、

 その他の種族は、外海から漂流してきたものたち、ということになっている。


 かつての古代の神話では、

 木のうろからエルフが生まれ、獣の骨からドラゴン族とピリル族が、

 女神が撒いた土から各ゴブリン族などが、星のかけらから魔族が、

 そして、女神の流した涙から人間族が生まれた、というバージョンもあったようだ。

 

 今では都合が悪いのかなんなのか、

 他種族のくだりは全て削除されているのだ、

 と、かつてセルデルに教わったことがある。

 

 あるいは、女神が神族と魔族の戦いから逃げ延びてきた神のひとりだ、という創世神話もある。

 この場合、女神は自分が生き延びるために、元々この大陸に住んでいた原住民たちを利用した、とされている。

 人間族は女神と魔族が交わった後の混血種なのだと。

 もちろんこの説も、女神教からは異端として扱われている。

 

 女神教は一神教だ。異なる『神』の存在を認めることは、彼らにとって都合が悪い。

 あるいはその神さえも、女神の作り出した低級神として神話に取り込んでいる教徒もいるとか。

 

 あまりにも複雑な話で、イサギは理解を諦めたのだ

 あの頃、もう少し詳しく聞いておけばよかったな、と思う。

 

 どちらにしろ、スラオシャ大陸に広く信徒がいるといっても、

 この神話は事実ではない。歴史学者たちからは真っ向から否定されている話だ。

 

 大地は葉っぱなどではなく、地殻によってできている。

 人間族はどこからか発生し、神族はどこかへと消え去った。

 女神も、恐らくはモデルとなった人物は現存していたはずらしいが、

 当時の神族の族長かなにかだったのだろう、というのが現在の有力な説だ。

 

 

 イサギはそんなことを思い出しながら、暇を潰した。

 あるいはいつものように術式の特訓をしたり、技名や口上を考えたり。

 

(そういえば、対冒険者用の破術はおおむね上手くいったな……)

 

 次はその深度をあげる訓練をするべきだ。

 槍のように、体内の深くに届くような強力な破術だ。

 

 イメージを練り上げながら、破術を唱出する。

 

(……なんだ?)

 

 すると、眼帯の奥の左目がズキッと痛んだ。


 もう一度破術を使う。

 やはり、針で刺されたような痛みを感じる。

 

(……完治していなかった、のか?)

 

 カリブルヌスとの戦いから、まだ一ヶ月も経っていない。

 さすがに無茶をしすぎたのかもしれない。

 もう少し静養が必要だったのだろうか。


(……いや、大丈夫だろう。

 これぐらい、なんともない。

 戦いの傷が開くなんて、よくある話だ。

 むしろ男の勲章さ)

 

 そんなことを思い、イサギは目を瞑った。


 カリブルヌスのパーティーには手を焼かされた。

 さらに新技を考えておかなければならない。

 

 もちろんそのネーミングもだ。

 どちらも切り離せない大事なものだ。


(ラストリゾートを超えるラストリゾート……

 そうだな、ファイナルリゾートというのはどうだろう)

 

 叫ぶ姿を想像してみる。なかなか悪くない。

 だが。 


(いや、駄目か……ラストリゾートはそれひとつで単語だからな、分解できない……

 ならばファイナル・ラストリゾートか……?)


 今度は名称が少し、長いのが気にかかった。


(そもそも、カッコ良さに整合性を持たせるのもどうか、という話か。

 響きがカッコ良ければ、意味などどうでもいいな。

 ならば、クリティカルリゾートというのも捨てがたいな……

 ……よし、ノートに書いておくとするか!)

 

 少年は思考の海に沈み込む。

 

 

 トッキュー馬車は村から村へと渡り、山脈を迂回し、

 やがてエディーラ神国の入り口である、ノールウィンの村へとたどり着く。

 

 イサギがダイナスシティを出発して、二週間が経ち、

 彼が綴った筆記帳は、三冊目に突入している頃だった。

 

 

 

 

 ここから先は雪が深いため、

 平らな道をかっ飛ばすための交通手段であるトッキュー馬車は使えない。


 というわけで二日滞在後に、

 通常運行馬車への乗り換えが予定されていた。


 セルデルがいると思しきエディーラ神国の首都、リーンカテルダムまでは、

 ここからさらに馬車を乗り継いでもう少しかかる。

 車道を開通させるために、通称『雪かき部隊』と言われる術者集団が日夜励んでいるらしい。

 彼らも冒険者だ。

 冒険者はこんなところでも活躍をしている。

 

