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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:5 さあ、神に抗おうではないか
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5-8 レ・ミゼラブル

  

 愁と別れたそのときには、辺りには夕闇の気配が漂っていた。

 ずいぶんと長い間、話し込んでしまったらしい。

  

 イサギは宿に戻る。

 やはりそこでは、アマーリエが騒ぎ、フランツがその姉をなだめていた。


 彼らは未だに王城には立ち入りを許されないようだ。

 軽く挨拶を交わすと、イサギは、

 ひりつく拳を押さえながら、ベッドに潜る。 


 頭の中では、愁に言われた言葉が渦巻いていた。


(神化病、か……

 突然、そんなことを言われてもな……)

 

 以前、ブラックラウンドの港でやりあった、

 あの緑の剣を持ったS級冒険者も、恐らく神化病に侵されていたのだろう。

 気配が尋常ではなかった。


 常人とは見分けがつかないと言われているらしい神化病だが、

 イサギの持つ目には、その妖気とでも言うべきものが見えたのだ。 


 今思えば、魔帝アンリマンユも神化病に侵されていたのかもしれない。

 あれはひとりの人族が持っているような魔力量ではなかった。


 だが、カリブルヌスはその魔王の力さえも、遥かに上回っている。


(……お前は、なにをしようとしているんだ、愁)


 愁の目的は未だわからないままだ。

 単純に、この世界を救おうとしているだけではないように思える。

 

 彼は自分とバリーズドを引きあわせてくれることを約束してくれた。

 その期日は、明日。

 ちょうどその日、警護に穴が空くのだと言う。

 

 とりあえず、そこからだ。

 愁は今は自分たちは絶対にカリブルヌスには敵わないと言い切っていた。

 イサギの実力を知っていながら、だ。

 それほどまでに神化したものは恐ろしいのだという。

 

 イサギは目を閉じた。


 愁の言っていたことが全て本当だとは思えないが。

 だが、わかる。

 彼は自分を頼ってくれた。


 16才の少年としてのイサギと、

 この世界を救った勇者であるイサギのふたりが葛藤をする。


 あいつを、信じたい。

 けれども、信じ切れない。

 

 姉弟の騒音をバックグラウンドミュージックに聞きながら、

 イサギは目を閉じて思う。


(いや、今は良いだろう……

 どっちみち、あいつに協力することになるんだ……)


 自分の倒すべき相手は、カリブルヌスだ、と。

 



 ◆◆

 


 

 カビ臭い匂いが鼻孔を突く。

 イサギは顔をしかめていた。


「バリーズドに会わせてやるって……

 お前ここ、王城の隠し通路じゃねえか……」

「400年前に作った仕掛けがまだ動いているんだよ、すごいじゃないか」

「もうちょっとスマートな方法はなかったのかよ」

 

 イサギは呻く。

 愁は魔法の光を指先に灯しながら、地下通路を先導している。


 深夜、兵士の服を着たふたりは、

 ダイナスシティ王城へと忍び込んでいた。


 愁はかつてダイナスシティで数十代前のパラベリウ王と面識があったらしい。

 その時に様々な王城の秘密を聞き、これもそのひとつだという。

 

 ダイナスシティの外れにある石碑を動かすとその下に階段があり、

 地下通路を通って、そこから王城まで潜入することができる、というものだ。

 

 胸が躍るような仕掛けだが、結局は非合法な手段である。


 愁はこちらに無防備な背中を向けている

 彼は誰も信用していないと言っていたのに、と思うが、

 結局イサギと戦えば勝てないことはわかっているのだろう。

 それも含めて、愁は覚悟しているのだ。

 

 彼は笑いながら肩越しに振り返る。


「でも、ずるいな、イサくん」

「ん?」

「僕はこの世界に呼び出されて力をだいぶ失ってしまったというのに、

 キミのスペックは、ほとんど20年前のままなのだろう」

「……まあ、そうだな」

 

 そういえば以前に解析術で観た愁の能力値は、

 廉造や慶喜とそう変わりがなかったことを思い出す。

 

 それは彼が剣士ではなく、魔法師であることから、

 体術を学んでいないものだと思っていたが……


 愁は肩を竦めた。

 

「恐らくそれも、キミの手品のひとつなのだろう。

 あの、全ての魔力を打ち消すキミの目が、

 召喚術の作用を一部無効化したのだろうね」

「ああ、そういうことなのか」

 

