6-2 愛はさだめ、さだめは死
カリブルヌスパーティーは包囲網を狭めてくる。
圧殺される前に、イサギは動いた。
なによりも、まずは回復術師だ。
四人の中で回復術を使えるのは――恐らく――カリブルヌスとシンディアーナ。
そのふたりだけは、真っ先に潰さなければならない。
右手に鉄の剣、左手にダガーを握り、イサギは駆ける。
その間に紡いでいたコードを発動。
「フラッシュ!」
広間に光が瞬いた。
一瞬でも動きを止められればいいと思ったのだが、
そんなものは誰にも通用していなかった。
さすがは伊達に冒険者ランキングの最上位を占めているパーティーではない。
回復術師シンディアーナに斬りかかろうとしたが、
剣士であるグレイグロウに阻まれてしまう。
「晶剣ユルルングル、頼りにしているぞ」
「……!」
彼の持つ剣は、虹色の光を放っていた。
晶剣の中でも七色の残光は、最高ランクの証だ。
彼が振るった剣は、切っ先から水流を飛ばす。
鉄板をも容易く切り裂いてしまいそうな水圧のカッターだ。
全力疾走しながらも体を傾けて避ける。
恐らくはグレイグロウにとっても必殺の一撃のつもりだったのだろう。
驚愕に染まる彼の喉元に、イサギは剣を突き出した。
獲った、と思った次の瞬間――
イサギの剣は水の膜によって防がれる。
グレイグロウを覆うように、
円形のバリアが突如としてそこには出現していた。
しかし魔視でも、コードは確認できなかった。
恐らく、これも晶剣の能力だ。
力ではとても刃が通らないだろう。
そうか、こいつがやらんとしていることは――
イサギはグレイグロウから警戒を外さずに左方を確認した。
シンディアーナとセストは広範囲に及ぶ魔術を詠出している。
グレイグロウごと、だ。
やはり。
すでにグレイグロウは水のバリアを展開している。
このままではイサギひとりが炎に焼かれてしまう。
盾役が敵を引きつけて、彼ごと魔術を浴びせられるのなら、
術師の力は十二分に発揮できるだろう。見事なフォーメーションだ。
離脱しようとしたところで、
――目の前にカリブルヌスが現れた。
「どこへ行こうというのかな」
「――」
彼はいつの間にか、剣を握っていた。
セストの持っていた剣はカリブルヌスのものだったのか。
しかし、それもクラウソラスではない。
剣を振り切るカリブルヌス。
イサギは屈んで避けた。
手首の返しだけで、カリブルヌスにダガーを投げつける。
彼は上体を反らしてかわしてみせた。
その、稼いだ一瞬の隙に。
「――ラストリゾート・ミニマイズ!」
飛び退きながら、
出力を絞った破術をグレイグロウに撃ち込む。
キャスチやシルベニアが必要最低限のコードを断ち切っていた時に、考えたのだ。
術式を学べば、破術の制御力も高まるのではないかと。
その目論見は当たっていた。
旅の最中にある程度の訓練は完了している。
――イサギは今、三通りの破術を使いこなすことができる。
水のバリアの一部が食い破られ、
グレイグロウは震駭する。
「しまった、これでは――」
そこに魔術が着弾した。
イサギは顔をかばいながらその衝撃に逆らわず、さらに跳んだ。
ふたりの術師が放った火炎球はグレイグロウを焼き尽くす。
密閉された空間に炎が充満しているのだ。
その威力は、本来の数倍にも及ぶだろう。
グレイグロウは焼死体のように黒焦げになりながら、
ゆっくりと膝をつく。
「なんだってんだい!