 もしかしたら冒険者の恩恵を一番に受けているのは、

 エディーラ神国なのではないだろうかと思う。


 雪に囲まれたエディーラ神国では、なかなか開発の手も届かない。

 その中で冒険者のような人たちが労働力として働いてくれれば、国も助かるだろう。

 素性にもよるが、住人としては恐らく、そのまま住み着いてほしいと思うはずだ。

 

 御者に案内されながら、雪道を辿って宿まで歩く。

 愁が用意してくれた外套の前を閉めてもなお、まだ寒い。

 革のブーツにまで雪が染み込み、歩くたびにつま先が痺れるようだった。

 吐く息が白く、鼻の頭は冷え切っていた。

 

「そういえば、懐かしいな……

 こんなところを行軍していたんだよな」

 

 イサギとバリーズド、そしてプレハの三人でエディーラ神国の助太刀に走ったのだ。

 当時、三人の中で火の魔術が使えたのはプレハだけだった。

 彼女がいなければ、間違いなく凍死していただろう。

 勇者が自然に負けるなど、あってはならないことだ。

 

 

 思い出しながら歩き続けていると、ようやく目的地に到着した。

 宿の扉を開けた途端、中からは暖気が漏れてきた。

 

 火の魔術を込められた、魔法陣暖炉が良い働きをしているのだ。

 20年前は高価なものだったが、今では一家庭にひとつは普及しているのだと、御者から聞いた。

 そのおかげで、生活はずいぶん楽になったのだと。

 雪を落としてから中に足を踏み入れる。

 

「いらっしゃい」と白髪交じりの男性が迎えてくれた。


 イサギは柱に、女神をかたどった紋章がくくりつけられていることに気づく。

 エディーラ神国の国教――女神教を信奉している証だ。珍しいものではない。

 

 部屋は二階の角部屋だった。

 足元からぽかぽかとした温熱が立ち上ってくるのがわかる。

 魔法陣の効果範囲は宿を包み込むほどのようだ。

 

 

 部屋に荷物を置いてしばらく休んでから、イサギは一階に降りてきた。

 どうやらきょうは、自分以外の宿泊客はいないようだ。

 御者もイサギを送り届けた後、冒険者ギルドに泊まるのだと言っていた。


 とりあえずカウンターに座り、なにか暖かいものでも頼もうと思っていたが。

 

「らっしゃっせー……お客様ぁー」

 

 やってきた女性は眠たげな眼をした――エルフの娘だった。

 緑色の髪を後ろで束ねてリボンでまとめ、

 エプロンドレスにしては露出の多い、アレンジされた給仕服を着ている。

 長身の彼女は首にチョーカーを巻いていなかった。


 この宿に買われた奴隷だろうか。

 その割には……なんというか、悲壮感がまるでない。


「注文はなににしましょうか」

「……えと、じゃあとりあえず熱いコーヒーでももらおうかな」

「コーヒー(笑)」

 

 なぜだろう、鼻で笑われたような気がする。

 

「さーせんです、お客様。

 てっきり冒険者の方かと思ってしまいました」

「……いや、冒険者だが」

「まさか冒険者の方がお酒以外を注文するとは思わず、

 つい失笑してしまいました。失礼いたしました」


 失礼といえば失礼この上ないのだが。

 自由奔放なエルフの娘はへらへらと笑っている。

 そこでこの宿の店主だろうが慌ててやってくる。


「だ、だめだよエウレちゃん! お客様にそういう口聞いちゃ!

 さすがに女神さまもゆるしてくれないよ!」

「いやしかし、オーナー。

 この子がコーヒー(笑)とか言い出すもので」

「あるから! メニューにあるから!」

「チッ」

 

 なぜか舌打ちまでされた。

 いくら美しいエルフの女性といえども、

 さすがにここまでコケにされると、ムカムカしてしまう。


「待て、お前」

 

 身を翻す彼女を呼び止めて、睨む。

 そしてイサギは告げた。


「……なら、この店で一番高い酒を持って来い!」

 

 イサギはもう酒の味を知っているのだ。

 彼は違いのわかる、大人なのであった。

 

 

 

 酒瓶とピクルス、それに肉野菜煮込みスープとソーセージを運んできたエウレは、

 なぜかコップをふたつ持ってイサギの横の席に腰掛けた。

 そしてイサギが頼んだはずの酒を勝手に注ぎ、勝手に自分で飲む。


 さすがに見咎めた。


「……おい、なにしてんだ」

「え、いやだってほら、寂しいでしょ」

「なにがだよ」

「ひとりで飲むなんて寂しそうだなあって思ったから、

 だから隣で飲んであげようかなって。エウレさんの心遣いです」

「俺が一言でもそんなことを頼んだか!?」

「まあまあ。それにホラ、わたしも仕事サボれますし」

「それお前の都合だよな!?」

 

 ふにゃふにゃとした笑顔で手を振るエウレ。

 怒鳴るが、まったく意に介していないようだ。

 

 なんだろうこのちゃらんぽらんさは。

 本当に国を滅ぼされたエルフ族か?