 イサギは眼帯の上の左目を撫でる。

 いざというときにオートで発動してくれるものだとは思わなかった。

 

 破術に関しては、イサギでも知らないことが多々ある。

 制御方法が身についてきたのも、

 しっかりと術式を学んだここ最近からの話だ。


「……なあ、愁」

「なんだい、イサくん」

「俺の破術を使っても、カリブルヌスを破ることはできないか?」

「僕はその力について詳しくないのだけど、

 それは肉世界、魔世界、魂世界、それに神世界をも超越した能力なのかい?」

「いや……

 通じるとしても、魔世界までだろう。

 魂世界までいくとなると、俺もただでは済まない」

 

 破術には反作用(バックファイア)がある。

 相手の魂を一撃で消し去るのなら、

 イサギ自身も魂の消滅を覚悟しなければならない。

 それでは戦えない。

 

 彼は「ふぅん」とうなずいた。


「ならば、神化病患者には通用しないだろうね。

 試してみる価値はあるかもしれないけれど」

「リスクが高すぎるな……」

 

 イサギは首を振る。

 命を賭けてまで手に入れた禁術だが、仕方ない。

 

 前を歩く愁の背中に目をやる。

 その体躯は細く、とても歴戦をくぐり抜けた猛者には見えなかった。


「英雄マシュウ、か」

「そう呼ばれるのは、くすぐったいな」

「俺が読んだ本の内容は、ほとんど悪人退治ばっかりだったんだけどな」

「神化病患者は見た目はただの悪人だよ。

 己の欲を追求するだけの愚かなゾンビに成り下がっているさ」

「けれど、国家の危機だったんだよな?」

「まあね。けれど今は全然状況が違う。

 あの頃は他国から攻め込まれるだけだったけれど、

 今は冒険者ギルドというこの世界のトップに通ずる人物が神化病患者だ。

 そして、彼は人間族至上主義者で有名だ」

「……だから、魔族や他の種族を襲うのか」

「歯止めというものが、そもそもないんだ。

 彼はもはや、自らものを考えることができないから」

「そんな話、聞いたことがなかったけれどな……」

「400年前、僕がこの世界から根絶させたからね。

 書物が残っていないのも仕方のないことなのかもしれないさ」 


 暗闇の中、ふたりの少年の声が反響する。


 ふとイサギは思い出した。

 物語で読んだ、英雄マシュウの末路だ。


 それを彼に尋ねるのは、酷なことのように思えたが。

 だが、少しでも愁の本音を聞きだせるかもしれないと、問う。

 

「そういえばお前、恋人がいたって」


 英雄マシュウの恋人はルナ。

 彼女は唐突に命を落とした。

 ただの悪役に刺殺されたのだ。


 それが真実かどうかはわからないが、

 ルナを失ったマシュウの嘆きは、筆舌に尽くしがたいものだったようだ。

 

 しばらく彼から返事はなかった。

 暗闇に光が揺れる。


「……そうだね。でも、昔のことだよ。

 もう400年も前のことだ」


 その声には、苦いものが混じっていた。

 愁にとっては一年前かそこらのことだというのに。


 だが、きっとそれ以上尋ねても、彼は答えてくれないだろう。

 イサギは拒絶の意思を受け取った。

 

 ふたりはしばらく、無言で地下道を歩いた。

 


「そろそろつく」

 

 突き当たりは行き止まりだった。


 愁は壁に手を当ててブロックを動かす。

 すると、静かに石の扉が開いてゆく。

 薄明かりが差し込んできて、イサギは目を細めた。

 

 何十人の騎士が周りを取り囲んでいたり――はせず、

 辺りは静寂に包まれた中庭だった。

 

 どうやら罠ではなかったようだ。

 安心する反面、

 イサギは愁を信用できていない自分に気づく。

 

 愁はイサギの視線を受け取って、柔らかく微笑む。


「ここからは兵士にお金を握らせている。

 キミのお好み通り、まっとうに進めるよ」

「……すげーな、愁。

 いつの間にそんな根回しを」

「ふふふ、この世界、

 ギルド職員はなにかと甘い蜜を吸えるようになっているものさ」

 

 愁はイタズラっぽく笑う。

 イサギは彼のしたたかな一面に舌を巻いていた。


 

 静まった城内を、ふたりは誰にも見咎められることなく進む。

 