妙な術を!」
シンディアーナは慌てて回復術を唱えようと杖を掲げた。
彼女がコードを編むだけの時間を与えるわけにはいかない。
イサギはまず近くのカリブルヌスには障壁を叩きつける。
芸などはなにもない、ただの壁だ。
カリブルヌスがわずかに距離を取るのを見て、イサギは駆けた。
二歩で間合いに入り込み、
そのまま、グレイグロウの首をはねる――が、刃は途中で止まってしまった。
やはりこの男も神化病患者だ。
煌気放散。――狙いを定める。
イサギは刺さった刃を渾身の力で蹴り込んだ。
剣はガラスのように砕け、グレイグロウの首は宙を舞った。
さらに割れた剣の破片は、詠出中のシンディアーナを襲う。
それにも、すでにカバーが入っている。
「女神の盾よ!」
イサギのスピードに間に合うほどの障壁だ。
セストは常人ならばありえないほどの詠出速度を見せた。
だが、無駄なことだ。
刃の欠片を追いかけるように、イサギは右手を突き出した。
「ラストリゾート・ストレングス!」
指向性を与えられた破術は、まっすぐに伸びてゆき、
その障壁にわずかな穴を穿つ。
「な――」
刃はシンディアーナの額にめり込んだ。
彼女はそのまま床に後頭部を打ちつけて、痙攣する。
「すごいすごい!」
カリブルヌスの笑い声。
彼は剣を振り上げた。
しかしまだ距離がある。ならば。
案の定。飛ばされた二本の剣閃は、カードを投げて相殺。
さらに斬り込んでくるものの、
イサギはすでにグレイグロウの体と位置を入れ替えていた。
鋼のハンマーを打ち付けたような音とともに、
カリブルヌスの剣は剣士の胴体に突き刺さって止まる。
「おや」
イサギはグレイグロウの剣を掴み、飛び退く。
それと同時に、仕掛けておいた魔術を起爆した。
「術式・炎檻塵!」
グレイグロウとカリブルヌス、ふたりまとめてだ。
本家シルベニアの魔術は、障壁すらもねじ切りながら、
標的を蒸発させるほどの火力を誇る魔術だった。
見よう見まねだが、
それでも現状イサギの使える魔術の中ではもっとも威力が高い。
が、その魔術もまた、高度な障壁に阻まれた。
睨む。邪魔だ。
あの金髪の法術師――セスト。
結婚式の最中に襲われたカリブルヌスとは違い、
他の三人はリヴァイブストーンを飲み込んでいたのだろう。
グレイグロウとシンディアーナの体はすでに再生しつつある。
イサギはグレイグロウの晶剣を両手で握りながら、
セストの元に駆ける。
使い慣れていない晶剣を実戦でいきなり振るうのは、ほとんど自殺行為である。
一体どこから刃が出てくるものかわからないからだ。
あまり無茶な動きをすると、自分の腕を斬り落としてしまいかない。
そんなことを言ってられる場合ではなかったが。
姿勢を低くし、セストに向かい――
そして、そこには三度カリブルヌスが現れた。
「君はずっと私を無視しているね。
少し、寂しいな」
「っせェな!」
我慢できず、叫ぶ。
斜め下から斬り上げた晶剣。
それはカリブルヌスが突き出した剣をその根本から分断した。
この剣ならば――と返す剣で振り抜く。
が、今度は虹色の剣は泡のようなものに包まれて、
まともに斬りつけることができなかった。
これだから晶剣は――
内心で毒づきながら、イサギはカリブルヌスを蹴り、
さらにその反動で飛び退いた。
そうして、再び剣を投擲。
狙いはセストの頭部だ。
彼はすでに障壁を作り上げている。
そこに破術を打ち込もうと思っていたが――
だめだ。
復活したシンディアーナが魔術を唱えているのが見えた。
さらに、カリブルヌスがこちらを追いかけるように踏み込んでいる。
広範囲のラストリゾートも、物理攻撃にだけは無力だ。
反作用については、かなりその時間を軽減することができるようになったが、
魔力なしにカリブルヌスの剣撃を避け切ることは不可能だろう。
つまりこの場は――
イサギは大きく飛び退いた。
投げつけた晶剣ユルルングルは結局、
セストの障壁に阻まれる。
今度は玉座を背負う形で。
カリブルヌスのパーティーと対峙する。
「まったくちょこまかと。
あーいつつ……どこの刺客よ」