 

「ほらほら、乾杯乾杯」

「お前なあ……」

「エウレさんって呼んでくれていいのよ」

「ぜってー呼ばねーよ」

 

 無理矢理注がれたカップを口に含む。

 そのまま、くいっと煽った。


「お、良い飲みっぷりだね、冒険者さん」

 

 当たり前だろ、と言い返そうとしたところで。

 声が出なかった。

 

 え、なにこれ熱い。

 ノドの奥が灼けるようだ。


 イサギはすぐに後悔した。

 こんなのは人間の飲むものではなかった。

 

 やばい、死ぬ、死ぬかも。

 助けて、助けてプレハ。

 俺ここで死にたくない。

 プレハちゃん、助けて。

 

 ていうか水だ。

 今すぐ水を飲まないと。

 

 目を白黒させていると、

 さすがにエウレが心配そうに眉をひそめた。


「え、えと、冒険者さん、だいじょーぶ?」

 

 かっ、はっ、と息絶える寸前の老人のような息をはき、

 それからイサギは呼吸を整えて、告げる。


「無論だ。まったく問題ない」


 エウレのこめかみを、つつーと汗が伝い落ちた。


「あ、そ、そお? でも一口で顔が真っ赤だけど。

 お酒、割ってきてあげようか」

「いや、これでいい。俺は大人の男だからな。

 どうだ、似合うだろう」

 

 カップを口元に運びながらにやりと笑うイサギ。

 エウレは困ったように眉根を寄せる。

 

「うーん……ちょっとわからないかなーって」

「そうか。まあ仕方ないな、俺は“異端”だからな」

「いたん?」

「ああ。他の男たちとは違うんだ。

 なにもかもな……この眼帯に奥に隠された左目は、その証だ」

「うんわかったわかったすごいすごいじゃあ飲もう飲もう乾杯いぇーい」

 

 ノーブレスで言い終えると、エウレはカップとカップと合わせてきた。

 彼女はそのまま一気に火酒を飲み干す。

 ちなみにイサギは、あれからまったく口をつけていない。


「……しかし、エウレって言ったか」

「うん、わたしがエウレさんです」

「お前、エルフだよな?」

「まあご覧の通り?」

 

 尖った耳を指で撫でるエウレ。

 間近で見ると、やはり美しい。

 肌は処女雪のようで、目鼻立ちは整っており、

 さらにすらりと伸びた足は細く、スタイルも良かった。

 

 胸元の谷間が強調された服は、目の毒だ。

 そのサイズはデュテュ未満、リミノ以上といったところか。


「……しかし、なんでエルフがそんなに奔放なんだ」

「と言いますと?」

「俺が聞いた話では、エルフはスラオシャ大陸では虐げられているって。

 それに旅の途中、鎖に繋がれたエルフ族も見たぞ」

冒険者(ぼー)さん、聞きにくいことをずいぶんズバッと聞きますなあ」


 さすがにデリカシーがなさすぎたか。

 イサギは頭を下げた。


「あ、いや、悪い。

 酔っているわけではないんだ。

 俺は誰に対してもこういう態度になっちまってさ。

 ノドが乾いて頭がクラクラして、

 ちょっと耳鳴りがして視界が回るけれど、

 別に酔っているわけじゃないんだ」

「えーっと……」

 

 エウレはチラチラと視線を動かす。

 宿屋の店主やその妻と思しき人の姿はない。

 食道にふたりきりだということを確認し、彼女は頭をかく。


「確かにわたしたちは戦争に負けて、同族は散り散りになっちゃったけど、

 でも、ま、わたしは運が良かったってことなのかなーって」

「……ふむ」

「奴隷としての扱いってほら、されるほうはもちろんだけど、

 するほうだってけっこーキツいじゃん?

 だから、オーナーおじさんとか、オーナーおばさんとか、

 労働力として奴隷を買ったのはいいけど、かわいそうだからって、

 もう沈黙魔法陣だって解除してくれたんだ」

「そうなのか」

「うん。今じゃ実の娘みたいなもんさ。

 おじさん&エウレちゃんの仲よ。

 村の人だってみんな優しくしてくれるしね」


 エウレは、へっへっへ、と笑う。

 可憐な笑顔であった。


「エディーラ神国は魔帝戦争の折、

 エルフ同盟軍からいくつかの街を救われた歴史があるもんな……」

「だからなのかねえ?