「……王城に帰ってくるのは、久しぶりだな」

「そうかい。僕も似たようなものだよ」

「3年前にここに召喚されて以来、

 数ヶ月だけ剣術の特訓を受けて、あとは外に放り出されたんだ。

 部屋と修行場の往復だったから、内部の作りは全然わからねえな」

「キミの時代の召喚者は、雑な扱いだったんだね。

 僕なんて賓客として、まるで神のように崇められたものだよ」

「文化レベルの隔たりかね」

「そうかもしれないね」

 

 時代の違う召喚者は、そんなことを話しながらゆっくりと歩く。

 やがて、愁はひとつの扉の前で立ち止まる。

 

 小さくノックをした。


「……愁です。お連れいたしました」

 

 中からくぐもった男の声。


「入れ」

 

 イサギはどきりとした。


 間違いない。

 かつて命を預けた仲間の声だ。

 聞き間違えるはずがない。


 ついに、会える。

 ようやくここまで、来た。


 心音が高鳴る。



 懐かしきあの戦士バリーズド。

 責任感と自信に溢れた、男の中の男。

 頼りになり、誰もが憧れた傭兵王。

 その男臭い笑みは、今でもまぶたの裏に焼きついている。


 

 愁がゆっくりとドアを開く。

 イサギは生唾を飲み込みながら、部屋に立ち入った。

 

 その立派な部屋には、ランプの明かりが浮かんでいた。 

 人の気配がする。

 広いベッドの上に、彼の姿があった。

 

「おお……」

 

 彼は感嘆の声を漏らした。

 その姿を見て、イサギは呼吸を止める。

 

「……バリーズド、なのか?」

「イサギ……」

 

 しゃがれた声。

 彼はゆっくりと体を起こす。

 鋼のようだった肉体はやせ細っており、その姿はまるで枯れ木のようだった。

 頭は禿げ上がり、目の下には深いシワが刻まれている。

 かつての傭兵王の面影は、どこにも残っていない。



 ただ、疲れ果てた老人の姿がそこにはあった。



 言葉が出なかった。 


 

「へへ……長生きはするもんだな。

 もう一度おめーに会えるなんて、へへへ」

 

 すすり笑うバリーズドに、歩み寄る。

 老いた友人の笑顔には、とてつもない長い時間の痕があった。

 

「……僕は、外で待っているね」

 

 愁は部屋を出た。

 イサギは夢遊病者のように、ゆっくりとバリーズドに近づく。


「……バリーズド……」

 

 その名を呼ぶイサギは、再会の喜びに震えることはできなかった。

 



「シュウから少し、話は聞いている。

 20年前、あの日あの時に、この世界に召喚されたんだってな」

「……ああ」

「へへへ……そういうこともある、か。

 ……ともあれ生きてて良かったぜ」

 

 イサギは彼に寄り添うように、ベッドの縁に座る。

 

「おめーに言いたいことも、たくさんあったんだけどな……

 顔を見たら、なんもかんも忘れちまったよ」

「……」

 

 大きく息を吸って、吐き出す。

 20年の歳月を受け止めるのに、少しの時間が必要だった。

 

 そういうこともある、か。

 バリーズドの言葉がイサギの頭の中で回る。

 

 そうだ。そういうこともある。

 彼がどうなっているかなんて、まったく考えもしなかった。

 ただ当たり前のように、バリーズドは剛健だと思い込んでいた。


 彼もひとりの人間なのだ。

 そんなことにイサギは今さら気づいてしまう。


 彼に問う。


「……バリーズド。この世界は狂っていると聞いた。

 一体どうなっているんだ。なにがあったのか、教えてくれないか」

「ああ、そうだな」

 

 バリーズドはため息とともに、息を吐きだす。

 

「最初から、話そう。

 ……俺の歩んできた、半生だ。

 お前に聞いてほしいんだ、イサギ」

 

 彼は窓の外を眺めながら、つぶやく。

 遠い目をしていた。

 その仕草もまた、過去を懐かしむ老人のようだった。

 

 

 

 バリーズドは、帰ってきてすぐに冒険者ギルドを設立した。

 ダイナスシティで理念を説き、国民の賛同を得て、ギルドは華々しく誕生した。

 

 平屋の小さなものだったが、

 バリーズドは一人目の妻と共に、手探りで運営していたのだという。


「最初はただの何でも屋だったさ。

 どういうことをすればいいのかもわからなかったが、

 とにかく人のためになることをやろうとして、がむしゃらに頑張った。

 迷い猫探し、山賊退治、素材集め、薬の納品、色々やったさ。

 働いていると、少しずつ人が増えてきた。あの頃は楽しかった」

 