額を押さえるシンディアーナ。
魔王城で戦った冒険者に比べて、復帰までの時間が異常に短い。
リヴァイブストーンと回復禁術が重複して効果を発揮しているのだろうか。
さらに、グレイグロウもすでに起き上がっている。
「凄まじい腕だな……
得物がナマクラで助かったが」
切断した首も、負ったはずの全身火傷も、カリブルヌスの剣撃すら、
どれもが八割程度、回復していた。
全くもって、忌々しい。
「……」
イサギは疼く左目に気づいていた。
わずかに息も切れている。
この短時間に破術を三連発もしたのだ。
(ミニマイズとストレングスは、
やはり、魔力の消耗が著しいか……)
肩で息をしながら思う。
それでも実質、すでに三人は始末したはずだ。
だのに。
(回復禁術を撃ち抜くところまで、ラストリゾートが届かねえ……)
地下室で戦った少女は、破術の一撃で倒すことができた。
だが、今の彼らは“魂ではないもの”によって動いてる。
ラストリゾートが届くのは、魔世界まで。
魂世界のその先の、神世界の力までは届かない。
極限まで威力を高めた破術なら、その神の力をも消し去ることができるだろうか。
効果がなかったら、おしまいだ。
自分の魂も砕かれてしまうだろう。
(文字通り、奥の手だな……)
この調子では、煌気もあと何度使えるかわからない。
破術と煌気を同時に使う戦いなど、魔帝アンリマンユ戦以来ではないか。
カリブルヌスは本日、三本目の剣を引き抜く。
それはセストが持ってきていた、二本のうちの一本で――
イサギはハッとした。
「悪いが、花嫁を待たせているのでね。
楽しかったけれど、あまり遊んでばかりもいられないのだ。
頼むよ、我がつるぎよ」
鞘が変わっているから気づかなかった。
イサギはその真っ白な剣を見て、呼吸を止めた。
並び立つものがないほどに美しいその刀身。
魅入られたかのように目を奪われてしまう。
――神剣クラウソラス。
魔力で作られた実態のない剣だとも、
極大魔晶の力によって魔世界へと封じ込められた魔具だとも、
あるいは神世界を永遠に漂う神具だとも言われている。
本当のところは、誰が作ったものかさえも知らないのだ。
だが、ひとつだけ確実なことがある。
愁や廉造、慶喜が『封術』に適応するものとして呼び出されたように、
イサギはあの剣を振るうことができるものとして、
このアルバリススに召喚されたのだ。
「さあ、仮面の君よ。再びやろうか。
少しだけ本気を出すけれども、悪く思わないでくれ。
同胞を傷つけるのは、そんなに楽しくはないんだけどね」
イサギは歯を食いしばる。
「お前の言葉など知ったことか」
玉座を背に、イサギは四人の冒険者たちを睥睨する。
この手にはもはや剣すらもないけれど。
だが、もっと大切なものを握り締めていると信じている。
「お前は俺の大切な人たちを苦しめすぎた。
カリブルヌス。お前にも語るべき正義があったんだろう。
だが、俺とお前が分かり合うことは絶対にない。
どちらかが死ぬしかないんだ。
人の想いを踏みにじり、悔恨もせずに朽ち果てろ」
厳として、イサギは譲らない。
アンリマンユとイサギが分かり合えなかったように。
仮面の少年を見やり、カリブルヌスの表情がわずかに変わる。
「……いいだろう。
ならば私を倒してみせなよ」
彼の右手に握られたクラウソラス。
それは白い輝きを発している。
その一挙一動をイサギは注視した。
クラウソラスを持つものは、持たざるものとはわけが違う。
ここからの戦いは、先ほどとはまるで違う。
四人の冒険者はイサギを取り囲む。
ここが死地なのかもしれない。
こんなときだというのに、イサギはわずかに目を閉じる。
「……プレハ、バリーズド、セルデル、
愁、廉造、慶喜……あとは、お前たちに任せてもいいか」
彼らなら、きっとうまくやるだろう。
イサギはひとりで戦っているが、独りではない。
後に続くものたちがいる。
この身が砕け散ってしまっても、
アルバリススに平和をもたらすことができるなら、
本望と言えるだろうが。
――まだプレハから返事をもらっていないのに?