 なんかお偉いさんがエルフに寛容らしくて、

 あちこちで保護してくれているって聞いたんだけどねえ」

「偉い人って……」

「確か、セルルルとか、デロデロとかそんな感じの」

「……セルデルが?」

「あ、そうそうそれそれ。冒険者さん物知りぃー」


 捨てる神あれば拾う神あり、とはこのことだろうか。

 もしかしたら、多くのエルフ族がエディーラ神国で営みを続けているのかもしれない。


 これはぜひ、リミノに伝えなければ。


「そっか……

 セルデルが、か……」

 

 イサギはカップに向けてつぶやく。

 きっと彼も彼なりにこの20年間、世界を守るために頑張っていたのだ。

 バリーズドのように、だ。

 

 思っているより世界は、まだ見捨てたものではないのだ。

 きっと、そうだ。

 

「って、ちょっとちょっと、ぼーさん」

「え?」

「いや、え? じゃなくて……

 ど、どうしたのさ、いきなり。

 ママのおっぱいが恋しくなっちゃった?」

「なに言ってんだてめえ――」

 

 と、口にしてから気づく。

 声が震えている。

 

 頬を撫でた。

 冷たいものが指先に触れる。

 

 涙だ。


 イサギはいつの間にか、泣いていた。

 頭の中が真っ白になる。


「え、いや、なんで俺、これ」

「あっちゃー、酔いやすいと思ったら泣き上戸だったかー」

「だから、酔ってねえっつーの!」

「じゃあどうして泣いているんですかぁー?」

 

 ニヤニヤ。

 イサギは言葉に詰まった。

 視線を逸らしながら、告げる。


「これは、その……なんだろうな……

 ……わからない。

 急になんだか、こみ上げてきたんだ」

「そっかー、よしよし。

 これまでの冒険、大変だったんでちゅねー」

 

 犬にするようにがしがしと頭を撫でられて、イサギは反発する。


「やめろよ」

「うぇっへっへっへー」

「どんな笑い声だよ」

 

 鼻をすすり、涙を拭う。

 

「なんか……でも、お前ってちょっと、プレハに似ているな、てさ」

「プレハ? どちらさまの子?」

「……俺の、初恋の相手だ。

 勝気で意地っ張りで、ツンツンしてて強い女だった」

「なんか全然似てない気がするんですけども。

 エウレさんはテキトーで長いものには巻かれる主義ですよ」

「なんというか、雰囲気がな。

 あいつはしょっちゅう俺のことをからかってきたんだ。

 戦っている最中でもだ。

 俺は悔しくていつも言い返していたけれど、

 でも今となっては、それだって楽しかったんだ」

「ふーん……死んじゃったの?」

 

 ポリポリとピクルスをかじりながら尋ねてくるエウレ。

 イサギは首を振る。


「……いや、それがわからないんだ。

 死んだっていうやつもいるが、生きているって言うやつもいる。

 俺はあいつを捜すためにも、旅をしているんだ」

「人探しかあ。大変だねえ。

 でもロマンティックな話。そういうの好きよわたし」

 

 エウレはカウンターに頬杖をつき、

 えへらーとだらしのない笑みを見せる。

 

「わたしは国ごとなくなっちゃったから、

 もう全部諦めるしかなかったけどね。

 諦めながらも、時々思うよ。

 あの子が生きていたらどうしていたのかな、とか」

「エウレ……」

「エウレさん、とお呼びください」

「エウレさん、今何才っすか」

「お黙りくださいませ」

 

 口の中にソーセージを突っ込まれた。

 

 

 

 それからしばらく、イサギはエウレに思い出話を続けていた。

 エウレは話しやすく――恐らく年の功なのだろう――イサギの言葉を茶化しながらも、軽妙に相槌を打ってくれた。

 

 酔いながら聞くエウレの声は、なんだか胸にスッと入り込んできて、

 まるで旧知の友と話しているように、心地よかった。



 さすがに自らを勇者イサギだとバラすつもりはないため、

 自らの名前も経歴も秘密にしながらだったが、それでもよく舌が回った。

 

 思えば、誰かにプレハとのエピソードを語るのは、

 これが初めてだったかもしれない。


「それでさ、プレハはすげー可愛いんだ。

 あんなに強いのに、深夜にひとりじゃトイレにいけなかったりさ。

 いつも虚勢を張っているけれど、実はビビりだったりしてさ」

 