 ただ認識としては、所詮は傭兵の集まりだ。

 国や貴族からの援助などはまったくなかった。


 必要なものは山ほどある。

 理想を実現しようとするのなら、膨大な量の魔具が必須だった。

 

 とにかく極貧生活の中、

 様々なものを切り詰めてやっていたのだという。

 

 転機が訪れたのは、ドワーフ戦争の時だ。

 

「エディーラ神国が襲われたって話があってな、冒険者を全員出動させた。

 緊急クエストという名目でな」


 彼も、エディーラ神国が襲われたのだと言った。


「……だが、魔族が言うには、

 ドワーフ王国はエディーラ神国に襲われたと」

「どっちが先かは、もう俺にもわかんねえよ。

 ただ、両者は和解はしなかった。それが問題だった。

 あれが全ての間違いだったんだ。

 そのふたつの陣営を救えれば、今頃こんなことにはなってなかったんだ」

 

 バリーズドは顔を手で押さえた。


「戦争だ。初めてのスポンサー付きのな。

 これで冒険者ギルドをデカくできる。

 夢に近づくと思って、俺は躍起になっていた。

 いつまでもこんなところに足踏みしているわけにはいかねえ、ってな。

 チャンスだと思っちまったんだよ。

 俺はドワーフの兵士を三人殺すごとに報酬を払おうとした。

 あくまでもやるのは兵士だけだ。民間人は絶対に襲わないように。

 そう徹底させたんだ。

 戦力を削られれば、ドワーフも抵抗する気をなくすだろう。

 一方的な停戦協定だが、魔帝戦争のような泥沼を繰り返したくはなかった。

 俺は人間族の、アルバリススのためになると思っていたんだ。それは本当だ」


 彼は口早に告げる。


「落ち着け、バリーズド……

 なにがあったんだ、それから……」

 

 懺悔するように嘆くバリーズドの背中を手を当てる。

 バリーズドは首を振りながら、告げた。

 

「……どこで命令が食い違ったのかわからねえ。

 だが、冒険者はドワーフを殺したんだ。ひとり残らず、ドワーフを。

 二束三文のはした金と引き換えに、おびただしいほどの命を奪ったんだ。

 全ては俺のせいだ。

 冒険者たちが金に飢えていたことも、知っていたはずなのに。

 ドワーフ族滅亡の悲劇は、俺が招いたんだ」

「バリーズド……」

「ようやく誰かに言うことができた。

 俺はお前に聞いて欲しかったんだ、イサギ」

 

 バリーズドはゆっくりと顔をあげた。

 目だけが爛々と輝き、あの頃の彼のままだった。


「数年は事後処理に追われて、ほとんど眠れない日々が続いた。

 気づけばな、

 その戦争でドワーフ族を滅ぼしたカリブルヌスの出世を、

 俺は止めることができなくなっていた。

 やつは王宮の貴族や大臣を味方につけて、さらには人間族の民の支持を得た。

 誰かのために、あいつは身を粉にして働いたさ。

 だがな、やりすぎちまったんだ……」

 

 バリーズドはそこで少しむせた。

 手を貸そうとすると、彼は助けを遮る。


「大丈夫だ、スマンな。

 カリブルヌスは名声を得て変わっちまった。

 エルフ族との戦争にも首を突っ込み、そこでも蹂躙した。

 だが、あいつは世間には英雄扱いされていたんだ。

 人々は失われた勇者イサギの後継者を望んでいた。

 カリブルヌスは、まさにその座に収まったんだ。

 ……俺にはわからなかった。

 俺が間違っているのか、あいつが間違っているのか。

 大きな流れに押し流されて、どこまでも行き着いてしまいそうだった。

 なあ、イサギ、俺はどうすればよかったんだろうな」

「……バリーズド」

「俺は冒険者ギルドをここまでデカくしたさ。

 だがその結果、人間族は他種族を弾圧してしまった。

 ついに青銅時代は終わり、第二の白銀の時代がやってきたんだ。

 人間族が我が物顔でスラオシャ大陸を支配する時代さ。

 俺はただ、お前に見せてやりたかっただけなんだよ。

 冒険者ギルドを作ったぜ、どうだ、お前の望み通りだろ? ってな。

 あっちの世界にいっちまったときに、胸を張りたかったんだ。

 いい景色を見せてやりたかったんだよ。

 なのに、どうしてだよ。

 どうしてこうなっちまったんだろうな、イサギ」


 月に問うようなバリーズドの物哀しい声を聞き、イサギは知る。


 彼はこの20年、ひたすらに戦ってきたのだ。

 セルデルが国に帰り、プレハがどこかに去り。


 それでも、

 たったひとりで、世界と戦ってきたのだ。

 