イサギは静かに息を吸う。
そんな彼に、怒声が飛んだ。
「やなこったね!」
顔をあげる。
カリブルヌスたちも振り返った。
そこにはブロードソードを握ったバリーズドがいた。
老人は傷ついた身体に鞭を打ち、ひとりで立っていた。
「イサギ、おめーがひとりで諦めるなんてな、
プレハやセルデルが許しても、俺様が許さねえぜ」
「バリーズド……どうしてここに」
「避難は完了した。あとは好きなだけ戦えるぜ。
ここからは俺様も手を貸してやるさ」
「しかし、お前、その体では」
「なめんじゃねえぞ、小僧」
バリーズドに叱りつけられて、イサギは思わず息を呑む。
彼のその迫力は、まるで仲間に加わったばかりのあの頃のようだった。
「まだおめーに心配されるような年じゃねえよ」
「……そうか。わかった」
毅然とうなずく。
カリブルヌスのパーティーメンバーは、
ギルドマスターの登場により、戸惑っているようだ。
なぜバリーズドが侵入者の味方をしているのか、わからないのだろう。
バリーズドはカリブルヌスを睨みつけた。
「カリブルヌス。てめえの過去は、確かに同情されても仕方ないものだ。
だがな、それでもやりすぎちまったんだよ」
「……過去?」
イサギは眉をひそめる。
バリーズドは剣を構えながらうなずいた。
「ああ。
あいつはかつて家族とその村を、何者とも知れないやつに殺されたんだ。
誰がやったのかはいまだにわからねえ。
だが、戦時中だ。
ゴブリン族か、ドラゴン族か、魔族か、
それ以来、カリブルヌスは復讐の権化となった。
人間族以外のなにも信じられなくなったんだ」
バリーズドはうめくように語る。
だが、その話を聞いたカリブルヌスは、笑っていた。
「そうだったかな?」
「おまえ……!」
「もう“そんなこと”、忘れちゃったよ。
別に人間族だって、どうだっていい。
私は滅ぼしたいから滅ぼすんだ」
冒険者ギルドのマスターは目を剥く。
「ふざけんなよ、カリブルヌス!
お前、泣きながら誓ったじゃねえか!
この世界を、アルバリススを、争いのない平和な世界にしたいって、
だから、俺はお前を、カリブルヌス! 忘れるわけねえだろ!」
「……君の言葉は、耳に障るな」
カリブルヌスは跳ぶ。
その標的はバリーズドだ。
カリブルヌスの仲間たちが彼を制止する言葉を飛ばす。
だが、英雄王はその声に聞く耳を持たなかった。
イサギはカリブルヌスを追って駆けるものの、
ここからでは間に合わない。
イサギは法術ではなく、魔術を詠出する。
「バリーズド、避けろぉ!」
その言葉で魔術を発動。
カリブルヌスの進路を阻もうと突風を発生させるが、
しかし彼はその程度の魔術を物ともしなかった。
バリーズドは迎え撃つ態勢で、
どっしりと腰を落として剣を構えている。
無茶だ。
「うらあああああ!」
バリーズドはまるで獅子のように吼える。
彼の体から噴き出た闘気は、20年前のそれとまったく同等。
だがそれでも無理なのだ。
相手はクラウソラスを所持している――
「さようなら、バリーズド」
バリーズドは正面からクラウソラスの攻撃をその身に受けた。
刃は彼の体をたやすく斬り裂く――
「バリーズドォ!」
イサギは腕を伸ばす。届くはずがない。
けれども、バリーズドは壮絶に笑っていた。
「それでいいぜェ!
テメェのことはよくわかってんだ、カリブルヌスよォ!」
その体がほぼ裂かれているというのに。
怯みもせず、彼は剣を振り下ろした。
「この俺の剣はァ!