 興奮して話すイサギの顔をぼんやりとして眺めるエウレ。


「そっかそっかー。うんうん、わかるわかる」

「だろ? それでな、へへへ」

「ほらほらぼーさん、飲んで飲んで」

「おっと、こりゃすまん」

 

 くいっと一杯。

 笑いながら見守っていたエウレが「あ」と固まった。

 

 ――次の瞬間、いつかと同じようにイサギはぶっ倒れたのだった。

 


 

  

 酒に溺れてぶっ倒れて。

 目を覚ましたのはベッドの上だった。

 

「ハッ!」

 

 飛び起きる。

 洒落にならない。

 勇者として今までずっと旅をしていたくせに、酒に潰れて意識を失うなど。

 

「いや、でも大丈夫だよな……

 俺の敵意レーダーは十分稼働していた……よな?」

 

 誰かに襲われた際に発揮するであろうイサギの超反応は、

 三年間の旅の末に、なんとか会得した生命線だ。

 それが酒の力だけで突破されるとは思いたくなかった。

 

「うぅ~ん……」

 

 そばで呻き声がした。

 心音が高鳴った。

 

 ぎぎぎぎと、錆びついたような動きで隣を見る。

 まさか、とは思ったが。

 

 緑色の髪が真っ白なシーツの上に、いっぱいに広がって、

 組んだ手の上に顎を乗せた美しい女性が微笑を浮かべながら、こちらを見つめていた。

 

「おはよぉ、イサさぁん」

 

 ハートマークが語尾についているような、甘い声だった。


 イサギの脳がフル回転する。

 

 なんでベッドに。

 ここは自分の部屋か。

 自分はいつの間に名乗ったのか。

 というよりも、なぜエウレがここに。

 そもそもなんで上半身裸。

 そして自分もなぜ裸。

 記憶、どこ。


 大パニックである。

 

「いや、あの、えと、その」

「ううーん?」

「……なんで、だ……?」


 万感の思いを込めて尋ねると、

 彼女はショックを受けたように頬を膨らませた。


「えぇー、ひどいなぁー。

 昨日あれだけわたしのことをめちゃくちゃにしてさぁー」

「まって、マジまって」


 ここまで混乱したのは、

 魔王を倒した直後、召喚魔法陣に引き寄せられたとき以来だ。

 

 エウレは毛布をかぶっているが、その鎖骨の辺りが見えてしまっている。 

 服を着ているときは細身の印象を受けたものの、

 脱いでみると意外と肉付きが良く、指が軽く沈むくらいの柔らかさがありそうで。


 思わず生唾を飲み込んでしまい、

 自己嫌悪に陥る。

 つまり、『そういうこと』なのだろうか、と。


 いやいや。

 いやいや。

 いやいや、いやいや。

 

「マジで、マジでさー。マジでさ……

 そんなさ、マジでさ、エウレさ……」

 

 イサギはついに頭を抱えた。

 そんな彼の頭を撫でるエウレ。

 

「よしよし、よーしよし。

 しょうがないねー、イサくん(プレハちゃんへの想いが)溜まってたもんねえ……」

「これはさすがに……浮気、だろう……」

 

 身を起こしたエウレはしっかりと下着をつけているのだが、

 それにもイサギは気づかない。 

 

 

 酔い潰れたイサギを部屋に送り届けた後、

 苦しそうだったので服を脱がしてから、しばらくエウレは彼の看病を続けていたのだ。

 介抱していたらそのうち眠くなってきたため、そのベッドに潜り込んだだけだったのだが。

 

 もちろん、エウレはイサギの勘違いにもとっくに気づいている。

 エウレはイサギの頭を抱きながら、意地悪そうな顔で笑う。


(面白いから、しばらく黙っていようっと)

 

 というわけで、過ちは全くなかった。

 浮気ではない。セーフである。

  

 

 そして、


 すべてのあらましを聞いた後、

 イサギは、生涯の禁酒をプレハに誓ったのだった。

 

 

  

イサギ:新技開発中。致命的なまでお酒に弱い中二病の童貞。人恋しさにプレハとの思い出を色々語ってしまい、後ほど思い出して悶絶した。


エウレ:母性の強いエルフのお姉さん。趣味は冒険者をからかって遊ぶこと。怒るか怒らないかの線引きを見極め、ギリギリのところを楽しむ綱渡りに命を賭けている。今のところ全勝中。SMリバどちらでもいける。国が亡くなってタガが外れちゃった人。

 

宿屋のオーナーおじさん:「正直エウレちゃんがいつかやらかしそうですごいこわい」

 

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