 バリーズドの手を取る。


「……居場所を守っていてくれたんだろう、バリーズド」

 

 涙がこぼれそうになる。


 彼はイサギのささやかな願いを、ここまで頑なに守り続けてくれたのだ。

 激流に抗いながら、それでもなんとか踏ん張って。


「許してくれなんて言えねえよ、イサギ。

 セルデルとはここ数年顔も合わせていねえ。

 飛び出したプレハを俺は引き止めることもできなかった。

 冒険者ギルドは他種族殺しのトップエリートだ。

 お前が命を賭けて守った世界がこのザマだぜ……」


 諦観に支配されてしまったバリーズド。

 だが、イサギはその言葉を否定した。


「いいやまだだ。まだ終わりじゃない」

 

 力強く彼の手を握る。


「俺は、魔族と人間族の戦いを止めるためにここまで来たんだ。

 教えてくれ、バリーズド。俺はどうすればいい」

「イサギ、お前……

 ……そうか、そうなのか」

 

 彼は面食らったように顔を歪めた。

 それから、歯を食いしばる。


「無理だ。カリブルヌスは人間族以外の全てを滅ぼすつもりだ。

 いずれは魔族もエルフ族をも殺すだろう。

 今はまだ所詮はただの一冒険者だが、

 あいつはギルドマスターの座を狙っている……

 それを許してしまえばきっと、この世界は人間族以外は生きられなくなる」

「ギルドマスターの後継者争い、か」

 

 全て愁の言った通りだ。


 神化病。リヴァイブストーン。そして、カリブルヌス。

 これがアルバリススの歪みか。


 イサギはバリーズドの目を見ながら、問う。


「バリーズド。

 つまり、俺がカリブルヌスを討てばいいのか」


 イサギが告げる。

 バリーズドは双眸を剥いた。

 それから、必死に異を立てる。


「無理だ、イサギ。

 いくらお前でも、あいつを倒すことはできない」

「愁にも言われたけどな、それ」

「今でこそ俺はこんな体だが……

 全盛期に、あいつと手合わせをしたことがあった。

 だが、俺はカリブルヌスの足元にも及ばなかったんだ。

 あいつはなにもかもが違いすぎる。

 まるで同じ人間ではないように、だ。

 イサギでもひとりでは勝てないだろう」

「……そこまで強い強いと言われると、

 少し試してみたくなっちまうな」

「やめておけ。クラウソラスも、今はあいつが持っている」

「……そう、か」


 まさか、イサギの愛剣のクラウソラスの行方が、

 こんな形で判明するとは。


 馬上で見たときのカリブルヌスは、神剣を身に着けていなかったのに。

 イサギは顔をしかめた。


 神化病の男が神剣を使いこなす。

 それこそ、無敵というものではないだろうか。

 

「だが、まだ大丈夫だ。そう焦るなイサギ。

 俺もそう簡単には死なんし、ハノーファはうまくやるさ」

「……そうか」

「ああ。任せておけ。

 この20年、剣技はまるで成長していないがな。

 だが、政治に関しては少しやるようになったんだぜ」

「あの傭兵王がな……

 人は変わるもんだ」

「あたりめえだ。

 20年も経てば、生まれた赤子が大人になるんだぞ」

 

 バリーズドはほんの少しだけ笑った。

 それは記憶の中にあるものと同じ、彼の男臭い笑みだった。 


「俺にはひとりの娘がいてな。

 もしハノーファ以外に将来を継げそうな男がいたら、

 ……ぜひともやりたかったんだがな」

 

 アマーリエのことだ。

 

「どうだ? もし良かったら、お前がもらってくれないかね、イサギ。

 なんだったら、プレハの次の妻でも構わねえ。

 確かもう15才になったばかりで、この国でも結婚できる年だぜ。

 安心しろ。顔は俺に似ていないからな。

 ……性格はそっくりだが」

「お前に似た女の子なんて、嫌だよ」

 