あらゆるものを断つゥ!」
まるで雷鳴のような一撃だった。
ブロードソードはカリブルヌスの右腕を斬り落とす。
神化病によって硬化した彼の腕を、だ。
イサギですらまともに歯が立たなかったのに。
カリブルヌスは体を泳がせて、たたらを踏む。
「なんと」
バリーズドは一太刀に、全ての魂を込めたのだ。
よろめきながら後ずさりするバリーズド。
その体には、カリブルヌスの右手ごとクラウソラスが刺さっている。
イサギは彼に駆け寄った。
「バリーズド、お前、お前……」
「へへっ……あのときも、おめーをこうして、
召喚陣から、守ってやれりゃ、良かったんだけどな……」
せせら笑うバリーズド。
イサギは彼を抱き寄せ、唇を震わせる。
「しゃべるんじゃねえよ、今すぐ、あの、
そ、そうだ、リヴァイブストーンを……!」
「今から承認してちゃ、間に合わねえよ……
さっきの一撃で、俺の魂はカラッポさ……」
「なら、回復術使いが……!」
イサギは治癒術を唱えようとコードを編む。
だがそれも意味をなさず、霧散していってしまう。
こんなことは初めてだった。
バリーズドは満ち足りた顔だった。
「それに、いい。
俺はああいうのは好きじゃねえ……
セルデルのやつが作ったものだとしてもな……」
思わぬ一言に、イサギは驚愕した。
「なんだって……
リヴァイブストーンはセルデルが作ったのか……?」
「ああ、だがあいつは、それがこの世界の人のためになると信じていたんだ……
大切な人を救える力だってな……」
「バリーズド……しっかりしろ、バリーズド」
「それが間違っているとは、思わねえよ……
だが俺は戦士だ……
死に場所ぐらい、てめえで選んでやるさ……」
男はイサギの手を握り、自らの胸から剣を引き抜いた。
そして、やはり笑う。
「イサギ……カリブルヌスは、あくまでも二位だぜ……」
「なんだよ、こんなときに、お前……!」
「冒険者ランキングの一位は、空位だったろ……?
この20年、ずっとだ……
へへ、そりゃそうだろうが……
一位であるべき男は、ひとりしかいねえよ……
……なあ、イサギ」
「お前……」
まるで手品の種明かしをするように、
バリーズドは照れ笑いを浮かべていた。
イサギは言葉が出なかった。
20年もずっと、彼はイサギの生存を信じ、
そして帰還を待ち続けていたというのか。
そんな奇跡のような願いを持ち続けて、ずっと?
そんな。
「イサギ……
冒険者ギルドを、俺の子供たちを……
そしてこのアルバリススを……頼んだ、ぜ……」
「ああ、ああ……もちろんだ、バリーズド……!」
「へへっ……なら、安心だ……
おめーが帰ってきたこの世界は、もう……
救われたようなもんだな……」
「バリーズド……!」
彼の手にはクラウソラス。
イサギは神剣を受け取った。
「やっぱりそれは……
おめーに、一番、似合う……な」
その言葉を最後に、バリーズドの体から力が抜けた。
それとても安らかな、ひとりの男の最期だった。
「……バリーズド……
バリーズド」
彼は守ったのだ。
自らの魂で、冒険者の尊厳を。
そして今度こそ、イサギのその命を。
彼が率いる冒険者ギルドは、失敗などはしていなかった。
バリーズド以上にギルドマスターに相応しいものなどいないだろう。
血の海の中にしゃがみ込み、イサギは奥歯を噛み締める。
受け取ったクラウソラスを顔の前に掲げ、その亡骸に誓う。
「……見ててくれ、バリーズド。
俺が、お前の夢を、守るところを」
イサギはゆっくりと立ち上がる。
すでにカリブルヌスの腕は生えている。
彼は具合を確かめるように、手を開いたり握ったりしていた。
その間に、カリブルヌスパーティーの腹は決まったようだ。
イサギを葬り、彼をバリーズド殺しの主犯とするのだ。
目撃者を消してしまえば、
カリブルヌスが罪に問われることはない、ということだろう。
ぼんやりと立ちすくむイサギに、グレイグロウが斬りかかる。
再びあの晶剣ユルルングルを振り上げている。
「馬鹿めが。
その剣はカリブルヌス以外が振るったところで、ナマクラ以下の木刀よ!」
イサギは彼を一瞥もせずに右腕を振るう。
晶剣ごと――冒険者ランキング四位の男の頭部は斬り飛ばされた。
勢い止まらずこちらに倒れかかってくるグレイグロウの体をさらに両断。
右半身を踏み倒すと、イサギはそのまま彼の胃の中にあるリヴァイブストーンを突き砕く。
全ては一瞬の出来事だった。
「え、うそォ……
なんで、カリブルヌス以外に、クラウソラスを……?」
シンディアーナが回復術を使うことも忘れ、呆然と口走る。
セストは顔を青ざめさせて、カリブルヌスが眉をひそめる。
死体を踏みつけながら、イサギは――
――神剣を持つ魔王は、彼らに再び宣告する。
「人の理を棄てたものたちよ。
……死に還るときが来たと知れ」
その仮面の下を、一筋の涙が流れ落ちた。