 笑いながら言い返す。

 アマーリエは自分の相手ぐらいは自分で見つけると言い張っていた。


「そうか……」とバリーズドは残念そうな顔を見せる。

 まさか本気で言っていたのだろうか。

 

 イサギは思い出す。

 アマーリエは言っていた。


『今は女性でも、剣一本でどこまでも成り上がれる時代よ。

 冒険者ギルドは本当に素敵な仕組みだわ。

 あたしはこれから先もずっと、人のためになるようなことをしていくんだから』

 

 彼女やその弟は、父の偉業を誇っていたのだ。

 

 確かにバリーズドは失敗もしたかもしれない。

 それでも、次代の若者をしっかりと育てていたことには違いない。

 

「バリーズド、俺は……」

 

 イサギが言いかけたその途中だ。

 愁が乱暴にドアを開いて、足を踏み入れてきた。

 

「まずい。兵士が侵入者の僕たちに気づいた。

 騒ぎになる前に逃げよう、イサくん」


 イサギは思わず舌打ちをした。

 友人との再会に、水を差されてしまったのだ。


「チッ、そうか」

「おめーも忙しいやつだな、大将」

「それなら次は、きちんと招待してくれよ」

「ああ、手配しておこう」 

 

 イサギは窓枠に手をかける。

 外は堀だ。


 振り返る。

  

「バリーズド、積もる話はまた今度だ。

 次に来たときは、もうちっと笑える話をしようぜ」

「ああ、待っているさ。

 しかしイサギ、

 カリブルヌスとは戦うンじゃねえぞ」

「ご忠告痛み入るぜ!」

 

 飛び降りる。

 愁もその後に続いてきた。

 



  

 結局帰りは防御結界に破術で穴を開けて、脱出を図ることとなった。

 まったくもって、クールではない。

 

 明日も仕事が早いと言う愁と別れて、イサギはひとり帰り道を辿る。


 少し、気にかかることがあった。


(カリブルヌスは、厄介そうだ。

 ただでさえ強い上に、神化病によって力を得ているんだろう。

 この世界を変えるのなら、捨て置くわけにはいかない)

  

 愁とイサギの目的が一致したのだと、改めて強く思う。


 しかし、嫌な予感がしていた。

 それがなにかはわからない。

 

 そもそも、

 カリブルヌスは、一体どうやってギルドマスターになるつもりか。

 

 バリーズドを暗殺する気だろうか。

 しかし、二代目ギルドマスターは争い合っている最中だという。


(カリブルヌス、バリーズド、

 愁、冒険者ギルド、クラウソラス、

 アマーリエ、フランツ、ハノーファ、

 英雄マシュウ、神化病、ドワーフ族……)

 

 様々なキーワードが頭の中で渦巻いている。

 宿について二階に上がり、イサギは扉を空ける。



 そこで初めて異変に気づいた。



 あるはずのなにかがない。

 そうだ。あの姉弟がいなかったのだ。

 

(……出かけた? こんな深夜に?)


 ありえない。

 宿には姉弟のブロードソードが放置されていた。

 剣士が出かける際に剣を置いていくはずがない。

 アマーリエなどは、手洗いや風呂場に行くときにでも、剣を持ってゆくのだ。


 ひらめく。


「これか――」


 ゾッとした。

 アマーリエとフランツは、誰かに呼び出されていた。

 だがそれは、バリーズドからではない。

 

 彼女たちは、カリブルヌスの手のものに呼び出されていたのだ。


 15才になり、結婚できる年になったアマーリエ。

 その彼女を娶ることによって、

 カリブルヌスはギルドマスターの後継者になろうとしているのではないだろうか。


 それは推測の域を出ない。

 たまたま剣を置いていったのかもしれない。

 王宮に向かうなどして、迎えに帯剣を禁じられたのかもしれない。

 

 だが……

 

 窓を開く。

 見上げれば、月が出ていた。

 

 この世界はあまりにも複雑すぎる。

 だが、それでも月が旅人の道標になっているように。

 イサギは思う。たったひとつの光があれば歩んでいける、と。

 

 イサギにとっての光は、

 とても小さくて、頼りないものだったが…… 

 

 月を見上げ、イサギは胸に当てた手を握る。


(……バリーズド、今までありがとな。

 今度は、俺がお前の場所を守る番だぜ……)

 

 

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